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2008/10/31

とろりと甘く変化します

朝公園を走っていると、
ゲートボールをやっている
おじさん、おばさんが数人。

ベンチに腰かけていたおばさんが
声を出している。

「そんなこと言わないで、練習しなくちゃ
ダメだよ。最初からうまい人なんか
いないんだから」

全くだ。きっと私たちはずっと人生という
種目を練習し続けるのだろう。

公園では、
おじさんが、いつも一人で社交ダンスの
練習をくるくるしているのだけれども、
ここのところ何回か、一緒に練習している
女のひとがいる。

おじさんの軍手が白なのに対して、
おばさまの手袋は青である。

楽しそうで良かった、と思う
一方で、おじさんが一人で
くるくるしていた時の
純粋なる風狂の境地が
失われたことを惜しむ。

朝日カルチャーセンターで、
全国のカルチャーセンター運営担当者の
方々を前にお話しする。

神宮司さんがよろこぶ。

空き時間の
神田でなんとなくふらりと
入った店は刀削麺。

中国語が飛び交う店内が心地よい。

キッチンでは
シャ、シャ、シャっと麺を刀で
けずっている。

行き先はぐつぐつお湯の地獄。

舌先でとろりと甘く変化します。

日経サイエンス編集部にて、
京都大学の伊勢田哲治さんと
お話する。

伊勢田さんのご専門の科学哲学は
私にとっても関心が深く、
とりわけ、方法論に関する思索が
心脳問題に結びつかないかと
いろいろと探っているところ。

「おしら様」哲学者、塩谷賢は
共通の友人。

「茂木さん、今度応用哲学会というのが
できましてね。」

「あっ、そうだ、そうだ。塩谷賢から
メールをもらって、返事をするのを忘れて
いた。」

「つきましては、来年、京都で
最初の大会があります。」


「行きます。行きます。Applied philosophyと
言うのですか?」

「確かcontemporaryが入ったはずですが。」

「applied & contemporary philosophyですか!」

「いやあ、こんなところで用事が済むとは。」

伊勢田さんの近著、『動物からの倫理学入門』
(名古屋大学出版会)をいただいた。

とても面白そうです。

幻冬舎の大島加奈子さんにお目にかかる。
ゲーテのこと。

NHK。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』の
有吉伸人チーフプロデューサーと
二人で話す。

「ぼくはねえ、よめさんよりも一日後で
死にたいと思うんですよ。先に死ぬとよめさんが
かわいそうだし、よめさんがいなくなって
しまっては寂しいし」
と有吉さん。

有吉さんはいい人だ!

優秀なプロデューサーであったり、
演劇人であったり、
リーダーであったり。

そんな有吉さんの資質が、いい人で
あることによって、何十倍にも
なって光る。

悪い人は、たったそれだけのことで
木枯らしのように哀しい。

10月 31, 2008 at 10:48 午前 | | コメント (19) | トラックバック (2)

2008/10/30

人生は短く

サンデー毎日

2008年11月9日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第37回 人生は短く


一部抜粋

 ニュートン研究所があるのは、ケンブリッジの中心街から少し西に離れた、緑あふれる一角。ワイルズが「フェルマーの最終定理」の証明を発表して間もない頃、私は会議に参加するためにニュートン研究所を訪れた。
 ワイルズが証明を発表したのは、所内のごく普通のセミナールームだったが、当時すでに伝説化していた。若い研究者たちが、まるで神殿のことを語るかのように噂をささやき合っていた。
 ニュートン研究所の中には、廊下や、階段の踊り場など、至るところに黒板が置かれている。どこでも議論ができるようにという配慮である。実際に、黒板に数式を書きつけ、心ここにあらずという表情で話し続けている男たちがいた。
 数学者たちは、この世にあらざるさまざまな概念世界を見ている。その宇宙は、一生かかっても窮め尽くせないほど大きい。黒板の上の一つの数式が、「無限」への入り口となる。
 ニュートン研究所では、驚いたことにトイレの中にも黒板がある。入って行くと、そこに一つの落書きがあった。
 「私はワイルズの証明に致命的な欠陥を見つけたが、この余白はそれを書くには小さすぎる。」
 ユーモアに富んだ、素敵な思いつき。時を超えて、フェルマーの本の余白と研究所の黒板が一つにつながった。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

10月 30, 2008 at 08:35 午前 | | コメント (3) | トラックバック (3)

お金という幻想

ヨミウリ・ウィークリー
2008年11月9日号

(2008年10月27日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第126回

お金という幻想

抜粋

 お金は、本質的に社会的な存在である。今回の金融危機では、基軸通貨としてのドルの地位が脅かされていると指摘される。ドルに限らず、お金がお金として流通し、機能するのは、誰もがそれを「お金」として認めるという「期待」があるからである。
 もともとは紙切れであるものが、時には生活の根幹すら左右する重大な価値を持つのは、いわば人々の「共同幻想」ゆえ。万が一、「共同幻想」がなくなってしまえば、お金はただの紙切れに戻る。
 共同幻想を持つこと自体は、決して悪いことではない。そもそも、脳が認識するものは全て「脳内現象」であり、神経細胞の活動がつくり出した幻想である。目の前にある机は、確かに現実であるかのように思われる。しかし、もとを糾せば、机のイメージは脳の視覚野の活動がつくり出した「幻想」に過ぎない。手で触れれば確かに得られる木の感触も、脳の体性感覚野の生み出した「幻想」に過ぎない。
 私たちが使う言葉も、また「幻想」である。「時間」や「空間」、「私」、「あなた」といった世界にかかわる基本的な言葉も、突きつめていけばその根拠はわからない。そのように言葉の「底」が抜けているとわかっている人が、小説家となり、詩人となる。


全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

10月 30, 2008 at 08:00 午前 | | コメント (5) | トラックバック (5)

冬眠から春日に

帰りの飛行機は、映画Get Smartを
見た。

スパイもののパロディー。
主演のSteve Carellというのは
どこかで見た人だなあ、と思ったら、
アメリカ版The officeで主演している
人だった。

見終わって眠り、それからずっと
仕事をしていた。

他の用事がなければ、ずっとずっと
仕事をしていても良い。

冬眠するクマが張りめぐらせる仮想
の網のように、いつまでもつむいで
いても、それで良い。

隣りに座ったフランス人のおじいさんは
どちらかというと偏屈な人のようで、
アテンダントに対する物腰が、他人が
見ていてもはらはらする。

何かを頼むときにも、言葉を
発せずに、ぐいと腕を突き出したりしている。

一度、コンピュータの電源プラグの
スイッチを見てもらいに立った時など、
アテンダントのつけた小さな室内灯を、
私と彼女がちょっと通路に立った間に
ぱちっと消してしまった。

飛行機を降りる時、急いで立って
行こうとする。

困った人だな、と思いながら、
「どうぞお先に」と譲ったら
目が合って、その瞬間、
まるで古代の恐竜の表情に
春日が差すように、にこっと
笑った。

成田空港からの帰途は、千葉で激しい雨が
降ったと思ったら、都内は曇りだった。

冬眠から春日に、
やがて激雨を経て冷たい風が吹く
曇りへと至る。

10月 30, 2008 at 07:44 午前 | | コメント (12) | トラックバック (2)

2008/10/29

とてつもなく難しいこと

帰国のシャルル・ド・ゴール空港で、
やっとネットが通じる。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、
その生涯のうちに、数多くの人体の
解剖をした。

解剖学的知識により、
身体の中がどのようになって
いたかはわかっていたはずである。

そのことは、『岩窟の聖母』など、
彼の宗教をテーマにした絵画に、
どのように反映されているのだろう。

イエスは、十字架にかけられることによって、
自らの肉体をさらし、
その内部がどのようになっているかを
世界に露わにした。

「神の子」の肉体は、つまりは、
私たち人間の肉体と、寸分違うところが
なかった。

にも関わらず、イエスが「神の子」
であるということは、あり得るのか。

休館日のルーブル美術館で、
『モナリザ』『岩窟の聖母』『洗礼者ヨハネ』
『聖アンナと聖母子』を見る。

薄暗いキャンバスの中の
唯一の光源は「人間の肌」であるかのように、
永遠の謎が輝く。

世界の初めから隠されていて、
世界の終わりまで解かれることのない
何ものか。

とてつもなく難しいことに
ずっとずっと向かい合っていたいなと
雨が降り始めたパリの空に想う。

10月 29, 2008 at 06:06 午前 | | コメント (19) | トラックバック (5)

2008/10/28

本日

プロフェッショナル 人工心臓 の野尻知里さん。見てね。

10月 28, 2008 at 01:41 午後 | | コメント (12) | トラックバック (2)

ネット

が通じません。曇りから雨になってもフランスの空気はフランス。

10月 28, 2008 at 01:38 午後 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/10/27

熊野からの便り

熊野のイベントに呼んでくださった
三重県庁の平野さんからメールと
写真が届きました!

平野さん、ありがとうございました!

Date: Mon, 27 Oct 2008
Subject: ありがとうございました
From: 平野あつし
To: 茂木 健一郎

茂木先生

本日は遠路遥々お出でいただき、
ありがとうございました。

おかげさまで、素晴らしい対談になり、
お客様からも嬉しい反応を多々いただきました。
こころから感謝申し上げます。

佐治先生も本当に楽しそうにされていました。
茂木先生にはご無理を申しましたが、
この対談を企画させていただき、
本当に良かったと思いました。

これに懲りず、また三重県にお出でください。
「にしむら亭」にまた行きましょう!

馬越峠で写した写真を送ります。
一緒に写っているのは、
熊野古道語り部の吉田さんと、
日本林業者経営協会会長の速水さんです。

次回お会いできる機会を楽しみにしています。
ではまた!

平野拝

10月 27, 2008 at 01:53 午後 | | コメント (11) | トラックバック (6)

フランス

水曜の夜帰国の予定で、
フランスにおります。

この間、メールは(不定期ですが)読める予定です。

午前5時のシャルル・ド・ゴール空港。

うすぐらい中で、人々が何かを探っている。

10月 27, 2008 at 01:22 午後 | | コメント (11) | トラックバック (2)

2008/10/26

エチカの鏡

エチカの鏡

フジテレビ

2008年10月26日(日)21時〜21時54分

番組表


10月 26, 2008 at 05:08 午後 | | コメント (8) | トラックバック (0)

紀伊半島の

尾鷲というところにいました。

ネットが通じず、今やっと。

いいところだったなあ。熊野は。

風に匂いがあることを思い出しました。

10月 26, 2008 at 05:01 午後 | | コメント (13) | トラックバック (2)

2008/10/25

『学問は青天井』

Lecture Records
茂木健一郎
『学問は青天井』
レクチャーと質疑応答

埼玉県立浦和高校
2008年10月24日

音声ファイル(MP3, 70.7MB, 77分)

10月 25, 2008 at 09:09 午前 | | コメント (7) | トラックバック (2)

他人と接して生きる実感を得る

Lecture Records

茂木健一郎
他人と接して生きる実感を得る
2008年10月24日
朝日カルチャーセンター講座 最初の22分

音声ファイル(MP3, 20.4MB, 22分)

10月 25, 2008 at 09:04 午前 | | コメント (12) | トラックバック (4)

ぱあぱあ言いながら

池上高志が教授に昇格したというので、
お祝いの電話をした。

Hello? Can I speak to Professor Ikegami?

Yeah, speaking.

PROFESSOR Ikegami? PROFESSOR Ikegami?

何だよ、茂木かよ。

So you have been promoted to professor!

That's right.

When was that?

October 16th.

That's great. we must celebrate.

Thank you very much.

Do we keep talking in this strange language, or should we switch to our local tongue?

ははは。

朝、雨の中を埼玉県立浦和高校まで
講演に出かける。

学生たちを前に、思い切りアジった。

銀座へ。

吉井画廊の吉井長三さん、白洲信哉さん。
白洲明子さん。

信哉を見ると、何だか日焼けしている。

「あれ、焼けているね」

「いや、ちょっと、オープンカーでの
レースに出てね。」

「へえ。ちゃんとしたやつ?」

「祖父の乗っていたベントレーに乗って、
1000マイル。」

「それは本格的だなあ。赤信号は止めて
くれるの?」

「首相じゃないんだから、それはやってくれませんよ。」

維新號に入ると、信哉が担々麺を頼んだ。

それで、ボクも辛いものを食べたいと
思っていたことに気付いた。

どうやら、銀座に向かう道すがらが、
体調の「底」だったらしい。

ソニーコンピュータサイエンス研究所
着いて、田谷文彦にからかって、
東京工業大学の学生たちと議論を始めた
頃には、ずいぶん気合いが入ってきた。

朝日カルチャーセンター。
人の心の不定に触れることこそが
生の実感を与える、という話をする。

『意識とはなにか』(ちくま新書)で論じた、
自己の社会的構成のことを思い出す。

増田健史(たけちゃん)と、ぱあぱあ
言いながら作ったなあ。

人に歴史あり。本に歴史あり。

茂木健一郎
『意識とはなにか』 
(ちくま新書、2003年)

 以上のようなことを考えても、また、他の様々な日常生活の体験を考えても、人間にとって、自分が何者であるかという認識は、徹底的に他者の視線を前提にしたプロセスであると言える。成人になって、個が確立したように思われる場合にでも、私たちの自己の認識は、他者との関係によってかなり左右される。さらに進んで言えば、自己という「同一性」は、他者との関係性によって生み出されるものであるとさえ言えるくらいである。
 私たちは、成人した後は多かれ少なかれ「本当の自分」という個が確立していると考えがちである。しかし、実際には、他者との関係性によって、まるで魔法のように新しい自分が生み出されるという現象が普遍的に見られる。関係性の数だけ自分があると言っても過言ではない。一つの「ふり」からもう一つの「ふり」へと切り替えるとき、そこに新しい自分が生まれるのである。
 例えば、前の章で例として挙げた、タクシーに乗った時に運転手さんと会話を交わすとといった状況では、それまでになかった新しい自分がその関係性の中で生み出される。友人宅で、友人の赤ん坊が泣き始めて、よしよしとあやす時、外国人に日本語で道を聞かれて、なぜか外国なまりのような日本語でしゃべってしまう時。私たちは、関係性に応じて、その場その場で新しいパーソナリティを立ち上げるということを、日常生活の中で常にやっている。
 Aという人が、Bという他者に接する中で、A'というパーソナリティー(ふり)を立ち上げる。すなわち、スキームで書けば、

 (A)A' →B

のようなことを、私たちは常にやっているのである。私たちの脳の中には、このようなことを可能にするメカニズムがあらかじめ組み込まれているのである。
 この時、Bから見れば、Aではなく、A'こそがAという人の属性であると認識されるわけであり、また、Aにとっても、自分の中にA'という属性があったのだと自己認識されるわけである。
 どのような他者と関係を結ぶかによって、その時に立ち上がる新しいパーソナリティーは、異なるものになり得る。例えば、B、C、D、・・・という異なる他者に対して働きかける場合、それぞれ、

 (A)A' →B
 (A)A'' →C
 (A)A''' →D
 (A)A'''' →E

と異なるパーソナリティーA' 、A'' 、A''' 、A''''が立ち上がるということがあり得る。例えば、結婚している女の人が、子どもに対しては母親の、夫に対しては妻の、母親に対しては娘の、そして友人に対しては一人の女の子のパーソナリティーで接するなどというのはありふれた現象である。それぞれのパーソナリティーである「ふり」をすること(そうしないこともできるのに、そうしていること)が、A' 、A'' 、A''' 、A''''・・・・という異なるパーソナリティーとして現れてくる。
 これらのパーソナリティーには、もちろん、一人の人間の異なる側面としての共通点があると同時に、その関係性の中でしか生まれてこないものもある。一人の人間という個が、他者との関係性に依存して生み出されてくるというプロセスを理解する上では、一つのパーソナリティーが貫かれていると考えるよりは、関係性に応じて異なるパーソナリティーが生み出されるという現象の方が本質的なのである。
 もちろん、多面性があるとは言っても、最終的にはこれらの異なるパーソナリティーは、<私>という単一の人格に統合される。右のスキームで(A)と書いたのが、その仮想される<私>という単一の人格であると考えても良い。そもそも、そのような単一の人格が存在すると考えるべきなのかどうかということは、興味深い問題ではあるが、このことはもう少し後で議論したい。

10月 25, 2008 at 08:56 午前 | | コメント (18) | トラックバック (3)

2008/10/24

朝日カルチャーセンター 

朝日カルチャーセンター

「脳とこころを考える」

第二回
2008年10月24日(金)
18時30分〜20時30分

(10/10, 10/24, 11/21, 12/12、全四回)

三回目には、作家の椎名誠さんと
対談いたします。

http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=32256&userflg=0 

10月 24, 2008 at 07:07 午前 | | コメント (5) | トラックバック (0)

マジック

加藤和彦さんにお目にかかる。

ザ・フォーク・クルセーダーズ。
「帰ってきたヨッパライ」
「あの素晴しい愛をもう一度」
「ひょっこりひょうたん島」


竹中平蔵さんにお目にかかる。
アメリカの文明力。
ハーバード大学。
明るく生きる、という意志。

南直哉さんにお目にかかる。
仏陀。
人生を「質入れ」しないこと。
生きるという現場の間尺に合うこと。

生きているということの実感が
一番高まるのは、
抵抗感や、不安や、魂を
がさがささせるものが
自分の中で渦巻く時で、
それは「安心立命」の境地とは
異なる。

隣りにすわった
新潮社の金寿煥さん
のお腹をポニョポニョしてみた。

わが畏友、塩谷賢のお腹を思いだして、
なつかしかった。

ポニョポニョすることの
快楽。

そこには、ほっとする「生命」の
感触があった。

生の底の緊張がひとときの緩みを見せる。

マジックが見たい!

