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2008/05/08

夢燃やしの競争

早稲田大学国際教養学部での
授業。

 Deep Blue vs Kasparovの対戦の
意味をふりかえり、
 Allan Turingの歴史的な論文
A. M. Turing (1950) Computing Machinery
and Intelligence. Mind 49: 433-460.

を皆で読む。

赤毛のアン記念館・村岡花子文庫 
にて、Anne of Green Gables出版100周年
を記念して、
作家の梨木香歩さんと対談する。

村岡花子さんのお孫さんである
村岡恵理さん、村岡美枝さんが、
自筆原稿など、貴重な資料を
見せてくださった。

梨木香歩さん、村岡恵理さん、
村岡美枝さん、
ありがとうございました。

移動しながら、新潮社の
北本壮さんともろもろの相談。

恵比寿のアートギャラリー
「サイト」
にて行われている
杉原信幸の展覧会(『丸石座』)
を見る。

床の上に、丸石が置かれ、その
広がりの中央に苔に覆われた
列柱が円形に存在している。

石の表面に苔の質感が対峙し、
都会のビルの中にありながら、
紛れない大地の匂いを伝える。

床に横になって眺めると、
列柱のスケール感が変容した。

巨大な建造物のための
1/100スケールモデルのように。

作家自身にいろいろと聞いた。

「杉ちゃんさ、苔はどうやって定着
させてるの?」
「流木に、耐水性の接着剤でつけている。」
「水はときどきやっているの?」
「こうやって、一日に何回か、苔に
水をやっています。」

「そうか、じゃあ、列柱の回りの
石の色が変わっているのは、水のせいなんだ。」
「そうです。」

前日、杉原くんと吉増剛造さん、それに山形淑華
さんによるパフォーマンスが行われていた。

「パフォーマンスの時に流した映像が
いいから、今からかけます。」

丸石の由来する海岸と同じ場所で
撮られたフィルムを投影すると、
空間が一変した。

丸石に波が映り込み、回り込み、
乗りこえて再び引き、
千や万では数えきれぬほどのニュアンスの
広がりとなって、目の前で転回する。

杉原は、まるで自分自身も列柱になった
ように、暗がりの中に立っていた。

ギャラリーを運営しているのは、斎藤康さん。

「大変な作業ですよ。杉原くん、地道にやって
います。」
と斎藤さん。

「杉原は、パフォーマンスがいいでしょう。」

斎藤さんが、肯く。


「昨日のパフォーマンスでも、照明の調子が
どうだなどと言っている間は普通だったん
だけど、これでもうOKとなったら、
突然スイッチが入って、全然別の人格に
なってしまったんです。」

