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2008/06/28

マルチチュード

アントニオ・ネグリ氏との
共著『帝国』、『マルチチュード』
で知られるマイケル・ハート氏と
お話しする。

 ハート氏は、大学院に在学中、
当時亡命中だったアントニオ・ネグリ氏
と会うためにパリに趣き、
5年間ネグリ氏を中心とする思想家
たちと過ごした。

「5年のギャップイヤーがあったのですね。」
と言うと、
「大学で教える今の方がギャップイヤーだ」
と笑う。

ハートさんが教授をつとめるデューク大学は、
「南のハーバード大学」と言われる。
「逆に、ハーバードの方を北のデュークと
言ったらいいじゃないですか」
と言ったら、ハートさんは、
「いやあ、なかなかそういうわけにも
いかないんだよ」と言って笑った。

「マルチチュード」とは、中央的な
制御が及ばない、沢山の主体を指す。
ジェームズ王欽定訳の聖書の中にも
登場するこの言葉。

脳と身体の関係で言えば、身体には、
中枢である脳のコントロールが及ばない
無数のマルチチュードが潜んでいる。

そして、創造のプロセスとは、すなわち
マルチチュードを解放するプロセスに
他ならない。

ネグリ、ハート両氏が尊敬し、依拠している
カール・マルクスの思想の重要な概念として
「搾取」(exploitation)、あるいは「疎外」
(alienation)という言葉がある。

通常は、近年の日本における「ワーキング・
プア」の概念におけるように、
定職を持たない、不安定な労働条件に
置かれている人が、「疎外」されていると
考え勝ちである。

しかし、ハートさんはそう考えない。
デューク大学教授という「立派な職業」
に就いている今の方が、むしろ「疎外」
されている状況にあるとハートさんは言う。

「日本からは多くの文化的発信があるけれども、
その主体となっている若者たちは必ずしも
経済的に豊かなわけではないでしょう」
とハートさん。

「社会的にある役割を与えられ、それを
こなしている状況こそが、むしろ搾取や疎外
といった概念にぴったりと当てはまる」

御自身の人生で言えば、無職で
五年間パリに滞在した時代の方が、
むしろ「創造のためのスペース」
が存在したとハートさんは考える。

最後に、「愛」の話になった。

ハートさんの有名なテーゼとして、
「愛の概念を、ふたりの人間の間の
関係性ということ以上に広げなければならない」
というものがある。

すなわちそれは神の愛、アガペーであり、
スピノザの愛の概念であり、
そしてコミュニティにおける精神性の
発露でもある。

ネグリ氏とハート氏の次の共著は
『カモンウェルス』。

「英国でたくさん売れるでしょうね」
と言うと、ハートさんは
「自分たちのことだと思うからね」
と笑った。

ハートさんは素敵な人だった。また
会って議論したい。


マイケル・ハートさんと

ハートさんとの対談の模様は、
毎日新聞に掲載される予定です。

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
脳科学研究グループの会合。

カリフォルニア工科大学教授の
クリストフ・コッホさんがいらっしゃる。
コッホ研究室で数々の興味深い
研究を続けてきた土屋尚嗣さん、
コッホさんと共同研究をしてきた
ソニーの福地正樹さんも。

関根崇泰が、コッホさんに
研究している指や腕の錯覚について
説明した。

コッホさん「これは強烈な幻覚だ。」

みな、大いに刺激になったと思う。
コッホさん、土屋さん、ありがとう!

朝日カルチャーセンター。

不確実性の選好性に与える
認知の正確さの影響についての
論文

Perceptual accuracy and conflicting effects of certainty on risk-taking behaviour.

Shafir et al. Nature 453, 917-920 (2008)、
そして、美の起源についての
イマニュエル・カントの説を議論する。

ヨミウリ・ウィークリーの二居隆司
さんからメールをいただいた。

From: 二居隆司
To: "'Ken Mogi'"
Subject:「プロフェッショナル」、YW二居です

茂木さま


お疲れさまです。「プロフェッショナル 仕事の流儀」、
感動しました。このことだけお伝えしたくて。

今回の茂木さんの連載原稿を読んで、ぜひ
とも観なくてはいけないと、
早くからスタンバイしておりました。
幸いといいますか、家族が皆早く寝てしまったので、
一人でじっくりと向き合いました。
ずっと涙が止まりませんでした。

