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2008/06/07

ジンジャー

グラスゴーに移動。

翌朝早く、アイラ島に飛ぶ。

飛行場を降りると、金寿煥さんが
ガオーと咆哮した。

その一瞬をとらえる。
幸先の良いスタート。

金さんとタクシーに乗る。
運転手のラモントは気のいいやつ。

金「ウィスキーで好きなのはどれですか?」
ラモント「誰が払うかによるね」
茂木「自分で払わないとしたら?」
ラモント「ラフロイグは、オレには、強すぎる。
ボウモアがちょうどいいよ。」

そのボウモア蒸留所を訪れる。
海に面している。
気持ちの良い風の中に、輿水さんと立った。

大麦を発芽させ、デンプン質を糖分に
変えて発酵しやすい状態にする
「モルティング」の過程。

発芽しすぎないように、時々、スコップで
大麦を返す。

その作業をデーヴィドに教わって、
輿水さんと一緒にやった。

撮影するのは、新潮社の佐藤慎吾カメラマン。

一通り見学した後、ティスティング。
金が、まるでその道の通のように、
「渋い人」の本家、輿水精一さんの
横で、その黄金に等しい水を味わった。

「うーん、うまい!」

リリー・フランキーさんの原稿をとって
くることにかけては世界一の情熱と
技量を持つ男編集者、金寿煥は
ご満悦であった。

ラフロイグ蒸留所は、
美しい入り江に面してある。

ピートの香りが特長のウィスキー。
そのもととなるピートの山をじっくりと見る。

輿水精一さんと一緒に、出来上がった
ラフロイグのウィスキーを賞味する。
身体の中に、生命の水が入り込んでくる。
ラフロイグでしかあり得ない、
奥深い香り。

車で、ボウモア蒸留所がピートを
採る場所(ピート・バンク)に移動する。

現在60歳。14歳の時から、46年間
ピート切り(ピート・カッティング)をやっている
というジンジャーが、
ピート・カッティングを指南してくれた。

「ジンジャーというのは、あなたの本名なのですか?」

「そうじゃないよ。若い時に、髪の毛が赤かった
から、ジンジャーというニックネームに
なったのさ。」

「そうなんですか」

「このニックネームは、その頃醸造所にいた
ベテランから、受け継いだのさ。彼も
ジンジャーと呼ばれていた。」

「そんな風に、ニックネームには伝統が
あるのですね。」

「そうさ。今では、オレの息子も、ジンジャーと
呼ばれている。」

「髪の毛が赤いんですか?」

「いいや、あいつの髪の毛は黒い。」

ピート・カッティングは、まず
ターファーと呼ばれる刃物で上層部を
取り除く。

その下にあるピート層を、二回に分けて、
ピート・カッターで切る。

「体重をうまく乗せるんだ。深く入れすぎると、
手をとられてうまくいかない。」

「ピート・カッティングは、どれくらい
やるんですか?」

「夏しかやらない。日が長い。
朝7時に始めて、夜9時までカットする
のさ。」

「大変ですね。」

「ああ。ピート・カッティングをしていると、
立派な筋肉がつくぜ。」

海をはるかに見晴るかす荒野で、
千年以上の時間を経て体積した
ピートと向き合う時間は、至福だった。

そして、ジンジャーからは、風雪に耐えた
男の香りが漂う。

別れの時は来る。

「ありがとう、ジンジャー。ピート・
カッティングができて光栄でした。」

「ああ。今日から、お前は、私は
ボウモアでピートを切ったと言うことが
できる。ウィスキーを飲むやつは沢山いるが、
ボウモアでピートを切った、と言うことが
できるやつは、数少ない。
お前は、家族や、友人や、子どもや孫に
私はボウモアでピートを切った、と言う
ことができる。今から10年後、20年後、
ボウモアのボトルを手にとって、
このウィスキーを作るために使った
ピートは、私が切ったんだよ
と言うことができる。」

