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2008/10/16

おじいちゃんたら、仕方がないわねえ

相変わらず時間がありません。

ソニー教育財団の仕事で、
名古屋に日帰り。

名鉄名古屋駅の券売機の前で、「米津」
が見つからず、駅員さんに教えていただいた。

名古屋圏の私鉄は枝分かれがすごい。

移動中もずっと仕事。

米津で降りると、ほんとうにいい天気で、
こんな日に外をぶらぶら歩かないのは
もったいないと思った。

帰りの新幹線は熟睡。

改札を出る時、なぜか直接外に
出る口だと勘違いしてしまった。

東海道新幹線の出口は、
駅員さんが
「切符が出てきます。おとりください。」
といつもアナウンスしていて、
「取り忘れる人がいるんだなあ。オレは
だいじょうぶだけど」
と思っていたのを、本当に自分でやってしまった。

「あのー、すみません、切符をとるのを忘れて
しまいました。」と申し出ると、
若い女性の駅員さんは、「もう、おじいちゃんたら、
仕方がないわねえ」というような風情で、
「どこから乗られました?」と聞く。

「名古屋です」と答えると、
改札室の方に歩いていって、何か機械をささっと
操作して、まっしぐらに私が出た改札機の
方に歩いていって、ポケットのようなところを
かちゃっと開けて、
切符をとりだしてくれた。

それで、オンラインでわかるような高度な
システムになっているということがわかった。

寝起きだったもので、ごめんね。

名古屋駅の構内を
歩きながら、時折、「そうだ、昔あんな
ことを書いたなあ」と脈絡がなく
思い出していた一点。

本を開いて、確認。
過去からずっと続いている問題と向き合う。

ラジカルさの核は、変わっていない。

茂木健一郎
『脳とクオリア』 
(日経サイエンス社、1997年)
第5章13節
「クオリアは、プラトン的世界への道である。」より
 
 私は、この章でクオリアについて論じてきた。クオリアの問題は、あまりにも深淵で、広く、とても一章だけで論じきれるものではない。また、私たちのクオリアを理解しようとする試みは始まったばかりであり、まだまだ私たちの直感が働く範囲は限られている。
 ただ、私が強調したいことは、哲学者たちのようにクオリアについて抽象的な議論をして、溜息をついているのではなく、クオリアについての技術的な議論を始めるべきだということだ。例えば、認識の要素を構成する相互作用連結なニューロンの発火のパターンとしてクオリアをとらえるというアプローチは、直ちに、クオリアの具体的な分類、カタログ化の道筋を示唆する。この際に重要なのは、感覚野における、ニューロン同士の相互結合パターンに関する詳細なデータだ。クオリアについて理解するためには、反応選択性ではなく、ニューロンの発火の間の相互依存関係自体を検証しなければならないからである。クオリアについて、神経心理学的な視点から研究されるべきことはあまりにも多い。「反応選択性」という概念が、クオリアの本質を長い間隠蔽してきたため、殆どその研究は手つかずになっている。
 この章の最後に、私は、クオリアの問題についての、ある信念を表明したい。それは、クオリアを、進化論的な観点からとらえるのはクオリアの本質を見過ごしているということである。
 今日、脳の構造を含めて、全ての生物学的特徴を、その淘汰上の利点から考えるのは、当然のことのようになっている。実際、巷には、意識がどのような淘汰上の「利点」を持つから進化してきたのかを論ずる論文があふれている。
 私に言わせれば、私たちの心の持つ属性、とりわけクオリアは、その淘汰上の利点とは独立して論じられなければならない。5ー2節に論じたように、あるクオリアと、その淘汰上の利点の結び付きは、全くの任意なのであって、クオリアの存在自体を、淘汰上の利点から説明することはできないのである。
 あるクオリアの存在が、生存を脅かすようなものであれば、そのような生物は絶滅するかもしれない。例えば、捕食者におそわれた時に、心の中に「銀の鈴を鳴らしたようなクオリア」が浮かんで、それに聞きほれてしまうような生物がいたとしたら(まずそんな生物はいないだろうが!)そのような生物は絶滅するだろう。だが、そのような淘汰上の不利益と、「銀の鈴を鳴らしたようなクオリア」自体が持つ属性は、全く無関係なのである。
 私たちが、現に心の中に浮かばせることのできるクオリアについてせいぜい言えることは、それが生存上の要求と両立可能(compatible)であるということだけだ。クオリアの持つ属性と、その淘汰上の意義は、独立した概念なのだ。

