ホームグラウンド
自由であるとは、決して
因果的な法則に従わないランダムな
プロセスを意味するのではなく、
つまりは自分が生きたいように生きる
ということであろう。
自分の内なる声を追うという意味では、
そこには制約が加えられており、
むしろ強いられていると言っても良い。
もっとも、オープンなダイナミカル・システム
としての私たちは、環境と相互作用しなければ
ならないから、
自分の声と他人の声の多声的響きの中に、
生命の妥協を探らなければならない。
フジテレビ「新報道2001」。
須田哲夫さん、吉田恵さん、黒岩祐治さん。
PHP研究所にて、
宝島、週刊プレイボーイの取材。
来年のラフォルジュルネは、バッハを取り上げる。
バッハの音楽について、ルネ・マルタンさんと
話す。
マルタンさんは、「バッハが帰ってきた」
というポスターの図案を持って、
うれしそうににこにこ笑った。
ルネ・マルタンさんと
東京大学本郷キャンパス。日本顔学会。
恩蔵絢子さん、岡崎修一さん(発表者猿渡敬志さん)、
田中泰彦さん、がそれぞれ筆頭著者で、
「化粧顔及び素顔の認識における脳内過程について」
「自己及び他者の顔の認知プロセス」
「選好における身体化された無意識過程の意義」
の三件の研究発表。
PHP研究所の丹所千佳さん、
集英社の鯉沼広行さん、
和田京子さんが聞きに来て下さった。
懇親会で、東京大学の原島博先生と
お話する。
顔学会を立ち上げ、ここまで引っ張って
きた原島先生。
「一度くらいは、自分のホームグラウンドに
日本顔学会を持ってこようと思っていました。」
電通の佐々木厚さんや、カネボウの人たちと
歩く本郷通り。
大学院の時によく行っていた
「森川町食堂」をのぞいてみると、
真新しいビルに立て替わっていた。
10月 13, 2008 at 08:50 午前 | Permalink
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: ホームグラウンド:
» ドーパミンが、ほとばしる瞬間 トラックバック 須磨寺ものがたり
さわやかな天気の中、
土に戯れ、
普段の生活と違う非日常を味わった。 [続きを読む]
受信: 2008/10/13 11:05:53
» 女性が他の女性の素顔を見た時 トラックバック October Sky
今回のカネボウと茂木さんの共同研究では、女性が自分の素顔を見ると脳内にドーパミンが放出されることがわかったそうですね。
自分のはもちろん、どんな女性(ひと)の顔でも化粧顔よりその人の素顔の方が好きなワタシには、大納得の結果でした。
でも、「女性が他の女性の素顔を見た時」の脳って、一般的にはどうなるのでしょうか。
ワタシは、不快な気持ちになると推測!
だってワタシが素顔でいる時のレジの女性や学校の女先生、PTAの女性たちの態度は化粧しているときと比べて、全然優しくないんですもん。
女性に嫌われないよう... [続きを読む]
受信: 2008/10/16 10:54:02
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
Bach is back.
グーーですね(最近エドはるみパターンが刷り込まれてしまった)。
マルタンさんは、天才ピアニストのロラン-エマールも呼んでくれそうで、そうとなれば東京まで行くとするか。
ロラン-エマールといえば、最近TVで「フーガの技法」を独自の順序で配置した演奏会を見た(聴いた)。既成の標準的順序の楽譜をバラして、中にはページを半分にしたようなページも作成して、これらを、めくる以外にスライドさせたりで、譜めくりアシスタントとの共同作業だけでも緊張感に満ちていた映像であった。
若い時にすでにメシアンを征服し、50歳代でいよいよBachに挑む。
天才にもチャレンジのネタは無限なようです。
投稿: fructose | 2008/10/17 4:26:36
モギ―先生、こんにちは!