茂木健一郎『脳と仮想』 (新潮社)より


 舞台の上のマジシャンは、どうにも中途半端な、奇妙な表情をしている。自分の信念について講演するような、自信の新製品を広告するような、最新のニュースを伝えるような、祝宴に集まった人たちに感謝の意を表明するような、そのような人たちとは違った不思議な表情をしている。自信がありそうでなさそうな、どこかはにかんだ、どこか控えめな、それでいてたくらみを心の奥底に秘めていそうな、そんな表情をしている。
 ラス・ヴェガスの舞台で見た、現代を代表するマジシャン、デイヴィッド・カッパーフィールドもそうであった。透明な樹脂の箱に閉じこめられ、鍵をかけられる。白い布で囲まれ、アシスタントたちがゆらゆらとゆらす。数秒して、さっと白い布が落とされると、そこにはぴかぴかと光るスポーツカーが出現していた。ドアを開けて、カッパーフィールドがさっそうと登場した。手を広げて、どうですというポーズをした。人々が、拍手喝采した。
 しかし、カッパーフィールドの顔は、自信満々ではなかった。これ見よがしでもなかった。まるでいたずらを咎められた子供のように、柔らかにはにかんでいた。
 舞台の上のマジシャンは、何どこかはにかんでいる。決して押しつけがましくない。決して、自信たっぷりでもない。手錠をかけられ、ぐるぐる巻きにされ、箱詰めにされ、水の中に沈められる。炎が迫り来る。はらはらしているうちに、マジシャンが見事脱出してくる。子供の頃、そのようなトリックを「大脱出シリーズ」としてテレビの特別番組で盛んにやっていた引田天功にも、そのような一面があったように記憶する。
 カッパーフィールドや引田天功をはじめ、多くのマジシャンが行っている「脱出マジック」の創始者と伝えられるのは、ハンガリー生まれのアメリカのマジシャン、ハリー・フーディーニである。
 フーディーニが脱出マジックを思いついたきっかけは、精神病院の閉鎖病棟に強制入院させられている患者を見たことだったという。そのことを知った時に、初めて、私はマジックと言う仮想の芸術の起源にあった切実さの核に触れたような気がした。
 私たち人間は、物理法則からは決して逃れ得ない。ぐるぐる巻きにされて箱に入れられ、海の底に沈められてしまえば、決して逃げ出すことなどできないことを誰でも知っている。おそらく死んでしまうであろうことを知っている。精神病院に強制入院させられてしまえば、なかなか逃げ出せないことを知っている。刑務所に入れられれば、しばらくは出てこれないことを知っている。いくら念じて見ても、物理法則を無視して壁抜けなどできないことを知っている。
 逃げ場のない状況に置かれているのは、箱の中に監禁されたり、刑務所に入れられたり、そのような特殊な環境に置かれた人間だけではない。自然の中で、社会の中で、一見自由な空気を吸っているかのように見える人間もまた、因果的な物理法則から逃れ得ないという点においては、まったく同じ状況に置かれている。閉鎖された空間に拘束された患者を見たフーディーニは、そのことを、一瞬に悟ったのではないかと思う。
 私たち人間の仮想は、現実の限定から逃れて自由に羽ばたくことができる。私たちは、どこにも存在しないサンタクロースを仮想することもできるし、一角獣を仮想することもできるし、永遠に平和の続く楽園を仮想することもできる。しかし、そのような自由な仮想の世界に遊びつつ、私たちは自分たちが因果的な自然法則によってこの現実に縛り付けられた存在であり続けることを知っている。自分たちの一見自由な仮想も、脳の中の神経細胞という現実に支えられなければ一瞬たりとも存在し得ない、その意味では因果的な自然法則から自由ではない存在であることを知っている。仮想の自由は、現実の不自由と表裏一体であることを知っている。この世界の現実が、私たちの生命を支える大切な基盤であることを知りつつ、同時に、その現実が、私たちを縛り付け続けることを知っている。
 そのような散文的な世界の中で、私たちは、時に、因果的呪縛から本当に自由になることを切なく願う。私たちの意識が、随伴現象にとどまることを止めて、この世界の現実に対して実際の作用を始めることを希望する。仮想が、本当に現実を動かしはじめる奇跡が起こるのを待つ。
 もちろん、私たちはそんなことが決して起こりはしないことを知っている。だからこそ、私たちはマジックを見に出かけ、一瞬のイリュージョンを楽しむのである。

10月 24, 2008 at 07:05 午前 | | コメント (16) | トラックバック (3)

2008/10/23

かっぱの国

子どもの頃は自転車で次第に
行動範囲が広がっていった。

家から自転車で30分くらいのところに
森があり、
春先にそこを散歩していたら
ミヤマセセリがいた。

生まれて初めて見る蝶。
茶色の地に、白い斑点が愛らしい。

ミヤマセセリのいる森は、
奥へ奥へと広がっていて、
「探検」のわくわくする気持ちがあった。

一方、その頃仲間から、川の近くに
「かっぱの国」という森があると聞いた。

湿地帯で、足がずぶずぶになるが、
ものすごい数のクワガタがいるという。

木をけると、
「ノコギリクワガタが雨のように降ってくる」
という話に私はすっかり興奮してしまった。

かっぱの国には、ゼフィルスのミドリシジミも
いて、6月頃になると可憐なミドリの
羽を見せた。

ミヤマセセリの森と、かっぱの国は自転車で
10分くらいの距離で、週末になると、
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、
ずいぶんと通った。

ある時、かっぱの国の森を歩いていて、
いつもの範囲を超え、
どんどん奥へと進んだ。
やがて、畑のような場所に来て、森に出会い、
さらに歩いていくと、なんだか
見慣れたような場所に出た。

そこが「ミヤマセセリの森」だと
気付いた時に、自分の立っている
大地が揺らぐような気がした。

「かっぱの国」と、「ミヤマセセリの森」は、
つながっている!

それまで全く別の、関係のない場所だと
思っていた二つの森が、実は一つながりであった。

あの時の、目眩がするような思いを、今でも
鮮明に覚えている。

部分と部分が全体に接続したのである。

仕事で大坂に日帰り。

リッツ・カールトン・ホテルで
打ち合わせをしている時に、必要が
あってある本を手に入れなければならなく
なった。
コンシェルジュで聞くと、
歩いて5分くらいのところに
ジュンク堂があるという。

「どうやったら行けますか?」
と聞くと、「BF2階から地下街を通って
5分くらいです。」と言う。

「えっ。リッツ・カールトンは、地下街と
つながっているのですか?」

私は驚いてたずねた。

「ええ。大坂の人は、皆、梅田から地下街を
通っていらっしゃいます。」

今まで、リッツ・カールトンに来るときは、
大坂か新大阪からタクシーに乗って、
それほど遠くないこのあたり、と思っていたから、
まさかの地下街には気付かなかった。

ジュンク堂で本を手に入れて戻るその道すがら、
幼き日の「かっぱの国」のことを
思いだした。

リッツ・カールトンは、確かに梅田に
つながっている。

新幹線に揺られながら、来し方行く末を思う。

別物だと思っていて、実はつながっている
ものは、まだまだたくさんあるのであろう
たとえばクオリア。

10月 23, 2008 at 06:34 午前 | | コメント (16) | トラックバック (2)

2008/10/22

ザ・ベストハウス123

ザ・ベストハウス123

フジテレビ系列

2008年10月22日(水)21:00〜22:00

http://wwwz.fujitv.co.jp/123/index2.html

番組表

10月 22, 2008 at 08:22 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

何かのすべて

仕事の後の懇談の席に、
東京芸大の油絵を出て、今は
働いている植田工(P植田)
が来た。

それぞれの人が散らばって行き、
ひょんなことから、植田と
二人だけで電車に乗ることに
なった。

「ゆうなちゃんは、元気か?」

「ええ、学校で教えたり、絵画教室を
二つやったりしながら、作品をつくって
いますよ。」

「植田も、がんばっているのか?」

「ええ、入社3年目になったんで、いろいろ
仕事も増えてきて。一方では、自分の作品
もがんばって作って行こうと思います。」

「難しいよね。今の状況の中で、どうやって
飛び出すかということは。」

「そうですねえ。茂木さんが、この前の横浜美術館
で選んでいた作家いるじゃないですか。」

「フランシス・ベーコンか」

「ええ。ベーコンの絵を見ていても、それほど
緻密なマチエールがあるというわけではなくて、
むしろ粗いですよね。」

「キャンバスの上に筆を置くということは、
本当はフィギュア・スケートの選手が
氷上を滑るような、そんな
行為だと思うんだ。一つひとつが取り返しが
きかない。」

「ぼくがそこで疑問に思うのは、果たして、
画家は筆をふるう時に緊張するものだろうか
ということなのです。」

「やっぱり、最後は、強度じゃないかな。
強度をもたらすものは何なのか? 今の
植田にとっては、継続ということでしか
ないかもしれないよ。ヘンリー・ダーガー
だって、もしああいう作品が一つか二つしか
なかったら、強度は成立していなかったろうし。」

「続けるしかないですよね。」

そんな話をしながら、
ぼくは、自分自身の「クオリア」のことを
思っていた。

植田は自分が降りる駅を何駅も過ぎて、
ずっとずっとついてきた。

電車が止まり、人が降り、また乗ってきたが、
ぼくたちはその色の奔流の中で、
立ったまま、いつまでも芸術の話をしていた。

ぼく自身、芸術を愛しつつ、
自分の魂との角度の関係において、
それにどのように面したらよいのか、
探っている日々の中にある。

少なくとも、確かなこと。

商業主義はもちろん、すでに
制度化されてしまったもろもろの中では、
届かない何かがある。

夜の東京をいく電車の中で立ち尽くした
ぼくたちのように、途方に暮れることでしか
触れることのできない雲の
ようなもの。

その銀色の縁取りをかいま見るしか、
今は時間の過ごし方を知らない。

時は経つ。

大きなターミナル駅で、
植田工はついに降りた。

もう行っただろうとふと見ると、
ホームの人垣の顔、肩、背中の
隙間に、まるで山脈から
顔を出す太陽のように、
植田がこちらを見ている。

こちらも人と人の間から手をふると、
植田は安心したように笑顔をはじけさせた。

電車に乗るということは、人いきれに
包まれるということ。

駅を降り、改札を出ると、ほっと
する暗闇に包まれる。

喧噪が消え、
夜風に吹かれて歩いているころ、
ポケットの携帯が震えた。

植田工からのメール。

今日は本当にありがとうございました
あの電車のちょっとの時間が僕には何かのすべてに思えます。
どうかこれからもよろしくお願いします。
愚P植田

あいつもまた、いろいろと探っているんだなあ
と思いながら、コンビニの明かりを心の
中で次第に大きくして。

10月 22, 2008 at 07:33 午前 | | コメント (15) | トラックバック (1)

2008/10/21

プロフェッショナル 脳活用法スペシャル

プロフェッショナル 仕事の流儀

100回記念!
脳活用法スペシャル

プロフェッショナルたちの仕事術を
脳の働きから解析する
「脳活用法スペシャル」

スタジオで、光計測を使った実験を
行います。

100名の観覧者たちの質問に次々と
答える「脳質問千本ノック!」
の成果はいかに?

NHK総合
2008年10月21日(火)22:00〜22:45

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
答の無い問題に向き合い続ける
100回記念 プロに学べ!脳活用法スペシャル
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

10月 21, 2008 at 08:09 午前 | | コメント (23) | トラックバック (11)

バブル

このところ、「バブル」の問題に
興味を持っていて、
とりわけ、1637年にオランダで
起こった「チューリップ・バブル」に
関心がある。

オスマン帝国から輸入されていた
チューリップの球根が、珍しくて
人気のあるものを中心に値を上げ、
投機する人も参入して価格が
急上昇。ついには、球根一個が
熟練した労働者の二十年分の
賃金にまで高騰したのだという。

高価なチューリップの球根を
タマネギと間違えて食べてしまい、
警察沙汰になった例もあるという。

やがて、当然のごとく、
価格は暴落。
一山あてようとしていた
人たちの夢は潰える。

「たかがチューリップ」
そんなものに大金を張るのは
愚かであるが、
一方、当時の人たちがそこに
見た「夢」のようなものに共振する。

思えば、人生とは、感情の
バブルを起こすことで進んでいくのでは
ないか。

新しいステージに入る度に、
「きっと素晴らしいことがるに違いない」
と期待や夢が超新星爆発のように膨らむ。

やがてそれはしぼむ運命にあるとしても、
一度膨らませてみなければ、心が
動かない。

一日一度くらい、バブルの膨張と崩壊
があっていい。

『渋滞学』で知られる
東京大学の西成活裕さんが、新しく
『無駄学』を上梓された。

新潮社から11月20日に発売される。

発売を記念する対談が、「新潮クラブ」にて。

「無駄」とは何か。生命原理。
渋滞と無駄。日本の生産現場などについて、
西成さんと本当に楽しくお話させていただいた。

今回の本は、西成さんが「ムダ取り」で著名な
山田日登志さんの現場に同行して
渾身のリポルタージュをしている章があり、
たいへん読み応えがある。

理論とノンフィクションが入り交じった、
必読の本である。

「ぼくみたいに普段数学をやっている
人間があのように現場に行ったのは初めてなんじゃ
ないかと思います。」と西成さん。

ちょうど、西成さんがバブルの形成と崩壊の
モデルを作っているということで、
バブル談義にも花が咲いた。

10月20日は私の誕生日ということで、
新潮社の金寿煥さんが神楽坂から
ケーキを買ってきて下さった。

西成さんも一緒に祝って下さる。

みなさん、ありがとう!

心の中に、うれしく麗しいバブルが膨らんだ。


西成活裕さん、金寿煥さんと。新潮クラブにて。

10月 21, 2008 at 08:03 午前 | | コメント (14) | トラックバック (3)

2008/10/20

あいのり

あいのり

フジテレビ系列

2008年10月20日
23:30~24:00

あいのり 

番組表 

10月 20, 2008 at 10:35 午後 | | コメント (7) | トラックバック (1)

スズメの子

あれは、小学校に上がったばかりのこと
だったか、家の近くにスズメの子が
落ちていた。

ぴいぴいと鳴いて、弱っていた。
飛ぼうとしても、飛ぶことができない。

家に持ち帰って、すり餌を食べさせて
いるうちに、すこし元気になってきた。

ぴいぴいと鳴いている。

すると、部屋の外でチュンチュンと
スズメの鳴き声が始まった。

チュンチュン
ぴいぴい
チュンチュン
ぴいぴい

と呼び合っている。
まるで、響き合う音楽のよう。

そのテンポが次第に急を告げる。

突然、雛はばたばたと飛び上がって、
まるでヘリコプターのように器用に
ホバリングして、ほんの少しだけ
開いていた窓の隙間から
あっという間に飛び去っていって
しまった。

「きっと、親スズメが探しに来たんだね。」
と母親が言った。

そんなことを明け方に思いだしたのは、
なぜだったのだろう。

このところトイレに『吾輩は猫である』が
置いてあって、適当にぱらぱらめくって
読む。

 主人は何と思ったか、ふいと立って書斎の方へ行ったがやがて一枚の半紙を持って出てくる。「東風君の御作も拝見したから、今度は僕が短文を読んで諸君の御批評を願おう」といささか本気の沙汰である。「天然居士の墓碑銘ならもう二三遍拝聴したよ」「まあ、だまっていなさい。東風さん、これは決して得意のものではありませんが、ほんの座興ですから聴いて下さい」「是非伺がいましょう」「寒月君もついでに聞き給え」「ついででなくても聴きますよ。長い物じゃないでしょう」「僅々六十余字さ」と苦沙弥先生いよいよ手製の名文を読み始める。
「大和魂! と叫んで日本人が肺病やみのような咳をした」
「起し得て突兀ですね」と寒月君がほめる。
「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をする」
「なるほどこりゃ天然居士以上の作だ」と今度は迷亭先生がそり返って見せる。
「東郷大将が大和魂を有っている。肴屋の銀さんも大和魂を有っている。詐偽師、山師、人殺しも大和魂を有っている」
「先生そこへ寒月も有っているとつけて下さい」
「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」
「その一句は大出来だ。君はなかなか文才があるね。それから次の句は」
「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」
「先生だいぶ面白うございますが、ちと大和魂が多過ぎはしませんか」と東風君が注意する。「賛成」と云ったのは無論迷亭である。
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」
 主人は一結杳然と云うつもりで読み終ったが、さすがの名文もあまり短か過ぎるのと、主意がどこにあるのか分りかねるので、三人はまだあとがある事と思って待っている。いくら待っていても、うんとも、すんとも、云わないので、最後に寒月が「それぎりですか」と聞くと主人は軽く「うん」と答えた。うんは少し気楽過ぎる。
 不思議な事に迷亭はこの名文に対して、いつものようにあまり駄弁を振わなかったが、やがて向き直って、「君も短篇を集めて一巻として、そうして誰かに捧げてはどうだ」と聞いた。

(夏目漱石『吾輩は猫である』より)

「五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」
という時に心の中に響く音楽は、ぴいぴいと雛が
飛び出していってしまった後の虚空のありさまに
どこか似ている。

10月 20, 2008 at 06:20 午前 | | コメント (22) | トラックバック (4)