一日一日を大切に。昨夜のがん患者の方々のように、
尊厳をもって生をまっとうした
いと思っております。
田村さん、強い方ですね。
一度ぜひお会いしたいものです。

きっと反響も大きいことでしょう。
最初のVTRの後、ぱっと画面がスタジオに移った
時、3人の目が潤んでいたシーンもよかったですね。

いい番組をありがとうございました。
スタッフの皆さんにもよろしくお伝えください。

--------------------
二居 隆司(Takashi Nii)
読売ウィークリー編集部
--------------------


来週発売の「ヨミウリ・ウィークリー」
に、田村さんが出演された
『プロフェッショナル』のことを書きました。
皆様、よろしければお読みください。

6月 28, 2008 at 12:31 午後 |

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» 本を読むことは、最大の「宝物」 トラックバック 須磨寺ものがたり
昨日の産経新聞に、 大阪大学名誉教授の加地伸行さんが、 「国語力低下」を主題にした記事の中で、 読書の持つ意味を話していた。 [続きを読む]

受信: 2008/06/28 13:58:01

コメント

アニメってのは、日本文化ではやっぱり疎外された存在、階級です。NHKのアニソン番組見てて感じました。
で、アニメにこの階級とマルチチュードが登場してないか考えてみたわけです。ファーストガンダムのアムロなんてのはマルチチュードじゃないですかねえ。総監督の富野さんも、製作当時、アニメ作ってるやつで金持ちっていんのか?なんて自問してたりしたそうですからねえ。自作PCにこった、青春無駄使いしてるような少年が世界戦争を左右してしまう、まあ、富野さんはシニックに官僚民主制社会=連邦に勝利を与えてしまうわけですが…

投稿: トレインスポッテイング | 2009/10/17 2:28:07

茂木さん★

マルクス主義って、
時代とともに変化しているのですね。

マルクスは、とても心優しい人だったと思うのですが、
ベルリンの壁の崩壊、
ソ連がなくなり、ロシアへ。
マルクス主義の多くの国々は、
その後、自由主義の国へとなった歴史的事実を見ても、
マルクスの思想は、実らなかったのだと見ていました。

マルクスを尊敬しているハートさんは、
自由主義の中で育った私たちには人権侵害だと思うような、

搾取や疎外などに対して
別のとらえ方をしていて、
こうして思想は移り変わってゆくものなのかな、
なんて感じました。
(うーーん・・・もし浅はかなとらえ方でしたら申し訳ありません)

それから、愛について。
信仰者として、常に考えることです。

アガペー、神への愛。
神への愛は、従順であることのほかにも、
小乗仏教的意味合いも含むと。
神に向かって、己を高めること。

そして、エロス、
エロスは恋愛、
エロスとプシュケの物語を見てもわかりますが・・・
純粋で混じりけのない本物の恋愛ですね。

それから、パトス。

パトスって、パッションの語源だそうですね。
茂木さんも、
パッションについては、何度か発言しておられますが、
パトス的愛は、
己の情熱、信仰を、放つものだと学びました。

アガペーは、
己を神へと近づけてゆく、高みを求めるものであり、永い時間をかけて育ててゆくものだと。

それに対し、パトスは、
パッションで「宗教的受難」という意味があるように、
大いなるものや公に対し、「己の命を捧げてでも守る愛」
という意味があるようです。

明治維新の志士たちは、
そういう意味では、パトス的愛を実践した方々だったのでしょうね。

また、パトスを広く解釈すると、
プロフェッショナルに登場する数多くのプロの皆さんも
パトス的愛を実践しているのかもしれませんね。
海難救助隊の方々や、ハイパーレスキュー隊の方々、、、

公に奉仕する仕事に命をかけ、
この命を失ってでも、という気迫があるから、
そうした方々の生き方は胸に迫るのでしょうね。

そして、今の日本に足りないものを
パトス的愛の実践によって見せてくれているのかも知れません。
パトス的愛が足りないから、
命を軽んずるような殺伐とした世の中になっているのかもしれない、
そうしたことを感じました。


茂木さんは、
仏教的に見れば小乗的な面をお持ちですが、
別の面では、
パトス的な愛を持っておられますよね。
そんな茂木さんだから、
沢山の方々が尊敬してやまないのだと思います。


投稿: ももすけ | 2008/06/29 23:29:31

司る マルチチュード
          中庸 偏りがちな 自我
          自由意志を奪い 司る

          せめて零地点 恙無し 逆さ富士やま

投稿: 一光 | 2008/06/29 6:31:04

うまく制御できないのに、しようとするから変な力が働いてしまう!


