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2008/06/09

どこの誰でも通じる普遍性を目指す

ヨミウリ・ウィークリー
2008年6月22日号

(2008年6月9日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第107回

どこの誰でも通じる普遍性を目指す

抜粋

 『ジャスト・フォー・ラッフス』における一切言葉を使わない、身体中心の表現は、英語とフランス語という二つの言語の狭間で悩むモントリオールの人たちの生活感覚の中から生まれた。そう考えると、何だか切なくなる。
 日本は、最近でこそ様々な国出身の人が増えてきたとはいえ、まだまだ単一言語、単一民族という思いこみが強い。その中で、「日本語」という言語の中だけでなく、世界のどんな国の人にも通じる「普遍的にして人間的なるもの」を目指す試みを、私たちは普段どれくらいしているだろうか。
 もし仮に、東京の住民のうち70%は日本語を母語とするが、残りの30%は他の言葉を話す、というような状況だったら、私たちの表現はどのように変わっていただろう? 観念としての国際化ということを言うだけではなく、まさに目の前にある現実として、言葉が異なる人々と日々接しなければならないとしたら。私たちは否応もなく、言葉に頼らない、どんな文化背景の人にも通じる表現を目指そうとするのではないか。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

6月 9, 2008 at 03:17 午後 |

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受信: 2008/06/10 13:50:48

コメント

多民族放送が流される様になった事は国内における大きな一歩ではないかと思っています。それにしても日本語を学ぶ事は難しい!と聞きます。強弱・高低・緩急・アクセント・イントネーション・プロミネンスから成り、正しい発声法で伝えるとなると…。方言の存続や茂木さんのおっしゃるところの「普遍的にして人間的なるもの」とは…全文を読みつつ、再度、考えてみたい!と思います。(携帯より、二度送りしています。)

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/09 17:28:33

茂木さんの旅も終わりに近付き、最後に言葉について…カナダは独立国を目指しているケベックやモントリオール等、本当に複雑ですね。私の事務所があるマンションの1階に聾唖者の皆さんが働く喫茶店があり、気軽に手話が出来るので行くのですが、手話もお国が違えば通じない!という事を知りました。残念です…「どんな文化背景の人にも通じる表現…」とは、永遠の課題ではないかと…。MCの仕事を通じ、考えさせられる場面は多々あります。しかしそれは異文化コミュニケーションに留まる物ばかり…。阪神大震災後、各地でコミュニティFMが増え、

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/09 17:07:42

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