2008/10/19

『プロセス・アイ』 スペラティヴ

最近の出来事で、
『プロセス・アイ』(徳間書店)
に書いた「スペラティヴ」のことを思いだした。

茂木健一郎『プロセス・アイ』(徳間書店)
第4章「スペラティヴ」より

 一分後、軍司とトムは、清王朝風の背の低いテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
 軍司が切り出した。
 「あなたは、私が、どのような人物だか、知りたいと思っている。そうでしょう。」
 トムは、うなずいた。
 そのリアクションを待つか待たないかくらいのタイミングで、軍司は喋り出した。
 「まず、揺らぎの話から始めましょう」
 「揺らぎ?」
 「ええ、揺らぎです。私たち、金融屋がやっていることの本質をつかむには、まず、揺らぎの話から始めると良い。」
 「と言うと?」
 「例えば、ピザを売るイタリアン・レストランのオーナーは、昨日は100枚ピザを売った、今日は120枚売れた、明日は130枚売れるかもしれないし、90枚しか売れないかもしれない、そんな、揺らぎの中で生きています。」
 「つまり、平均値の周りに、ある幅をもって、日々の売り上げが分布するということですね。平均値から少しずれる確率は大きい。一方、平均値から大きくずれる確率は小さい。」
 「ええ、そうです。海の中の貝は、回りの海流の揺らぎを感じながら生きているし、森の中の蝶は、回りの風の揺らぎを感じながら生きている。私たち金融屋も、揺らぎの中で生きているという点では、全く同じであるということです。」
 トムには、軍司の意図が読めなかった。
 「金融屋も、結局、やっていることは、そのように揺らぎの中で生きるということだけなのです。実際、金融屋の扱っている揺らぎは、コンピュータの中の、ビットの表す数値の揺らぎに過ぎない。その揺らぎが・・・」
 ここで、軍司は、秘書が持ってきた良く冷えた最高級のジャスミン茶をトムに勧め、自分も一口含んだ。
 「現実世界の、マネーのフローにつながるような暴力的な装置を持っている、そのことだけが、金融屋の扱う揺らぎを、特別なものにしているのです。」
 トムが黙って聞いているので、軍司は、続けた。
 「イタリアン・レストランのオーナーにとっては、揺らぎはピザ1枚5ドルというように翻訳される。だから、売れたピザの数が10枚変動すると、50ドル、売り上げが変動することになる。一方、金融屋の場合、例えば対ドル円相場の1円の揺らぎが、100億円、1000億円と翻訳される。ここに、スケールの不条理、スケールの暴力があります。」
 「しかし、ピザと円相場では、扱っている事象が全く違う。それを、同列に議論するのは、少し無理があるのではないですか。」
 軍司は、にやりと笑うと、二人の間のテーブルの下にある引き出しから、何やらを取り出して、テーブルの上にごろんと置いた。
 それは、この上なく精巧にできた、地球の模型だった。衛星の写真を用いたのだろう。直径3インチほどの球の上に、陸と海のパターンが精細に印刷されていて、その上に、薄いガラスのコーティングがされていた。似たようなものは、何回も見たことがある。しかし、今目の前にあるものは、本当にそこに息づく生命の星があるかのような、生々しさに満ちていた。トムは、感嘆の声を上げて、その小さな地球を拾い上げた。
 「我に支点を与えてみよ、そうすれば、地球さえも動かしてみせよう。こう言ったのは、アルキメデスでした。あの頃から、すでに、人間は、てこの支点さえ与えられれば、地球規模の大規模なマニピュレーションをすることは可能だと、そんなことを考えていた。ただ、実際には、そのようなてこの支点を与えるテクノロジーがなかったのです。」
 「美しい。こんなに美しい地球の模型は、初めて見たよ。」
 「結局、人間は、その一人一人の身の丈に合った、人間的なスケールの動作しかできません。一人の人間が、24時間のうちにできることは、所詮限られているのです。」
 軍司は、トムが、すっかり地球の模型に魅せられているのを嬉しそうに見つめながら、レクチャーを続けた。そうしながらも、トムが、しっかりと、自分の言うことを聞いていると分かっていたからだ。
 「ピザ屋にとっては、自分の手の熟練が、顧客を満足させるピザを作る「てこの支点」になっている。一方、金融屋にとっては、自分の目の前のコンピュータのスクリーンを見て、マウスでビットを動かす、自らの手の熟練が、「てこの支点」になっている。どちらも、自分の身の丈にあった、人間的なスケールの動作をしている点には変りがない。ピザ屋の「てこの支点」は、小麦粉の塊をこねまわすのに使われるのに対して、金融屋の「てこの支点」は、100億、200億という金を動かすのに使われている。そして、それぞれの「てこの支点」がつながっている揺らぎの世界が、それぞれの熟練者に全く違うスケールの報酬をもたらす。」
 軍司は、少し前のめりになった。
 「私はね、人間は、結局、それぞれの身の丈のスケールで、それぞれの熟練した仕事をしているだけだと思う。その結果の報酬が、何桁も違うのは、まさにスケールの暴力だと思うのです。世の中にそのようなスケールの暴力があることを、私は、良いことだとは思わないのです。」
 トムは、地球の模型をテーブルの上にそっと置いた。
 自分の中の、皮肉屋の気分がむらむらと高まってくるのを感じた。
 「そうは言っても、あたたは、タカダ&アソシエーツのCEOとして、巨額の資金を動かす「てこの支点」を持ち、巨額の利益を華僑の顧客にもたらし、自らも天文学的な収入を得ているのでは? あなたは、ピザ・レストランのオーナーではないでしょう。あなたの言っていることと、あなたの行動は、矛盾していませんか?」
 「私はね、トム、アメリカがキャッチアップされ、抜き去られる、そんな時代が近いと思っているのですよ。」
 軍司は、トムの顔をちらりと見て言った。
 「確かに、20世紀はアメリカが覇権を握っていました。金融技術もそうだ。しかし、21世紀は違う。アメリカにとって代わる可能性の中心は、この中国にある、そう考えているのです。」
 トムの眉毛が釣り上がった。
 「この、人々が自分の指導者を選ぶ自由もない国が、世界の中心になるというのかね。」
 「確かに、随分長い間、中国の文明が、停滞期にあったことは確かです。共産党による支配も、皇帝の名前が、『国家主席』に代わっただけだという人もいるかもしれません。しかし、中国の文明は、このボトル・ネックさえ超えれば、爆発的に発展すると思うのですよ。」
 「そうかね。」
 トムは、中国の将来については、かなり懐疑的だった。
 人々は、自由や個人の尊重といった価値を、一晩で学ぶわけにはいかない。もっとも、大平洋戦争後の日本は、かなりうまくやったようだが・・・
 軍司は続けた。
 「21世紀の人々は、共産主義だとか、そのような抽象的なイデオロギーによって動かされるのではありません。むしろ、美しいもの、偉大なものへの欲望によって動かされるのです。私は、中国には、アジアのイメージをチープなものから、普遍的な美しいもの、ヨーロッパやアメリカの白人でさえ夢中にさせるものにさせる、ポテンシャルがあると思っているのです。」
 「私には、正直に言うと、あなたの言っていることが、今一つ良くわからないのだが・・・」
 「例えば、中華料理にしても、世界各地でイメージされている「中華料理」のイメージは、大衆的なものです。しかし、実際には、宮廷料理の偉大な伝統がある。高級な料理と言えば、人々はフランス料理を思い浮かべる。しかし、実際には、素材のバラエティも、料理法、盛り付け、プレゼンテーションの洗練も、中国の宮廷料理は、フランス料理のそれを、遥かに凌駕しているのです。」
 「その点については、私は、そうかもしれないと認めるよ。」
 「私は、だから、中国文明の持つハイ・カルチャーの部分を強調することが、これからのアジア全体の文化戦略において重要だと考えているのです。世界の皆が、アジアに憧れるようにすれば良い。そのためには、中国の宮廷で、歴史的に、どれほど豪華で優美な文化が培われてきたかを世界に分かりやすい形で提示すれば良いのです。」
 「なるほど、私には、中国のハイ・カルチャーというのが、どういうものか、判らない。だが、あなたは、中国の隣の日本で生まれ育ったから、中国の伝統的文化について、ある程度の直観が働くのだろう。」
 「近代史の中では、中国は、列強にやられっぱなしだった。ハイ・カルチャーの伝統が、広まるチャンスがなかった。一方、共産中国は、豪華さや優美さを、悪とみなした。少なくとも、表面上はね。近代文明における中国文明のハイ・カルチャーは、中国に返還前の香港において最初に立ち上がったのです。」
 「上海でも、高級ホテルでは香港出身のコックを雇っていることが多いそうだね。ところで、私は疑問に思うのだが、日本にも、ハイ・カルチャーがあるのでは? あなたは、日本人だ。中国ではなく、日本のハイ・カルチャーが、ワールド・モデルになるとは思わないのかね?」
 「駄目です。日本の場合、「豪華さ」はプライベートなもので、不特定多数の人々に触れることがないのです。そのような状況では、大競争が起こりにくい。だから、世界の誰にでも受けるような、分かりやすさを獲得しにくい。唯一の例外は、豊臣秀吉の時代のバサラだったのでしょうか。」
 「トヨトミヒデヨシ? バサラ?」
 「ええ、彼は、徳川時代の前の、戦国時代の将軍です。黄金の茶室を作った人物です。日本では、戦国時代を除けば、複数の権力が、豪華さを競うということは、あまりなかったのです。一方、ヨーロッパでは、複数の国家の宮廷がお互いに豪華さを争う「豪華さの競争」があったから、誰にでも受ける、ハイ・カルチャーが成立した。何しろ、ヨーロッパの王室は、殆どが血縁関係で結ばれていましたから、女達の間で、「あそこの内装の方が豪華だった」、「あの国では、こんな素敵なモードが流行っていた」、「あの宮廷では、うっとりとするような音楽をやっている」というような噂が立つ。そんな女達の歓心を引こうと、男達が、競って美術家を雇い、音楽家を囲い込む。もし、日本の王室が、韓国や中国の王室と「豪華さの競争」をしていたら、日本のハイ・カルチャーも、もっと普遍性を獲得していたでしょう。今頃、ヨーロッパの人々は、一生懸命ジャパニーズ・モードを追い求めていたかもしれませんよ。もっとも、私は、エルメスのジャケットが好きですが。」
 「確かに、上海は、不思議に、エルメスが似合う都市かもしれないね。」
 トムは、タカダとの会話を楽しみ始めていた。だが、タカダのペースにすっかり巻き込まれないうちに、ここに来た要件だけは済ませておかなければならない。トムは、いよいよ、本題を切り出すことにした。
 「ところで、あなたの「スペラティヴ理論」ですが、差し支えない範囲で御説明いただけませんか。」
 タカダの口元が左右非対称に歪んだ。
 「マルクスは、勘違いをしていたんですよ。」
 「マルクス?」
 「ええ、資本論のマルクスです。マルクスの理論体系は、重大な見落としをしていたんです。」
 「しかし、グンジ・・・」
 トムは、皮肉な口調にならないように注意しながら言った。
 「カール・マルクスの体系が間違っていたということは、君が改めて指摘するまでもなく、共産主義国のほとんどが崩壊、ないしは変質してしまった今、もうすでに明らかなことだと思うが。」
 軍司は、怯まなかった。
 「あなたは、アメリカから来ている。アメリカでは、そもそも、共産主義運動は存在しないも同然だった。だから、アメリカ人であるあなたのマルクスの体系に関するアセスメントは、皮相的なものである可能性があります。私が指摘したいのは、私たち人間のつくる経済システムの、ある本質的な部分が、マルクスには見えていなかった、あるいは、見えていても、無視したということなのです。」
 「ほう。皮相的なアメリカ人の一人として、ぜひうかがいたいね。」
 「マルクスの労働剰余価値説では、労働者の生み出す価値の上前を、資本家が搾取するという構図になっていた。そこで仮定されているのは、労働者の労働と、資本家の労働が、同じ平面上で比較できるものだという前提です。」
 「それは、そうだね。だが、労働者でも、資本家でも、一人の人間が24時間でできることは、同じだと、君はさっき言ったじゃないか。マルクスは、そのことを言いたかったのだろう。あまりにも、ナイーヴな考え方だが。」
 「私は、その点を、もっと理論的に詰める必要があると考えます。私が注目したいのは、経済システムに限らず、生命現象、情報システムなどの全ての有機体の特徴は、そこに、「メタ」なコントロールの要素が入っているということです。」
 「メタ?」
 「ええ。つまり、あるレベルに対して、別のレベルが、一つ上のレベルからコントロールするということです。例えば、細胞分裂を制御する遺伝子は、細胞の中の水分子に対して、メタなレベルにある。水分子が動き回る空間は細胞膜によって定義されますが、その、細胞膜の空間的な位相は、細胞分裂によって決まってくる。つまり、水分子は、一つメタなレベルにある、遺伝子が決めた細胞膜の空間の中を動き回っているということです。」
 「なるほど。水分子が労働者で、遺伝子が資本家ということか。」
 「先程のピザ・レストランと金融屋の比喩で言えば、金融屋の方が『メタ』な立場にいる。ピザの枚数も、金融屋の前のコンピュータの中のデジタル情報も、「ビット」としては同じ「ビット」に過ぎないが、金融屋の扱っている「ビット」は、ピザの枚数を表す「ビット」にくらべると、メタな位置にいるのです。なぜなら、お金は、全ての経済活動に対してメタな位置にあるから。このようなメタなメカニズムが導入されてしまうことは、経済システムでも、生物でも、有機的なシステムにおいては不可避なことです。マルクスは、このような、労働のレベルの違いを、十分に考慮していなかった。金融屋が、自分のコンピュータの中のデジタル情報を動かして、巨額の利益を挙げられるのは、別に金融屋がピザを作るシェフよりも偉いからでも、悪意があるからでもない。単に、金融屋の扱っている情報が、ピザ屋の扱っている情報よりも、メタな位置にあるからなのです。」
 「そのあたりの君の議論は、納得できるものだ。」
 「私は、二年前に、『経済成長とは何か』という本を、出しました。私は、経済成長率が、単なるマスの増大だととらえられていることに、前から疑問を持っていた。経済成長とは、単なる量の拡大ではなく、どんどん商品やサービスの自己同一性が革新されていく、そういう創造的過程だと思っていた。例えば、携帯テレビ電話は、以前には存在しなかった。あるいは、インターネット・ベースの、高い評価を得る大学は、英国のオープン・ユニヴァーシティとオックスフォード大学との連係の前には存在しなかった。そのような、新しい商品、新しいサービスが登場することが、経済成長の本質であって、単なるマスの増大として経済成長をとらえることは間違っている。『経済成長とは何か』は、自己同一性の革新過程としての経済成長が、今お話した、「メタ」な情報によるコントロールによって、いかに実現されるかを論じた本です。」
 「あんたの本から、どのようなブレイクスルーが起こるのか、そのうち聞かせてもらえるのかな? ところで、「スペラティヴ」なのだが。何か、話してもらえないだろうか。この金融技術は、本当に存在するのかね。それとも、あなたは、詐欺師なのかね。」
 トムは、少し攻撃的な口調になった。
 「トム、全ての社会的プロセスの中で、一番「メタ」な位置にあるものは、何だと思いますか?」
 「さあ。君がさっき言ったように、経済システムの言語である通貨、それを扱う我々金融屋が、もっともメタな位置にいるのではないのかね。」
 「それは違います。最もメタな位置にあるのは、政治なのです。なぜならば、金融制度を変更することができるのは、政治だから。社会という細胞の分裂の枠組みを決めるのは政治で、我々の扱っているマネーは、政治が決めた枠組みの中を、ランダムに動いている水分子に過ぎないのです。」
 「なるほど、興味深いメタファーだ。しかし、いくら政治が、もっともメタなレベルにあるからといって、我々金融屋が直接政治に関与するわけにはいかないだろう。我々は、民主的な社会に生きている。政治を担えるのは、投票によって選ばれたリーダーだけだ。」
 「それはそうです。しかし、自らが政治プロセス自体を担うことができなくても、自分のとる行動を、政治プロセスと関連させることはできるのです。社会の中で最もメタな位置を占める、政治の要素と、自らの行なう金融オペレーションを関連させればいい。政治と金融オペレーションの連関こそ、タカダ・アンド・アソシエーツの「スペラティヴ」のテクノロジーの核心なのです。」
 トムとタカダの間に、沈黙が流れた。
 トムは、ジャスミン茶の入ったカップを取り上げると、ひとくち飲み込んだ。
 たった今、タカダは、ついに、「スペラティヴ」とは一体どのようなオペレーションなのか、そのヒントのようなものを出した。
 金融オペレーションと、政治的要素を連関させる?
 トムの頭の中を、様々な連想が駆け巡りはじめる。
 タカダの言うように、もし、「スペラティヴ」が、政治的なプロセスとの結びつきをそのオペレーション・モデルの核心においているとすれば、それはある意味では大変危険なことに違いない。
 例えば、ある政府発注の大規模開発の受注企業がどの企業になるか、あらかじめ分かっていれば、その企業の株に投資することで、莫大な利益を上げることができる。あるいは、中央銀行の貸し出し金利の上昇、下落をあらかじめ知ることができれば、国債、株の売買オペレーションで、さらに莫大な利益を上げることができる。だが、これらのオペレーションは、インサイダー情報を利用した違法取り引きだ。もしそのようなことをしていることが明らかになれば、関係者は検挙され、会社は罰金を課せられ、パブリック・リレーションズにおける損失は重大なものになる。場合によっては政界を巻き込んだ、汚職事件に発展する可能性もある。近代的な金融制度の確立したアメリカや日本のような国家では、政治的なインサイダー情報を利用したオペレーションは、事実上不可能だ。
 あるいは、ここ中国では、そのような例外的なオペレーションがまだ可能だというのか? タカダのいう「スペラティヴ」は、そのような、違法なオペレーション、黒魔術(ブラック・マジック)に過ぎないのか。
 タカダは、中国政府高官との間に、黒いコネクションを持っているのだろうか。
 もっとも、少ない情報から、こんなことをいくら連想しても、駄目だ。タカダの話は、雲を掴むようだ。そもそも、この男は、「スペラティヴ」がどのようなオペレーションなのか、その実態を明かすつもりがないようだ。
 来週出る『タイム』マガジンの特集号は、どれくらい、タカダ&アソシエーツのオペレーションの実態を掴んでいるのだろう。
 トムは、テーブルの上の地球の模型を見つめて、時間をつぶした。タカダの視線がどこに向かっているのか、顔を上げて確かめるのがはばかれた。
 トムの思考を読んだかのように、タカダが口を開いた。
 「御心配なく。私は、違法なオペレーションはしていません。上海の中国共産党幹部に賄賂を贈っていることもない。私と私の会社は、むしろ、彼らに睨まれている方だ。幸い、大陸の外に有力な華僑のコネクションがあるので、それほど面倒なことにはなっていませんがね。」
 トムは、地球の模型に目を落としたまま、顔を上げようとしなかった。
 「せっかくニューヨークから上海までいらして下さったのだから、もう少し、「スペラティヴ」について、ヒントを差し上げましょう。」
 軍司は、トムの額の上の茶色い生え際のあたりを見つめながら、続けた。
 「1997年、アジアを金融危機が襲いました。はじまりは、タイの通貨、バーツの暴落だった。ソロスらが率いるクォンタム・ヘッジ・ファンドが、大量のバーツ売りを仕掛けたのがきっかけになったと言われている。このバーツ暴落をきっかけに、タイ経済は大混乱に陥り、その混乱は、アジア全体に広がりました。当時のマレーシアのマハティール首相は、人々を苦しみに落とすことによって、金もうけをしていると、ヘッジ・ファンドを非難した。それに同調する意見も多かった。しかし、ヘッジ・ファンドを一方的に非難するのは少しおかしい。もともと、タイのバーツは、対ドル相場で、過大評価されていた。その、不自然な相場が、タイの中央銀行の設定したレートによって、固定されていた。それに対して、ヘッジ・ファンドは、バーツの真の対ドル相場は、遥かに下の水準にあると判断した。大量のバーツ売りによって、ヘッジ・ファンドは、単に、バーツを、真の対ドル相場の水準まで下げただけなのです。そもそも、マーケットが機能し、不自然な相場が固定されることもない状態では、ヘッジ・ファンドも、大規模なオペレーションを仕掛けることはできません。政治が、不自然な相場を強制し、真の相場と固定された相場の間の乖離が激しい時、ヘッジ・ファンドがオペレーションをする余地が出てくるのです。このような視点から見れば、ヘッジ・ファンドの投機は、単に、本来実現されるべきマーケットの状態を実現するエンジンに過ぎません。エンジンを得たマーケットが実際にどのような方向に動くかは、マーケットが決めるのであって、ヘッジ・ファンドが決めるのではないのです。」
 トムは、顔を上げた。
 「なるほど、それは、そうかもしれない。だが、ヘンジ・ファンドが、本来実現されるマーケットの状態を実現するエンジンであるというあなたの認識と、「スペラティヴ」は、どう関係しているのか?」
 「今、ちょうどそのことをお話しようと思っていたところです。」
 軍司は、立ち上げると、部屋の中を行ったりきたりし始めた。
 「実現されるべき状態と、現実の状態が乖離しているというのは、政治の世界において、もっとも顕著です。」
 軍司は、感触を確かめるように、窓際にあった深紅のカーテンに触った。
 それにつられてトムもカーテンを見た。トムは、毛布を手放せなかった自分の子供時代を思い出した。
 軍司は、部屋の中を行ったりきたりしながら、話を続けた。
 「誰でも、一つの党、一つのイデオロギーが全ての権力を握るよりも、様々なアイデアを闘わせて民主的に選ばれた政権が政治を担当する方がいいと思っている。だが、一度ある政治制度ができてしまうと、権力者は、それを維持することに、腐心する。権力は自らの権力を強化するためには、あらゆる手間を惜しまないのです。その結果、そもそも、出発点にあった理想が忘れられてしまう。台湾海峡を挟んでは、共産党の一党支配国家と、中国語圏で初めての民主主義国家という、二つの政治制度が対立している。誰が見ても、どちらの政治制度が望ましいかは、一目瞭然です。しかし、人々の期待がどうであれ、政治的変化は、迅速には起こらない。その結果、政治制度の「望ましい落ち着き場所」と、実際の政治状況が乖離してしまう。この乖離は、随分長い間、固定化されることもある。」
 「私たちが必要とするもの、それは・・・」
 グンジは、立ち止まり、トムの方を振り向いた。
 「金融マーケットにおいて、ヘッジ・ファンドによるオペレーションがマーケットを「望ましい落ち着き場所」に導くエンジンになるように、政治状況を「望ましい落ち着き場所」に導くエンジンなのです。」
 「一体、あなたは、革命をやろうと言うのですか?」
 「スペラティヴは、金融マーケットにおける変化のエンジンとしての金融オペレーションと、政治制度における変化のエンジンとしての政治的なオペレーション、この二つのオペレーションを組み合わせた技術なのです。その結果、金融マーケットにおいても、政治制度においても、社会が「望ましい落ち着き場所」に向かうことを目指すのです。」
 軍司は、机に向かうと、机の上にある書類をまとめ、鞄に詰めはじめた。
 どうやら、どこかに行こうとしているらしい。 
 トムが時計を見ると、すでに、約束の1時間は過ぎていた。
 「私は、経済も、政治も、それを動かすものは、「物語」だと思っています。この世界で、一番大切なもの、それは、物語なのです。・・・・物語は、人間の世界の、最も美しいものも、最も醜いものも生み出す、原動力になっている。「スペラティヴ」とは、経済と政治が一緒になった、「物語」の操作のことなのです。・・・・私は、物語を作りだすことによって、お金を儲けるのです。それと同時に、政治的正義も実現する。私は、お金という言葉で出来た物語を紡ぎ出す、物語作家なのですよ。」
 軍司は、鞄をつかむと、再び、清王朝風の背の低いテーブルを挟んでトムと向かい合って座った。
 「どうも、君の言っていることは良く判らない。きっと、君は、意図的にスペラティヴの詳細を隠そうとしているか、それとも、誇大妄想狂かいずれかだ。」
 軍司の表情がふっと弛んだ。
 「たぶん、その両方なのでしょう。」
 「確かに、君の言うように、政治も経済も、その時々に人々の心を掴む物語によって動かされている。だから、君の言うように、物語を描いてやれば、ある程度、政治や経済を動かすことは可能なのかもしれない。」
 「物語は、お金以上に、人々の心を動かすものなのです。そう、例えば・・・例えば、湾岸戦争の時に、アメリカのPR会社がやらせをやりましたね。」
 「やらせ? 何だろう。あの、海岸で油まみれになった鳥の映像がやらせだったというのか?」
 「私の言うのは、もっと巧妙である意味では悪魔的なやらせです。湾岸戦争の時、クウェートの「ナイーラ」という女の子が、クウェートの病院でイラク兵が新生児を保育器から放り出したまま放置して、幼児15人が死ぬのを見たと証言した。あれで、アメリカの世論は米軍の介入を支持する方向に一気に傾いた。」
 「そんなことがあったかもしれない。」
 「あの「ナイーラ」という少女は、実は駐米クウェート大使の娘で、イラクのクウェート侵攻の時にはクウェートにいなかったことがわかったのです。そして、それは、アメリカの大手PR会社、ヒル・アンド・ノウルトンの仕組んだ芝居だった。」
 「ああ、そんなことを聞いたことがあるかもしれない。そのような「やらせ」は、倫理的に許されることではないだろう。」
 「私は、必ずしもそうは思わないのです。ヒル・アンド・ノウルトンの仕掛けたやらせは、人々に、イラクの非人道的なやり口についての、判りやすい物語を提供した。それは、実際に独裁的で、人権抑圧的な当時のイラクの政権の、当たらずとも遠からずの描写だった。イラクの野心を押さえることは、当時、実際に必要だった。そのような「最終的な落とし所」を見誤らなければ、その目的にアプローチするテクノロジーとして、ある程度のフィクションの混じった物語を使っても、私はいいと思うのです。ちょうど、ヘッジ・ファンドの投機が、相場を、マーケットから見て自然な「最終的な落とし所」に導くように。」
 「だが、もし、「最終的な落とし所」が間違っていたら? もし、目的を誤ったとしたら?」
 「それは、悲劇になります。例えば、ゲルマン民族の優越という物語を信じた、ナチス・ドイツのように。」
 この話題は、トムにとって、あまり愉快なものとは言えなかった。
 そろそろ、結論が欲しい。
 「グンジ、あなたの言うことは、とてもファンタスティックだ。経済哲学というものがあったら、あなたは、間違いなく、現在の世界における、もっとも独創的な思想家の一人だろう。私に解せないのは、「スペラティヴ」や、「物語の優越」といったファンタスティックな思想を、あなたの会社がいかにキャッシュに結び付けているかということだ。」
 「もちろん、タカダ・アンド・アソシエーツも、通常の金融技術を使用したオペレーションもやっています。「スペラティヴ」が、全利益のどれくらいを稼ぎ出しているかは、申し訳ありませんが申し上げられません。」
 ここで、軍司は時計を見た。
 そろそろ、帰らなければいけない時間らしい、そうトムは思った。
 結論は得られていないが、仕方がない。
 突然、軍司は、トムに笑いかけた。
 「トム、上海までわざわざ来てくれてありがとう。本当は、『クラブ金塀梅』に私が直接あなたをお連れしたいのだけど、時間がない。」
 「いや、気にしないでくれ。私のパーム・パイロットに、上海の地図をダウンロードしてきたし、プライベートGPSもついているから、きっとうまく上海の夜をナヴィゲートしてくれると思うよ。」
 「でも、それは悪いな。そうだ、私のスペラティヴ・オペレーションのパートナーであり、私の親友でもある男に『クラブ金塀梅』を案内させよう。今頃は、まだ仕事しているはずだ。今呼ぶよ。」
 タカダは、机の上にある小型マイクロフォンに向かって話した。
 「ツヨ、まだ部屋にいるんだろう。ちょっと上がってこないか。」
 「はい、すぐ行きます。」
 スピーカーから、湿り気のある、ナイーヴな声が聞こえた。
 「ツヨは、スペラティヴ理論や、通常の金融テクロノジーを実践するための投資プログラムの開発をしてくれています。こう見えても、ツヨは、理論物理学のPh.Dを学部と大学院合わせて5年でとってしまった、伝説的な人物なんですよ。最近の金融技術は、ファインマン・ダイアグラムや、超膜理論に通じる、高度な数学が必要なんでね。ツヨのような人材が必要なんですよ。」
 「サミュエル・ブラザーズにも、たくさんの物理学のPh.Dが雇われているよ。彼らロケット・サイエンティストがいなければ、これからの金融は成り立たない。」
 それが、その夜にトムがタカダと交わした最後の会話だった。
 タカダは、固辞するトムの掌に、これは土産だからと、テーブルの上の地球の模型を押し込んだ。