だから気持ちと身体がバラバラの動きをしてしまう。

大切なのは、心の流れにのる事。

投稿: 奏。 | 2008/06/28 23:56:58

茂木先生、こんにちは。

朝日カルチャーは今回初めて受講しましたが、毎回楽しく拝聴させて頂きました。ありがとうございました。
古典というのは、林望先生との対談にあったように、源氏物語のような古典文学と勝手に思いこんでいたのですが、名作映画のことだったのですね。
映像での表現されたものを観るのが苦手なので、先生がご教示されたものは全く観たことがなく、観た方がいい映画があるのだな、と恥じ入っております。。。

講義中先生がおっしゃっていた様に、日本の学生、若者は、専門の勉強に打ち込むべき大切な時期に、会社訪問を余儀なくさせられ、何故今会社を回らなければならないのか、どんな仕事に就くべきかをじっくり考える時間を与えられず、名のある会社をよしと思い、新卒で就職できなければ、その後は正社員になるチャンスを中々与えられない、という訳の分からない社会にふりまわされていると思います。
この閉塞感が結局、日本人は不確実だけども高報酬な方を選ぼうとしない、ということに関係あるのかな、と思ってみたりもします。失敗した時、次に与えられるチャンスが少ないとそれまでの経験が教えているのではないでしょうか?

それに対してアメリカは、よく聞くように、実力があれば、打たれることもなく、いくつになっても誰でもチャレンジできる、というイメージがありますね。
ですので、度々、先生が今後の執筆を、負けるかもしれないけど英語で書くとおっしゃっていましたが、先生のユニークさ、実力が本物であれば負けないと思うのです。
実際、小説などでは以前、英語を母国語としないアフリカ女性が英語で書いた「Desert Flower」というノンフィクションがあったりしていましたし。
応援しています!日本のマスコミ、マスメディアはその人のイメージというのを勝手に作り上げる、あるいは固定してしまうところがあると思うので、英語で茂木先生の個性を全開させて欲しいと思います。

最後に、芸術は感性と理性が結合したときに生まれる、というカントの言葉。私はジャズヴォーカルを習っていて、芸術とは言えないですが、歌を通して、自分を表現していると思っています。ジャズはまさに、熱い感性とクールな理性の結合のような気がします。(しかし、松井冬子さんのような巨大なモンスターは内には飼ってないみたいです。。。私も白魔術が使えるとよかったのですが。)
ジャズヴォーカルは文学や、映画のようには物として残らないですし、その時のバックの演奏などアドリブですから、本当に1回性のものです。そこがまたいいのですが、誰かの心の中に小さな痕跡を残すこともできればいいな、と思っています。

それでは、長文大変失礼致しました。

投稿: | 2008/06/28 23:25:08

こんにちは。ここ数年朝カルを受講している者です。今年度に入ってからの内容は、レヴェルが上がって受講し甲斐がある?良いものになったと思います。ご配慮有難うございました。
今回のNatureの論文は、確かにタイトルからして理解しづらいものでしたが、受講者からの質問も的を射たものが多く、もう少し時間をかけて読むことができれば、もっと面白いやり取りができたように思います。ですから、今後も難しいものを、ぜひ採り上げて頂きたいと思いますし、出来ましたら、予め論文のタイトルをアナウンスして下さると助かります。ご検討をお願いいたします。

今回の論文を読めていないので的外れなことでしょうが、そもそも報酬とは何なのか、また、物事を選択する上での環境(人間の場合では年齢や経済など)についてはどう考えられているのかが、わかりにくかったです。たとえば、Michael Hardt氏の選択において、もしNegriがイタリアで亡命生活を送っていなかったら、彼の選択肢は変わっていたのではないかと思われます。

ついでに、前回の鏡像の論文ですが、自己意識が共感や利他心と関係することと、いわゆるナルシシズム(文学や絵画などでもよく扱われる)との関係がわかりづらかったです。いつもわからないことだらけですが、それでもこのようなテーマを扱う科学論文に触れる機会があることを感謝いたしております。

なお、Karl Marxの疎外については、このところちょっとホットなことになっています。ご存知でしょうが、念のためにつけておきます。

http://cruel.org/other/matsuo/matsuo.html

最後に愛について。愛というのは、言葉では言い表せない感情を含む語句ですが、物書きである椎名誠氏が、どのようにその言葉を扱われるかを近い将来うかがえますのを、楽しみにいたしております。

以上、長々と失礼いたしました。

投稿: コバヤシアヅミ | 2008/06/28 20:09:04

こんにちわ

「脳」には、「私」と言う物理的中心は無い、インターネットでどこでも中心であり、なおかつ、中心が無いように、脳全体で「雲」のように「私」が存在している事になる。新しい雲の回路が生まれ、新しいマルチチュード、新しい主体が生まれ、創造性が生まれるのではないか?


