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2008/08/31

アカタテハから学んだ

 フジテレビの湾岸スタジオにて、
『ベストハウス123』の収録。

 前回好評だった、サヴァン能力に
ついて、私がレクチャーする「脳スペシャル」
と「二時間スペシャル」の二本。

 朝倉千代子さんや、齋藤智礼さん、
冨田英男さん、笠原裕明さんなどなど、
スタッフの方々や、YOUさん、
アツシさん、リョウさん、柴田理恵さん、
荒俣宏さんなど、おなじみの方々と
いろいろ話す。

 UFO研究で有名な矢追純一
さんがいらしてプレゼンした。

 私「アダムスキー型円盤を報告した
アダムスキーですが、ぼくはあれはアダムスキー
の創造だったと思っているんですよ。
あれ以来、皆が空にアダムスキーのような
円盤を見るようになった。
その意味では、アダムスキーというのは20世紀
最大のクリエイターの一人だと思うんですよ。」

矢追さん「アダムスキー型円盤をアダムスキーが
作ったというのは、間違っているんです。」

私「えっ、そうなんですか。他の人が作ったん
ですか。」

矢追さん「そうではなくて、
アダムスキー型円盤を、アダムスキーが
作ったという考え方が間違っているんです。
あれは、本当に飛んでいたんですよ。ただ、
アダムスキーの宇宙観が、時々暴走してしまった
だけのことなんです。」

中尾彬さんが、
「宇宙人よりも人間の方が大切だよ。」
とブツブツ言っている。

 ここのところの雷は子どもの時の
ような「点」や「線」ではなく、
「面」で迫ってくるように
感じられて、
 それは、毎日夕方になると雷が
鳴っていたコスタリカの天気の様子に
似ているように感じる。

 これからの子どもは、雷
というものはカキッとしたものでは
なくて、ジワジワとピカピカ
するものだと思って
育っていくのだろうか。

 子どもの頃の「仮想」の世界の表れは、
大人になってからのそれよりもより
激烈な性質を持っていて、本当に魅せられる。
その中に引き込まれてしまうような
力を持っている。

 生まれ落ちて、「仮想」
という現象学の成り立ちに
感染してすぐだから
毒性が強かったんだなあ
とふりかえって思う。

 ものごころつくかつかないかの
時に手に入れた昆虫図鑑で、
 野原にアカタテハを初めとする
蝶が飛んでいて、
 その様子がゆかしかった。

 本当にそのような「蝶の楽園」
があると信じていて、それはあたかも
プラトン的観念のようだった。

 だから、家の近くの草むらで本当に
アカタテハを見たときには絵の世界から
それが飛び出したように感じて興奮したが、
 一方では、
焦げ茶色の裏羽を持ちふるえている
その生々しい存在が、むしろ
イデアに対する
裏切りであるようにも感じた。

 あの時私の仮想と現実は確かに
交錯していたのであった。

 今となっては、あの、野原のあちら
こちらにまるで誇示するように
羽を広げている蝶たちの彼岸の気配が
なつかしい。

 奥行きや広がりがあって、
その感触を探っているだけでも、
至福の時間を過ごすことができるように
思うのだ。

 アダムスキーは、月の裏側に行ったら
大森林があった、などと書いている。

 宇宙についていろいろと想うことは
すばらしいが、現実との脈絡を
どのようにつけるかは別問題である。

 「仮想」を現実に安易に着地
させてしまうと、かえってその
爆発的ダイナミズムを失うことを、
私は5歳の時にアカタテハから学んだように
思う。 

 矢追純一さんがUFO問題を
扱ったきっかけは、日本テレビで
「11PM」
のディレクターをしていた時、
忙しい現代人に何とかして空を見上げさせようと
思って、いろいろ探しているうちに
UFOだと思ったことだという。

8月 31, 2008 at 09:27 午前 |

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コメント

茂木先生にとって5歳はびっくり箱の外に別の世界があることに気づかれた時頃なのですね

投稿: 本郷 | 2008/09/01 7:47:24

安全基地拡張の夏休みも無事終了 子どもたち
今日から、新学期です。

存分に遊んだ後の 子どもたち 学びの脳は。

すべての基地で、明日へと あしたへと

  ママさんたちは、 ほっと 秋

学び舎にいく子供は、いませんが

雰囲気 すこし 新学期

クオリア日記で学べる事 感謝しながら 新学期 

投稿: 一光 | 2008/09/01 7:01:17

茂木様

本日31日フクヘン鈴木さんの2次会まで一緒に同行させて頂いた永石です。
早速茂木さんのブログを拝見させて頂いたらコスタリカの事が、、、

日常生活に身を浸していると
忘れていたことが茂木さんのブログを通して見えることがあります。
虫のささやき、葉っぱの色色、自然の風景、昔からの記憶
そんな事に耳を澄ます感覚は気持ちよく感じます。