<図5ー10
バッハの「ゴールドベルク変奏曲」の楽譜>

 音楽は、クオリアの芸術である。音楽という芸術の起源を、その淘汰上の利点から説明しようとする試みは、本質をとらえていない。例えば、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」(図5ー10)の中にあるクオリアの集合が、進化上それが有利だから生まれてきたという考え方ほど、ナンセンスなものはない。進化論が音楽の起源について言えることは、せいぜい、それが、生存上の要求と両立可能(compatible)であるということだけだ。クオリアの芸術である音楽の本質と、その淘汰上の意義は、全く無関係なのだ 4)。
 私がここに書いていることが、機能主義に象徴されるある種の見解への挑戦状であることはよく承知している。そのことを承知した上で、著者は喜んで挑戦状を叩きつけるだろう。何故ならば、私には、人間の全ての認識の構造が、ある生存上の利点のために、コネクショニスト(connectionists)の言葉で言えば、適切な入力・出力関係をつくるために存在するという見解が、全く論理的なものではないと思えるからだ。
 誤解されることを恐れずに言えば、「クオリア」の問題は、古来「プラトン的世界」と呼ばれていた、理念や概念の世界の実在性と深い関係がある。だからこそ、クオリアは、心脳問題のエッセンスであることはもちろん、より広い意味でも胸がわくわくするほど興味深い問題なのである。神経科学の発達によって、ついに、「クオリア」を実証的に研究する機が熟したのだ。私たちは、今こそ、「クオリア」を技術的に論じる努力を始めなければならない。
 「クオリア」は、間違いなく、今後少なくとも何十年にもわたって人間の知性の真摯な探究が傾けられるべき問題なのである。

4)このような視点こそ、フッサールがその「現象学的還元」という概念において訴えた考え方である。

10月 16, 2008 at 06:25 午前 |

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受信: 2008/10/17 7:05:32

コメント

「バタフライ効果」について、勉強したことも深く考えたこともないのですが、
イメージとしては、あみだくじ の経路を辿るようなもの?
と思っていた気がします。
あみだくじの出発点に、「蝶の羽ばたき」があり、線を辿っていくと、
あみだくじの終点、「はるか彼方でのハリケーンの発生」に至れると。
でもそれは間違いで、たぶん、あみだくじではなく、
格子状の経路を、好き勝手に辿るようなものなのだろう、と思います。
どこかでつながっている、というだけで、何の必然性もないのだ、と。
(それで正しいでしょうか?)

茂木先生にとっての理由があって、15日の、
「メスグロヒョウモンの日」をブログにアップしたという、
いわば、「蝶の羽ばたき」が為された、と考えてみます。
その羽ばたきは、ブログを見た人の数ほどの、多くの格子状の経路を
広がっていきます。
一方、格子のどこか片隅を、JR東海道線に乗った、
パケット代を懸念しながらも携帯でブログを見てしまう私がいて、
先生の「メスグロヒョウモンの日」に出会い、
まるで今の私の気分に寄り添うようではないか、と思うのです。

翌日になり、16日の日記を見たら、名古屋に行かれていたとのお話。
そんな偶然があるものなのだ、という小さな驚きが、
「メスグロヒョウモンの日」にコメントを書く、という行為を
私にさせたのか知れません。

世界地図で見れば、東京-名古屋なんて、ひとつの点も同じ。
私の大切な人と、私と、その間に横たわる私だけのクオリアを
なぐさめるかのような文章をアップして下さった茂木先生が、
同じ名古屋にいた日があった、という事実は事実。
でもそれを、何かのご縁だと感じるようなロマンティシズムは、
私は、間違っていると思うのです。

人生での偶然を心に留めて、そこから小さな羽ばたきを重ねることが、
偶有性をたのしむことに繋がる、という言い方もできますが、
私の小さな羽ばたきに意味があるとは、思えないのです。