最後に、ジンジャーは言った。

「また会おうぜ。どうだい、
夏に、ピート・カッティングに
来ないか。お前は、ボウモアに3ヶ月
来る。そして、毎日、ピート・カッティングを
するんだ。」

「ありがとう。考えます!」

ジンジャーの本名は、ウィリアム・
マックニールと言った。

宿泊するハーバー・インは、
ボウモアの街の海の近く。

新潮社の『旅』編集部の吉田晃子さん、
新潮社広告部の高橋大さん、
それにカメラマンの佐藤慎吾さんと
アペリティフを飲む。

外に出ると夕陽が気持ち良い。
佐藤慎吾さんと、新潮社広告部副部長の
八尾久男さんが、気持ち良さそうに
笑った。

今回の旅には、他に、電通の中本実万さん、
サントリーの元吉優子さん、そして
エディンバラ在住の田村直子さんが
参加している。

「飛び入り」で電通の伊谷以知郎さん、
東北新社の嶋元勧治さんも参加。


一日を振り返って、楽しく談笑する。

(私の入った写真は、金寿煥さん撮影。
それ以外は、私が撮影。)


6月 7, 2008 at 01:56 午後 |

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この間の水曜日に、 地域の北須磨小学校の2年生の児童たちが、 須磨寺前商店街を見学に来ました。 [続きを読む]

受信: 2008/06/07 15:34:26

コメント

おはようございます茂木博士。


アイラ島ですね。
GAO!NiceShotでした。


タクシーの運転手さんが、自分で払わないならでラフロイグの銘柄を出しているのを「確かに…」と思いながらお読みしました。

ラフロイグ…父に連れて行かれたBarで飲んだ事がありますが、強いと言うか香水の様に感じました。
女性ならうっとりする様な後味ですが、高額だったので多分私も自分では飲みません。


ボウモア…こちらも父に無理矢理連れて行かれたBarで飲みました。その時に初めてピートという言葉を聞きました。
アイラ島は湿地帯なのですね。だから石炭ではなくてピートなんだ…と曖昧ですが記憶しています。

伝統あるジンジャーのニックネームのエピソードに惹かれて、夏にピートカッティングに訪れる人が出て来るかもですね。


生牡蠣…やはりこれは外せないですね。美味しそうです。


何だか色々思い出が蘇るお話でした。今度父とウィスキー…飲もうかと思います。
では(^O^)/

投稿: Marie | 2008/06/08 5:57:23

茂木さん、おはようございます

スコットランドからのクオリア日記は、
とっても渋いですね~~!
皆様、大人の顔をされていますわ・・
大人なんですけど、
お酒の世界は大人にしかわからないので、
なんだか哀愁ただよう渋い世界なんですわ!
かっこいいのですわ!!

(スコットランドの精霊って、
渋いのでしょうかね~)

ジンジャーさんの
ニックネームを受け継いでゆく、というのも
ピート・カッティングも渋いのですわ!!
男の世界なんですわ!

茂木さん、
夏の三か月ピート・カッティング、
いいかもしれませんね~~!
茂木さんお忙しいので無理でしょうけど・・・
いつか行けるといいですね!


投稿: ももすけ | 2008/06/08 5:13:54

グラスゴー懐かしいです。
高校生の頃に行きました。
夏でしたが、雨降ってて、暗くて、
寒くてサマーセーター手放せなくて。
船の博物館みたいなのを見学したかな。
良い思い出です。
イギリスの暗い雲、湿った草の香り、
なんにせよ、強く印象に残る国土ですね。

投稿: motoko | 2008/06/07 23:26:42

健一郎先生へ

先生を取り囲む皆さんの笑顔
また 殊に 楽しそうな先生のお顔
拝見しているこちらも 思わず 微笑んでしまいます
PC画面から 会話が 吹き出してきそうですね
これからも そのまま お仕事が 楽しめますように

どことなく どんよりした海や空
流行に左右されないシンプルなファッションや椅子

琥珀色に揺れるグラスの向こう
ゆっくり 夕日が 沈んでいく
静かにレコードがまわって

仲間内でしか通じないキーワードで出来上がるジョーク 
ふとした会話の切れ目さえ 誰かの笑いで 繋がってしまう

言葉をも超えるコミュニケーションの幸せを感じる時間

、先生 やっぱり 楽しそうね

  

