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2008/06/17

プラトンの対話編

東京に戻る。

新幹線が名古屋に停車した時、
ああ、山本隆之さん(タカさん)は
今はここにいるんだなあ、と思った。

フジテレビの朝倉千代子さん、
ダイナマイトリボリューション・カンパニーの
齋藤智礼さん、冨田英男さんと打ち合わせ。

キム・ピークスを取り上げる「ザ・ベストハウス123」
のスタジオ構成などについて。

日経サイエンス編集部で、
東京工業大学の原亨和先生
とお話しする。

化学工業の触媒として硫酸は欠かせない。
しかし、液体であるがゆえに
基本的に「使い捨て」であるなど、
多くの問題がある。

原先生は、画期的な固体酸触媒を
開発した。

環境関連技術の様々な分野に
応用可能なブレイクスルーとして
期待されている。


原亨和先生と。

私の科学者との対談シリーズは、
日経サイエンスで読むことができます!

http://www.nikkei-science.com/subscription.html 

ソニーコンピュータサイエンス研究所。

高川華留奈、柳川透、加藤未希と議論。

新宿。

江村哲二さんが急逝されて一年。


http://tetsujiemura.blogzine.jp/emutet/ 

サントリー音楽財団の佐々木亮さん
ご家族の方を含め、ゆかりの人々が
集って忍んだ。

テーブルの上には、コンサートの際
江村さんと撮影した写真。

新潮社の池田雅延さんもいらして、
想い出をしみじみと語り合った。

小林秀雄が言ったように、
想っている限り、
その人はこの世に存在し続けている。

江村哲二さんがテーブルに来て
プラトンの対話編が始まった。

Music is an art of auditory qualia. It would be always futile to try to explain the origin of music from the evolutionary point of view. For example, it is absurd to say that the collection of qualia that occurs to us as we listen to J.S. Bach's Goldberg Variations are "there" because they gave us selective advantages. What the theory of evolution can say about the origin of music is, utmost, that it is "compatible" with the requirement of survival. The essence of music as an art of qualia, and its selective advantage (if there is any!) are logically separate things. (This kind of thought has been the major concern of the phenomenologists like Husserl, and is in marked contrast with the views expressed by functionalists and connectionists).
If I may venture further, the problem of qualia is very closely bound with the idea of the Platonic world, a world of ideas and concepts. It is this aspect of qualia that makes the exploration of the neural basis of it such an important and profoundly exciting intellectual endeavour. Thanks to the advancements in neurophysiology, the time has at last come for us to embark on a scientific investigation of the problem of qualia. Now is the time for us to start technical discussions of the problem. It is the single important issue for a challenging intellectual to engage itself for years to come. [66:Origin of Consciousness]

6月 17, 2008 at 08:32 午前 |

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元気な人繋がり、 昨日もニコニコ顔が、 印象的で、 ボランティア歴30年をこえる、 女性の方にお会いした。 [続きを読む]

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ドストエフスキーにのめり込んだのは もう40年も前のことですから 記憶はおぼろになってしまいましたが、 かえって余計なものがふるい落とされて、 エッセンスだけが 浮かびあがってくるような気もします。 一作を挙げよと言われれば、 私はためらわず『悪霊』を推す�... [続きを読む]

受信: 2008/06/19 5:57:56

コメント

今日も一日暑かったですね。

一番最後のお写真…なんだかデジャヴ。
昨日から悩んでいたのですが、なんでしょう。この懐かしいような感じ。
なぜこんなに気になるのか…。
分かる日は来ると思います。


プロフェッショナルの前田さんの回。なんだかインパクトがありました。

明日は涼しくなるようです。お身体、気をつけてください☆
色々と話がとんでしまい、申し訳ありません。

投稿: 奏。 | 2008/06/18 21:06:12

江村さんが旅立たれて、もう1年になるのですね…。

小林秀雄の言葉が、胸の深いところに響いています。


亡くなった人はもう戻っては来ないけれど、その人と過ごした掛け替えのない日々と、思い出、そして面影は、私達がその人を思いつづけている限り、何時までも生き続けていく…本当に心の中からそう思います。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/18 18:25:15

茂木さん、こんにちは。

(きょうはブロークンもかえりみませず、英語でおじゃまにあがりました。)

I'm very sorry to say I can't understand the so-called mind-brain problem and the concept of qualia,but I would like to listen to the sounds of ”the cool breeze”.


