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2008/05/07

ぽんぽんと叩いてみる

天気が良いと、それだけで無条件に
人間の気分というものはよく
なるものである。

よく晴れた祝日の夜は、
NHKにて『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

細田美和子さん、河瀬大作さん、
山口佐知子さん、
住吉美紀さん、有吉伸人さん。

何だか、久しぶりに会ったような、
夏休みの登校日のような不思議な
気持ち。

あれこれと話しているうちに、
ふと、10年後、20年後に
今この時を振り返ったらどんな風に
見えるのだろうと思った。

人間の意識というのは常に
「今、ここ」に没入している
ものであって、ただ、
時に、魂を込めて省察
するということがあって、
そんな折に、過去は、不思議な
亡霊のように立ち現れる。

思い出の中の「過去」の奇妙な
現れ方の中に、
マジックとワンダーの起源は
すべて含まれている。

小学校の夏休み、市内水泳大会の
練習のために毎日体育館に
通っていて、
昼休み、体育館でお弁当を食べている
時に、誰かがファンタの缶を
ふざけて振っていて、
それがプシュっと空いてしまい、
床の上でくるくると回りながら
泡立った。

あの時の「弾ける」ような感覚と、
同じ「今、ここ」の中に私はいる。

時間が進行してしまうという
因果性の不思議の中に、
すべては解消されていくのだ。

わははと笑いながら、横の有吉さんの
腕を、ぽんぽんと叩いた。

有吉さんの腕は、肉感的で、
叩き甲斐があった。

ぼくたちは、生きていることの
の感触を確かめるために、
時々「今、ここ」や「その昔」
をぽんぽんと叩いてみる。

Consciousness can thus be regarded as an evolutionarily constructed, cognitively relevant formula of causality. Causality can be deconstructed into several elements that support its procession. Namely, the "atoms" of interaction and the space-time structure in which these interactions take place. The construction of the "specious now" is highly non-trivial, in that a finite passage of physical time is transformed into an indivisible "moment" of the now. The construction of space, most notably that in vision, is also non-trivial in that yet unknown principles somehow give rise to phenomenal dimensions of extension, in which space the visual qualia are arranged. The crucial observation here is that causality as apparent in sensori-motor contingencies appears to be effectively conducted in this phenomenologically constructed space-time structure, naturally related to, but possibly independent of, the original physical space-time. The key question is thus how the space-time structure in which causality is defined is to be constructed in the first place. Tackling this "framework" problem would ultimately lead to the solution of such enigmas as the zombie question. ([38])

5月 7, 2008 at 06:52 午前 |

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昨日のNHK「熱血アカデミー ダーウィンの進化論」、 天才への道は、 変人たることも一つの要素、 何かに没頭する、 スチュディオスな状態が大切と、 茂木健一郎さんが力説していた。... [続きを読む]

受信: 2008/05/07 10:02:55

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風景について こんな話しをしたことがありました。 海に突きだした岬や山並みをながめるとき それと空との境を眼がなぞってゆきます。 その曲線のうむ快感 雑木の山がすこしやわらかく感じられ 針葉樹林が厳しさをただよわせるのは 空とそれとの稜線の生みだすものだ �... [続きを読む]

受信: 2008/05/08 6:57:48

コメント

小学生のころ、
あともうちょっとで私の住んでる町に台風が通過するので、
急遽下校する事になった日があって
暴風雨の中
同じいじめられっこのりっちゃんとかえった時、
かさは壊れるし、雨でびしょびしょになったことがありました。
それは一般的には『あらたいへん!』的な事だったでしょう。

でもその時の私達は自然が催した「雨と風の祭」に参加していたんです。その時の光景はすごくリアルにあたしの中に存在してます。

台風という「非日常」が楽しくて仕方なかった。いっぱい笑って帰った後に待っていたのはお説教でしたが・・・・

突然起こる「非日常」をもっと感じて楽しみたい。
そして今も、お説教されています。

クオリア日記で、文章のリズムがまるで音楽のように心地いいときがあって、グラグラします。

誰かに情景を説明する時あれもこれもちゃんと伝えようとするとなかなか文章は心地いい響きにならないような気がします。
「自分だけがわかること」だけを文章にすると響くんでしょうか?
響く文章を書けるようになりたいな。