投稿: hi | 2008/06/07 21:59:13

こんにちわ


40年モノのウイスキーと、千年モノのピ一ト、歴史がウィスキーをつくる。
そこヘ、万年モノの氷河の氷を入れたら・・・。 (^^)

投稿: ピートのクオリアby片上泰助(^^) | 2008/06/07 19:01:04

こんにちは。今日も輿水さんとともに、すばらしい”生命の水”紀行ですね。

今日の日記からは、ボウモアでピートを切っているジンジャーさんの、自分の仕事に対する誇りが伝わってきた。

46年間、誇り高くピートを切り続けているというその姿に、当時の仕事に誇りが持てなかったかつての自分の、情けない姿がよみがえってきた。

そしていま、自身で自身に問いかけてみる・・・お前はいましている仕事に誇りを持ってきちんと取り組んでいるか?

自ら進んで、その仕事を好きになっていっているか? 今している仕事以外の、”私が本当にやりたいと思っている”職種のほうに、気を移していないだろうか。

私がいましている仕事は、自分が取り組みたかった仕事とは全く畑違いだが、それをすることによって、多くの人々に喜んでもらえる仕事である・・・そうなのではないか。

ひょっとしたら、これは以前この日記へコメントとして書いたことかもしれないが、まだ就職活動中であった頃、ラジオを聴いていた。そのときのラジオ番組でゲストだった人がいった次の一言が忘れられない。

「自分に仕事を合わせるのではなく、自分を仕事にあわせるほうがよい。自分仕事を合わせようとしているばかりでは、一生転職を繰り返すだけだ」

それを聴いた私は、そうだ!と膝をバーンと打ち、大いに納得した。自分を仕事に”合わせればよい”のだ!

自己の志向に、というより「し好」にピッタとくる職業など、数えるほどでしかない。むろん望み通りの職種につけるなら御の字であるが、当時の我が家の経済状況などを考えるとそれは許されることではなかった。

それから紆余曲折を経て、今の仕事に就いた。以来、5年間も、無事故で続けている。しかし、ここへきて最近「いつまでこんな仕事をやっているのだろう」と迷いが生じていた。

ジンジャーさんの仕事はウィスキーの命を根っこのところで支えている。それを代々誇りにしている・・・その姿勢と心意気に我が身を引き締めつつ、もう一度、自らの姿勢を省みて、がんばろうと思った。


p.s.代々”ジンジャー”というあだ名が続いているのも、本当になかなか面白い伝統ですね!

投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/07 18:19:20

茂木さんは、風の人なのですね!!  旅から旅へ。  風の匂いのする人は、とても魅力があって、かっこ良い。今日の私の風は、父のお手伝いの畑仕事の気持の良い汗の後の爽やかな風です。葉桜もしっかりとした、緑になり、フーム、なかなか――と自然の力強さをしっかりと感じた事でした。

投稿: ぶらんか | 2008/06/07 18:00:25

茂木さ~ん、素晴らしい記事を有難うございました!ハードボイルド小説を読んでいるみたいな感じ…ウィスキーの芳醇な香りと地の空気・色彩までも想像でき茂木さんやその場に居合わせた人達の感動までも読みとれる様な…これぞクオリア!ですね。 ただ味わえないのが残念。ボウモアでのピート・カッティングは夏に行う季節作業で貴重な体験をされ、また職人のジンジャーさん、いいですね~。3ヶ月間お断りをするのは勿体ない様な(笑)子供の頃、足踏みをしてワイン造りのお手伝いをした事をふと思い出しました。ウィスキー時代の再来なのかな…。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/07 16:34:46

茂木さん、こんにちは。
ジンジャーのニックネームを見てジンジャーエールが飲みたくなり
シャンディガフ(甘〜!)にしました。

日の出ている時間のお酒はほんとうにおいしい。開放の度合いが違うんでしょうね。

いつかスコットランド(お写真にあった、あの場所)を訪れたい。
水のある場所は落ち着く。
マッカラをン片手に、あの風景を堪能してみたい。

投稿: 柴田愛 | 2008/06/07 15:52:11

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