10月 19, 2008 at 04:03 午後 | | コメント (5) | トラックバック (0)

「文学」を貫く意志

サンデー毎日

2008年11月2日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第36回 「文学」を貫く意志

一部抜粋

 隠密であろうとなかろうと、生ける芭蕉にはさまざまな思惑や、悩みがまとわりついたであろう。聖人君子でも、世間の思惑から無縁であったはずがない。ましてや、人の心の機微に通じる文学者である。絡め取られていたはずだからこそ、『奥の細道』の純粋なる境地はかえって心を打つ。
 芭蕉の筆からは、敢えて多くのことを語らない、強い意志のようなものが感じられる。自分の内側に惹起するさまざまをそのまま表現するほどうかつなことはない。そもそも、文学にならない。私たちは皆、諸事情に対する「隠密」となってこそ表現者としての「生」を全うできるのだ。
 平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した歌人の藤原定家は、その日記『名月記』の中で、「紅旗征戎わが事にあらず」という言葉を吐いた。初の武家政権が成立する時代の激動の中、定家がさまざまなことを見聞きし、知らなかったはずがない。ただ、それらは語るに足らぬと思っただけである。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

10月 19, 2008 at 09:56 午前 | | コメント (3) | トラックバック (0)

何を言って、何を言わないか

ヨミウリ・ウィークリー
2008年11月2日号

(2008年10月20日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第125回

何を言って、何を言わないか

抜粋

 東京に住む子どもたちを訪ねて広島の尾道から上京してきた老夫婦。しかし、子どもたちはそれぞれの生活に忙しく、なかなか両親の面倒を見ることができない。自宅で医院を開業している長男も、急な患者があれば東京見物の予定を中止して往診に行かなければならない。
 何があっても、笠智衆演じる老父はにこにこと笑っている。「いいんだよ」と、全てを許容する。映画を観る者は、老父は人生を達観した、寛容な人なのだという印象を持つ。子どもたちが何をしようとも、笑ってそれを受け入れるやさしい父親。
 ところが、映画の中盤、どきっとするような場面がある。やはり尾道から東京に出てきている旧友に会った老父は、街の居酒屋で思わずぽろりと本音をもらすのである。
 「しかしなあ、わしもこんど出て来るまで、もちいっとせがれがどうにかなっとると思うとりました。ところがあんた、場末の小まい町医者でさ。あんたの言うようにわしも不満じゃ。じゃがのう、こりゃ世の中の親っちうもんの欲じゃ。欲張ったら切りがない。こら諦めにゃならん、とそうわしはおもうたんじゃ。」「おもうたか。」「おもうた。」「そうか。あんたもなあ。」
 観客はショックを受ける。にこにこと笑っている老父の中に、まさか息子のことを「場末の小まい町医者」と呼ぶような一面が隠れているとは思いもしない。暖かな水の中に、一瞬冷たい刃物が光る。人間というものの深みを描いた、小津安二郎監督の真骨頂である。
 人生を達観したような人でも、心の中ではさまざまな思いが浮かぶ。問題は、何を言って、何を言わないかである。『東京物語』を見る者は、老父の中にあった「批判する目」に驚くとともに、そのようなことを息子の前では素振りにさえ見せない、温かい思いやり
の心にもあらためて感動するのである。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

10月 19, 2008 at 09:52 午前 | | コメント (4) | トラックバック (0)

天文学的奇跡である

たとえば、ふと見上げた天井に停まっている
一匹の保護色の蛾。

何でもないことのようだが、その蛾と私が
このような形で出会った、ということは、
やはり大宇宙の偶然、神秘としか
言いようがない。

蛾をつくり出すに至った進化の歴史、
分子の運動、私自身の来歴。
そのどれかが少しでも狂っていたら、
会遇はなかったであろう。

走っていたら、ふと視線を感じて、
振り返ると、窓からおじさんがのぞいていた。

帰り道、反対側から走り来たりて、
よく見えた。

鼻の下に細いチューブがわたしてある。
なにか病気をしていて、自宅の窓から
外を見ているのだろう。

行き交う人、もの、生きものたちの様子を
見ていることで、少しでも心が浮き立つの
だったら。

『ベストハウス123』の収録。

私自身も、「天才画家」たちについて
プレゼンテーションする。

『世界一受けたい授業』の収録。
いつもの「アハ体験」に加え、
脳の可塑性についてお話した。

ソニー広報の中谷由里子さんが、
バースデーケーキを持ってきて
下さった。

ありがとう。。。

ソニー広報の滝沢富美夫さん、
日本テレビの正森和郎さん、倉田忠明さん、
構成作家の富樫香織さんが、
中谷さんの持ってきて下さったケーキを囲んで
お祝いをして下さった。