今日も心地いい文章を聴いた事にクオリアを感じながらこれからお洗濯します。ありがとう。

投稿: | 2008/05/08 8:41:45

晴れ渡った昨日の夕方、やっと外に出た。

ラ・フォル・ジュルネを聴きに行っていた憲法記念日を除いては、曇り空の所為もあってか、外へ出るのがとても億劫になっていた。

清々しい五月晴れの、みどりの風を浴びながら、自転車で谷中まで出かけた。連休最後の日だけあって、谷中銀座は人、人、人で賑い、とても活気にあふれていた。

そんな空気の中で、ふと小学生の頃のことを思い出していた。

今もそうだが、あの頃私はいわゆる「TVっ子」で、午後の7時になると、弟や妹と一緒に「ウルトラマン」シリーズや「仮面ライダー」のシリーズ、「まんが日本むかし話」などの特撮やアニメを真面目に見ていた。

あの時は、本当に、まだ見ぬ未来(あす)が、とっても明るく、真っ白な光のように思えていた。だから、明日が来るのが、何故か楽しくてしかたがなかったような気がしていたものだ。

あれから30年近く経った今、時代は変わり、TVよりも読書やネットなどに夢中な自分がここにいる。

こうして文章を打っている時でも、頭の中の何処かでは、時間の流れと共に過ぎ去った、思い出の断章たちが、常に煌いている。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/08 0:07:29

The space-time structure could be just a reflection of the way we perceive the world; it should not be the absolute structure of the world.
A famous scientist said:
"...which exists independently of us human beings but partially accessible to our inspection and thinking..."

投稿: | 2008/05/07 22:51:55

茂木さん大好きデス(^O^)♪これからも頑張って㊦さぃっ★

投稿: | 2008/05/07 22:11:12

茂木さん、こんにちは(^o^)♪

過去の思い出にマジックとワンダーを感じる、

うーんと私も頷いてしまいました

私は過去の思い出さえ、「今」が支配しているように感じることがあります。

というのも、今が不幸感覚に満ちていれば、過去のせいにしがちで、素晴らしい思い出も忘れがちで、

逆に、今が幸福感覚に満ちていれば、どんなに辛かった過去も、
あの時は大変だったけど、そのお陰で今の私があるのよね。

と思えるようになるからです。
そう考えると、不思議だなぁと本当に思います。
人間ってワンダーランドだ


茂木さんのファンタの思い出、
水彩画で綺麗な色を沢山使った、
優しい絵のようなイメージが浮かびました。

「今」を幸福に生きて、素敵な絵のアルバム沢山作れるといいなあ、と思いました(*^o^*)

投稿: | 2008/05/07 15:07:22

こんにちわ

現在の過去の記憶、人間は因果律を選択できると言う事ではないでしょうか?(^^)

投稿: | 2008/05/07 14:10:37

夏休みの体育館でのファンタのお話。情景が目に浮かびます。

「今ここ」に没入できているからこそ、“今”から見た“その昔”は、あ〜こんな事があったなぁ…とか感慨深いものになるのだと思う。

またこの没入があるからこそ、これから起こりうるであろう未来の「今ここ」に対して、向かっていけるんじゃないかな。

以前の私は、その昔に戻って、違う道を選らんでいたら今はどうなっていただろう?と考えることが時々あった。大抵、落ち込んだとき。

今は、それがなくなりました。

過去を身に受け入れ、今を生きる!

最近、寝るために布団に入った時の、あのフトンに包まれるような感じが幸せだなぁ。と思う。。

投稿: | 2008/05/07 12:04:25

茂木さん、おはようございます。
ほんとうにいいお天気。
昨日もキモチよかったな。
ラ・フォル・ジュルネ♪
人間が創ったものをさらに人間がつくりあげる。
いろいろなことに気をとられ、落ち着かないココロで過ごした時間。
本質を含んだマナーについて考えた。マナーに縛られすぎることは「今ここ」を見失う可能性がある。それをそのつど判断する力を身につけていきたい。
いろんな角度から眺めてみよう。

でも
「熱狂の日」
楽しかった。

投稿: | 2008/05/07 9:22:10

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