ポリフォニーですね! そうですか♪バッハですね。楽しみです。東北の私と京都の友達が、ラフォルジュルネで再会します。 ロシア音楽の旅で知り合ったご縁なのです。 ルネマルタンさんとモギー先生のお顔が、こどものように可愛らしくて・・失礼をお許しください・・素敵です。音楽を愛する方の表情は、とてもピュアで素敵ですね♪ 本郷道りも学生時代をなつかしく思いださせてくれる響きです。
投稿: ぶらんか | 2008/10/14 16:40:29
茂木先生 こんにちは♪
お化粧は大好きです!それは、しないよりしたほうが、確実に綺麗で華やかになるからです。もちろん自分なりですけど(笑)新しいリップやアイシャドウ、マスカラなどつける時は嬉しくてワクワクします。きっと脳の中を見るとドーパミン放出状態なのではないでしょうか?お化粧すると気分も変わり、いろんな意味で戦闘モードに入ります(笑)ホントに女に生まれて良かったなぁ~!と。至福のひと時!?これからも自分なりの?美を追及していきたいと思います!それと昔あったお店が無くなったり、新しくなっていたりすると自分だけ取り残された気がして、私は変わらないのに月日は立ったんだなぁ~と、ポツンと寂しい気持ちになります。懐かしい場所は懐かしいままに残っていて、そこに行くといつでもあの時の自分に帰れる場所であって欲しい。無理な話しですけど…秋はまた特にそう思わせる季節です♪
投稿: 平井礼子 | 2008/10/14 13:55:10
茂木さん、こんばんは★
『自分の内なる声を追うという意味では、
そこには制約が加えられており、
むしろ強いられていると言っても良い。』
制約や強いられている、という言葉を
どういう意味でつかわれているかで
この文章の解釈はずいぶん変わるのでは、と思いました。
私的には
内なる声、
自分がやりたいと思っていること、
それにも強さと純度の段階があると考えます。
心の底から本気で命をかけるに値する
内なる声には、
そもそも制約とか強いられるというとらえ方はしないと
思うんですよね。
内なる声だと思ったけど
面倒なことがある、、、
そんな風に思い始めたら、
それは
やめるべきか
続けるべきか
休憩して戦略練り直すか
問われているのだと思います。
純度高く強い内なる声というものに、
そもそも苦労という言葉はあまり感じないような気がします。
面倒や厄介事はたしかにあるけど、
振り返ってみれば、それも楽しい思い出であり
学びになった、
私自身は少なくともそうなんですけど。
内なる声と言っても、
流れゆく感情のように
一瞬だけのものもありますよね、
そういうものと、
持続して出てくる内なる声は
見極める必要があるのではないかと。
あとこの世に生きている以上、
人は組織のなかで生きるので(最小単位の組織は家族)
妥協はある意味仕方ないというか、
妥協そのものを
どう捉え、どう扱うかで
精神的負担もかなり減ると思います。
茂木さんのように
いろんな人とかかわってお仕事されていると、
大変なことも御苦労も多いんでしょうね、、、
どうぞお体にはお気をつけて。
時々はコスタリカみたいなところで
息抜きされるのも良いのでは、、、。
投稿: ももすけ | 2008/10/14 3:15:12
こんばんは。
>もっとも、オープンなダイナミカル・システム
としての私たちは、環境と相互作用しなければ
ならないから、
自分の声と他人の声の多声的響きの中に、
生命の妥協を探らなければならない。
最近の難問です。
自己にとって他者は環境ですが、自己と他者を隔てる境界を取り払ってしまうと、自己も環境です。
世界は大きな河のように流れ、生命はその流れのきらめきなのでしょうか。
流されゆくはかない生命であっても、河の岸辺に立って静かな眼差しで河を見ている自己に気づくことがあります。
そのとき、自他の区別なくその声を平等に聞くことができるのかもしれません。
昔ある人に「世界はオレを中心に回っている」と言われたことがありました。
そのときはショックでしたが、みんな口に出さないだけで心の奥底ではそう思って行動しているのかなとも感じました。
だからこそ争いが絶えないのでしょう。
生命が生命であるためには、妥協は必然なのでしょう。
投稿: 遠藤芳文 | 2008/10/14 2:51:51
茂木先生こんばんは。報道2001では先生の「生き方を学んでいる」,「皆違って皆いい」とおっしゃっていた言葉がとてもやきついております。記事の冒頭から強いメッセージを感じたのですが、自分が生きたいように生き、うちなる声(夢)を追うには、環境との相互作用を、主観的、客観的に両者から捉え生命の妥協を探りなさいと言うような感じで自分なりに受けとめさせて頂きました。実際学校に通っている時はなんのために学んでいるのかが解らなかったのですが、私は先生の著者に出会いブログ等から沢山の事を学ばせて頂いている事がやはり嬉しいです。(*´ω`*)
投稿: WAHINE | 2008/10/13 23:18:56
自分が生きたいように生きるという事で大切なのは、自分の内なる声と対話しながら方向性を決めていくことのようにも思います。
そして…その際、その場その場で他者と自分との関係を考えていくのですね。
茂木さんの言葉でいうと…顔学会を立ち上げた時はアウェーでの活動。それが努力と継続によりホームグラウンドでの活動となった方ですもの。すごい方ですね。原島先生。
(ホームとアウェーの考え方、合っているかしら…?)