おたんじょうけーき。東京タワーを背景に。


本当にありがとう。左から、富樫香織さん、
中谷由里子さん、倉田忠明さん、正森和郎さん



本当にありがとう。左から、中谷由里子さん、
滝沢富美男さん、倉田忠明さん、正森和郎さん


考えてみれば、私を含め、この6人が
大宇宙の中で一カ所に揃うということも、
天文学的奇跡であるなあ。

このところ、孔子の「七十従心」のことを
よく考える。

『欲望する脳』(集英社新書)
の論考は、孔子の『論語』中のこの一言から
始まった。

孔子は出会った人にとって
つくづく忘れがたい男だったに
違いない。

茂木健一郎『欲望する脳』(集英社新書)
第一章より

茂木健一郎
「欲望する脳」 第一章

 ティーンエージャーの頃、私は孔子よりも老子の方が好きだった。高校のクラスメートで、「論語」を愛読しているMという男がいて、老荘思想にかぶれていた私と何時も議論になった。私が、孔子は世俗を説くだけじゃないかと言うと、Mは、老子は浮世離れしていて役に立たないと言い返す。「世間知」と「無為自然」の間はなかなか埋まらない。妥協の仕方が見つからないままに、時は流れ、Mは弁護士に、私は科学者になった。やはり三つ子の魂百までか、というと、人間はそんなに単純でもない。
 私は、孔子が次第に好きになってきたのである。社会に出て人間(じんかん)に交わるようになって、「論語」の持つ思想的深みが味わえるようになってきた。しかも、単なる処世知として評価するというのではない。「私」という人間の存在の根幹に関わるような根本的なことをこの人は言っている、と孔子を見直すようになった。人間を離れて、世界の成り立ちについて考える上でも、孔子の言っていることを避けて通ることができないと思い定めるようになってきた。逆にMは、孔子の知は、時に余りにも実践的過ぎて鼻につくこともあると近頃漏らすようになった。人生というのは面白い。正反対から出発して、いつの間にか近づいて行く。やはり、中庸にこそ真実があるのだろう。
 そうは言っても、忙しさに取り紛れて「論語」を真面目に読み返すこともできないでいた。ただ、「論語」のことが、半ば無意識のうちにずっと気になっていた。ある時、私は地下鉄のホームに立って、ぼんやりと現代のことを考えていた。人間が自らの欲望を肯定し、解放することで発展してきたのが現代文明である。自らの欲望を否定し、押さえつけることほど、現代人にとって苦手なことはない。現代人の脳は、欲望する脳である。昨今の世界情勢の混乱も、現代人の野放図な欲望の解放と無縁ではあるまい。そんなことを考えながら電車を待っていた。
 突然、何の脈絡もなく、論語の「七十而従心所欲、不踰矩」という有名な言葉が心の中に浮かんだ。私は雷に打たれたような気がした。この「七十従心」と呼ばれる文の中で、孔子は、とてつもなく難しく、そして大切なことを言っていることがその瞬間に確信されたように感じたのである。
 人間の欲望は、いかに生きるべきかという倫理性と決して分離できない。倫理ほど、難しい問題はない。物体を投げれば、放物線を描いて飛んでいくといった単純な法則では、人間の欲望のあり方は記述できない。正解がないかもしれないからこそ、人間は悩む。今も悩み続けている。
 人間の行動は、どのようにして決定されているのか? 人間は自由な意志を持つのか? それとも、利己的な遺伝子に踊らされる哀れな存在でしかないのか? 資本主義が、人間社会の最終的な到着点なのか? 人間の知性は、所詮は自己の利益を計る企みの結果なのか? 愛の起源は何か? 脳内の報酬系は、どのような原理で動いているのか? 人間の幸せとは何か?
 今や、全てのイデオロギーは力を失い、大きな物語も消滅したかに見える。剥き出しの動物的欲望が情報技術の発達によって繊細にコントロールされる。そのような実存を私たち一人一人が受け入れつつあるように見える現代において、人間の欲望を巡る様々な問いほど、アクチュアルな問題はない。正義を求める心も、また、欲望の一つのあり方である。正義への欲求が、異質な他者同士が交わる国際社会で物理的な力として表現された時にどのような混乱が生じるか、私たちは日々目撃し続けている。
 脳科学、認知科学、経済学、哲学、進化心理学、国際政治学などの諸分野における、人間のあり方を巡る様々な問い。それらの問いが、人間の欲望という一つの「焦点」のまわりで交錯し、一つの像を結び始めている。そのぼやけた焦点に、孔子の言葉がストンとはまった。私には、あの時、そのように感じられた。明確な根拠のない不思議な確信が、時間が経つにつれて次第に強まってきている。
 周知の通り、「七十従心」は、孔子が自分の人生を振り返った論語「爲政篇」中の有名な文章の最後に位置する。
 子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩。
 子曰く、吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰えず。
 孔子が七十で到達したとする「自分の心の欲する所に従っても、倫理的規範に抵触しない」という境地は、人間の究極の理想像である。もし、孔子が本当にそのような境地に達していたとすれば、正真正銘の聖人だと言えるかもしれない。
 私たち人間の欲望と倫理的規範の間には、緊張関係がある。その緊張関係の中で、私たちは自分の欲望を抑えることで、矩=倫理的規範を侵害することを避けようとする。
 子供は、しばしば、自分の欲望をむき出しに主張する。しかし、「心の欲する所に従って」いる子供は、決して倫理的な存在ではない。自らの欲望に従うのではなく、それを必要に応じて抑制し、調節することを学ぶことこそが、人間にとっての倫理の始まりである。
 人間にとっての倫理は、この世界において「生き延びる」ためにこそ進化して来た。現世人類に至る長い進化の歴史においては、自分の欲望が満たされることよりも、むしろ満たされないことの方が多かった。マルサスの「人口論」を引くまでもない。「食べたい」という生物として最も基本的な欲望でさえ、満足できずに死に瀕することは普通だったのである。私たちの脳は、欲望が必ずしも満たされないという条件の下で進化して来た。欲望を周囲の環境に合わせて調整する脳の仕組みがあることはむしろ当然のことである。倫理は、何よりも生物学的な必要の下に進化してきたのである。
 科学技術の発達により、人間は次第に自分の望むものをほとんど手に入れられるようになってきた。とりわけ、衣食住といった生存のために必要な最低限の条件は、ほぼ満たされるようになってきた。生産力は常に需要を上回る危険をはらみ、経済システムを維持するためにも、欲望を解放し、消費を奨励することが求められた。その結果、欲望を我慢しないという点において、現代の成人は、むしろ子供に近づいて来ている。もっとも高度に発達した消費社会を実現したアメリカ人の振る舞いが、しばしば大きな子供に喩えられるのも当然の帰結である。
 もし、孔子の「心の欲する所に従って、矩を踰えず」という命題が、欲望が満たされるための物質的条件の整備によって実現するのであれば、事は簡単である。ポップコーンを頬張り、コーラを飲みながらハリウッドの娯楽大作を見る現代人は、皆、孔子が七十にして到達した境地に達しているということになりかねない。
 しかしもちろん、事態はそれほど単純ではない。どれほど社会の富が増し、物質的には贅沢が可能になったとしても、人間の欲望には、原理的に予定調和では行かない側面があるからである。それはすなわち、人間関係に関する欲望である。
 人間関係において、自分の欲望と他人のそれが必ずしも一致しないことは、恋愛を考えただけでも明らかであろう。世間には両思いよりも片思いの方がはるかに多い。心の欲する所に従えばそれで済むのであれば、恋愛の悩みなど存在しない。心の欲する所に従うことができないからこそ、文学が成立する。夏目漱石の『三四郎』で、三四郎がもし自らの欲望に従っていれば良かったのならば、美禰子に翻弄されることもなかったろう。三四郎のほろ苦い体験に誰でも思い当たるような普遍性があるのは、それだけ他人の心が自分の思う通りにはならないからである。
 元来、生きるということは不確実性に満ちている。どうなるかわからないという状況に対処するために、脳の感情のシステムは進化して来た。人間にとって最も切実な不確実性は、他人の心である。新生児にとっては、果たして母親が自分の面倒を見てくれるかどうか、不確実である。見知らぬ人との折衝は、その人が正直かどうか、不確実である。思春期を迎えれば、自分が思う人が自分を思ってくれるかどうか、思い続けてくれるかどうか、不確実である。そのような不確実な他人の心に頼らなければ自らの欲望が満たされないのだとすれば、「心の欲する所に従っても」などと悠長なことばかりも言っていられない。
 人間関係において、「心の欲する所に従って」いれば、人は簡単にストーカーになる。犯罪者になる。恋愛ばかりではない。社会の中で居心地の良い地位には限りがある。誰でも自分が望む職業に付き、夢見る名声を得られるわけではない。人の不幸を楽しむことを、ドイツ語で「シャーデンフロイデ」と言う。自分が幸せになることと、他人が幸せになることは残念ながら一致しないのが、この世界の実相である。
 人間の脳は複雑な文脈を引き受けて、欲望の調整をしようとする。大脳辺縁系のドーパミン細胞を中心とする情動系は、前頭葉の神経細胞のネットワークと協働して、簡単には解が見つからない人間の欲望の方程式を計算し続ける。そこには、野放図な欲望の解放はあり得ない。ただ、周囲の都合に合わせた、控えめな欲望の発露があるだけである。
 人間の欲望の間に予定調和がないことは、脳科学だけでなく、「ゲーム理論」のように、個人間の利害調整を扱う学問体系の常識である。自らの欲望だけに忠実な人は、社会的な評判を落とす。評判が落ちれば、罰こそ受けなくとも、結局不利益を得ることになる。だから、人間の脳は先回りして、短期的な欲望の実現をある程度犠牲にしても、長期的な利益を図ろうとする。功利主義を説いたイタリアの政治思想家、マキャベリにちなんで「マキャベリ的知性」と呼ばれるそのような配慮こそが、人間の社会的知性のあり方の本質である。それが、現代の諸学問の基本的了解である。
 ならば、孔子の「七十従心」とは、一体何なのか? 年をとったら欲望のレベルが落ちて、結果として矩を踰えなくなった、などという陳腐なことを言っているはずがない。マキャベリ的知性の下での先回りした節制を指しているとも思えない。「七十従心」は、もっとのびやかな印象を与える。現代の科学主義の知的射程を超えてしまった何かがそこにあるようにさえ感じる。一体、孔子は何を言おうとしたのだろう。
 今、私の前に、「七十而従心所欲、不踰矩」という言葉が、一つのエニグマとしてぶら下がっている。このエニグマを避けては、人間理解という学問的興味の上からも、一人称を生きる意味からも、先に行けそうもない。二千五百年前に一人の男が残した言葉を清玩しつつ、人間の欲望を巡る探究を始めようと思うのである。

10月 19, 2008 at 09:41 午前 | | コメント (22) | トラックバック (0)

2008/10/18

「いかに生きるか」

Lecture Records

茂木健一郎
「いかに生きるか」
2008年10月17日
第44回全国小学校道徳研究大会
埼玉県越谷市越谷市コミュニティセンター
レクチャーと質疑応答

音声ファイル(MP3, 63.5MB, 69分)

10月 18, 2008 at 08:55 午前 | | コメント (3) | トラックバック (5)

「科学する心を育むために」

Lecture Records

茂木健一郎
「科学する心を育むために」
2008年10月15日
ソニー科学教育研究会全国大会
愛知県西尾市立米津小学校

レクチャーと質疑応答

音声ファイル(MP3, 85MB, 92分)

10月 18, 2008 at 08:55 午前 | | コメント (4) | トラックバック (1)

報酬は○○であることが前提になっているじゃないか

仕事が立て込んでいるときは、
眠る時間がある程度少なくなって
しまうのは仕方がないことで、
気合いで乗り切るけれども、
困るのは「走る」ということの準備が
できないことだ。

 朝一番、草を踏みしめ、木漏れ日を
感じ、空気を切る。

 そのことの意味は、「太陽を
浴びる」ということにもあるんだなあ、
と感じた。

 いつも同じ場所でひなたぼっこをしている
おじさんたちがいる。
 
 おじさんたちも、
 一日の始めに日を浴びることで
生を「キックスタート」するのであろう。

 前日眠っていないと、走っていても
何となく気合いが入らない。
 だから、できるだけ眠ろうとは思う
んだけど。

 『プロフェショナル 仕事の流儀』
のチーフプロデューサーの有吉伸人さんは、
慢性的な睡眠不足らしく、
 打ち合わせの時など、いつも眠そうに
している。

 そのくせ、カメラを構えると気配を
察知して、ぱちっと目を覚ますのだ。
 
 行ったことはないけれども、
サバンナの動物というものはこういう
感じなのかな。

 動物写真家、モギケンが撮影した、
珍獣、アリヨシノブートの生態をお送りします。


ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
所眞理雄さんとお話しする。

脳科学研究グループの会合。

須藤珠水が博士論文の内容を発表。
立派にまとまってきて、良かったなあ。

高野委未さんが新生児における
顔の表情認知をNIRS(Near infrared spectroscopy)
を用いて研究した論文を紹介する。

高野さん、一日をかけて丹念に論文を
読み込んできました!

立ち話。
田谷文彦とネスプレッソの話をする。

石川哲朗とコンビニに行く。

「石川君に、こんな実験ができないかと
議論をふっかけるシリーズ」。

「あのさあ、石川さあ」

「はい」

「この前、反証可能性の実験ができないか
とか言っていたじゃん。」

「はい。」

「今度はさ、報酬の○○性について実験をして
みたいと思うんだけど。」

「そうですか。」

「脳科学においてはさ、報酬は○○であることが
前提になっているじゃないか。でもさ、本当は
他者との関係においては○○なわけだろう。
そこのところの○○変数をさ、明示的に変化させて
○○させたらどうだろう。」

「そうですねえ。」

石川くんは、オレがべらべらしゃべっている
のを聞き流して、冷静においしいお菓子を
かごに入れていた。

石川は偉いやつだ。


石川哲朗氏

道徳教育の研究をされている先生方の
前で、いかに生きるべきかということに
ついてお話させていただいた。

どう生きるべきかということについては
正解がない。

だからこそ、生きるということは面白い。

正解がないことについて、「実は正解が
ないのです」とお話しながら、
熱烈に脳の弁護をする。

生きることの弁護をする。

10月 18, 2008 at 08:37 午前 | | コメント (11) | トラックバック (4)

2008/10/17

『感動する脳』 16刷

茂木健一郎
『感動する脳』(PHP研究所)
は増刷(16刷、累計57000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所 小川充さんからの
メールです。

Date: Thu, 16 Oct 2008
From: "小川 充"
To: "Ken Mogi"
Subject: ご連絡と御礼

茂木健一郎先生

「感動する脳」増刷のご連絡をさせていただきます。
今回は、16刷、7000部です。
これで累計5万7000部となりました。
ありがとうございます。

ところで私ですが、
今月10月の末日をもちまして、
PHP研究所を定年退職いたします。
茂木先生には、私にとっても記念すべき本を
ともに作らせて頂いたこと、
心より深く御礼申し上げます。

今後の増刷などのご連絡は、
学芸出版部の和田という者がいたします。

今まで、まことにありがとうございました。

PHP研究所 小川充

私から小川充さんに差し上げたメールです。

To: "小川 充"
From: "Ken Mogi"
Subject: Re: ご連絡と御礼

小川さま

メールをいただき、ありがとうございます。

定年退職されるということをうかがい、
月日の流れを感じました。

お疲れさまでした!

小川さんと出会い、すばらしい本になったことを
心から感謝いたします。


茂木健一郎拝


amazon 

10月 17, 2008 at 07:53 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

心なしかたじたじになっている

このところ、朝、コーヒーの前に
フルーツ・ジュースを飲む習慣が
あり、このところピーチを愛していた。

冷蔵庫を開けて、愕然とした。
昨夜、コンビニでトロピカーナの
ピーチ・ネクターを買ったと思っていたのに、
よくみたらアップルだった。

もちろん、リンゴもおいしいが、口の
中にすでにピーチのクオリアの予感が
生じてしまっている。

一日に行うことの中で、一番大切な
ことは、もし時間があれば、朝近くの公園を
走ること。

時々、一人で社交ダンスの練習をしている
おじさんがいる。手袋をして、帽子をかぶり、
恥ずかしがりもせずに腕を見えない女性の
背中に回してくるくるとステップを踏んでいる。

あの人は、実は偉人だなあ。
他人の目を気にしない。
私は密かに感心していた。

昨日の朝走っていて、クランチーな
風景を見た。

社交ダンスのおじさんの前方10メートルで、
まるで挑むかのように、若者がタップ・ダンスの
練習をしている。

若者の勢いはすごい。おじさんの優雅な
くるくるに対して、機関銃のようにタタタタタと
踏まれるエナメルの靴。

ぼくの大切な社交ダンスのおじさんが、
心なしかたじたじになっているような
気がした。

それでも
止まりはしない。走り続ける。森の中を抜けながら、
残像を追う。

ぼくがタップ・ダンスに興味を持ったのは、
北野武さんが師匠の深見千三郎さんから習って、
今でも毎日踏んでいるという話を聞いたからだった。

日が高くなる。街をあるく。
思いだして、くすりと笑う。
あのタップの若者が、社交ダンスのおさんの
息子だったとしたら。

浜松町の文化放送で、大竹まことさんとお話する。

大竹さんの、言葉が出るテンポと勢いに魅せられる。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
ゲストは、認知症介護のスペシャリスト、
大谷るみ子さん。

認知症になったお年寄りは、かえって余計な
ものに邪魔されずに、人の心にまっすぐに
向き合い、感じることができる。

だから、自分の姿を映す鏡ともなる。

大谷さんの声の調子が一つのつややかな
楽器のように大きくおおきく人を包む。

放送は11月18日(火)の予定です。

茂木健一郎
『脳とクオリア』 
(日経サイエンス社、1997年)
第4章7節
「ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性のパラメータ」より
 
 さて、それでは、私たちの脳の中のニューロンの発火からなるシステムがどのような固有時に従うのか、具体的に見ていこう。
 ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性を考察する上では、ニューラル・ネットワークのダイナミックスを記述する幾つかの異なる時間パラメータを考慮しなければならない。
 ニューロンの細胞体におけるアクション・ポテンシャルの生成からの一連のプロセスを追いながら、それらの時間パラメータを考察していこう。以下では、興奮性のシナプス結合の場合について説明する5)。
 まず、ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性を、簡略化した形で復習しておこう。(図4ー8)

<図4ー8
相互作用同時性の簡略化された描像>

 今、ニューロンAの軸索丘でアクション・ポテンシャルが時刻tにおいて生成されたとする。このアクション・ポテンシャルが、ニューロンBに時刻t+LBA/CBAに到着したとしよう。ここに、LBAはニューロンAからニューロンBへ向かう軸索の長さであり、CBAはこの軸索上のアクション・ポテンシャルの伝幡速度である。この時、時刻tと時刻t+LBA/CBAは、相互作用同時性により、同時であると考えられる。すなわち、

<数式>

となるのであった。 
 もちろん、上のようなシンプルな描像では、多くのパラメータが無視されている。以下で、その一つ一つを検討していこう。
 まず、アクソンをアクション・ポテンシャルが伝幡するのに要する時間がある。この長さは、アクソンの長さをlBA、アクション・ポテンシャルの伝幡速度をcBAとすれば、lBA/cBAである。このパラメータは、上の描像の中でも考慮されている。
 さらに、シナプスにおいて、アクション・ポテンシャルの到達後、神経伝達物質が放出され、シナプス間隙を経てシナプス後側(postsynaptic)のニューロンに達するまでに要する時間、シナプス遅延(synaptic delay、ts)がある。シナプス後側に達した神経伝達物質は、受容体と結合する。その結果膜電位が脱分極し、後シナプス膜電位(postsynaptic membrane potential)が、樹状突起(dendrite)の上を伝わっていく。これが、細胞体にまで達するのに要する時間が、樹状突起遅延(dendritic delay、td)である。
 細胞体に達した膜電位の変化は、アクション・ポテンシャルを生成する部位であるアクソン丘(axon hillock)において脱分極として現われる。この様子を記述する時間定数としては、脱分極が成立するまでの時間(上昇時間 ta)と、脱分極が生じた後に、それが減衰していくのに要する時間(減衰時間 tm)がある(図4ー9)。

<図4ー9
相互作用同時性に関わる時間定数>

 こうして、シナプス前側のニューロンの細胞体で生じたアクション・ポテンシャルの影響が、シナプス後側のニューロンの細胞体にまで達して、ニューロン間の相互作用の連鎖がつながったことになる。
 上に挙げた時間パラメータの典型的な値は次の通りである。

ts <〜 1ミリ秒
td 〜 1〜2ミリ秒
ta <〜 1ミリ秒
tm 〜 10ミリ秒
  lBA/vBA <〜 1ミリ秒    

 これらの値を比較すると、相互作用同時性を決める時間パラメータとしては、膜電位の脱分極が減衰する時間tmが大きな意味を持っていることがわかる。もっとも、上の値は様々な条件によって異なるので、あくまでも目安と考えなければならない。

5)抑制性の結合において固有時がどう振る舞うかは難しい問題だ。抑制性の結合においては、3ー5節で見たように、負の相互作用連結性が生じる。一つの考え方は、負の相互作用連結性の両側では、共通の固有時が成立しないというものだ。

10月 17, 2008 at 07:16 午前 | | コメント (22) | トラックバック (3)

2008/10/16

脳を活かす仕事術 5刷

脳を活かす仕事術(PHP研究所)は、
増刷(5刷、累計20万部)となりました。
ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんからの
メールです。

Date: Wed, 15 Oct 2008
From: "木南 勇二"
To: "Ken Mogi"
Subject: 『脳を活かす仕事術』20万部です【PHP木南】

茂木健一郎先生

いつもお世話になります。
『脳を活かす仕事術』は1万部増刷がかかり
累計20万部となりました!
誠にありがとうございます!

