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2008/06/14

敗戦

講談社で『赤毛のアン』の話をしていて、
小学校5年生の時に初めて読んだとき、
私は「日本は負けた」と思ったのだと
思い出した。

高校一年生の時、初めてヴァンクーバー
に行った時、高度を下げる飛行機から
見えた木々に囲まれ、芝生が広がり、
プールがある家々。

あの時、子どもの私が
「負けた」と感じた直感が
確認された。

明治維新で中心となったのが
英国と直接戦って敗戦した薩摩と
長州の人々だったように、
改革を起こす人は、徹底的な敗戦を
経験した人なのではないかと
考える。

人間のウェイ・オブ・ライフのような
もの。
知の総力戦。
インテリの姿。
大学。

私たちの前には、たくさんの「敗戦」
が待っている。

6月 14, 2008 at 10:59 午前 |

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» 怒濤の梅の日々 トラックバック 御林守河村家を守る会
今日一日梅取りをすれば、 怒濤の梅の日々は終わります。 昨日は 東京からN.Kさまが来園、 わずか3キロほど採って帰られました。 四国松山のY.Oさまも 5キロの梅を希望されました。 梅の木オーナー制度は あくまでも梅の売買が基本ですので このお二人には 特... [続きを読む]

受信: 2008/06/15 8:09:59

コメント

科学者の信仰について。垣花秀武さんと黒田玲子さんの対話をETV特集等で観たい。

投稿: 白井 | 2009/09/14 0:13:54

安藤忠雄座長,2010国民読書年推進会議
幸田露伴『五重塔』
姫路文学館(和辻哲郎)、西田幾多郎記念哲学館、司馬遼太郎記念館等、文字・活字文化を空間に昇華・具現化する稀有な人。でも、それは、心を耕せば誰でもできることだという姿勢が安藤氏の魅力。
国際こども図書館 http://www.kodomo.go.jp/index.jsp
ギャラリー間で、安藤忠雄建築展[挑戦-原点から-]開催中12/20まで。

投稿: 白井 | 2008/11/30 8:13:38

 蘭学者も敗戦を経験しています。自覚の有無にかかわらず、負けっぱなしにしない人生に感化されます。一方で、女性には敵わないという気がいつもします。腹のすわりが半端ない。
『蘭学者 川本幸民』『吉野裕子全集第12巻』ttp://www.nogami.gr.jp/katudo/0506_sandagaku/050609_komin.html
ttp://www.jimbunshoin.co.jp/mybooks/ISBN978-4-409-54999-5.htm

投稿: 白井 | 2008/07/04 6:35:41

茂木先生 こんにちは♪
敗戦と言えば母の戦争中の話しが、思い浮かびます。近くに錬兵場があって、そこの兵隊さんが家の裏の畑で演習をしていて、庭でお昼ご飯を食べている時に、お弁当を見たら、らっきょう二個と雑穀米だけだったので「これじゃもう無理じゃないかなぁ~!」と思ったそうです。
その時に敗戦を意識したそうです。食べる物から当時の苦しい状況が伝わってきました。ちなみに母が都内の学校に通っていて、お手づらいをしていた陸軍省では、お昼に母達にも天丼が出たそうです。ある所にはあるんだなぁ~!と思ったそうです。先生の言っている、敗戦とはだいぶ内容が違ってしまいましたけれど、敗戦と聞くとやっぱり親から聞く戦争の話しが一番、思い浮かぶので、投稿させていただきました。
ちなみに私の一番の敗戦は、エイゴです。ゼンメン コウサン…トホホ!なのです♪

投稿: 平井礼子 | 2008/06/16 22:44:46

「負けるが勝ち」の、、、
心境に到達できるように、、、
日々研鑽する毎日です〜☆

投稿: 亀井隆行 | 2008/06/16 18:55:55

おつかれさまです。
なんとも、
お忙しい毎日ですね。


目がさえてしまい...