杉原は、列柱の間を動き回り、
いくつかの柱の「位置を移動」
させてしまったらしい。

「昨日のパフォーマンスの後では、
足がだいじょうぶかな、というくらい
ふくれていたんですが、今日は
治っているようですねえ。」
と斎藤さん。

もはや伝説となった、
2005年10月27日の東京芸術大学
キャンパスにおける杉原のパフォーマンス
『切り株と頭』 。

横浜のバンクアートで杉原がやった
パフォーマンスも忘れがたい。

これについては、
当時『文學界』に連載していた
「脳のなかの文学」で書いた。
単行本
『クオリア降臨』 
の中に収録されている。

_____

 ある時期から、私は、現代の文化はスカばっかりだ、と至るところで公言していた。
 ベストセラーにろくなものがないことはもちろん、批評家がほめるような文芸作品だって、後世に残る傑作だと胸を張れるのはごくわずかではないか。
 まともな美意識を持った人間にとって、「スカ」ばかりがのさばり、マスコミで喧伝される現代は、ちょうど空気が薄くなって段々呼吸が苦しくなって行くような、そんな生きにくさに満ちていやしないか。
 そんな気炎を吐いていた私に、ある日、東京芸術大学の油絵科の学生で、杉原信幸という男から「挑戦状」が来た。横浜で展覧会をやる。パフォーマンスをやる。つきましては、スカではないものをお見せするから是非ご足労願いたい、というのである。
 杉原は、「札付き」の男だった。美術家の川俣正さんと私が芸大の食堂でやったトーク・セッションに乱入して、川俣の最近の作品は気に入らない、と暴言を吐いて会場がメチャクチャになったことがある。小石川植物園で行われた展覧会のインスタレーションも、仲間たちと喧嘩をして一日で撤収してしまったと聞く。そのアブナイ男が一体どんなパフォーマンスをやるのか、ひょっとしたら勢いだけの作品なのではないか。あまり期待しないで横浜に出かけた。
 会場は、昔の銀行の建物をそのまま利用していて、広々とした吹き抜けの空間に、金庫の分厚い扉と巨大なハンドルが残されていた。
 最初の出し物は、いかにも今風の若者が、やぐらの上に、ビニル・シートを張り、ペインティングするというものだった。「皆さんご存じの、生きているということ自体が奇跡のような」アーティストだと紹介された。ビニル・シートの上に、赤、青、黄色、緑、などの様々な色が描き付けられていった。やぐらを囲んだ学生中心の若い観客は、その様子を好意的に見守っている。見る、見られるという関係における、あらかじめそうと決められたような甘い弛緩があった。あらかじめ張り巡らされた文脈があった。
 私はその出来試合の雰囲気に何だかうんざりして、精神のバランスを崩しそうになっているのが自分でもわかった。「くだらねえなあ」と叫びそうになったが、何とか自分の中の衝動を抑えつけた。
 その次に、杉原の番になった。突然、吹き抜けの二階から、「うぉーっ! うぉーっ!」と叫び声がして、白と黒の檄文がパラパラと舞い降りて来た。観客が走り寄って、一体何だろうと拾い上げた。
 一呼吸置いて、あらぬ方向から杉原がかけだしてきた。杉原は全裸で、腰に黒いテープを巻き付けているだけだった。吹き抜けに垂れ下がっていた、白地に黒の斑の巨大な布を引きずり下ろすと、それにくるまれて床の上で悶絶した。立ち上がると、布を腰の周りに黒テープで巻き付けて、スカートのようにした。それから、その10メートルはあろうという巨大なスカートを引きずって、会場の中を走り始めた。
 スカートの布が、会場の片隅に置いてあった屏風絵を巻き込んで、引き倒した。屏風絵は、そのままスカートに巻き込まれてずるずると床の上を引きずられていった。観客たちが、どっと逃げまどった。
 杉原は、入り口の上の踊り場に上がり、座り込んだ。長いスカートを垂らしたその姿は、草書体のシャチホコのようだった。そのシャチホコ姿で、うぉーっ! うぉーっ!と叫んだ。しばらくそうして坐っていたが、突然くるりと下に降りると、だっと夜の街に出ていってしまった。
 がやがやと後を追った観客たちに続いて、私も馬車道に出た。杉原は、交差点の歩道の角に坐り、長いスカートを扇のように歩道に広げ、眩いランプを点けて道を行き交う車に向かって、うぉーっ! うぉーっ! と叫び続けていた。杉原の黒い裸体が流れる光の川に挑むようなシルエットを見せ、通行人が何だろう、と立ち止まった。タクシーが、一台、杉原の近くに停まって、ハザードランプを点滅させた。
 このままでは警察が来るかもしれない、と思った頃、杉原は突然スカートを脱ぎ捨てると、全裸の腰に黒テープを巻き付けただけの姿で、馬車道とは直角の方向に振り返る素振りも見せずに疾走していった。
 杉原がその中に消えていった闇を見つめながら、私は久しぶりの興奮を味わっていた。檄文をまき散らした発端から、夜の街への疾走という結末まで、流れに淀みがなく、無駄がなかった。視覚的な効果も、よく考えられていた。スカートを引きずって巻き込んだ屏風絵は自分自身の作品であり、他の人の作品には触れていない点も良かった。
 疾走原始人のパフォーマンス、良かったぞ!
 杉原が戻ってきてからそう声をかけてやろうと思ってしばらく待っていたが、何となく会場にいる人々の様子に違和感を感じて、そのまますたすたと馬車道を歩いて帰ってしまった。

「スカ」の現代を抱きしめて 
ー茂木健一郎 『クオリア降臨』よりー
_____

芸大卒業後、どこのギャラリーにも
属さず、インディペント・アーティストと
してがんばっている杉原信幸よ、
青春を燃やせ。

オレも、形にならない、正体のわからぬ
夢をエネルギーとして燃えることに
ついては、まだまだ負けないぞ。

夢燃やしの競争だ!

If the supervenience of the phenomenal onto the physical is to correlate with the formulation of a cognitively relevant space-time structure of causality chains, one key question remains. Is the causality framework, as defined by the psychological time and space, independent from the original space-time structure that prescribes the most basic causality pattern? In the natural world, there are hierarchies involved in the complexity of interactions that finally contribute to the whole picture of the causal universe. In this hierarchy, however, it is not considered to be the case that causality structure at the macroscopic level is separate from that at the microscopic level. If the neural network in the brain, through a ubiquitous metacognitive mechanism, is to define a causality structure as is different from the basic physical one, that situation apparently violates one of the most fundamental assumptions about the nature of hierarchy of the causality chain. ([39])

5月 8, 2008 at 08:19 午前 |

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コメント

茂木先生 こんにちは♪
原人の姿で 横浜の港の風をうけながら疾走する杉原さん!さぞかし 気持ちよかったでしょうね~!
疾走している姿が 目に浮かぶ??ようです。
男の人は やろうと思えば こうゆうパフォーマンスも出来るので 少し羨ましく思いました!?
才能あるのに あまりマスコミには登場せずに 地道にやっていらっしゃるんですね。 これからも いろんなところで疾走して ほしいと思います。応援しています!