もうすぐ『脳を活かす勉強法』と併せまして
シリーズ100万部突破ですので、何かイベントが
できないかと弊社営業も考え、燃えております。

そろそろ寒くなってまいりました。
お身体にご自愛くださいませ。

PHP 木南拝

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10月 16, 2008 at 06:46 午前 | | コメント (5) | トラックバック (1)

おじいちゃんたら、仕方がないわねえ

相変わらず時間がありません。

ソニー教育財団の仕事で、
名古屋に日帰り。

名鉄名古屋駅の券売機の前で、「米津」
が見つからず、駅員さんに教えていただいた。

名古屋圏の私鉄は枝分かれがすごい。

移動中もずっと仕事。

米津で降りると、ほんとうにいい天気で、
こんな日に外をぶらぶら歩かないのは
もったいないと思った。

帰りの新幹線は熟睡。

改札を出る時、なぜか直接外に
出る口だと勘違いしてしまった。

東海道新幹線の出口は、
駅員さんが
「切符が出てきます。おとりください。」
といつもアナウンスしていて、
「取り忘れる人がいるんだなあ。オレは
だいじょうぶだけど」
と思っていたのを、本当に自分でやってしまった。

「あのー、すみません、切符をとるのを忘れて
しまいました。」と申し出ると、
若い女性の駅員さんは、「もう、おじいちゃんたら、
仕方がないわねえ」というような風情で、
「どこから乗られました?」と聞く。

「名古屋です」と答えると、
改札室の方に歩いていって、何か機械をささっと
操作して、まっしぐらに私が出た改札機の
方に歩いていって、ポケットのようなところを
かちゃっと開けて、
切符をとりだしてくれた。

それで、オンラインでわかるような高度な
システムになっているということがわかった。

寝起きだったもので、ごめんね。

名古屋駅の構内を
歩きながら、時折、「そうだ、昔あんな
ことを書いたなあ」と脈絡がなく
思い出していた一点。

本を開いて、確認。
過去からずっと続いている問題と向き合う。

ラジカルさの核は、変わっていない。

茂木健一郎
『脳とクオリア』 
(日経サイエンス社、1997年)
第5章13節
「クオリアは、プラトン的世界への道である。」より
 
 私は、この章でクオリアについて論じてきた。クオリアの問題は、あまりにも深淵で、広く、とても一章だけで論じきれるものではない。また、私たちのクオリアを理解しようとする試みは始まったばかりであり、まだまだ私たちの直感が働く範囲は限られている。
 ただ、私が強調したいことは、哲学者たちのようにクオリアについて抽象的な議論をして、溜息をついているのではなく、クオリアについての技術的な議論を始めるべきだということだ。例えば、認識の要素を構成する相互作用連結なニューロンの発火のパターンとしてクオリアをとらえるというアプローチは、直ちに、クオリアの具体的な分類、カタログ化の道筋を示唆する。この際に重要なのは、感覚野における、ニューロン同士の相互結合パターンに関する詳細なデータだ。クオリアについて理解するためには、反応選択性ではなく、ニューロンの発火の間の相互依存関係自体を検証しなければならないからである。クオリアについて、神経心理学的な視点から研究されるべきことはあまりにも多い。「反応選択性」という概念が、クオリアの本質を長い間隠蔽してきたため、殆どその研究は手つかずになっている。
 この章の最後に、私は、クオリアの問題についての、ある信念を表明したい。それは、クオリアを、進化論的な観点からとらえるのはクオリアの本質を見過ごしているということである。
 今日、脳の構造を含めて、全ての生物学的特徴を、その淘汰上の利点から考えるのは、当然のことのようになっている。実際、巷には、意識がどのような淘汰上の「利点」を持つから進化してきたのかを論ずる論文があふれている。
 私に言わせれば、私たちの心の持つ属性、とりわけクオリアは、その淘汰上の利点とは独立して論じられなければならない。5ー2節に論じたように、あるクオリアと、その淘汰上の利点の結び付きは、全くの任意なのであって、クオリアの存在自体を、淘汰上の利点から説明することはできないのである。
 あるクオリアの存在が、生存を脅かすようなものであれば、そのような生物は絶滅するかもしれない。例えば、捕食者におそわれた時に、心の中に「銀の鈴を鳴らしたようなクオリア」が浮かんで、それに聞きほれてしまうような生物がいたとしたら(まずそんな生物はいないだろうが!)そのような生物は絶滅するだろう。だが、そのような淘汰上の不利益と、「銀の鈴を鳴らしたようなクオリア」自体が持つ属性は、全く無関係なのである。
 私たちが、現に心の中に浮かばせることのできるクオリアについてせいぜい言えることは、それが生存上の要求と両立可能(compatible)であるということだけだ。クオリアの持つ属性と、その淘汰上の意義は、独立した概念なのだ。

<図5ー10
バッハの「ゴールドベルク変奏曲」の楽譜>

 音楽は、クオリアの芸術である。音楽という芸術の起源を、その淘汰上の利点から説明しようとする試みは、本質をとらえていない。例えば、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」(図5ー10)の中にあるクオリアの集合が、進化上それが有利だから生まれてきたという考え方ほど、ナンセンスなものはない。進化論が音楽の起源について言えることは、せいぜい、それが、生存上の要求と両立可能(compatible)であるということだけだ。クオリアの芸術である音楽の本質と、その淘汰上の意義は、全く無関係なのだ 4)。
 私がここに書いていることが、機能主義に象徴されるある種の見解への挑戦状であることはよく承知している。そのことを承知した上で、著者は喜んで挑戦状を叩きつけるだろう。何故ならば、私には、人間の全ての認識の構造が、ある生存上の利点のために、コネクショニスト(connectionists)の言葉で言えば、適切な入力・出力関係をつくるために存在するという見解が、全く論理的なものではないと思えるからだ。
 誤解されることを恐れずに言えば、「クオリア」の問題は、古来「プラトン的世界」と呼ばれていた、理念や概念の世界の実在性と深い関係がある。だからこそ、クオリアは、心脳問題のエッセンスであることはもちろん、より広い意味でも胸がわくわくするほど興味深い問題なのである。神経科学の発達によって、ついに、「クオリア」を実証的に研究する機が熟したのだ。私たちは、今こそ、「クオリア」を技術的に論じる努力を始めなければならない。
 「クオリア」は、間違いなく、今後少なくとも何十年にもわたって人間の知性の真摯な探究が傾けられるべき問題なのである。

4)このような視点こそ、フッサールがその「現象学的還元」という概念において訴えた考え方である。

10月 16, 2008 at 06:25 午前 | | コメント (17) | トラックバック (2)

2008/10/15

ベストハウス123

ベストハウス123

フジテレビ系列
2008年10月15日(水)21時〜21時54分

http://wwwz.fujitv.co.jp/123/index2.html

番組表

10月 15, 2008 at 06:59 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

メスグロヒョウモンの日

さまざまな仕事に追われていて、
日記をゆっくり書く暇がありません。

おわびに、『生きて死ぬ私』
から、「メスグロヒョウモンの日」
をお送りいたします。

願わくば、あの時のような胸のときめきが、
いつの日にもありますように。

<メスグロヒョウモンの日>

 ある少年の日、私は高尾山に採集へ行った。沢沿いの道に今まで見たことがない黒い蝶がいた。道の上に吸水に降りてきたところを見ると、メスグロヒョウモンという種類の、見事な雌の個体であった。
 メスグロヒョウモンは、石ころの上に止まり、その黒光りする羽根を平らに広げて、太陽の光を受けていた。
 私は、心臓が胸から飛び出そうだった。何しろ、メスグロヒョウモンを見るのは、生まれて初めてだったのだ。図鑑の中で何度も嘆息して眺めた力強い羽根のパターンが、私の前にまさに今生きるものとして存在していた。羽根が、小刻みに揺れていて、それはまるでその蝶の生命の息づきそのもののようだった。

 飛び立たないでくれ。

 私は、そのように祈りながら、少しづつ、そのメスグロヒョウモンに近づいていった。近づきながら、私の目は、その個体の美をくまなく味わっていた。私の頭は、冷静になろうとつとめながら、どうやったらこの素晴らしいものを手に入れることができるかと回転し始めていた。唯一の手は、メスグロヒョウモンの上から、捕虫網をかぶせることのように思われた。私は、頭の中で一連の動きを思い浮かべてみた。
 ひゅつ。
 私の振り下ろした白い捕虫網のシルエットの横を、黒い稲妻が走った。補注網をかぶせるよりも早く、メスグロヒョウモンは舞い立った。そして、力強い羽ばたきで、初夏の青い空の中へと消えていってしまった。
 私は、呆然としてまわりを見渡した。いかに強いあこがれの心をもってみても、メスグロヒョウモンは二度と現れなかった。
 私がメスグロヒョウモンを見たのは、後にも先にもこの時だけである。あの初夏の日に、メスグロヒョウモンを見つめた私の眼差し、胸のときめき、そしてメスグロヒョウモンが消えていった空の青さは、素晴らしい思い出として私の心に残っている。
 私がこの体験について文章を書くのは、これが初めてである。この体験について、今まで誰かに話したこともない。また、メスグロヒョウモンは逃げてしまったのだから、今、私の手元にメスグロヒョウモンの標本があるわけではない。すなわち、私がメスグロヒョウモンに出会った初夏の一瞬の出来事は、言葉や標本といった、流通するメディアに乗ることなく、私の中に「流通しないもの」として存在していた。今、私の経験がこうして言葉になり、その結果ある程度の「流通性」を獲得したとしても、そのことで何かが本質的に変わったとは思えない。私のメスグロヒョウモンの体験は、私の胸の中に「流通しないもの」として存在していたときに、それで十分であり、完結していたように思われる。何よりも、あの初夏の日に私とメスグロヒョウモンが高尾山で出会ったという事実は、この宇宙の悠久の歴史の中で消去することのできない事実なのであり、何者も私からあの初夏の日を奪うことはできないのである。
 誰にでも、私のような「メスグロヒョウモンの日」はあるのではないだろうか。いや、むしろ、人生の一日、一日の全ては、実は「メスグロヒョウモンの日」なのではないだろうか? そして、これらの輝ける日々を、その一瞬一瞬を、「言葉」というメディアで記録することは、そもそも原理的に不可能なのではないだろうか?
 人生というものは、たとえそれが「言葉」や「映像」といったメディアで残されなくても、その人の生きた人生の1秒1秒が、そっくりそのまま「歴史」としての価値を持つ。そんなことが、あるのではないか? 私のメスグロヒョウモンの日が、そして、未だかって生き、今生き、これから生きるであろう人類の一人、一人の「メスグロヒョウモンの日」が、その歴史が、どこかに密やかに、大切に記録されているのではないだろうか?
 そんなことを、私は時折考えてみる。

10月 15, 2008 at 06:38 午前 | | コメント (10) | トラックバック (2)

2008/10/14

プロフェッショナル 柳家小三治

プロフェッショナル 仕事の流儀

笑いの奥に、人生がある

~ 落語家・柳家小三治 ~

60分拡大版。

どんなに貧しくても、苦しくても、
人間というものは、もし
心のままに生きていれば、
まるで呼吸をするように、
笑いがこぼれるものではないでしょうか。

そう、小三治さんは言われた。

笑いをむりに引きだそうとするのでは
ない。
むしろ、自然にあふれてしまう。

そんな名人の一言ひとことに、
やっかいなこの世を生きていく
ための叡智を見る。

NHK総合
2008年10月14日(火)22:00〜23:00

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
いちばん下からの目線
〜 落語家・柳家小三治 〜
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

10月 14, 2008 at 07:07 午前 | | コメント (9) | トラックバック (9)

Wの見ていたもの

サンデー毎日

2008年10月26日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第35回 Wの見ていたもの

一部抜粋

 高校の時の同級生のWは、大変な俊才であった。何しろ、私たちの学年の共通一次試験(現在のセンター試験)の全国1位。1000点満点中、981点であったと記憶している。
 もっとも、Wの輝きは偏差値などで測れるものではなかった。受験などというものは超越していた。「早く大学に入って、思う存分ドイツ語の文献が読みたい」と言うような男だったのである。
 卒業文集で、皆が高校時代の思い出などについて書くなかで、Wのタイトルは、「ラテン民族における栄光の概念について」。Wと二年間同じクラスだったことを、私は自分の人生に起こった「奇跡」の一つだと思っている。
 あれは受験を控えた11月頃だった。高校からの帰り道、最寄り駅のホームに上がると、Wが一人で本を読んでいた。「何を読んでいるの?」と聞くと、彼は「ぼくはふだん勉強で忙しいから、こういう時くらいこんな本を読まないと、精神のバランスが保てないんだ」と答えた。
 Wが表紙を見せてくれた。英語で書かれた、イングランド女王、エリザベス1世の伝記。セピア色の思い出の中にあるシーンである。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

10月 14, 2008 at 07:01 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「下から目線」の落語力

ヨミウリ・ウィークリー
2008年10月26日号

(2008年10月11日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第124回

「下から目線」の落語力

抜粋

 落語家の柳家小三治さんとお話する機会があった。私が司会を勤めるNHK総合『プロフェッショナル 仕事の流儀』にゲストとしていらしたのである。(中略)
 小三治さんのお父様は校長先生で、子どもの時から厳格に育てられたのだという。テストで90点をとっても、「お前はなぜ100点がとれない?」と詰問される。正座させられて、一時間も説教されることがざらだった。
 「いつも一番でなければならない」
 そんなプレッシャーの中で育った小三治さん。中学生の時、落語に出会って、目から鱗が落ちる思いがしたという。「これで救われた」という気分になったというのである。
 いつもトップであるということが、ともすれば自分より下の人たちを見下ろす「上から目線」になってしまうとすれば、落語は対照的に徹底的な「下から目線」。その発想の大転換に、小三治さんはその後の人生を託すことができる何かを見取るのである。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

10月 14, 2008 at 06:56 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

『ひらめきの導火線』6刷

茂木健一郎
『ひらめきの導火線』
PHP新書
は増刷(6刷、累計9万1000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の丹所千佳さんからのメールです。

Date: Fri, 10 Oct 2008
From: "丹所 千佳"
To: "Ken Mogi"
Subject: 『ひらめきの導火線』増刷のおしらせ

茂木健一郎先生

こんにちは。
いつもお世話になっております。
増刷のおしらせです。
おかげさまで、『ひらめきの導火線』の
6刷が決定し、累計91000部となりました。
ありがとうございます!
読者の方々には、ご愛読御礼もうしあげます。

4名の日本人がノーベル賞の栄に輝かれましたが、
受賞のコメントに、本書で述べられたことと
通じるものを覚えました。
セレンディピティ、「お互いさま」で進歩する、
創造のバトンリレー、影響の連鎖、などなど。
真摯に精緻に積み重ねることで導かれる、
青い炎の熱に思いを馳せた次第です。


丹所千佳

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10月 14, 2008 at 06:51 午前 | | コメント (0) | トラックバック (2)

 人生は変わる

 科学のもともとの美質は、
「予言ができること」だったはずだが、
決定論的カオスがあるから、
少し私たちの生活に近い領域になると、
もうまったくpredictionができない。

 どれだけ科学が発達しても、
自分の人生で、これから何が起きるのか、
予言することなどできない。

 まさに、一寸先は闇。
それでも、私たちは何とか生きている。
 すごいことであるなあ。

 東京大学本郷キャンパス。

 「顔学会」のシンポジウム。

 第一部、しりあがり寿さん、わたせせいぞうさん、
坂本未明さんが原島博先生とディスカッション。

 第二部、原島博先生が特別講演。

 第三部、小笠原敬承斎さん、蜷川有紀さん、

園山真希絵さん、そして私が加わり、
原島博先生とお話する。

 三四郎池のほとりを歩いていると、
「おしら様」塩谷賢とふらつきながら
ばあばあ言っていた頃を思い出す。

 私は学部二回、大学院と本郷に
9年間いたことになる。

 塩谷は、駒場の科学史科学哲学に
修士表裏4年、博士マックスで5年
在籍した。

 あの頃、自分が二十年後にどうなって
いるかなんて予想できなかった。

 これから二十年も、同じ事だと
思わずばなるまい。

 人生は変わる。

 そう思っていれば、心愉しい。

10月 14, 2008 at 06:47 午前 | | コメント (11) | トラックバック (2)

2008/10/13

茂木健一郎の脳科学講義

ちくま文庫

茂木健一郎、歌田明弘著

『茂木健一郎の脳科学講義』

発売になりました。

筑摩書房の増田健史さんからのメールです

From: 増田健史
To: "'Ken Mogi'"
Subject: ご本が刊行になりました(ちくま増田)
Date: Fri, 10 Oct 2008


茂木さま

こんにちは、増田です。
さて、例の『茂木健一郎の脳科学講義』が刊行になりました。

ブログ等にて盛大にアナウンスいただ
ければ幸甚です。

増田健史拝

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10月 13, 2008 at 09:55 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

ホームグラウンド

自由であるとは、決して
因果的な法則に従わないランダムな
プロセスを意味するのではなく、
つまりは自分が生きたいように生きる
ということであろう。

自分の内なる声を追うという意味では、
そこには制約が加えられており、
むしろ強いられていると言っても良い。

もっとも、オープンなダイナミカル・システム
としての私たちは、環境と相互作用しなければ
ならないから、
自分の声と他人の声の多声的響きの中に、
生命の妥協を探らなければならない。

フジテレビ「新報道2001」。

須田哲夫さん、吉田恵さん、黒岩祐治さん。

PHP研究所にて、
宝島、週刊プレイボーイの取材。

来年のラフォルジュルネは、バッハを取り上げる。

バッハの音楽について、ルネ・マルタンさんと
話す。

マルタンさんは、「バッハが帰ってきた」
というポスターの図案を持って、
うれしそうににこにこ笑った。



ルネ・マルタンさんと


東京大学本郷キャンパス。日本顔学会。

恩蔵絢子さん、岡崎修一さん(発表者猿渡敬志さん)、
田中泰彦さん、がそれぞれ筆頭著者で、
「化粧顔及び素顔の認識における脳内過程について」
「自己及び他者の顔の認知プロセス」
「選好における身体化された無意識過程の意義」
の三件の研究発表。

