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2008/08/26

小さな歴史

サンデー毎日

2008年9月7日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第28回 小さな歴史

一部抜粋

 マクロな「巨大な歴史」のみが語られ、一人ひとりの生活者の「マイクロヒストリー」は語られない。そのような私たちの世界観自体が、この世に多くの災厄をもたらしてきたのかもしれない。
 1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾の第一目標は当時8歳だった母が住んでいた小倉だった。テニアンから出発した爆撃機は、小倉上空で旋回しながら投下を試みたが、雲に覆われていて果たすことができなかった。
 そのため、爆撃機は長崎に向かった。運命の11時2分が訪れ、核爆弾ファットマンが、長崎上空で爆発した。
 「もし、小倉が雲で覆われていなかったら、原爆がぴかっと光って、私もあなたもいなかったんだろうね。」
 私が子どもの頃、母はよくそのように言っていた。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

8月 26, 2008 at 05:26 午前 |

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» 溺れながらも寄り添いたい トラックバック ただいま妄想中
島根県には→石見と出雲、2つの地方がありまして。 わたしは、石見地方に住んでおりますが{/house_red/}{/face_tehe/} 今朝7:30出発、出雲へ。 おかあさん&ご門徒さん&わたしの、3人で 研修会に行って参りました{/cars_red/}〜{/shootingstar/} テーマは「グリーフケア、深い苦悩に寄り添う活動を模索して」 約4時間の講義を受けました{/book/} いちばんの要点は。 思い通りにならない人生を、思い通りにするのが 宗教ではなく。 『苦しみや悲し... [続きを読む]

受信: 2008/09/02 23:13:13

コメント

茂木さん、小さな歴史「マイクロヒストリー」に、私たち夫婦は涙が出そうになりました。この頃、こういう話にからきし弱くなっており、年のせいか、駄目ですね。茂木さんのお母様は小倉のお生まれなのですね
。私の母より五歳お若いです。親の世代を思うと「戦争」があり、未曾有の日々を経験したりで平坦な道のりではなかったことと思います。夫の父と母はもう他界してこの世の人ではないのですが、戦争の話をたくさん聞きました。沖縄から疎開をしてきた人の話や生きる為に繕い物の仕事をしていた事、学徒動員の話など。生きてきた時代が時代ゆえの厳しい、切ない話でした。私は中学三年まで九州で過ごしましたが、夏休みのさなか、八月六日と九日の二日間は登校日で、先生から戦争の話を聞いたり、フィルムを観たり、井伏鱒二さんの「黒い雨」を皆で読んだり、戦争についてどう思うかの作文を書いたりしていました。茂木さんのお母様がおっしゃるように「もし、小倉が雲で覆われていなかったら
・・・私もあなたもいなかったんだろうね。」という言葉の意味は、考えれば考えるほどに重い。「大きな歴史ばかりではなく、時にはたった一人の小さな歴史に思いを馳せる・・・」ここにも茂木さんの優しさが感じられました。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/08/27 1:13:14

茂木先生 こんにちは♪
八月六日の広島の原爆投下の前に、噂が母の住んでいる千葉県S市にまで届いていたそうです。
「今度、アメリカ軍が「ピカドン」と言う、すごい威力の新型爆弾を落とすそうだ!」と… 原爆と言うことと、どこに落とされるかは、わからなかったそうですけど。
こんな小さな田舎の町にまで噂が届く位だから、なんとかならなかったのかなぁ~!
と、母の話しを聞くたびに、なんとも言えない、切ない気持ちになります。
戦争責任者の一人一人の考え=歴史が変わっていれば 大勢の人の歴史も変わっていたんですね。そう思うと、個人の歴史も、なかなか侮れないですね♪

投稿: 平井礼子 | 2008/08/26 23:18:47

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