投稿: 奏。 | 2008/10/13 21:56:59
はじめてJ.S.バッハの曲をまともに耳にしたのは、いつのことだろう…たしか中学での音楽の授業で聴いたのが最初かな…。
学校の授業で聴いたのは、“G線上のアリア”や“ブランデンブルク協奏曲”といった、わりとメジャーなものが多かったような気がする。
来年のラ・フォル・ジュルネ…今から楽しみにしていたいです。バッハが現代に帰ってくる。素晴らしいテーマですね。
きっと自分自身が、今だ耳にしていない作品も、来年のラ・フォル・ジュルネで聴けるかもしれない。
この世で生きるということは、他者の声と環境とのバランスをとりつつも、常に自分の内なる声に耳を澄ませていかなくてはならない…しかし時には、それを実行したら“自分の周りの世界に迷惑をかける”ような自分の内なる闇から起こる邪な声には随わず、賢い他者の“助言”に随輪なければならない事態もある…。
とにかく、自分の内も外も、偶有的な力学が働いているこの次元、自己と賢明な他の声を聴きつつ、懸命に生きなければ何の果報やあらん、と思う。
p・s・顔、ということで、以前、何時もよりも念入りに化粧して、鏡を眺めてみたら、流石に『これは自分と別人の顔だ!』と感じた。化粧という行為が如何に高度な自己認識を齎すか、実感した瞬間であった。
投稿: 銀鏡反応 | 2008/10/13 18:50:58
こんにちわ
内なる声と自由を考えていたのですが、茂木さんが以前、孔子(だったかな?)の話で、「70にして、自分の欲のほしいままに行動しても、世の中と問題を起こさないようになった。」と、言っていましたが、これは、自由の一つの形ではないでしょうか?(^^)
投稿: 内なる声のクオリア2by片上泰助(^^) | 2008/10/13 18:48:28
趣味のピアノも、自分の年を考えれば40年余り細く長く続けてきたことになります。学生時代にパイプオルガンに出逢い、燦然と輝くバッハのオルガン曲に憧れて、東中野のキリスト教音楽学校の門をくぐり、本業を離れてオルガンばかり弾きまくっていた時代もありました。時は移り、人生の後半をどう生きていくべきか、を見つめる今、アマチュアの弾き手として目指しうる最大の目標として、バッハの平均率曲集全2巻を自分なりに仕上げる決心をして早や1年。私のこの決心は同時に、家族の忍耐力向上に大いに貢献していることになるのですが・・・
投稿: (マ)ゴグ | 2008/10/13 15:57:09
私は、毎日 自分がしたい事としなければならない事に挟まれた状態です。
自分の内なる声を素直に正直に感じ取りながら生きる事をとても大切にしています。
二者択一・・・空を見たり、緑を見たり、とにかく動いたりします。
内なる声の為に 感情的にならないように・・・
その後に得られる感動をいつも楽しみにして苦行をするのです。
投稿: 穂 | 2008/10/13 14:15:09
こんにちわ
内なる声が、本当に良いか、それとも、もっと良い声がないか、探す事は出来ると思います。(^^)
投稿: 内なる声のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/10/13 12:22:08
茂木健一郎さま
実は偉大な指揮者
ヘルベルト・フォン・カラヤンさまについてでかなり以前に、どこかで読んだ記憶
人は少しづつ正しい主張を持っている少しづつ。上手く物事が進まない時
その 少しづつの正しい主張で物事が対立する
内容的には このような意味合いに沿った感じで記憶していますが
茂木健一郎さまも
自分の声と他人の声の多声的響きの中に、
生命の妥協を探らなければならない。
意味合いがヘルベルト・フォン・カラヤンさまと私、個人的には重なる部分を持ちます
本日、更新のブログで そこの部分に心が動揺しました
ちなみにこの頃 思います
小学生の頃 国語の感想文 先生の例に沿った答えでないと不正解
しかし 茂木健一郎さまのブログを拝見されコメントを 拝読させて頂くと 同じ文章を読みでも 多岐に思いが
茂木健一郎さまのブログ記事がダイヤモンドの輝きとして
ダイヤモンドを中心に あらゆる角度に光輝いていく光の光線
それが コメント欄と 私のあくまで個人的な感じですので
でも言い切れることは
茂木健一郎さまのブログ記事がダイヤモンドの輝きに匹敵しています
それは書籍においても文庫本においても
茂木健一郎さまの書籍、文庫本を買いに参る町田市は木曾の文教堂さんへは 自分の持っている 自分では他人から見たら普通の洋服でも、
よそ行きの洋服で行こう
ダイヤモンドを買いに行くのに
短パン Tシャツでは 自分の気持ちとしてはと 本当、そういうことなど考えたことない私が 自分に驚きです つい本当 最近から。
ところで小学生の頃の国語の感想文についてですが同時に
先生が示す方向性の答えに沿ってでないと
輝きが正しい方向に輝いているのか、先生は輝く方向の基準を示されていたのかも、と同時に思います。
投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/13 11:11:15
おはようございます。
11日の土曜日に3冊目の本「脳は天才だ!」を購入しました。
まだ、2冊目を読み終えていないのに本屋へ行くと先生の本が目に飛び込んできて。
10月19日(日)にサントリーホール・ブルーローズで
バッハ:管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV1067
モーツアルト:ホルン協奏曲 第4番 変ホ長調 K495
チャイコフスキー:弦楽のためのセレナーデ ハ長調 作品48
が演奏されます。
世界初グラビトン音響システムによる・・・との事です。
指揮。フルート上野隆史氏です。
投稿: 青空229 | 2008/10/13 10:07:48
茂木さん、おはようございます。
きのう番組を拝見しましたよー。天才について、“変人の暴走”
と言い切る茂木さんの潔さ。
スタジオにすがすがしい風が吹いた。
「来年のラフォルジュルネ」は「バッハ」!ひゃあ楽しみ!
投稿: 柴田愛 | 2008/10/13 9:25:24