PHP研究所の丹所千佳さん、
集英社の鯉沼広行さん、
和田京子さんが聞きに来て下さった。

懇親会で、東京大学の原島博先生と
お話する。

顔学会を立ち上げ、ここまで引っ張って
きた原島先生。

「一度くらいは、自分のホームグラウンドに
日本顔学会を持ってこようと思っていました。」

電通の佐々木厚さんや、カネボウの人たちと
歩く本郷通り。

大学院の時によく行っていた
「森川町食堂」をのぞいてみると、
真新しいビルに立て替わっていた。

10月 13, 2008 at 08:50 午前 | | コメント (15) | トラックバック (2)

2008/10/12

新報道2001

新報道2001
フジテレビ系列 
2008年10月12日(土)07:30~08:55

番組表 

http://wwwz.fujitv.co.jp/b_hp/shin2001/index.html 

10月 12, 2008 at 05:20 午前 | | コメント (3) | トラックバック (0)

眠りの続き

朝のコーヒーとチョコレートは
相変わらず欠かせないが、それに加えて、
ここのところ、フルーツ・ジュースを
飲むのが習慣になっている。

以前、週刊新潮で食生活を判断して
いただいた時、意外なことに概ね合格点
だったが、ひとこと、「フルーツをとったら
どうでしょう」とコメントを頂いた。

果物は子どもの頃から好きである。
南に旅行した時など、
トロピカル・フルーツを山盛りにした
皿を見ると心がときめく。

コーヒーとともに、フルーツジュースを
飲む。ここのところ好んでいるのは
桃。ネクターを口に含むと、
「南」(El Sur)がやって来るようだ。

電通でミーティング。

「あいのり」の恋愛についての
解説を収録。

このところ睡眠不足だったので、
早めに眠る。

眠りは、甘美なネクターに似ている。

朝のフルーツジュースが眠りの
続きのように感じられるのは、そのせいであろう。

10月 12, 2008 at 05:10 午前 | | コメント (15) | トラックバック (4)

2008/10/11

人生をたのもしい

ソニーコンピュータサイエンス研究所
の合宿の最終日。

所眞理雄さん、北野宏明さん
を中心に活発な議論。

私や、田谷文彦も発表。

東京に戻る。

朝日カルチャーセンター。

筑摩書房の
増田健史が、このほど完成した文庫本
『茂木健一郎の脳科学講義』を
持って現れた。

「たけちゃん、写真撮ろう」
「はずかしいよ。」
「でも、本の宣伝のためだよ。」
「じゃあ、仕方ないか。」


隠れた増田健史


顔を出した増田健史

講義を終えて電通の佐々木厚さんたちと
懇談していると、いったんは東京駅方面に
逃亡していた増田健史が、盟友
NHK出版の大場旦を引き連れて
戻ってきた。

「やあ」「やあ」「やあ」。

何だか、ぱっと明るくなってうれしい。


佐々木厚、増田健史、大場旦


佐々木厚、増田健史、大場旦

「やっぱりさあ」とぼくは言った。

「仲間がいちばんだよね。」

増田健史と大場旦が、目の前で
口論するのを見ながらにやにやしていた。

仲が良いほどケンカをする。

生きるということについてツラツラ
考えるに、簡単に思えることが
実は難しい。

たとえば、さまざまな要素の間の
バランス。

生きるということは、つまりは、有機体としての
調和をはかるということだから、
いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」
は、たくさんの均衡の一つに過ぎない。

無限のパラメータ空間の中で、ぼくたちは
バランスをとろうとする。

時々はこうやっていろいろ話をしないとね。

大場旦が怪奇オオバタンに変身して、
テーブルをどん! どん! と叩き始める
のを見ながら、私は人生をたのもしいと
感じていた。

10月 11, 2008 at 08:45 午前 | | コメント (10) | トラックバック (3)

2008/10/10

朝日カルチャーセンター ー脳と音楽 08ー

朝日カルチャーセンター

「脳とこころを考える」
- 好き・きらい・どちらでもない

第一回
2008年10月10日(金)
18時30分〜20時30分

(10/10, 10/24, 11/21, 12/12、
全四回)

三回目には、作家の椎名誠さんと
対談いたします。

http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=32256&userflg=0

10月 10, 2008 at 07:04 午前 | | コメント (5) | トラックバック (0)

緑の車両

ソニーコンピュータサイエンス研究所
の合宿二日目。

朝食をとりながら、iPS細胞に代表される
細胞のepigeneticsについて議論。

暦本純一さん、高安秀樹さんの
お話を聞く。

NHKへ向かう。

渋谷駅で降ると、ハチ公前に、なつかしい
姿があった。

東京学芸大学附属高校に通っている頃、
東急東横線を走っていた緑の車両。

駅のホームで待っていて、線路を曲がって
やってくる列車がこの緑のやつだと、
何だか得をしたような、気分が浮き立つような、
不思議な気分だった。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

ゲストは、人工心臓の開発に取り組まれている
野尻知里さん。

心臓外科医だった野尻さんが、
人工心臓の開発へと身を投じ、
邁進するお話は、聞く者の感動を
呼び起こさずにはいられない。

収録を終え、いつものように日経BPの
渡辺和博さんと感想を言い合っていると、
となりの有吉伸人さんが「気を失う」
感触がある。

急いでカメラを構え、撮ろうとすると、
その瞬間に有吉さんが目覚めて、こっちを
見つめた。


目が覚めた有吉伸人さん

「すごいですね、有吉さん。茂木さんが
撮ろうとしているのがわかったのですね。」
と渡辺さんが感心する。

反射神経に邪魔されて、
人気の「会議中に思わず眠る有吉伸人」
の写真を押さえることができませんでした。

等ブログの読者におわび申し上げます。

再び、
合宿に出席するために、
観音崎京急ホテルへ。

最寄り駅で降りる時、たった二度目なのに、
自分がここに住んでいて、
都心に通っている、そんな気持ちになった。

偶有性はどんな人生にも平等に訪れる。

10月 10, 2008 at 06:58 午前 | | コメント (10) | トラックバック (1)

2008/10/09

真理の大海

下村脩さんがノーベル化学賞を受けられた。

科学に対する関心が、一時的であれ高まっている
ことは良いことである。

現代の日本は、わかりやすいとか、
簡単とか、そういうことに価値を置く
傾向があるが、本当は「難しい」
ということにこそ
心惹かれて欲しいと思う。

おかげさまでたくさん売れている「脳を活かす
勉強法」も、「わかりやすい」という
感想をいただくが、それはそのように書いている
からで、よく考えてみれば、本当はとても難しい。

ドーパミンが介在する「強化学習」は、
「正解」がない「教師なし学習」。
自分の喜びは、自分で耕すしかない。

このように文字面を見るとやさしそうに
見えるが、よくよく考えて見るととてつもなく
難しい。

「報酬」の源が定まらない状態で、いかに
行動し、人生の軌跡を積み上げていくか。
どうやって仮の「目標を立てるか」・・・。

数理的なモデルを立てないまでも、
そこに奥深い問題群があることは
少し考えてみればわかる。

小学生くらいでも、何かを聞いた時に、
すぐに「ああ、わかった」というよりは、
「これは一体どういうことだろう」
と考え込むようなやつの方が
見所がある。

「これはやさしい」と早合点して喜ぶより、
自ら「難しいこと」を探し出し、
じっくりと取り組むことにこそ
価値を置く日本人が
もう少し増えてくれたらと思う。

田園都市線が遅れて、すずかけ台に
着くのがぎりぎりとなった。

私の研究室の
箆伊智充がかつてゼミの
「クリスマス・スペシャル」でやった、
すずかけ台駅から研究室までを動画
で取りながら走り抜く「すずかけ台ダッシュ」
を私もやるはめに。

息を切らせてG3棟に入る。
しかし、G311がどこなのか、
よくわからない。

ちょうど歩いていた警備員の方に、
「あの、G311はどこでしょうか?」
と伺うと、「ああ」と顔がぱっと明るくなる。

「茂木健一郎さんですね。」

「ええ、そうです」とにこりと笑いながらも、
気持ちはあせる。

「311はね、そこですよ」
と連れられて入った部屋は、ちょうど戸嶋真弓
さんの前の発表が終わるところだった。

修士論文の中間発表。

戸嶋さんは、外国語の習得の過程において、
認知的枠組みがどのような影響を与えるかという
ことに関心があり、それを前言語的スキームと
結びつけて研究しようとしている。

立派に発表を終え、活発な質疑応答があった。

戸嶋さん、お疲れさま。

すずかけ台の食堂で、傍聴に来ていた
石川哲朗を交えてご飯を食べる。

「あのさ、自分と同じシャツを着ている
人が前にいる時にだけ立ち上がる固有な
認知プロセスって何だと思う?」

「反証可能性自体は反証可能と思うか?」

「反証可能性の実験って、考えられないか?
認知プロセス自体をシステムの
中に取り入れて対象としてしまえばいい。」

牛タンカレーはうまかった。

観音崎京急ホテルへ。

ソニーコンピュータサイエンス研究所
の合宿。

所眞理雄さん、北野宏明さん、高安秀樹さん、
暦本純一さん、などなどと議論を
重ねる。

休み時間、まわりをぐるっとして潮の
香りを嗅いだ。

アイザック・ニュートンがかつて
言ったように、「真理の大海」は
私たちの前に無限の表情をたたえて
広がっている。

一見どんなに簡単に思われることの
横にもその近くに、「真理の大海」が広がっている
という感覚を持つことができたら、
その人の生は幸せである。

I do not know what I may appear to the world, but to myself I seem to have been only like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself in now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.

10月 9, 2008 at 06:40 午前 | | コメント (17) | トラックバック (5)

2008/10/08

『脳を活かす仕事術』『脳を活かす勉強法』増刷

PHP研究所
『脳を活かす仕事術』
『脳を活かす勉強法』
は増刷(『脳を活かす仕事術』4刷、累計19万部、
『脳を活かす勉強法』37刷、累計69万1000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんからのメールです。

Date: Tue, 7 Oct 2008
From: "木南 勇二"
To: "Ken Mogi"
Subject: Fw: Re: Re: フランスNo1文芸作家との英語でのご対談のお願い/PHP木南

茂木健一郎先生

いつもお世話になります。
『脳を活かす仕事術』は4刷25000部増刷となり
累計19万部となりました。
『脳を活かす勉強法』は37刷5000部増刷となり
累計69万1000部となりました。
誠にありがとうございます。
快調であります!

また、佐々木さんに時間を確認いたしました。
15:50分にグランドハイアットで終わるそうです。
フランス大使館と場所的に近いですので16時10分ぐらいから
マルク・レヴィ氏とのご対談約1時間ほどでお願いできましたら幸いです。


木南拝

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
木南様

お世話になっております。
下記の件ですが、現状、15時50分に
グランドハイアットで終了予定ですが、少し早められるかどうか確認します。
ただグランドハイアットなのでフランス大使館とは近そうですね。
それでは、宜しくお願い致します。

株式会社 電通 電通総研 消費者研究センター
消費者インサイト研究部 部長 佐々木 厚


『脳を活かす勉強法』


『脳を活かす仕事術』 

10月 8, 2008 at 06:59 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

『生きて死ぬ私』9刷

『生きて死ぬ私』は増刷(9刷、累計36000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

筑摩書房の増田健史さんからのメールです。

From: 増田健史
To: "'Ken Mogi'"
Subject: 重版のお知らせ&新刊(ちくま増田)
Date: Tue, 7 Oct 2008


茂木さま

ご無沙汰しています、増田です。

早速ながら、お蔭さまで、ご著『生きて死ぬ私』
(ちくま文庫)の重版が決まりました。
今回は、第9刷として、6,000部を増刷させていただきます。
(累計は36,000部です。)
お力添えに、あらためて感謝申し上げます。

なお、ちくま文庫の新刊『茂木健一郎の脳科学講義』が、
どうやら一両日のうちに書店に並び始めるようです。

それにしても、このご本を何度読み返しましたが、
いわゆる「実用性」とは正反対の
方向に突き進みながら、えらく「ためになる」講義だと思います。
僕はもう、すっかりダメになっちゃったけど、
こんな授業を学ラン着ていた頃に受け
られていれば、もう少しきちんとした……。
いやいや、それはともかく、またビール呑みましょう。
今年の温泉はどうなることやら。

とりいそぎ要用のみ、ご報告までに。


株式会社 筑摩書房 編集局 第2編集室
増田 健史(Takeshi Masuda)


増田健史氏

10月 8, 2008 at 06:52 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

人生の星時間

サンデー毎日

2008年10月19日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第34回 人生の星時間


一部抜粋

 十年前に出版されたエッセイ(『生きて死ぬ私』)の中で、私は次のようなことを書いた。
 「人生は、いつ地面に着くかわからない滑り台を滑っていくようなものではないだろうか? 地面につけば、衝撃とともに、人生の終り=「死」が待っている。滑っている間、じっとしていても詰まらないので、私たちはいろいろなポーズを取ってみる。滑り台の終りがどこにあるか知っているもの(=神?)にとっては、そのことも知らずに懸命にポーズをとっている私たちは、滑稽な存在に見えるだろう。」
 時間の流れは、決して止めることができない。どんなに願っても、私たちは人生の時をもう一度経験することはできない。歴史という事象の不可解さを前にして私たちが漏らすため息は、「時間」というものの不思議さそのものに由来するのだ。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

10月 8, 2008 at 06:47 午前 | | コメント (3) | トラックバック (0)

人の名前を覚える方法

ヨミウリ・ウィークリー
2008年10月19日号

(2008年10月6日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第123回

人の名前を覚える方法

抜粋

 面白いのは、「政治家」という職業独特の「脳の使い方」があるように思われることだ。ドイツの「鉄の宰相」ビスマルクは、政治とは「可能性の芸術」であると言った。名宰相は、新しい事態を切り開いて歴史に名を残す。政治という営みにおける「高み」を見上げればそれこそきりがないが、かといって選挙に通らなければそもそも国政に参加ができない。
 さて、ここでクイズです。脳科学の視点から見ると、政治家として最も基本的な資質とは、一体何でしょうか?

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

10月 8, 2008 at 06:42 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

田森

南部陽一郎さん、
小林誠さん、
益川敏英さんのノーベル物理学賞受賞の
ニュースは、とてもうれしい。

小林・益川理論、南部先生の
対称性の自発的破れ。
どちらも学生時代にはすでに「古典」
的な業績で、受賞は時間の問題と
思われていた。

三人の先生方、おめでとうございます!

ブルータスの鈴木芳雄さん、グーグル広報の
土肥亜都子さんのアレンジで、
youtube共同創業者のSteve Chenに会う。

Steveは鈴木さんと直島に行ってきた
とのこと。

明るくてフランクでとてもいい人だった!

お話の内容は、Brutus誌上にて書かせて
いただきます。


Steve Chenさんと。

電通にて、打ち合わせ

大手町の日経サイエンス編集部で
大阪大学の前田太郎先生と対談。

前田先生は、
人間と環境の相互作用において、
「錯覚」というレイヤーを置くことで
身体性の問題に新機軸をもたらしている。

NHKにて、『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

ゲストは、人工心臓を開発している
野尻知里さん。

打ち合わせ中、ふと有吉伸人さんの
方を見ると、有吉さんが「気を失って」
いる。


有吉さん、お疲れ様です!

有吉さんは、やがてパッと目を覚まして、
「茂木さん、スガシカオさんが明日の
総合テレビ11時からのSONGSに出て
progressを歌うから、ブログに書いておいて
くださいね!」
と言った。

昨日高崎市に行った時に、
駅で「旅がらす」を見て思わず
「なつかしい!」と思った。

祖父の出身地が高崎であり、親戚がいたので、
子どもの頃時々もらっていた。

旅がらすをお土産にして、打ち合わせの
時に皆で食べた。

懐かしい味に触れてよみがえる
昔の思い出は、ある特定の何かを
指しているのではなく、茫洋とした
「過去」を志向している。

フジテレビ湾岸スタジオで、
『エチカの鏡』の収録。
司会はタモリさん。

朝倉千代子さん、冨田英男さんと
お話をした。

「パスポートを持っていない」益川敏英さんには、
京都大学基礎物理学研究所所長をされている
時に研究会で少しお目にかかったことがある。

今回のニュースでのテレビで報道される
益川さんのお話の様子をうかがって
いると、我が畏友、田森佳秀に何となく似ている。

田森は、夕方から数学の問題を解き始めて、
この問題が終わったら夜9時まで
開いている店で、カレーを食べようと
楽しみにしていて、8時過ぎに、さあ、終わった、
いくぞと家のドアを開けると、さわやかな
空気が流れていて、実は朝8時になっていたという
男である。

このところ田森に会えていないので、
声が聞きたくなった。

田森は、小学校のある日、学校に来てみると
皆がわーわー騒いでいて、それから
「ハードボイルド」の人生が送れなくなったと
いう。

前夜、タモリさんがテレビでデビューしていたの
である。

10月 8, 2008 at 06:37 午前 | | コメント (11) | トラックバック (3)

2008/10/07

プロフェッショナル 細田孝久

プロフェッショナル 仕事の流儀

すべて、動物から教わった

~ 動物園飼育員・細田孝久 ~

スタジオで、細田さんが「アイアイ」がものを
食べる時のマネをして下さった。

それが迫真で、おかしくておかしくて、
思わず住吉美紀さんと一緒に
笑ってしまった。

「横顔を撮ると、本当に絵になるんですよね。
どのシーンも、使える。」
と担当した大坪悦郎ディレクターは言う。

かわいらしい動物たちと、人間的魅力に
あふれる細田さんと。

ほのぼのとして、やがてしんみりと
感じ入る。

絶対に見逃せない回です。

NHK総合
2008年10月7日(火)22:00〜22:45

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
「動物としての人間」を見つめなおす
〜 動物園飼育員・細田孝久 〜
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

10月 7, 2008 at 07:53 午前 | | コメント (7) | トラックバック (4)

『空白を大切にして生きる』

Lecture records

茂木健一郎
『空白を大切にして生きる』
2008年10月7日 高崎経済大学 
(NHK前橋放送局、高崎経済大学)

講演と質疑応答
音声ファイル(MP3, 80.1MB, 87分)

