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2008/08/05

東大入試中止

サンデー毎日

2008年8月17日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第25回 東大入試中止

一部抜粋

 私たちの小学校の校歌は、「校庭の木々はみどりに風青くすぎゆくところ」と歌い出し、「小学生われら、ここに学ぶ」と終わる。二番、三番も「小学生われら」という歌詞が繰り返されるので、印象に強く残っていた。
 私と一緒にいたのは、一学年先輩の二年生だった。一緒に草野球などをする仲間だった。突然、先輩が、「こう〜ていの〜」と歌い始めた。「なぜいま校歌なのか」と戸惑っていると、「小学生われら」のところにきて、にやっと笑った。
 「小学生われら、ここにゼンガクレン!」
 「ゼンガクレン!」先輩のその言葉を聞いて、なぜか心が震えた。「ゼンガクレン!」その響きに「ジンコウエイセイ」と同じようなインパクトがあり、心に突き刺さるものに感じたのである。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

8月 5, 2008 at 08:00 午前 |

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コメント

今週の『文明の星時間』読ませていただきました。

私が小学校の時分、みんなで手をつないで、♪人工衛星、人工衛星、ぶっ飛んだ~!と言いながら、一斉に手を放す遊びはもうすでにやっていませんでした。代わりに(これは女のコの間だけに流行ったのだろうか?)♪キュ~ピ~ちゃんの髪洗い、ポチャ♪とか、あとはけん、けん、ぱっ!とか、わりとオーソドックスな遊びが流行っていたように思われます。

『ゼンガクレン!』の頃は私が丁度物心つくかつかないかの頃で、何時もTVの前に貼りついて『シャボン玉ホリデー』や『ゲバゲバ90分!』『あしたのジョー』などを見ていた記憶が薄ぼんやりと残っている。今になって『政治の時代』と言われている頃に、ずっとほとんど、TVを見ているか、または紙に向かって好きな絵を描いているか、どっちかだった(おもちゃのブロックで遊んでいたこともあった)。

当時はつい先日72歳で亡くなられた赤塚不二夫さんの漫画を夢中になって読んでいた。

今思うと赤塚さんの漫画から、時代の“もーれつ”“ゲバルト”な空気を受けとっていたのかもしれない。

『政治の時代』で一番記憶が鮮明なのは、浅間山荘事件のニュースと三島由紀夫の割腹自殺。1970年だから当時の私は6歳であった。でも万博の太陽の塔や月の石よりも、三島の自殺のほうが強く印象に残ってしまった。


浅間山荘事件では、犯人が立てこもっている山荘にガガーン!と打ちつけられた巨大な鉄球が、子供心に強烈な印象として残っている。

今もYouTubeで当時のニュース映像を時折見たりすると、あの時代の熱気にむわぁ…と包まれていくような気分になる。

如何も子供の頃に刻印された時代感覚というのは、四十路を迎えた今も、またこれからも、個人の中で行き続けていくのだということを、確信的に感じて、きょうも生きている。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/08/09 22:56:40

茂木先生、

暑い日が続いていますが、お元気ですか?
反撃の狼煙はブログから始めちゃったのかな、と、すこうし心配しております。

サンデー毎日読みました。
私は北海道出身ですが、北海道では
「人工衛星、人工衛星、まーわった!」と遊んでいました。
「ぶっ飛んだ」に比べてずい分穏やかな感じがします。
節回しは一緒だったのでしょうか?
同じ時代に育つと、場所が違っても、同じような遊びをするものなのですね。
なんだか不思議です。。。誰が教えてくれたのかも分からないのに。。。

と、本文の主意とは全然違うことを思い出しながら読みました。
懐かしかったです。

今日は、どちらにいらっしゃったのでしょうか?
お身体、お大切に。

投稿: | 2008/08/07 22:47:20

茂木さん、「文明の星時間」を読ませていただきました。前回号も読んでいるのですが、感想を送っていません。毎回、楽しみに拝読しております。さて、小学校の校歌ですが私の学校は「清く正しく美しく、希望を胸に進もうよ。栄え行く○○○○小学校」でした。校歌を忘れず、覚えていた自分に驚いています。(笑)何だか私もみ~んなで手をつないで一斉にはなして遊んでいたような、おぼろげな記憶があるのですが、茂木さんみたいにはっきりとは覚えていません。案外、子供はその時の社会現象などを取り入れて、大人がドキッ!とするような言葉を発したり、口ずさんだりするものですね。ところで東大入試中止!これは大学にとって、たいへんな歴史の一ページですね。東大の歴史の中でもうひとつ、面白いお話を私はお聞きしています。私がまだ独身の時に一番最初にお世話になった事務所で、まだ教室で学んでいた時、当時の事務局長から、「広告の鬼と呼ばれた方」のお話をお聞きしたのですが、茂木さんもご存知ですよね?!大正十三年、東大商科が無試験入学だったこと。この年、広告の鬼と呼ばれた方と世界一の鉄鋼会社にした方など
この東大無試験の年に素晴らしい人材を輩出している!東大も粋なことをしたものだ!というお話を授業の一環としてお聞きしました。新設されたばかりで無試験だった商科に入学をし、「世界一の企業にまでした男の話」として、私の耳に残っています。東大入試中止と併せて東大のすごい歴史だったのではないかなぁ~!とふと思ったしだいです。

投稿: | 2008/08/06 22:49:09

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