間違っている、と思うのに、なぜ私はコメントを書いているのでしょう。

どちらにしても、茂木先生と読者の場合は、
インターネットというツールがありますから、感動や感謝を伝える場があります。
けれど、メスグロヒョウモンにはツールがありません。

メスグロヒョウモンという蝶々が、茂木少年に出会う。
大人になった茂木さんが、活字でそのことを伝えて下さる。
ごく間接的に、読者もメスグロヒョウモンの美しい羽ばたきを知る。

ブログ、あるいはコメントは、ネット上を流通するけれど、
メスグロヒョウモンは、ただそこに居た。
その羽ばたきが、ブログ読者のもとへ届くとは思いもしなかった。
逆に、メスグロヒョウモンにも、何もひとつ届かない。

メスグロヒョウモンは、羽ばたく意味も知らずに羽ばたくのですか?
(つまり、意味があったかどうか、結果を知ることもできずに。)
人間も、そうあるべきなのですか?

流通することはおろか、歴史になったことを誰にも知られずに、
場合によっては、自分自身でさえ知ることができないままに。

茂木先生の出会われたメスグロヒョウモンさんは、
茂木先生に出会ったから歴史になったのですか?
それとも、誰にも見られなくても どこかで歴史になるのですか?

投稿: MiznoYuli(u-cat) | 2008/10/18 4:20:05

いつも興味津津で読ませていただいております。

クオリアという言葉を知ったのは5年前の大学生の時でした。

それまで感じていた不思議だなぁ~という大きな疑問には名前があって、そして多くの哲学者がその疑問の壁の前でじたばたしているのを知って、心に一撃食らった気分になったのを今でも覚えています。

クオリアを解明する・・・私はどうしてか、解明されてほしくない気もしてしまいます。どうしてかは自分でもわかりません(^_^;)たとえば、芸術という最後の砦まで、科学されてしまうのかという不安なのかもしれません(とんちんかんなことを言ってましたらすみません)。

でも、これからも応援しております。
お体に気をつけて、元気にがんばってください。

私も平凡な日常ですが、なかなか戦いです。
がんばって生きていきたいと思います。

投稿: AYA | 2008/10/18 0:34:13

茂木様


これまで、脳の話を間に受けていました。
それは、誤解するということでもありました。


「脳によくったって、
 魂にはちっともよくないかもしれないじゃないか」と。


しかし例えば、お酒は魂にはよいですが、
肝臓によくないのも事実です。


脳にいいとおっしゃるのは
そういう事実なんだと。

脳科学者として、脳科学としての話
をされているんだと。


何も「脳が分かれば全てがわかる」とか「魂が分かる」とか
おっしゃってるのではなく、
むしろ、さらなる不思議に出会うべく、
脳科学を深めていくんだと・・・


理解が進めば、また別の誤解も生まれているでしょうし、
粗い言葉ですが、最近気付いたことを、
脳科学者としてだけではない茂木さんに
伝えたいと思いました。


クオリアを哲学によらず
脳科学で語るというのが理解できなかったのです。
でも、それは誤解と狭さ、考えることの不足であったのです。


真実に向かうのは
〈哲学〉とか〈科学〉じゃなく・・・

私も、星を見上げて、生きていきたいです。

thunder・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

投稿: takako | 2008/10/17 18:37:12

茂木先生 こんにちは♪
何もその人が口に出して言わなくても、なんとなく言いたいことがわかる!と言うのは、こちらの勝手な思い込みなのでしょうか?よく、「言わなくても、言いたいことは顔に書いてある」と言いますけど、それはどう言うことなのでしょうか。 ほんとに相手がそう思っていたのかもしれないし、こちらの取り様で自分だけが思ったことかもしれないし…私はその時の自分の気持ちと、なんとなくの相手のニュアンスで、それはほんとに当たっていることが多いのではないかと思います!そう言う「気」みたいな?他に置き換えることが出来ない相手とのやりとりは、たしかにあると思います!
それもクオリアと言っていいのでしょうか?「以心伝心」は、確かにあると思います♪※15日の夜にベストハウス123に投稿させていただきましたけど届いてないでしょうか?新しいアドレスに変えたりと、機械に疎いので間違えたのかも知れません…これは届きますように(笑)

