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2008/06/20

自分たちの中にしか

台北で行われるASSCに行く高川華瑠奈、
加藤未希、星野英一、須藤珠水の
発表資料をfinalizeする。

ぼくも毎年行っているのだけれども、
今年はスケジュールの都合が
つかなかった。残念。

みんな、がんばって来てくれ。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

ゲストは、がん看護専門看護師の田村恵子さん。
担当は、座間味圭子ディレクター。

涙の収録となった。

いつも収録を見に来て
すばらしい記事にまとめて
下さっている日経BPの渡辺和博さんも、
VTRやスタジオの会話をモニターで
見ながら泣いていたという。

住吉美紀さんの6月19日付のブログ
(「真空の理由」)にも、
昨日の感触が描かれています。

http://blog.livedoor.jp/sumikichi_blog/ 


放送は、来週の火曜日です。
お見逃しなく。

http://www.nhk.or.jp/professional/schedule/index.html 

渡辺さんが書いて下さっている
記事

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」から
茂木健一郎の「超一流の仕事脳」

http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20061010/111381/ 

の田村恵子さんについての取材の後、
これまでの渡辺さんの取材記事の

ヘッドラインを並べたものを
見ながら、振り返った。

渡辺さんが最初に『プロフェッショナル 仕事の流儀』の収録にいらしたのは、第29回、ローソンの新浪剛史社長の時。
以来、素晴らしいゲストの方々の話を
渡辺さんは聞いてきた。

二人でこれまでの来歴を振り返る。


渡辺和博さん


田村恵子さんを囲んで打ち上げ。

『英語でしゃべらナイト』『爆笑学問』
などの番組を制作してきた
丸山俊一さんが、NHKエデュケーショナルに
語学部長として栄転されるとの
ことで、そのお祝いのパーティー
に有吉伸人さんとうかがう。

対馬ナタリーさんに教えていただいた。

松本和也アナウンサー、パックンこと
パトリック・ハーランさんなど、
たくさんの方々がいらしていた。


パックンがあいさつする


松本和也アナウンサー


丸山俊一さんと、有吉伸人さん


対馬ナタリーさん、松本和也さん、丸山俊一さん

丸山さん、新しいお立場で、
さらなるご活躍を!

「一杯だけ」と言いながら、
有吉伸人さんと二杯飲む。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
で何かを成し遂げた、という基準は、
最後には自分たちの中にしかないのだなあ、
と有吉さんと。

「ぼくはねえ、茂木さん、半年くらい
前に、タクシーの中で、ああ、もう一度
ディレクターをやりたい、と強く思いましたよ。
それはそれは突然込み上げてきた強い思いで。
30分くらいで直りましたけれどもね。」

有吉さんと歩く夜道。
座間味圭子さんが編集室での
作業を終え、向こうから歩いてきた。

「あっ、座間味だ!」
と有吉さんが叫んだ。

座間味さんが手を振る。

ディレクターは現場に密着し、時に
カメラを回す。

来週の放送で最も印象に残る
名場面は、座間味さんがカメラを
回していた。

今朝、コンビニから帰って
くる時、ビルの屋上のアンテナに止まって
いるカラスがまるで前衛芸術のようだったなあ。


At present, it is reasonable to assume that our perception is sustained by the physical processes in the brain. More specifically, the neural firings seem to be the fundamental units of the physical processes that underlie perception. The neuron doctrine in perception expresses this assumption in a nutshell.
There are about 100 billion neurons in the brain. At any given time, a considerable proportion of these neurons fire in a unique pattern, invoking our perception. If you give it a moment of imagination, it is a spectacular view. Every neuron has a unique role to play in perception, whether conscious or unconscious. Their role is ultimately determined by its relation to other neurons in the brain. In a sense, the role of a particular neuron is determined by its place in the whole network. On the other hand, the network is made up of the individual neurons. Thus, the whole characterizes the individuals, and the individuals characterize the whole. In any case, our perception is determined by the properties of such a neural network only, and no other external frame of reference, no matter how convenient it may seem, should be brought into the picture. As discussed in Chapter 1, our perception is something that occurs in our brain, and in principle, should be ultimately accounted for independent of any external entities. You might think that you are perceiving something outside you, but in reality you are only perceiving the neural firings in your brain! "I" am a phenomenon confined in this small space of my skull. Everything that is "I" occurs within this small universe. [68: Origin of Consciousness]

6月 20, 2008 at 07:55 午前 |

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» 音楽を「考える」 茂木健一郎/江村哲二 トラックバック 須磨寺ものがたり
私のPCデスクに、 読み終えた一冊の本が置いてある。 音楽を「考える」 茂木健一郎/江村哲二。 [続きを読む]