10月 7, 2008 at 06:48 午前 | | コメント (5) | トラックバック (8)

分水嶺のこと

「日本再発見塾」が行われた
赤倉温泉は、松尾芭蕉ゆかりの地。

『奥の細道』の紀行で訪れたのである。

河原で「いも煮」会。
呼びかけ人代表の黛まどかさんを
始め、参加者たちが「いも煮」を
味わった。


赤倉温泉にて。黛まどかさんと。

夕刻、集落を歩く。
小学校の横を抜けて、小径を上ると
そこに墓地があった。

歩いていける範囲に、祖先が祀ってある。
朝に夕に花をあげ、祈る人もいるだろう。

さらに歩くと、小径があった。
田んぼの中を続く細い道。

稔りの時を迎えた田んぼの風情はゆかしく、
自然に心がほぐれていく。

秋の風景が、寂しさを感じさせつつも、
深いところで慰撫してくれるのは
どうしてなのだろう。

盛りの季節が終わったということは、
疑いなく「死」のメタファーとなる。
やがて来る春の再生まで、
静かで厳かな季節が続くのである。

宿に戻り、夜のセッション。
皆温泉に入っているが、私は外を散歩していたから、
そのまま。

黛まどかさんに、「散歩をしてきた」
と言ったら、「何を見ましたか」
と言うので、「刈り入れの終わった田んぼを
見てきた」と答えた。

すると、まどかさんは、「昔の人はその様子を
一揆と表現したのです」という。

「なるほど」と思い出す。
確かに、兵(つわもの)どもが枯れ田の
暗がりに立っていた。

作曲家の千住明さんの友人で、
ミシュランガイド三つ星の「かんだ」
の御主人、神田裕行さんが肉を焼く。

おいしい肉とワインを友に、
楽しい時間はふけていく。

翌朝、仙台に出る途中に「分水嶺」
があった。

この流れが左右に分かれ、太平洋と
日本海に流れていくという。

「それじゃあ、笹舟を流すと、
どちらにいくか、ドキドキするね。」

分水嶺の様子があまりにも清冽で美しかったので、
なんだか本当のこととは思えなかった。

仙台から新幹線。
私は大宮で降りて、群馬へ。

高崎経済大学で、お話しする。

NHK前橋放送局と高崎経済大学主催の
学生向け講演会。

学生諸君に一時間話し、30分間
たっぷり対話した。

分水嶺のことが忘れられぬ。
今日一日の中にも潜んでいるかと
思うと、胸がざわめく。

10月 7, 2008 at 06:40 午前 | | コメント (9) | トラックバック (2)

2008/10/06

日本再発見塾

で赤倉温泉。 ネット通じず。本日東京に戻ります。

10月 6, 2008 at 07:42 午前 | | コメント (10) | トラックバック (3)

2008/10/05

温泉たまご

金沢に着き、桑原茂一さん、佐々木厚さんと
ごはんを食べる。

街に出て、ふらふらとしていると、
目の前に見覚えのある人影が
ある。

「あれ、秋元さん!」

21世紀美術館館長の秋元雄史さん
だった。

「金沢は、狭いんですよ。」

21世紀美術館の事務室で
談笑していると、
新潮社の田畑茂樹さんから
電話が来る。

「実は今、金沢にいるのです。」
「えっ。金沢? 金沢のどこにいるのですか?」
「21世紀美術館にいるのです。」

事務室のドアを開けて外を見てみたが、
とらえることができない。

テーブルに戻ると、田畑さんは
もういた。

「これが、先日白洲信哉さんと対談して
いただいた時のゲラです。」

「お返事ができてなくてすみません。」

「いえ、たまたま別件で金沢に来ていた
ものですから。」

「私はあまり直さないのですよ。」

二カ所に赤を入れた。

大声の人が近づいてくる。聞き覚えが、
と思っていると、やっぱり新潮社の
金寿煥さんだった。

「あれ、何で田畑ここにいるの!?」

金さんが目を見開いて驚いた。

「まさか田畑がいるとは思わなかったなあ。」

海豪うるるさんがいらっしゃる。

滝沢富美夫さんの
親友の鹿野雄一さんも山中温泉から
来て下さった。

外に出て空気とたわむれていると、
「リリーさん来ましたよ」
と呼びに来た。

リリー・フランキーさん、桑原茂一
さんと鼎談。

何だか、この世のものとも思えない
ふしぎな気持ちが
するほどに、しっとりと波動が
共鳴する。

桑原さんは、いろいろなトークを
アレンジして来て下さったけれども、
今回のリリーさんを交えた鼎談にはきっと
「これは」という思いがあったのだろう。

リリー・フランキーさんは、
生きるということの良いことも
悪いことも、光も影も、急流もよどみも
知り抜いているような人だけども、
話していてふと気付くと、
私の横から、驚くほどひたむきで真剣な表情で
こちらを見つめていて、
ああ、このまっすぐさの中に、
この人の秘密があるのだなと感じた。

ふいにまっすぐになるというリリーさんの
リズムは、桑原茂一さんに連れられて
いった打ち上げの寿司屋でも変わらなかった。

「茂木さんはねえ」
とリリーさんが言う。

「学術的な事を言っていても、時々小学生の
ような顔になりますね。学者と小学生が
交代で出てくる。」

銀座の久兵衛で修業されたという御主人の
握って下さる寿司は本当においしく。

もうしわけないことに、私は翌日
伊丹から山形空港に飛ばねばならないため、
特急で新大阪に入らなければならない。

「ごめんなさい、8時には出ないと
いけないのです。」

カウンターに並んだ他の人たちよりも
先に一通り握っていただくという
「促成栽培」となる。

巻物をいただき、時計を見るともう
回っている。

「茂一さん、本当にありがとう。」

握手をして、店の外に出た。

金沢駅に着いたら、何だかさびしくなった。

駅そばの前に立つ。

いつもならば生卵にするところだけれども、
心細かったので、温泉たまごにした。

「値段が違いますよ」と教えて
下さったおばさんの親切が伝わってきて、
ほっとため息をついた。



トークセッションで。桑原茂一さん、リリー・フランキーさんと。


同じくトークセッションで。桑原茂一さん、リリー・フランキーさんと。


打ち上げの寿司屋で。桑原茂一さん、リリー・フランキーさんと。

(撮影:佐々木厚)

10月 5, 2008 at 05:35 午前 | | コメント (16) | トラックバック (4)

2008/10/04

世界一受けたい授業 

世界一受けたい授業

2008年10月4日(土)
日本テレビ系列

http://www.ntv.co.jp/sekaju/ 

10月 4, 2008 at 09:54 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

日本再発見塾 in 最上

日本再発見塾 in 最上

2008年10月4日、5日 山形県最上郡最上町

http://www.e-janaika.com/mogami/index.html 

10月 4, 2008 at 08:59 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

リリー・フランキー、桑原茂一、茂木健一郎 in 金沢

二十一世紀塾 VOL2
「21世紀の自由人とは?」〜桑原茂一が探る生きる哲学
奇妙であることの自由
ゲスト/茂木健一郎、リリー・フランキー
モデレーター/桑原茂一
日時:2008.10.4(土)16:00-(OPEN 15:30)
会場:金沢21世紀美術館シアタ−21(石川県金沢市広坂1丁目2番1号)
イギリスは近代科学の発祥の地である。
奇妙な人が、その奇妙さを集団の中で萎縮させることなく、
ますますそれぞれの奇妙さの世界の中に傾斜 していける、
というのが科学的創造性を育んだ一つの条件だったのでは
ないか。(やわらか脳より)
これはコメディの本質でもあります。
                                                                        桑原茂一

http://www.clubking.com/topics/archives/02event/104_21.php

10月 4, 2008 at 08:25 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

『ひらめきの導火線』5刷

茂木健一郎
『ひらめきの導火線』ートヨタとノーベル賞ー
PHP新書
は増刷(5刷、累計8万8000部)となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の丹所千佳さんからのメールです。

Date: Sat, 4 Oct 2008
From: "丹所 千佳"
To: "Ken Mogi"
Subject: 増刷のおしらせ*ひらめきの導火線

茂木健一郎先生

増刷のおしらせです。
『ひらめきの導火線』は、
おかげさまで5刷を重ねることができました。
累計で88000部、末広がりとなりました。
ありがとうございます。


丹所千佳


amazon 

10月 4, 2008 at 08:21 午前 | | コメント (3) | トラックバック (1)

ウラジオストク?

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
読売新聞政治部の鳥山忠志さん。

鳥山さんは、先日お目にかかった正力・
小林記念館館長の小林建一さんと
同様、富山の高岡高校を出て
読売新聞に入り、政治部で活躍されている。

総務省情報通信国際戦略局の
谷脇泰彦さん、柴山佳徳さん。

情報通信技術の未来について。

研究所の脳科学研究グループと、
東京工業大学大学院茂木研究室の
学生たちの会合「The Brain Club」。

ゼミに先だって、五反田の「チェゴ屋」に
みんなで昼食をとりに行った。

帰りにコンビニで買い物をして
野澤真一、石川哲朗と歩いていると、
木立の中をちらちらと飛ぶものが
ある。

「あっ、ウラギンシジミだ!」
と叫ぶと、野澤が、
「ウラジオストク?」
と言った。

素敵な空耳。
「あっ、それ、いいね。明日の
ブログで書くことにしよう。」

The Brain Club。

加藤未希が、プライミング効果に
おいて、言語的処理がinvokeされる
時とされない時の脳活動の
違いについてのpaperを議論する。


加藤未希、魂のプレゼン。

始めるに当たって、加藤が、
「面白さのしきい値をこえるかどうか
はわかりませんが」
と言った。

「面白さのしきい値は、能動的に超える
ものなんだよ! どんなにつまらないように
思える論文でも、自分が主体的にかかわる
ことで面白くなる!」
と私。

加藤の紹介した論文は、面白かった。

提示刺激のアンサンブルのサイズ
を変えることによって、タスクを実行する
時に、毎回linguisticなプロセスが立ち上がる
場合と、そうでない場合を制御仕分けている
ところが工夫。

須藤珠水が、顔の表情の
脳活動に対するembodiment効果に
ついての論文を紹介。


熱弁する須藤珠水

action observationに
おいて、行為が環境のcontextに
合っている場合と合っていない場合
にどのような脳活動の差異が
生まれるかを議論した。

ミラーシステムは、contextと
合っていても合っていなくても
活性化する。一方、合っていない
時にのみ、推論機構が働く。

「これは一般化されたcontingencyの
問題だよね」と私が言ったのが
きっかけで、野澤真一とcontigencyをめぐる
議論になった。

「この前さ、森の中を走っている時、
ふと、qualiaとcontingencyはオレの
『三種の神器』のうちの二つだな、
と思ったんだよ。一生、胸のうちに
抱いていなければならぬもの。問題は、
あと一つが何かということ。」

「三つなければいけないんですか?」
と野澤。

「いや、別にそういうわけでもないんだ
けどさ!」

東京會舘。
日経中編小説賞の選考会。

小学校、中学校の同級生の梅田知章が
いたのでびっくりした。

「あれ、ウメトモ、東京會舘にいたの!?」

陸上部だったウメトモ。
面影は変わっていなかった。

唯川恵さん、高橋源一郎さんと
楽しく厳しく議論しながら候補作を絞り込む。

すべて無事に終わり、日本経済新聞の
方々を交えて談笑。

「茂木さんには、うちの
娘がお世話になって。」
と高橋源一郎さん。

美術系のエディター兼ライターの
橋本麻里さんがタカハシ先生の
最初のお子さんである。

「いろいろ仕事を一緒にさせて
いただいて、まるで茂木さんの秘書
のようですね。」
「いや、私の方が、橋本麻里さんの秘書
なのです!」

唯川恵さんは軽井沢からいらしている。

「軽井沢は湿気が多いと聞きますが、
本当ですか?」

「ええ、山から湿気のある空気が帯の
ように流れて、そこは湿気が多いのです。
そこから外れれば、大丈夫です。」

「そうなんですか、それはいいことを聞いた」

「うちは湿気のないところにあって。
見ていると、湿気の通り道に霧が
立って、ああ、あそこだとわかります。」

ふとしたことで、
わが親友の白洲信哉の話題になる。

どうやら、軽井沢に出没していたらしい。

「白洲さんと、この前軽井沢で会ったんですよ。」

「えっ、シラスって、シラスシンヤのことですか?」

「そうです。小学生くらいのお子さんといらして、
その方が、ぼくはカラスミが好きなんだと言って
いました。」

「うん、それは間違いなくシンヤに違いない。」

ちょうどその時、
携帯が鳴った。
見ると、白洲信哉当人である。
うわさ話を地獄耳で聞きつけたか。

なんたる神通力。

「もしもし、こんにちは。この前、軽井沢に
いたでしょう。」

「えっ。そうだったかなあ。」

「今どこにいるんですか?」

「ホテル・オークラを出るところですよ。」

部屋の外に出る。

シンヤの声を久しぶりに
聞いて、心の中にさわやかでしっとりとした
霧の流れができたように感じた。

10月 4, 2008 at 08:01 午前 | | コメント (10) | トラックバック (1)

2008/10/03

秋のまどろみ

PHP研究所にて、取材。
フジテレビの方々と打ち合わせ。

俳優の石田純一さんと対談。
文藝春秋CREA誌の企画にて。


石田純一さんと。

NHK。
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

脳活用法スペシャル。
スタジオに100名の方々をお迎えして
住吉美紀さんといろいろな
お話をする。

楽しかった。

起きている時間は、ひたすら
仕事をしています。

そして、起きている時間が
どんどん短くなるのです。

もう少しで、
この山を超えたら、秋のまどろみを
たっぷり味わうことにしよう。

やまのあなたのそらとおく
さいわいすむとひとのいう。

10月 3, 2008 at 06:23 午前 | | コメント (21) | トラックバック (4)

2008/10/02

脳と人間

Lecture Records

茂木健一郎
「脳と人間」
2008年10月1日
富山県立高岡高等学校創立110周年記念式典

レクチャーと質疑応答

音声ファイル(MP3, 66.7MB, 72分)

10月 2, 2008 at 06:50 午前 | | コメント (11) | トラックバック (5)

船あそびもいいが

富山県立高岡高等学校の
創立110周年記念式典に
うかがい、「脳と人間」という
タイトルで講演させていただく。

歴史ある伝統校。
同窓会の結束の固さがすばらしかった。

同窓の人の著作リストを載せた
小冊子もある。

オレも高校の時に夢見ていた
ことはいつまでも忘れないから、
君たちもガンバレ。

脳は両義的状況を
引き受けることができる。

たとえば、言葉を獲得していても、
時には言葉がないように世界を見て、
感じることが大切なように。

仕事に追われていても、時には
あたかも仕事など一切ないように。

多くの経験を積んできたとしても、
あたかも、今日初めて世の中に
産み落とされたように。

ボクも、時々、自分が高校生
であるかのように感じ、考えることに
する。

忙しい。しかし、時には落語の「あくび指南」
の船遊びのようなゆったりとした
気分もある、と思うことにする。

船あそびもいいが、こうやって一日中
船に乗って川の上にいると、
たいくつで、
たいくつで、
あー
ならない。
とな。

10月 2, 2008 at 06:46 午前 | | コメント (10) | トラックバック (1)

2008/10/01

脳を活かす仕事術 3刷

PHP研究所
『脳を活かす仕事術』は
増刷(3刷、累計16万5000部)となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんからの
メールです。

Date: Tue, 30 Sep 2008
From: "木南 勇二"
To: "茂木 健一郎"
Subject: 脳を活かす仕事術累計16万5000部です【PHP木南】

茂木健一郎先生

いつもお世話になります。
『脳を活かす仕事術』は3刷3万5000部が増刷となり
累計16万5000部となりましたのでご報告させていただきます。

前著『脳を活かす勉強法』より初速は速いです。
各書店でもランキング入りしております。

ご多忙のところ誠に恐縮です!
時間変更の件承りました。
何卒よろしくお願いいたします。

木南

amazon 

10月 1, 2008 at 07:18 午前 | | コメント (7) | トラックバック (6)

ごはんの味

原油や穀物の価格上昇。

アメリカを中心とする金融破綻。

今年起こった二つの事件で、世界の見え方が
変わった。

パラダイム・シフトとは、そのように、静かに
忍び寄ってくるものなのだろう。

パラダイム・シフトをテーマに、
トヨタ関係の広報誌の取材を受ける。

電通の佐々木厚さんと歩く。

NHK。『プロフェッショナル 仕事の
流儀』の収録。

記念すべき100人目のゲストは、
落語家の柳家小三治さん。

しびれた。本当にしびれた。
感動した。

収録を終えて、食事に行く途中、
本間一成さん、渦波亜朱佳さんと
話していた。

宮崎駿さんの回を担当した荒川格
さんの話になった。

「荒川さんのカメラワークは、本当に
うまいですよね。」

「ビデオを見ているところ、あのパンは
普通絶対に撮れないですよ。」

「荒川さんは、NHKのマイケル・ムーアだ!」

100回目の収録を終え、ほっと
して口にする少し遅めの夕食は
本当に美味しく。

何だか涙が出そうだったなあ。

「ぼくは、今朝も、雨の中走って来たんですよ。」
話の流れの中、そう言うと、
向かいに座った有吉伸人さんがうれしそうに
顔を上げる。

「茂木さん、長距離、実は得意でしょう。」

「ええ、子どもの頃から走っていますから」

「だから茂木さんは痩せないんですよ。
エネルギー効率がいい。長距離が得意な
人は、エネルギー効率がいいから、太り
やすいんですよ。」

「えっ、そうなんですかあ」
と住吉美紀さん。

「もう、有吉さんたら。明日のブログで
書いちゃいますよ。」と私。

夜の渋谷は雨模様。
疲れたな、明日も早いな、と思いながら歩く。

もうすっかり仕事のスケジュールは
破綻していて、それでも、やっただけの
ことは積み重ねられるんだから、
とにかく足元を一つひとつ見ながら
歩いていくしかない。

へとへとになるまで働いてから
仲間たちと食べるごはんの味は格別だよ。

10月 1, 2008 at 05:06 午前 | | コメント (10) | トラックバック (2)