投稿: | 2008/05/13 21:52:45

杉原くんは、こんなヤツだったのか!という衝撃

あの時、ダンシング・チェリー山形の君は明らかにアブナイ ヤツだとわかっていたけど(笑)・・ 上野公園で会った当時長野帰りでフォトグラファー&造形作家だと聞いた彼がねえ・・

「切り株と頭」(写真)の彼は映画『地獄の黙示録』のラストのワンシーンを彷彿とさせる「凄味」がありますな。

大阪はこういうの好きだと思うけどなあ、持ってこれたらいいなあ。

投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2008/05/12 10:20:11

「スカ」に怒る茂木さんの爆発を見てみたいです。
すでに予兆あり?

「スカ」は制度の中でマトモに祭り上げられる。
制度とはなにか。それはヌクヌクした既得権を守る仕組みで、この構造は人類の歴史でずっと変わることがない。冒険を排して、可もなく不可もない、lived happy ever afterを目指す。こんなの魅力的やろか。

そして、これに本気で抗する人は確実に排除される。排除されないためには本物の知性と体力が必要なようだ。どちらも無い私も、過去には尖んがっていたこともあった。関西ではそこそこ高名な音楽評論家のセミナーで、この方の平均率の理解が滅茶苦茶だったので、いちいち揚げ足取り(=本音)のコメントをしてにらまれたことがなつかしい(ちいさいエピソードやなあ)。

投稿: | 2008/05/10 3:46:13

杉原さんのお顔を見て 昔 TVで見た ”ヒッピー” を思い出しました
それから イギリスの パンク、
一種の反逆、信頼と思慕 崇拝と嫉妬 の 反映でしょうか
ちょっと 苦しそうな ひた向きさに 考えさせられます
体 大事になさってね

青緑の波とともに流れる映像 ご一緒する 音楽は 何でしょうか

小さな子供が 母親との散歩道で 握りしめて持って帰る
そんな 丸石は 大人になっても 何故か 部屋の隅に 置かれていて
時々 何とはなしに 撫でてみる
それから
時々 変な歌を 作って 歌ってみる
夜空を眺めながら ベランダで 飲んでるワタシの手には
あの日に拾った 丸石が 握られていて
ソファーに横になりながら 消さなきゃイケナイ TVを 消せないでいる
いつだか買った 小さな魚は 小さなガラスのボールの中 ひらひらと 泳いでる
その 水面は TVの光で 青緑に 光ってる
。。。流れる曲は 何でしょうね、

  
画面でお見掛けする 茂木先生は いつもの通り お元気そう
何よりです
出張?の お土産 チョコレート、
優しさと 謙虚さと それから お茶目さを 感じ
チョコレート貰えた方 羨ましい限り

陽射しも強くなって参りました
緑も 日に日に 濃くなっていき 瞳(脳)に楽しい季節ではございますが
季節の変わり目でもございます どうぞ ご自愛くださいませ


そうそう、ぽんぽん と いう音で 思い出しました

小さな子のとびきりの笑顔は
ポン ポン、パチン パチン と 弾ける音に似ています
それは まるで  緑鮮やかな公園の はじっこの空を 
遊びながら 飛んでいるシャボン玉の様で、

そんなことも ふと 思いました

投稿: | 2008/05/09 1:35:54

はじめまして。最近、「意識」に興味が出てきまして、遅まきながら茂木先生の『クォリア入門』を拝読しました。刺激的で、読んでいるうちに興奮してきて、哲学的な妄想で心がいっぱいになり、眠れなくなったしまいました。最近こんなに知的興奮を覚えた本はありません。そして今、先生の因果性についてのエッセイを読み、また興奮してしまいました。何か宿題をもらったようで、私も因果性について考えてみようと勇気づけられました。同時に、『クォリア入門』をあと10回くらい精読しないとダメかなぁとも思いました。ヘルシンキ大学Matti Pitkanen のTopological Geometrodynamicsについて茂木先生はどう思っていらっしゃるのか興味あります。とにかくありがとうございました。

投稿: | 2008/05/09 1:00:48

こんにちわ

杉原さんは、この宇宙に新しい因果を生もうとしている・・・、そんな感じがします。(^^)

投稿: | 2008/05/09 0:09:14

The physical causality which we perceive from our senses could not be based on the absolutre structure of the causality which we cannot sense for the lack of our coginitive ability for that.
Also, like natural language for which someone point out as "It is an illusion, does not exist", the causality too could be merely an illusion.