都会の雑音の中から響く中
様々な音を上手に表現している茂木さんの姿を
今日は色々学ぶ事ができました。

ありがとうございます。

それでは

またお会い出来る日を楽しみにしてます。


投稿: 永石あゆみ | 2008/09/01 2:30:49

こんにちわ

映画は仮想ですが(ドキュメンタリーを除く)、想像、仮想、現実の間を行き来すると思います。現実からの導入部分から、仮想へ持って行く事が多いと思います。漫才やコントも、想像、仮想、現実を行き来して面白いのだと思います。想像や仮想を楽しむ、余裕は持ちたいですね。

私も、10年ぐらい前に、ふと夜空を見上げると、小さな一つの光が北から南へゆっくり流れるように動いているのを見ました、「あれ、UFOかな?」と、思いましたが、宇宙ステーションだったのでしょう。(^^)

投稿: 仮想のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/08/31 18:36:44

こんにちは。

矢追さんとのエピソードを読んでいると、小学校時代、TVや雑誌などで盛んに「超能力特集」や「UFOと宇宙人特集」「雪男&ネッシー特集」など、いわゆる“不思議な出来事”に関するスペシャル番組をやっていて、放映のたびにけっこう夢中になり、真剣になって見ていたことを思い出した。

同じ頃「宇宙の不思議」というタイトルのカラー図鑑を両親に買ってもらい、それをこれまた夢中になって読んでいた。

その中に宇宙人のイラストページがあり、リアルなタッチで描かれたその図版にグイグイと惹きつけられた。H.G.ウェルズが想像したあの有名な「タコ型火星人」の図や、巨大な頭脳が頭蓋から透けて見える無気味な宇宙人やキツネのような頭の宇宙人などの絵は、当時の私には大きな刺激だった。

きっとこういう宇宙人がUFOに乗って地球にやってくるんだろうな、と、夢見るように、しかし本気で思っていた。

アダムスキー型のUFOも、あれはホンモノで、きっと友好的な宇宙人があれに乗って、地球に飛んで来るものだと思いこんでいた。

今にして思えば、子供達にとってまだまだ未知だった宇宙への甘酸っぱいような、キラキラした夢とロマンをありありとリアリスティックに描けた、幸せな時代だったなァ

今思うにUFOというのは、あれは一種の“ファンタジー”だったのに違いない。

現在と違って星の世界のすべてが、謎でいっぱいだった半世紀前、アダムスキーのような“夢見る”人物が出て来て、今に続くUFO伝説なるものを創造したのだろう。戦争後ということもあり、ロマンと謎にみんな餓えていたのかもしれない。

長ずるにつれて、広大過ぎる宇宙の姿が明らかにされていくのをTVやネットのサイエンスニュースで見ながら、次第にUFOというものは実在の証明が限り無く不可能に近いくらい、難しいものだと感じるようになった。

そして、過日のアサカルで、茂木さんの「アダムスキーは20世紀最大のクリエイターの1人だ」とのお話を拝聴し“あれはやっぱり『物語』だったんだな…。それにしても不思議だなぁ…。彼が拵えた物語が、世界中の津々浦々で“UFOを見た!”と報告する人々を沢山発生させたというのは…”と感心した。またそれが、後年の『スターウォーズ』など、地球の外の星の世界を舞台にした数多のSFロマンを生み出したもとになったのかもしれない。

しかし『月の裏側に行ったら大森林があった』というのは、矢追さんではないが、少々『暴走し過ぎ』かなと思う。物語としてはとてもロマンがあるのだが。

仮想して素晴らしいと思っていた世界が、現実にはそうではなかったと知って失望するということはよくあることで、30年以上前、アメリカが打ち上げた火星探査機・ヴァイキング号によって火星の真実が明らかになったと知ったとき、嗚呼、火星にはあのタコ型星人はいなかったのだな、と思った(それほど失望したという記憶はないが)。