受信: 2008/06/20 17:00:03

» ロシア文学とぼくらの時代(3) トラックバック 御林守河村家を守る会
トルストイの『人生論』に 水車について考察する件りがあります。 それはまるで「ミリンダ王の問い」じゃないか、 と驚いた記憶があります。 トルストイは、 当時のヨーロッパの貴族たちからも 羨望のまなざしを向けられていた名門ロシア貴族で、 しかも階級制度やロシ... [続きを読む]

受信: 2008/06/21 8:25:18

コメント

茂木さん、おこんばんは。
一日雨音を聞きながら読書と音楽鑑賞にどっぷり浸かって過ごしました。

「何かを成し遂げた、という基準は、最後には自分たちの中にしかないのだなあ」
創る、伝えるってこういうことだとあたしは思います。
感情を揺さぶられながら。ぎりぎりの場所で。

本を読み、たくさんの音楽を聴いた。
本気。真剣。魂。
受けとったと同時に、涙があふれてやまなかった。
雨音がそっと寄り添い、あたしは落ち着きを取り戻した。

投稿: 柴田愛 | 2008/06/23 1:12:41

・「世界中の子と友達になれる」
1.女の子はどうしてはだしなの。
2.なにを見つめているの。
3.どうしてゆりかごは空っぽなの。
4.藤の花が途中から蜂になっているのはなぜ。
(小学生用「絵画たんけんワークシート」)
 記憶に無かったゆりかご。描かれたゆりかごを前に息をのみました。「下図」をはじめ、作品を腑分けしていく試みもありがたかったです。が、一昨年の展覧会では、松井冬子さんに掴みきれない深みを感じるにとどまりました。茂木先生の「絵の力」、そして、今一度「世界中の子と友達になれる」に対面できることを楽しみにしております。ttp://www.yaf.or.jp/yma/exhibition/2006/special/02_gaten/artist.html

・Glenn Murcutt Thinking Drawing / Working Drawing
ttp://www.toto.co.jp/gallerma/

voir les choses du point de vue de Sirius

投稿: 白井 | 2008/06/21 6:11:40

それはいつかわかるのだろうか
どうしてそんなに生きていたいのだろう
目に見えないものすべて見ることができないなら
この眼はどうしてあるのだろう
看護師さんが輝いて見えた
私ができることはCO2を排出することくらいで
地球は温暖化
一本の理論があってわたしは排除された
生きるべきでない名前を持っていたから
法律だから生きてていいの
仕事だから世話してくれるの
義務なんて果たせないのに権利だけもらった
どうしてそんなにいきていたいのだろう
私の命・環境すべてあげるのにっていって
祈った
それはわたしがわたしを自分で治そうとした清教徒革命だった
けど手法は祈祷だった
他の何も要らないから人のために生きようと思った
強く誓った
今日捨てたはずの西洋科学に救われたのです
ひとりで決定し責任をとるのはひどくつかれるので
慣習に染まるのもリーダーを望むのも
「私」など存在しなくて、
「あなた」によって存在して
「私」じゃなくていいなら
「私」が生きる意味はないでしょう
その洋服を着ていればだれでもよかったんだ
動物のほうが賢くて人目につかず死のうとするの
最期まで人の間で生きようとする
必死でもがく姿を笑いますか?
同情しますか?
好みますか?
仙人になるのはまだはやかった
…「私」が生きなければならないってこと
「私」は「私」がわかりません

投稿: 迷える子羊 | 2008/06/21 1:17:12

茂木さん、こんばんは★
来週のプロフェッショナル、田村さんの放送楽しみです

制作サイドの方々は、客観性を重視されると思うのですが、
それでも皆さん、涙涙…だったんですね。
それだけ、心に迫るものがあったんですね。

スタッフの皆さんが泣かれたなら、
涙もろい私は、ナイアガラの滝級の号泣かもしれません

当日は、ティッシュの箱ごと用意しておきます(笑)

命について。
さっき、テレビで、年々筋力が弱くなっていく病気を抱えた方が、

病気を受け入れて、前向きに、限りある命を輝かそうと、明るく逞しく生きている番組を見ました。
号泣でした、
同時に自分のふがいなさを反省しました。
完璧主義になってはいけませんが…


重い障害を抱えた方が爽やかに生きる姿は本当に魂を揺さぶります。

私も少しずつ頑張らなきゃ。

ところで、東京では烏が前衛芸術なんですね
こちらでは、雲がダイナミックで、いつ見ても飽きることがありませんよ

投稿: ももすけ | 2008/06/20 22:33:41

こんにちは、茂木さん。

「英語でしゃべらナイト」、時々、拝見させていただいています。

最近では三谷幸喜さんの「キャン ユー アンダスタンド マイ イングィッシュ?」の回が面白かったです。あの日本語なまりバリバリの英語は、三谷さん一流のネタとは思いながらも、笑わせていただきました。

「キャン ユー」は「カン ユー」とも響いていて、おお!根っこは、茂木さんと同じくブリティッシュ・イングリッシュであるか?と思ったりもしましたが、読み過ぎだったか!?

