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2008/05/23

「総合」苦手な日本の知識人

「総合」苦手な日本の知識人

茂木健一郎
「総合」苦手な日本の知識人
日本経済新聞 2008年5月21日 夕刊

舘野真治さんが、インタビューしてまとめて
くださいました。

ICレコーダーなどを使わず、
ノートのメモだけでこれだけ正確
かつ的確にまとめる手腕に脱帽です。

pdf file 

5月 23, 2008 at 08:05 午前 |

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コメント

茂木さんの持論のなかで「インターネットは知の総合力」という命題だけは、どんな文脈で読んでも、いまいちコミットしかねてしまう。

なんだか、ググれば課題の答えが見つかると妄信してる素朴な学生みたいです。インターネットにあらかじめ答えがある課題なんて、何の意味がある? ネットの中はおろか、誰も回答を持ち合わせていない課題こそ、美しいのではないか。自分が真実に最初に近づけるのは快感だぞ、と思うわけです。

まあ、大抵のことは先人が書いたり言ったりしているわけですが、誰が何を言っているかを調べるだけならネットは便利です。しかし、そこから先の一歩を如何に踏み出すか。それが大事なんじゃないのかなーと。

Carl Nielsenさん
こんにちは。
興味深い
コメントをありがとうございます。

ニュートンは、「巨人の肩に乗っていたからこそ遠くが見えた」
という言葉を残しましたが、今日における「巨人の肩」を考える上では、
インターネットが欠かせないと考えます。
あくまでも実際的な視点から、インターネットは必要な道具なのではないでしょうか。
「ネットの中はおろか、誰も回答を持ち合わせていない課題こそ、美しいのではないか。」
というのはおっしゃる通りです。
クオリアについての本質的な問題群は、ネットからはるか遠くの場所にあります。

茂木健一郎

投稿: carl nielsen | 2008/05/26 8:36:36

表から見れば、なかなか変われないように見えてしまう、日本の知の世界の現状…。しかし今、少しずつかもしれないが“地殻変動”は起こりつつあるはずだ。

茂木博士を初めとする、躍動する「真の知性の人」たちの奮闘によりて…!

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/24 5:58:29

茂木さんは以前は講演の音声ファイルをアップされていましたが、最近はアップされていないようです。とても楽しく聞かせて頂いていたので、また音声ファイルをアップしていただけませんか?

投稿: | 2008/05/24 3:37:38

茂木さん
今日は好調なのでこちらにもコメントしちゃいます

記事、読ませていただきました。
そして、ふと思ったのですが、
茂木さんのように、
総合的な観点から物事を見ることのできる人って、
なかなかいないと思うんです。

一人の人間が体験し学ぶことのできる範囲って限られていると思うので・・・(だから私は転生輪廻を信じるのですが)

日本人の傾向性、個性かも知れませんが、
細かいことが得意だし向いている国民性ですよね。

でも、これからの時代を考えると、
総合的に物事を見れる人がどんどん増えていかないといけないと思います。

様々な個性が個性として花開くのはいいですけど、
ほっておくと無秩序状態、
争いの火種になりますので・・・
やはり総合的な立場に立つ人は絶対必要と思います。
人間には善に行く意志も
悪に行く意志も
管理は個々人にゆだねられているので
個性が極端に行って悪にならないためにも・・・。

やはりバランスのとれた知性は大事、
と思うのです。

茂木さんは、
総合的に考えることのできる人材を育成するための
役割があるのでしょうね
これからも茂木さんのお仕事、期待しております。

投稿: ももすけ | 2008/05/24 2:09:51

日経の記事、pdfで読ませて頂きました。欧米一流大学日本校の開設は、あえて「知の黒船」を招くことであり、日本の知の扉を世界に向けて大きく開かせるきっかけになるのでは、と思いました。応援したいです。そしていろいろ愚考しました。

日本人は<平均>から外れることを極度に嫌い、警戒するように見えます。その平均は、いわゆる「世間」が決めている。そして世間全体としては、いつも「均衡安定」に収斂しているように思えます。いっとき、大きな「ゆらぎ」があっても、結局は別相の均衡安定というアトラクターに落ち着かざるを得ないというのが、今の日本ではないでしょうか。これは社会に安定と秩序をもたらすというメリットはありますが、平均から並はずれた個人の存在は、とかく疎まれるというデメリットがあります。いわゆる秀才と呼ばれる人は、その辺もわかっていますから、自主規制して平均からちょっと上くらいにいるようにすれば、世間は許してくれることも心得ているのでは。そうすると、知の探求の上で、問題の立て方が、本来の方向からずれてくるように思いました。
古代ギリシア、ローマに根源を置く、西洋の知の伝統は、常に「格闘」と関係していたのではないでしょうか。1000年近く続いた古代オリンピックに象徴されるように、西洋にとって知の探求は常に「知の格闘技」だったのでは。プラトンを読むと、まさにそんな感じがします。
もう一つ見逃せないのが、『聖書』です。西洋人なら誰でも知っている、旧約聖書創世記、神とヤコブの相撲の話。ヤコブは神の御使いと一晩中闘って勝利します。ヤコブはそれを祝福されてイスラエル(神に勝つ者。ユダヤ教の正統的な解釈では、これが逆転して、「神の勝利」だそうです)という新しい名前をもらいます。
ここにもう一つ、西洋の知の伝統の根源があるのでは。西洋は常に、神と知の格闘を演じることによって育まれてきたという面もかなりあると思いました。
ニーチェが「キリスト教は畢竟、大衆向けのプラトン主義である」と言ったのも、神とのすさまじい知の格闘の結果なのかもしれません。
そして西洋の知の深層には、「神に勝利して、神に祝福され、神の勝利を見たい」という、パラドクシカルな願いが潜んでいるようにも見えます。
これが西洋知の「エートス」を構成しているのか。すると、問題の立て方に「ぶれ」が生じないのでは。
茂木先生のお言葉を私なりに解釈すると、日本の知が今必要としているのは、目の前で実存的に闘う相手であり、その象徴が「欧米一流大学日本校」なのだと思いました。

今日は暑かったですね。一気に夏が来た感じです。
もっとも、この時期は不安定ですから、明日はどうなるやら。
どうかご自愛ください。

投稿: | 2008/05/24 0:04:57

先日、朝カルの講座で熱っぽく語られていた内容と重なり、
文章化されたことで、印象がより鮮明になりました。

ドメスティックな活躍で満足することなく、
常に世界に挑む姿勢を忘れない知識人、
その先陣を切るなかのお一人に茂木さんがいると信じています。

切れ味のよい言葉の数々、
きちんとキャッチできる教養と感性を身につけたいです。

投稿: | 2008/05/23 19:28:22

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