この文脈でインテリと感情の私的見解。
どんなに優れていても理性と知識の中で、
感情をコントロールできるインテリは、ある程度までしか見えないのかなと。

けれども、ありありとした感情を根底にもつ者は、敗戦を感じとる向こう側へは、未来は見えている。

自身を信じる理性や巨大な知識は、溢れる根底を常に今ここと、それを育める。

真のインテリとは、世間で言うインテリのイメージとは、かけ離れた処に在るのだと。

おはようございます。

投稿: 美容師 | 2008/06/16 4:45:24

正規の教育は受けていない御木本幸吉さんの生誕150年記念展。背筋の伸びる思いがする96年の生涯。ミキモトホールで開催中。ttp://www.mikimoto.com/jp/news_events/topic_240.html

投稿: 白井 | 2008/06/15 23:18:07

おはようございます博士。


あうぅ…(:_;)
日本はそんなに負けているのですか…ショックデス

では(T_T)/

投稿: Marie | 2008/06/15 7:41:44

ひとつお尋ねしたいのですが、
茂木サンにとっての”最大の敗戦”とはどのようなものですか?

【思考の補助線】の中で、
(最大の挫折を尋ねられて、「現代を生きなければならないこと」)と答えたエピソードは読みましたが、自分ではどうしようもない要素以外で、いつか答えをお聞かせ頂けたら幸いです。

投稿: Mach. | 2008/06/15 1:44:28

多分、3つか4つの時だったと思います。外で近所の年上の子達と遊んでいたとき、急に皆が逃げ出しました。見ると、向こうからGIを乗せた1台のジープがやってくるではありませんか。私は逃げる理由がわからなかったので、そのままじっと、そこにボケッーと立っていました。ジープが私の前で止まると、兵隊さんが"Hey! Boy"とか何とか言って、呆然としている私にチョコをくれたのです。これが私の敗戦後の記憶ですが、あのとき、皆がなぜ逃げたのか、私はどうして逃げなかったのか、どうして憶えているのか、いまだによくわかりません。
その後すぐ、同じ横浜市内の高台の家に引っ越しましたが、上から町を見ると、たくさんのかまぼこ兵舎が並んでいて、そのすぐそばを走る道路に、米軍の軽飛行機が着陸するのを見た記憶があります。
また、横浜の山手町の高台には、たくさんの米軍属の家が建っていましたが、ここはまるで別世界でした。広々とした緑の芝のある大きな家ばかりでした。中に入ったことはないのですが、「キッチンにものすごくでかい冷蔵庫があって、あれを見て、これじゃあアメリカに勝てないわけだ、日本の敗戦を改めて確認したよ」と、後に語ってくれた人がいました。その人はそれ以来アメリカコンプレックスになったそうです。

GI、かまぼこ兵舎、進駐軍で働いている近所の人などが子どもの頃のありふれた記憶です。あの頃は大人も子どもも、生きていくだけで精一杯で、少なくとも私の周りには、戦争に負けた負けたという人はいなかった気がします。ただ「終戦記念日」というのはよく聞かされていました。というのは、何の因果か、私の誕生日が8月15日だからです。

投稿: 遠藤芳文 | 2008/06/14 22:58:31

 本当にそれは、徹底的な敗戦だったのでしょうか。
 改革に敗戦が必要なものなら、これから先日本が敗れるのも悪い事ではない

 というか、勝ち負けなんて本当にあるのですか?
 誰が決めるのですか?

投稿: 大栗 勝 | 2008/06/14 22:10:54

敗戦…この言葉の深い意味をかみ締めるたびに、われわれはいろいろなジャンル、さまざまな事柄で「決定的な敗北」を喫していると思うしかない。

例えば、戦後、この島国はみるみるうちに復興し、そこから経済的に凄まじい発展を遂げて、世界の「チャンピオン」になった、と思いこんでいた。けれども、その経済的な発展の裏で、知性や徳性の敗北は、始まっていたのに違いない。

私が幼い頃、うろ覚えに知った「大学紛争」やそれに伴うヒッピー・ムーヴメント(日本の場合はカタチだけが流行ったといわれている)の流行、そしていまは朝カルのあるたびに通りかかる、新宿駅西口広場で毎回のように行われていたという「フォークゲリラ」集会…。