現代科学の手で、地球の外にある「宇宙世界」はその神秘のヴェールを薄く徐々に剥がされつつあるように思えるけれど、まだまだ、奥が深く、新しい謎が現われてくるものだと思う。

まだ明かしきれてない数々の謎を、水を吸った海綿のようにたっぷり含んでいる世界について、あれこれ夢見ることは、素敵なことだ。

アダムスキーのUFOは物語だったけれど、無限に広がる地球外の星々の世界には、知的であれ、そうでないものであれ、生命体の息づく星が必ずあるに相違ない。そう思うだけでも、ロマンティックな仮想は広がっていくものだ。

宇宙だけでなく、まだ明らかになっていない海底・深海にも、まだまだ知られてないものがいる、不可思議な世界が広がっている、ならどんな生き物、どんな世界が広がっているんだろう…思うと、仮想のバルーンが大きく膨らんでいく(昔の人は海底に竜宮城がいると仮想していた)。

長文乱筆なにとぞお許し下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/08/31 15:07:08

「仮想」を現実に安易に着地させてしまうと、
かえってその爆発的ダイナミズムを失う

5才で学んでしまうのですね・・

まったく違うかとおもいますが

安易に言葉にすると
爆発的ダイナミズム失う

やっと
そのことを知って

ためらわれてならない・・

投稿: つきよみ | 2008/08/31 14:40:39

茂木さん、こんにちは。大阪は久しぶりに快晴です。この2~3日は秋の気配が感じられましたが、どうやら9月はまた暑くなり昨年同様、今年も紅葉の時期が12月にずれ込むのではないか?!という予測が出されていますね。予測が当たればの話ですが。さて、「アダムスキー型円盤」は、どうなのでしょうか???謎ですね。中尾彬さんの現実的なご発言が何ともユニークですが。(笑)ず~っと最後まで読ませていただきますと、茂木さんは子供の頃、アカタテハ蝶から学ばれたことがあって、それは「仮想」と「現実」について、身をもっての体験だったのですね。私は幼い頃、たくさんの犬や猫と一緒に暮らしていたのですが、
私の家から何十キロも離れた所から戻ってきた犬がいて、それが今でも
「どうして戻って来られたのか?」が不思議で、「帰巣本能」についての本を読んだり、専門家の方と話したりしています。海外では信じ難いような話もあったりして、私にとってはサヴァン能力と同じくらい不思議なことです。ただ、今日の茂木さんの文章を通して思ったのですが、
例えば、ありとあらゆる分野での話しですが、科学の力をもっても解明できない「こと」があって、その「謎」の部分は謎のままで良いといいますか、ハッキリとしないから、それぞれが想像をし楽しめるのかなぁ
~!って、改めて思いました。確かに「あ~、これが現実なの?」と思う出来事に遭遇した時って、何とも知れない脱力感があったように思います。明確な答えが無い、曖昧模糊なあたりで、また、手が届くか届かないかわからないようなところが至福の時間ってことなのでしょうね。
それから雷や季節感もこのままずれていけば、子供達の捉え方は変わっていくのでしょうね。俳句の世界でいえば季語もまたずれてしまうわけで・・・。ところで、どうして男の子が「昆虫採集」に夢中になっていたのかがわかりました。「絵の世界」から美しい蝶や昆虫たちが飛び出してきたような感じに魅せられていたわけですね?!この年になって初めて気付かされました。(笑)どうぞ、今日も一日、お健やかにお過ごしください。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/08/31 13:49:13

おはようございます
『ベストハウス123』の放送楽しみです!
お話に出てくるアダムスキー型円盤とは、楕円のような…どら焼を横から見たような形のアレかしら?(文章で書くと、ややこしくなってしまいました)

茂木さんの雷のクオリアですが、私も同じような事を思います。
でも…私が雷に持っている「仮想」は、毒性強すぎです

雷がどういう物か分かっている今から考えると、その「仮想」に昔の人の知恵や教えのような物が息づいていそうだなとも、感じます。

でも…やっぱり雷が鳴っている時は、誰かと居たいなぁ

矢追純一さんが、UFO問題を扱ったきっかけと、UFOへの結び付けにロマンを感じました

UFOに関して…肝心なのは存在する・しないではなく、想像するとワクワクしたという事のほう

投稿: 奏。 | 2008/08/31 11:04:26

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