三谷さんの英語に笑わせていただきながら、国際英語っていうのは、もしかして、これでいいのじゃないか、とも考えさせられました。

各種国際会議なんかでもインドの方はインドなまり、フランスの方はフランスなまりで堂々とやっているし、なら、日本人は日本語なまりでいいのでは、と。どっちみち、ガチガチの受験英語出身なわけで、今さらプレーン・イングリッシュなど無用と。そもそもプレーンとは、世界のどの国のどの地方の誰の英語よ、と、再考。

そして、これからは、2年前くらいに茂木さんがインドで覚知された英語に対する考え方を自分のものにできるようにやっていくんだぞ、きっと、と。

目指すべき高い星は、Arthur WaleyさんやDonald Keeneさんに置いておきましょう。目指すだけならタダだ。「泥の中から何人かは星を見ている」なら、その一人でありたいもの、と。

ところで、グーグルCEOに高速英語で質問を投げかけておられた「茂木健一郎」キャスターと、子供のころの三角ベースボールの思い出(なつかしい!)や、小津フィルムと出会ってソッコーで尾道へ飛んだ学生時代のころのことや、小林秀雄の蛍の文章を、しみじみと、そして、しっとりとした英語で書いておられる「Ken Mogi」という方は、まさか、同じ人じゃないでしょうね。

え!?同じ人!?う、う、うそでしょ?もし、そうなら、そ、それは、サプライジン「グー!」 し、し、失礼しました。ほ、よ、よ、よ~~。

(て、てめ~、まさか、結局、このネタをやりたかっただけだろ!っていうモギさんの声が聞こえる・・・ヤバ)

さてさて、これから自分の英語はどこまで生成発展していくのか、MITのチョムスキーさんにもわかりゃしないって。

そう、それはまた、That’s another storyということで・・・。

投稿: 砂山鉄夫 | 2008/06/20 21:22:21

来週の田村さんの回。
待ち遠しいです。

自身の終わりの時間を意識した時の人。
受け入れるには、もの凄い葛藤、不安があってのこと。。

日に日に落ちていく体力と、それでも生きたいという思い。

診ている家族も、一日一日無事に過ぎる事を祈る。

一日が無事に過ぎるとホッとし、布団に入れる事に感謝する。。

生命の大切さを思う。


今、生命がモノのようにされているような気がします。日常生活で、そういった輝きに触れる機会があまりないのか…な。

投稿: 奏。 | 2008/06/20 21:19:13

こんにちわ

>Everything that is "I" occurs within this small universe.

ニューロンは常に編集されていると言われていますから、自分の認知世界に情報が取り込まれると、極端な場合、情報それぞれに「魂?」の、ようなモノを持ってしまうのではないでしょうか?


NHKの異動は6月なんですね、4月は、番組編成で、いそがしいからでしょうか?(^^)

投稿: ニューロンのクオリアby片上泰助(^^) | 2008/06/20 18:36:42

何度となく立ち止まり、もっと自分がお役にたてているという実感がほしいと思った時から方向転換が。『プロフェッショナル』は制作サイドと視聴者側がこんなにも一体感がある、素晴らしい番組です。ホスピス、放送を前に…命が亡くなるという、何かやるせない気持ちになられている?!でも視聴者はその放送を通してこれも人生、と心に刻みます…。病いと向き合っている本人とその周りの人達は、強靭な精神力と健康な私達には及ばない心の至福のようなものを感じていらっしゃると考えます。茂木さん達と一緒に?私も涙を流しながら、拝見しますので―。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/20 15:09:03

茂木さん、今日は。涙、涙の収録…放送を楽しみにしています。「何かを成し遂げた―最後には自分達の中にしか…」う~ん、そうですか?!本当に?私が思うには、メディア・リタラシーの観点から申し上げれば視聴者が制作者側の意図するところをこれ程、同じ方向で理解・共感できている番組はそんなにはないのでは?!と思うのです。キャストのお二人は出しゃばる事なくゲストにスポットを当てていて…放送時間の延長をしてほしいくらいですョ。今までで1番、好きな番組です!私は放送の仕事って、どこか、何か自己満足に終わっていくような気がして

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/20 14:19:29

neural network をつきつめていくと、「人間の脳科学研究」は、そのうち、「〇〇さんの〇時の脳科学研究」になっていくのでしょうか?
最近、“脳の可塑性”が、話題になります。そうなると、脳の発達は個体依存的、環境依存的な部分も結構大きいのかな?などど、考える今日この頃です。
的外れな解釈かもしれませんが、
"I am a phenomenon confined in this small space of my skull"
同じ場にいあわせても、“全然違う体験をしたみたい・・・”と、思いたくなるぐらい異なる感想や視点に出会うとき、痛感します。

投稿: masami | 2008/06/20 10:46:19

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