投稿: 平井礼子 | 2008/10/17 12:28:30

こんばんは。
「もう、おじいちゃんたら仕方ないわねえ」
なんて茂木先生はユーモアのセンスも抜群です(笑)そしてお茶目でございます♪ただ、どこをどう見させて頂いてもおじいちゃまには映りようもありませんが。(*^_^*)
しっかり改札機の仕組みまで観察されている所が流石なのだなあと思ってしまいました。
「脳とクオリア」このご本は先生の記念すべく処女作であられますよね。脳と心の関係を世間に対してマニフェストした、理論的思考のマグマを噴出されたと「生きて死ぬ私」にあったように、非常に難しく感じます。「茂木健一郎の脳科学講義」を拝読させて頂き、クオリアによって起きる科学革命は相対性理論や量子力学等と同クラスの科学革命であり、しかしクリックとペンローズという対照的な科学者の研究方法でも意識の問題の本質はとけない、神経科学自体がそういうレベルに達していない、生きているうちには解けない問題かもしれない…等、先生が恐ろしく難しいものとずっと向き合っていらっしゃる事は私なりに感じさせて頂きました。
ラジカルさの核は変わっていない…力強く心に響きます。
それではお休みなさいませ。(*´ω`*)

投稿: WAHINE | 2008/10/17 0:47:55

お仕事お忙しいのですね。
私も…たまに行く地の券売機で、駅名が見つからず、しばらく路線図と にらめっこをした事があります。

テレビで「ラジかるッ」という番組がありますが、そのままこういう物(意味)なのだろうと思っていました。が、調べてみてビックリしました。
そして、それ以降の茂木さんの本の一節は、この「ラジカル」という言葉から繋がっているのかな…と思いました。

そう考えていくと、「あぁ、なるほど」と思うところがありました。

クオリアを感じる事によって得られる“わくわく”感、今の私にできるベストの状態で日々の生活の中で感じていけたらと思います。

投稿: 奏。 | 2008/10/16 20:05:26

ここ2、3日、風邪になってしまって、昨日観た「ベストハウス123」の感想を投稿する気力もなく、眠くなってそのまま寝室で熟睡してしまった。

熟睡のお蔭で、昨日よりも調子がよくなったが、風邪はひきはじめもそうだけれど、治りかけた時が、完治か悪化かの分かれ目だと思います…。

とにかく、くれぐれも風邪には気をつけたい、と思います。

ところで、私自身も、切符の取り忘れではないけれど、目的地(例えば新宿や渋谷、自由が丘、横浜など)で、その目的地から自宅への帰路に着くさい、切符を販売機で買い、改札を通して、電車に乗ったはいいけれど、いざ!自宅のある町の駅へ降りるとき、切符を買ったことをうっかりわすれてSuicaを取りだしてしまい、駅の改札にかざしたが、“ぴんぽ~ん!駅員にお見せ下さい”などとアナウンスされてしまい、慌ててポケットを探って、件の切符をやっと取りだし、改札に通してやっと出られた、という失敗体験を時々してしまうことがあります。

いやはや…切符の取り忘れと買ったことを忘れるというのには、ゆめゆめ用心しなきゃ行けないと個人的に思ったりします(汗)。

それにしても…つくづく思うのは、私達の生活というのは、起きている時も夢見る時も、怒れるときも喜ぶ時も、泣いている時も笑っている時も、常にクオリアという厚くも…ある時は甘美であり、またあるときは峻厳なものをもたらす、目には見えないけれど様々な形に感じられる“質”に包まれてあるのだなぁと言うことだ。

そして、人間の脳内に、若しクオリアというものが生まれるプロセスが生じていなかったら、私達は何を生み出せていただろうか。美しい花を観ても、それを美しいと感じられただろうか。水のせせらぎを聴いても、それに感応することができていただろうか。きっと何も生み出せていなかったに違いない…。