長じて、今思うに、ひょっとしたら、この時既に、後の“ニューアカ”現象に繋がる「知と徳の敗戦」が始まっていたのではないか…。


今、「知と徳の敗戦」以後、あらゆる世界に蔓延っている「ポピュリズム」と真剣に闘っている(少なくとも私はそう捉えている)茂木さんの思いを感ずる度に、本当の意味での人間的な知と徳の復活、即ち「敗戦からの復興」を為さねばならぬ…と思うが、その為に、まず、今は様々なことを自分で学ぶしかない、と思い至った。知の面でも、また、徳の面でも。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/14 19:15:52

茂木さん、こんにちは

こちらの日記を読ませていただき、
うーーーーーん・・・・・・・・・・と
考え込んでしまいました。
コメント、うまくまとまらないです。

私の親戚に(もう亡くなった方ですが)
沖縄がアメリカの統治下にあるとき、
アメリカ国費で、
アメリカ本土に留学に行った方がいました。

当時の沖縄から見れば、
その方は天才として扱われたわけです。
しかし、アメリカでの留学は
相当厳しいものがあったらしく、
親戚の方は、精神を病んで帰ってきました。

沖縄とアメリカでは、
相当な差があったでしょうし、
差別もかなりあったでしょう、
なんだかやるせないですよね。

徹底的な敗戦、
精神のぎりぎりのところを試されるものかもしれません。

時代は大きく変わりましたが。
NYの同時多発テロ事件は生々しく
あの時まだ東京に住んでいた私は
テロ事件直後、まず最初に
嘉手納基地の近くに住んでいる家族に
無事かどうかの連絡をしました。
核兵器を持つ国は日本のご近所にもありますし。

そういう意味での敗戦ではなくとも、
個々人の中で、
ひとりひとりが改革者としての意識を持つことを
問われている時代かもしれません。

精神のギリギリのところまで
改革者としての意識を持たねばならない方は
ほんの一握りでしょう。
しかし、そういう方々が
どんどん出てこなければ、
この国の停滞が去ることは決してないのでしょうね。

厳しいことですけど・・・
自分に与えられた天職、callingを見極めることが
大事になってくるでしょうね。

とりとめもなくすみませんでした、
茂木さんのおっしゃりたいことと違っていましたら
お許しください。

投稿: ももすけ | 2008/06/14 17:18:05

学生時代に一人旅で行ったプリンスエドワード島の思い出が突然現実感を伴って脳裏に浮かび、何でこんなにリアルにあの旅のクオリアが想起されるんだろう、と不思議に思った直後、今日のクオリア日記で「赤毛のアン」という懐かしいタイトルが目に飛び込んで、何だか嬉しくなりました。数年前に購入したまま「つん読」になっていたElegant Universeを読んでいる最中ですが、物理には無知の私にも非常にエクサイティングで、もし、本当に数年以内に超ひも理論が証明されたら、今日のように身近に起こる偶然も、科学的に説明できる現象になるのかな、などと考えました。

投稿: (マ)ゴグ | 2008/06/14 17:15:57

司馬先生の小説を読むと、薩英戦争のとき、薩摩はイギリスに対してひどい目にあわせているようです。

投稿: tacchan | 2008/06/14 14:11:17

茂木さん、こんにちは。
「敗戦」を原動力に、根拠なき自信と学び続けることで乗りきるゾ!
ここのところ、そんな思いで過ごしておりますので、
このエントリーが、あたしの更なる勇気につながりました。

投稿: 柴田愛 | 2008/06/14 12:38:25

茂木さん、私達夫婦も高度を下げる機内から見下ろした先に同じ様な景色を見ました!ただ同じカナダではありますがバッファロー空港の辺り、オンタリオ州かな?ゴルフ場の中に素敵な家が建っているみたいな感じでどこの家にもプールがあり、ビックリしたのを覚えています。夫が行ったN・Yイサカのコーネル大学の辺りにも…。赤毛のアンの世界は私にとって西洋文化との出会いでした。敗戦…個人的には何度、経験したことか(笑)茂木さんの著書の中に“楽観回路”や“根拠なき自信”の大切さがあり、生きるうえでとても大事だと思いますね!

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/14 12:30:29

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