I know the inside of mine is moved by listening to J.S.Bach's Goldberg Variations, Six Suites for Unaccompanied Cello and so on.

I listen to Yutaka Ozaki's roar against the systematic and established society.

I appreciate the tones of Soseki's Haiku poetry and Tsurayuki's Waka poetry.


Possibly I might have been near the breeze for such a instant.

But,the breeze(the theory) is too great to grasp.

Nevertheless,I can imagine it will not be broken.

Because it is based on the philosophy of life. I think the POL is certainly compatible with the requirement of survival in this difficult era.

So,I can put my trust in the cool breeze.

I believe we will be able to see ”lights of fireflies” by Dr. Mogi in the near future.

I think it's time for us to raise our own green tea leaves.

 

投稿: 砂山鉄夫 | 2008/06/17 23:20:56

想っている限り、その人はこの世に存在している。


この言葉を見て、しんみりと思い描きます。

この世ではもう、話したり笑ったり、悲しんだり…共に出来ない大切な人。
その人の“時”は、変わらないけど…
その人を想う、私たちの気持ちは、いつまでも変わらず
いきる。

その人と共に生きた大切な日々とともに。

優しさと、慈しみ、教わった事は、沢山。

これからは、別のカタチでかえしていきたい。。

投稿: 奏。 | 2008/06/17 17:58:30

もう20年近くになるが、身近な人の突然の死を経験した。
そしていつも、その人が生きていたという事実は、宇宙がthe end になった先も消しようがないと思うようにしている。
けど、このような論理的納得は、やはりあまり救いにならない。

そこで、小林秀雄も言った言葉に共感する。この言葉は情を納得させる。

投稿: fructose | 2008/06/17 16:44:15

茂木さんのサイン会へ行き元気をいただいて帰ってきたのですが“原点”について今になって考え込んでいますねー。私の仕事は幅があり、オン・エアーからイベント・マナー講師、他ひと通りやってきたものの常に流されていないか、これでよいのか…夫をみればその道ひと筋、私は何でもおまけに趣味の延長線でトリマー&ハンドラーの資格を取ったのはよいけれど木の枝が多くなるばかり…。夫の会社から日本語教師をと言われ420時間コースの資格も取りましたが何だか原点からぶれている気がしてならない今日この頃。本や音楽の力が必要ですねー、?

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/17 15:51:32

今日は。東京に戻られたのですね。大阪は楽しめましたか。私は夫の転勤で八年前より大阪に戻り暮らしていますが、ちょっとした会話の中に笑いの要素があり面白い所ですョ。街を歩いていてもスーツの色が色々!大阪へ来る前は関東にいましたが、スーツの色はだいたいグレーとか紺色とか…。大阪は男性でも明るめの背広を着ている方がおられ、医者の友人いわく「太陽の色と比例する!」と。そう言えばイタリアやハワイも赤や黄色が目立ちますが。ところで茂木さんはコメントをよく見ていらっしゃるのですね!昨日わかりました!(笑)~続き~

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/17 15:09:33

こんにちわ

(英語が苦手なためよろしくお願いします。)
私たちが知りえる、この地球の世界を対象にした人々の意識を「内プラトン世界」だとすると、「外プラトン世界」は、「アンドロメダ星雲のある星ではカレーが流行っている。」と、これは、否定も肯定も出来ない世界の事で「外プラトン世界」と考えられるのではないか?。発明、創作は、外プラトン世界から、内プラトン世界に情報を持ってきたと、考えても良いのではないか?


すると、原亨和先生は、外プラトン世界から、内プラトン世界へ固体酸触媒のつくり方を持ってきたと、考えられないでしょうか?(^^)

投稿: プラトン世界のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/06/17 14:46:26

茂木さん、こんにちは。
江村さんとの共著、未読でしたのでさっそく注文しました。2日で届くそうです。

「想っている限り、その人はこの世に存在し続けている。」
茂木さんのお話からズレてしまうのですが
だれかと出会い、別れることもあたしは死のひとつだと思っています。現時点で会うことのなくなった人、を前提に思うのですが
人は一度出会ったら失わない。あたしが失わないかぎり、生き続ける。
無意識下にとりこまれた、記憶のカケラたちによく出会う。
失わない。あたしにおいて断言できます。

時間の倒錯。共に生きているということ。

投稿: 柴田愛 | 2008/06/17 14:11:14

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