何時頃の頃だか、もっと自分の中の、内側にあるクオリアを伴った、生命の底力というものを十二分に発揮して生きていこうという、ひとつの大きな決意が常に私の中にある。

誰しもそうだが、私も何時まで生きれるか分からないが、兎にも角にも、この決意のままに日々を生きていくに如くはないと思っている。

※乱筆乱文、何卒お許し下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/10/16 19:17:04

茂木健一郎さま

日経サイエンス社さまからの 『 脳とクオリア 』

少し拝読させて頂けたことに感謝

拝読が停止していた 『 ひらめきの導火線 』

すらすらスムーズに先ほどから拝読させて頂けてます。

不思議ですが事実です。  


 

投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/16 18:36:04

クオリアについての茂木先生の熱い情熱を感じさせて頂けた文章でした。
解明されればされるほどに人も もっと進化することが出来る素敵な研究分野なので 期待も膨らみます。

脳を破壊しそうなほどのクオリアに出会えれたときの快感は、たまらなく気持ちの良いものですよね。生きていて良かったannoyと感動深いです。

「おじいちゃんたら、仕方がないわねえ」
は、とてもおもしろかったです。茂木先生でも情けない思いをする時があるのね・・・とちょっと、嬉しい感じです。
いつも、お忙しそうで。お身体にお気を付け下さい。

投稿: | 2008/10/16 15:57:22

こんにちわ

東海道新幹線の出口は、切符を忘れる人が多いため、対応として専用のオンラインソフトがあるのかもしれませんよ。(^^)


人間は、イメージ、思考、記憶のための仮想領域があり、その中でもクオリアがあり、脳の入力→出力とだけではないと思います。


脳の発火及び反応選択性と量子収縮、感覚は、つながっているのかも?(^^)

投稿: 駅のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/10/16 14:09:47

ニューロン同士の相互結合パターンの関する詳細なデータをとった場合、
「ある相互作用のパターンがこのクオリアに対応している」
ということであれば、それも「相互作用反応選択性」にすぎないのではないかと考える人がいるかもしれません。

クオリアの問題を私なりに考えてみましたが
「相互作用」を考える上で、このような点が問題になるのではと思いました。

1,クオリア世界Qの形式そのものに関わっている、ニューロンの相互作用
2,Q内のクオリアの具体的内容Xに関わっている、ニューロンの相互作用
3,身体的な「私」を原点OとしてXをQにマッピングすることに関わる、ニューロンの相互作用
4,Xをメタ認識している立場に関わっている、ニューロンの相互作用

このように考えると、従来の「反応選択性」では少なくとも1,2,4にまったく手をつけていないということになりそうですね。

3はfMRIでも発見できそうですね。とても興味があります。
そのような研究がなされていたら、教えていただけると嬉しいです。

投稿: 金田恭俊 | 2008/10/16 12:13:50

茂木先生の本を少しづつ読んでいます。
クオリアについての 今回の ブログ中の 文章 難しく 英語の雨に降られているようです。 頭がぼーっしてきました。
雨を浴び 頭が風邪をひくくらい ブログ読ませていただきます。

投稿: 邦之 | 2008/10/16 10:31:05

はじめて投稿させていただきます。
昨日は米津小学校に子供がお世話になっている「一保護者」
として、参加いたしました。
茂木先生、昨日はたいへん興味深いお話、
ありがとうございました。
年齢と共に、自分の記憶力に自信が持てなくなりましたので、
昨日は必死でメモを取らせていただきました。
帰ってから、4人の子供達や主人にちゃんと伝えられるように
という思いで・・・
早速、「みかんの木のアゲハ蝶」の未だ解けていない謎の事を
子供達に問いかけてみました。

すると、5年生の娘が、
「お母さん、わからんや~?
  気分に決まっとるじゃん」←米津弁

と即答しました。
すんでの所で一笑するところでしたが、
「まてよ、確信を得ているかも!」
と思いました。
「気の分」と書いて気分。「気」の分子・・・

今の科学がどこまで進んでいるのかすらわからない
一主婦ですが、
「気」というものはまだすべて解明されてないですよね?
それが解明できれば、10m離れた所でさなぎになった謎に
一歩近づけるかもしれないと思いました。