投稿: | 2008/05/08 23:02:55

杉原さんの作品は、まるで古代人が大地に祈りを捧げる為にしつらえたとされる、祭壇の遺跡のようだ…。

地上に生きる生命を育む大地を称える歌が、聞こえてきそうだ。


自分の中にもきっとある、アメーバのような形のハッキリしない「夢」。

どのような形でもよい、その夢をかなえるべく、自分自身の“戦い”をしないでいると、夢はしょせん夢(夢想)のままで終わってしまう。

藝術を愛する者の一人として、また一個の人間として、青春の炎のように何時までも、夢を燃やし続けて、生きていくことが今の私にとって大切だ。…今日の日記を読んで、改めて、そう思った。

p・s・ 杉原さん、いつまでも青春の夢の炎を燃やしつづけていてください!蔭ながら、エールを送ります。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/08 23:01:39

プロフェッショナルの茂木さんのを、拝見しました。私も英語で苦労しています。単語は鶴の恩返しの方法で頑張りたいと思いますが、やはり単語だけでは長文を読むことや作文などは出来ません。それに、ネイティブの方とは交流もないし会う機会もありません。茂木さんは高校時代からもう英語の原文を読んでいた、なんてのを聞いたことがありますが、一体どのようにしたら茂木さんのようになれるのでしょうか。茂木さんの日記にある英語が読みたいです(笑)

投稿: | 2008/05/08 20:03:56

茂木さん、こんばんは★
私は現代アートはよく知らないのですが、
杉原さんの最新作、
波の映像を投影した石と円柱、
写真だけでも印象に残りました。
実物を色んな角度から見ると、様々なクオリアが海の泡のように生まれそうだなあ…と感じました。

芸術系の知人に、そういえば杉原さんのようにエネルギッシュな変人(良い意味でです♪)がいたことを思い出しました。

芸術系の方って、激しい方がいらっしゃいますが、
茂木さんと杉原さんは、そういうところで通じあっているのかなーなんて感じました。

そういえば芸術ではないのですが、小学生の頃は漫画家になりたかったのです。
でも作品より、サインの練習のしすぎでなれませんでしたが(爆)

私もやりたいことは沢山あるので、色んなしがらみに負けないで頑張りますっ

投稿: | 2008/05/08 20:03:06

茂木さん、こんにちは。
強烈なパフォーマンスが浮かびました。

あたしの世界においてマナーやルール、常識と言われるものを知った上でどうしたいのかを、そのつどそのつど考え行動しています。正しさに拘泥したら「今ここ」がどこかにいってしまうのがイヤなんですね。建設的でないものが好きです。成熟もステキだけれどあたしは、未成熟が好きです。
知ること。日々ココロ乱されたり、変わらない現状を前に開き直ったりしながら、クオリア日記に触れております。

投稿: | 2008/05/08 14:00:16

対談聞いてみたいです!

梨木香歩さんの本は、短大の頃 書店に行き、ふらふら棚を見ていて、すい寄せられるように手にしたのが出会いでした。

書店や図書館は、時間を忘れてしまう場所です。
約束や後の時間がある時は、チラチラと時計を見ながら見て歩きます。


石のアート。丸くなっていたもの。。
ケルトの民話に出てきそう!
それと…円卓の騎士(…だったかしら?)のような感じがわいてきました。

波の映像と一緒になると、幻想的です!

昨日のベストハウス123の太陽の色々な姿。うわぁ!!(o^∀^o)と、思わず声が出てしまいました。

投稿: | 2008/05/08 12:42:02

杉原さんとう方の存在を、
茂木さんのこの日記で初めて知りました。
杉原さんの馬車道でのパフォーマンスを文章で拝見していて、
美味しいワインをゆっくり味わう様な恍惚感を感じました。
この不思議な感じはなんだろう、すごい、ビビッと来ました。
みんな、こうやって自分の気持ちや意見を表現すればいいのになーと思いました。
こうやって、自分の内面を素直に表現したら、
充足感を味わえて良いだろうに。
伸び伸び出来て夜もぐっすり眠れるだろうに。
多くの情報を詰め込んだ若者は、静観を美徳とする日本で、
自分のパッションを吐き出せずにひたすら溜め込むから、
イライラが募ってキレる若者が良いんじゃないかしらん。
だから、この杉原さんには万歳です。
(ただ、裸で路上を走る事を推奨は出来ませんが…)

投稿: motoko | 2008/05/08 8:54:17

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