« 無意識を耕すために | トップページ | 月の石 »

2008/07/22

「絵本の家」と「巨人の肩」

ヨミウリ・ウィークリー
2008年8月3日号

(2008年7月19日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第113回

「絵本の家」と「巨人の肩」

抜粋

 まだ小学校に上がる前の頃。近所に住んでいた大野君がよく遊びに来た。二つ下の妹も、私と大野君の遊びに加わった。
 よくやったのが、「ヘンゼルとグレーテル」ごっこ。「ヘンゼルとグレーテル」では、お菓子の家に住む魔法使いのおばあさんがヘンゼルとグレーテルを騙して、食べてしまおうとする。おばあさんがかまどの前に立って、「どれどれ、もう焼けたかな」と見ている時に、後ろからヘンゼルとグレーテルが突き飛ばして、おばあさんはかまどで焼けてしまう。
 「ヘンゼルとグレーテル」ごっこをやるために、絵本をたくさん積み重ねて、お菓子の家をつくった。絵本の紙は厚くてしっかりしている。それを開いて立て、壁や屋根を作った。
 大野君や私がかわりばんこに魔法使いのおばあさんの役になって、「どれどれ、もう焼けたかな」と絵本の家の近くでのぞき込むふりをする。そこで、タイミングよく後ろから押す。「ああ〜助けてくれ〜」と叫びながら倒れると、絵本の家が崩れる。その調子がおかしくて、三人で笑った。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

7月 22, 2008 at 07:12 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「絵本の家」と「巨人の肩」:

コメント

茂木さん、今日は。本の大切さ!全く同感です。私も小さい頃、家の中に本が溢れていました。私は三人姉妹の三女で、私には七つ違いと二つ違いの姉がいましたので、私はいつも姉が読み終わった本を読んでいました。セピア色になった本のなんともしれない感触は今でも覚えています。私が両親から買ってもらえる唯一の本は、幼稚園の頃に読んでいた「キンダーブック」、茂木さんは読んでいらっしゃいませんでしたか
?それとダンボの紙芝居を大事にしていて、私も空を飛べそうな気になっていましたね。(笑)小学生になった時は、「科学」と「学習」の本を学校内で必ず買って読んでいました。姉もいましたので、どちらか選んで買うのよ。と言われ、付録を見て好きなほうを購入していましたね。確か「学研」?!のおばちゃんが売りに来られていたような・・・。私も読書量はクラスで一番!教室の後ろにグラフがあり、常に突出していました。中学生の頃からは女性が主人公の本を多く読んでいました。どうしてなのかよくわかりませんが・・・川端康成先生の「雪国」で駒子と葉子の生き方を考えてみたり、「マノンレスコー」を読んだ時は、ショックを受けました。それで、モンゴメリーの著書と出会い、なんともしれない、何かカチッ!とはまったような感じをおぼえたのですね。当時
、私の家の向かいに住んでいた「みきお君」の境遇はアンと似ていて、どこか小説と私の暮らしがかぶっていたような気がいたします。アンが言った「私はダイヤモンドも大理石もほしくない。私がほしいのはあなただけ。」の言葉はなんともしれないうるわしき精神!として、こころに残っています。こうして振り返ってみますと、本の重要性!感じずにはいられませんね。アンの精神を子供たちに!と思い、私は昨年まで物語に登場するお菓子の世界をパティシエとともに創作し「読んでから食べるか、食べてから読むか・・・」をキャッチ・コピーにして、その世界を楽しんでいました。(笑)いろんな方が来てくださいました。ただ
今の子供達は活字離れが心配です。かといって、他のもので物語を体感しているだけではよろしくない!というのか・・・本は読むべき!ということなのですね、一冊でも多くの本を読むこと。私たち大人に何が出来るのか、考えてみたいと思います。

投稿: | 2008/07/26 12:52:49

コメントを書く