子供達としばらく、「にわとりと卵はどっちが先か?」とか、
「第7の素粒子(質量)、まだ未確認だってよ」
などなど、話に花が咲きました。

決して親バカで言うわけではありませんが、
子供には無限の可能性があるなと思います。
ノーベル賞だって夢じゃない、宇宙飛行士にだって
なれますよね!
(と言いつつ、私だっていつか宇宙の謎を解明してやる!と密かに思っている)←(≧∀≦)

もしかしたら、今日が子供達の人生を変えるきっかけとなった
日になるのかもしれない、と思った一日でした。
ありがとうございました。

それでは、長々と、失礼いたしました。

投稿: Alice | 2008/10/16 10:17:43

茂木さん、久々のコメントです☆
ブログにはいつも目を通し完全読者になっておりました。
最近まで「感動する脳」を、今は「脳を生かす仕事術」
をワクワクしながら読んでいます。
茂木さんの本を読んでいると目が大きく見開いてキラキラ輝いて
心はわくわくする!
これは毎回共通していて最近では「茂木健一郎」という活字を
見るだけでうれしくなり本屋さんで笑顔満開になってしまっています。
まさに「感動する脳」の体感です!

わたしは踊りを教えているのですが生徒さんの年齢は14~64歳で
40代以上の方が半数近くおられます。レッスンしながら
「あきらめないで、コツコツひとつずつ脳に覚えさせていきましょう」
と、茂木さんの本に書かれている脳のはたらきについて
触れながらレッスンをすすめています。
生徒さんは「へぇそうなんだ~」と納得しながら覚えていけるようで
みなさんいきいきと楽しんでいるようです。
茂木さんの講義を受けたことはありませんが
わたしにとってはすごく大事な先生です♪

そして・・・昨日名古屋にいらしていたのですね!
わたしは愛知県に住んでいて週1~2回名古屋に出没しています。
見慣れた名古屋駅構内とか近鉄改札口に茂木さんがいる風景、
ブログを読みながらも想像がどんどんふくらみ
かなりのドーパミンが流れ出てしまいました☆
いつかばったり名古屋駅構内で出会うという仮想をたてながら
日々わくわく生活を楽しみたいと思います!

投稿: Loly | 2008/10/16 10:16:46

茂木健一郎さま

[ 書籍と文庫本とブログ ]

柔道のきまり技で言うと、あわせて一本!

茂木健一郎さまが、ふと、気になり読み直し
やはり茂木健一郎さまの書籍は指揮者の方々がマーラーなど作曲家のスコアを読み直す、と重なります

ちなみにマーラーは作曲家でもあり指揮者でも、それはブルックナーしかり
気になります、茂木健一郎さまが、あれ?読み直しされた書籍、事実、少し拝読させて頂け

私、読書愛好家ではないはずが、どうしちゃったの自分!です。

投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/16 10:04:31

茂木さんshineshineshine
おはようございます(o^v^o)sunshineshine

昨日の日記を読みまして、
茂木さん、クオリア日記しばらくお休みするのかなぁ~と
少し寂しくなっていたところですよ。

今年の初め頃からコメントさせて頂くようになり、
遂に一年突破の夢は今日で破れたかと、
一人悲しみに沈んでおりましたヨヨヨ…sweat02

茂木さんの突っ込みのお声が聞こえてくるようです、
想像…いえ、
妄想力豊か故の罪でございます、
お許しくださいませshine

おじいちゃんに間違われても、日記が更新されてて
なんだか嬉しかったんですよ、

でも、お忙しい中、お体こわしても大変…と複雑な心境でございますcoldsweats02sweat01

茂木さんの免疫力アップのために私ができること…

ケータイ大喜利のアンテナ三本面白投稿をご紹介…笑いで免疫力アップを…と思いましたが、著作権からみますかね?

あっ
余裕のある日は、ぜひにんじんリンゴジュースお試しくださいnote
また後でコメントに来まーす

投稿: ももすけ | 2008/10/16 9:31:33

名古屋に来られていたのですね?

米津ってまたマニアックですね〜。名古屋からですと相当時間かかったと思います。

お忙しいと思いますが、お体には気をつけて下さい。

投稿: Kashiroman | 2008/10/16 8:27:13

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