創造への勇気
サンデー毎日
2008年6月15日号
茂木健一郎
歴史エッセイ
『文明の星時間』
第16回 創造への勇気
一部抜粋
決断に至る心の道筋。漱石の胸の内には、本気で文学をやりたいという気持ちがあったと思われる。朝日新聞入社の前の年に送られた鈴木三重吉宛の書簡の中で、漱石はこう書く。
「死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい。」
漱石は、いわば、「名」を捨て「実」をとったのである。あるいは、現世的なかりそめの「名」を恥じて、長年にわたって輝く栄誉を得んと望んだのである。
入社の年の5月3日に朝日新聞に掲載された「入社の辞」の言葉は烈しい。冷静なようでいて、燃えるような情熱がその背後にある。
「新聞屋が商売ならば、大学屋も商売である。商売でなければ、教授や博士になりたがる必要はなかろう。月俸を上げてもらう必要はなかろう。(中略)新聞が商売である如く大学も商売である。新聞が下卑た商売であれば大学も下卑た商売である。」
全文は「サンデー毎日」でお読みください。
http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/

6月 2, 2008 at 04:49 午前 | Permalink
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コメント
茂木さん、こんばんは。
漱石っていう人は、本当に気持ちのいいくらい世俗的なブランドや肩書きなどには頓着しなかったようですね。
この年、東京帝大と一高に辞表を出して朝日新聞に入り、同年6月には時の首相、西園寺公望から文士たちの集まりに招待され、泉鏡花や森鴎外は出席しているのに、漱石は確か「虞美人草」の執筆のほうが大事だとして出席を辞退するんですよね。
そのときの一句が、
時鳥厠半ばにでかねたり
でした。あの明治期に時の首相の招待を「厠」で辞退するっていうのが何とも痛快、俳諧です。
この句で何か最近、似たようなフレーズをどこかで読んだような、と思い出していたら、この間の茂木さんの
One day, I was reading a book on Deleuze, sitting in the toilet of my flat.
でした(時空を超えて響き合うkawayaなり)。
この4年後、漱石は、今度は文学博士号を辞退するんですね。時の文部省と、差し上げたい、いらない、もらってくれ、いやだ、と2か月も悶着した末の辞退なんですね。う~ん、やるなあ。
6月になり身近な小動物では「蛍」が俳句に登場の時期です。そこで、漱石さんの蛍の句より一句。
かたまるや散るや蛍の川の上(明治29年)
試訳(私訳)としては、
sometimes gathering sometimes scattering
fireflies
above the brook
くらいでどうでしょうか。英語では、なかなか5-7-5syllables のアジが出にくいんですが。
brookは、当初はstreamだったのですが、小林秀雄の「蛍」の美しい文章を1年ちょっと前くらいにすばらしい英語で訳されている一文からいただきました。訳した人はKen Mogiという方でした。
そして、この小林の「蛍」は後年、茂木さんの思索の核になっていきました(「脳と仮想」)。(hotaruも時空を超えるなり)
「茂木さんの目はこわいですよ~」とはイチロー選手の言葉でしたが(もちろん、そういう目がないと仕事にならないと思いますが)、御多忙な日々の中でアカスジキンカメムシに注がれる茂木さんの目はとても優しい。
当方も日々の中でそういう貴重な一瞬に気付き感動できる人間でありたいと願うのです。
そんな貴重な時間に「あのおばば」(「やわらか脳」)が現れないことを祈りつつ・・・(obabaも時空を超えて出てくるんかな~)。
砂山鉄夫さま
漱石俳句の英訳、味があっていいですね!
茂木健一郎
投稿: 砂山鉄夫 | 2008/06/02 21:57:53
「一攫千金」とか「有名になりたい」などという「邪念」を捨てて、本気で何かを創り出そうとの燃えるが如き情熱。
漱石の創造にかける、そんな情熱を思う時、どこか、あの棟方志功と重なる部分があるように感じられる。
志功も、胸に滾って止まぬ情熱の炎を燃やしつつ、傑作を生み出していった。
彼もまた、現世的なかりそめの「名」を求めることはなかった。
世間的な栄誉を求めず、ただひたすら創造の為に己の魂を燃やせるか。価値創造的に生きられるか。藝術家として、ひいては人間として。
このことを何時も心に問いながら、生き抜きたいものだ。
投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/02 20:53:52
昨日は場違いのコメントを書いてしまい申し訳ありません。五島列島の欄よりコメントを書き、恥ずかしい限りです。でも、茂木さんはちゃんと載せてくださったので、さらに恐縮します。ほんとうにすみません。・・・それで今回のサンデー毎日はまだ読めていないのですが、わたしにとって夏目漱石はやはり目を外せない作家です。「死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい。」このコトバに震撼しました。これほどの情熱を生きていく上で持てたらと思います。文明の星時間はわたしにとって貴重な泉です。
投稿: 合田あさ子 | 2008/06/02 20:14:20