関根崇泰さんがコッホさんに錯覚を説明している写真を見ると、コッホさんが日本の文化を面白がってくれるようで、何かうれしいです。(^^)

投稿: マルチチュードのクオリアby片上泰助(^^) | 2008/06/28 19:29:21

不勉強で、Michael Hardt氏についてまったく知りませんでした。そこで、ネットでにわか勉強(というか、つまみ食い)してみました。

もともと工学専攻で、太陽エネルギーの仕事をしていたのですね。
『帝国』は「21世紀の共産党宣言」と言われていることを知りました。

そして、European Graduate School(2005、10分)のレクチャーをYouTubeで見ました。(2007のレクチャーはLoveについて60分。途中で降参)

マルチチュードという言葉は出たきませんでしたが、singularityとcommonalityという言葉が印象的でした。その文脈で、

Love as a political conceptと言い、キリスト教神学は、Loveを Erosと Agapeeに分けてしまったが、スピノザの「愛」についての定義、

A joy,increase of my power with recognition of the external cause.

ならば、社会や政治を変える力になるのでは、というような話だったと思います。

(正確な引用かどうか知りませんが、他のサイトで、Spinoza's definition of love as “a titillation accompanied by the notion of an external cause;”というのがありました)

すると、マルクスが「風呂桶の水と一緒に流した赤ちゃん」が、ハートさんの言う、Loveなのかと、勝手に解釈しました。

ほんとに、茂木先生のブログは勉強になります。
ありがとうございました。

投稿: 遠藤芳文 | 2008/06/28 17:57:07

昨夜の朝カルでのお話が、帰りの電車に乗っている最中、自分の中でぐるぐると渦を巻き、家に着いても、それは回転を続けていた。

中枢である脳のコントロールが及ばない、身体の中に潜んでいるたくさんの主体。

自由意思、カオス、いつ癌細胞に変わるかわからない、肉体を構成する細胞。数えきれないほどあるようだ。

無職とかワーキングプアという状況も、見方を変えれば、創造のために必要な状況というわけか。
(例えば、無職状態を価値創造的/創意工夫的な状況と、とらえていけば、いくらでも創造的に人生の扉を開くチャンスは出てくるということ、というわけか)

朝カル終了後、茂木博士がこんなふうにいわれていたことも、忘れがたい。

「知らないことは無限にある。その無限には、感性で切り込むしかない」

またも人間として、また芸術を愛する者として、茂木さんやハートさんから、勇気をもらった気がする昨夜の朝カルだった。

有難う御座いました。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/28 17:22:54

輪が広がっています。認知症のご老人が犬と接し話しかけたり、笑ったり…。昔私が子供の頃、近隣のお寺へ行くと色んな年齢の子達と遊べ、その後に僧侶の方から呼ばれ、皆、膝まづいて短い説法をお聴きし、終わるとおみかんやお菓子をいただけて、それも楽しみのひとつでしたが、しっかりとしたコミュニティーがそこにはありましたし、その時にしていただいた僧侶の方のお話しは今も私の心の奥底にあります。地域のみんなで支え合う精神は無くしてはいけないと思うこの頃…。何かしら自分に出来る事はすすんでやっていきたいものです。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/28 15:34:54

茂木さん、今日は。マイケル・ハートさんとのお話し、感慨深く読ませていただきました。「豊かな発想」とは、経済的なゆとりの中から生まれるよりも自由な時の中で育まれていくものなのでしょう…。創造性とはハングリー精神の中に多く潜んでいるもの…。茂木さんのおっしゃる「根拠なき自信」は夢や希望を抱くのに必要なもの…いくつになっても夢はもち続けたいものですね。最後に『愛』について…大きな事は言えませんが社会奉仕をする中で私が今、感じている事があります。時々、動物介在活動を老人ホームで行っているのですが良きコミュニティーの

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/06/28 15:17:42

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