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2008/05/06

青空がその向こうの星雲を隠してしまうように

 地球の大気は、私たちの生命を
育んでくれる大切な存在。

 見上げると、青空が広がっている。

 太陽の光が散乱されて見える色。

 しかし、見方を変えると、大気の
スクリーンがあるために、その向こうの
宇宙が見えない。

 似たようなことは、生活の現場の中にも
あるように思う。

 身近なものに一生懸命適応するのは
人間の性というもの。
 環境といきいきと相互作用し、
感覚と運動を結びつけ、
 コミュニケーションし、
やりとりし、
 働きかけ、受け止める。

 そのようにして、人間の
脳は育まれていく。

 しかし、だからこそ、青空が
その向こうの星雲を隠してしまう
ように、
 ものごとの本質が見えないという
こともあるのではないか。

 遠くにあるもの。
 私たちの生活の現場の
こまごま、さまざまから隔たったもの。

 はるか彼方にある本質を
見逃さないように、望遠鏡を
抱いていたい。

 そんなことを考えていたら、
精神におけるexpatriateという
ことがありありと実感を持って
浮かび上がってきて、
 息を飲んだ。 

Ludwig Wittgenstein famously stated, at the end of his lengthy Tractatus Logico-Philosophicus (1921), that "Whereof one cannot speak, thereof one must be silent (Wovon man nicht sprechen kann, darüber muß man schweigen). The usual connotations assumed is similar to that of the "cognitive closure" argument by philosophers like Thomas Nagel and Colin McGinn. Namely, there are things that are in principle impossible to be expressed in terms of words, and therefore one must abandon all the effort to go beyond the linguistic limit, in an attitude of mature resignation. Walking down the street one day, it occurred to me that there could be another interpretation of this most famous of all the "last words". The thought seemed so absurd that I almost smiled to myself. But then it occurred to me that there were some truths in what my mind conceived, especially from the viewpoint of the philosophy of life. ([37])

5月 6, 2008 at 07:04 午前 |

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コメント

成長とは 心のフィルターを 自分色に変えてしまうことなのだろうか・・・?

 自分色・・・ それが 個性・・・なのだとしても・・

 いつも 色に染まったフィルターを通してだけ

 物事を見る癖のようなものがついている


 私のフィルターには <<客観性>> そのものが

 欠けているのだろうな・・・と

 先生の書物を拝読するたびに 感じる・・・


 子供のように 先入観無しで物事を見る

 目の前に広がる景色のその向こう側に広がる

 風景を想像する・・・


 そういう フィルターを再び手にできるようにするのには

 どうしたらよいのだろう・・


 どんな方法で 自分のフィルターを磨けばよいのだろう・・


 そんな思いにかられながら 眼前に広がる 白濁した空を

 ぼんやり眺めています・・・
 

投稿: エミ | 2008/05/07 12:32:39

『青空がその向こうの星雲を隠してしまうように』

すごく、詩的で美しい表現ですね。

谷川俊太郎さんの有名な詩「空の青さを見つめていると」を思い出して、
コメントを書いてみたくなってしまいました。

 
 空の青さを見つめていると

 空の青さを見つめていると
 私に帰るところがあるような気がする
 だが雲を通ってきた明るさは
 もはや空へは帰ってゆかない

 陽は絶えず豪華に捨てている
 夜になっても私たちは拾うのに忙しい
 人はすべていやしい生まれなので
 樹のように豊かに休むことがない

 窓があふれたものを切り取っている
 私は宇宙以外の部屋を欲しない
 そのため私は人と不和になる

 在ることは空間や時間を傷つけることだ
 そして痛みがむしろ私を責める
 私が去れば私の健康が戻ってくるだろう


中学生の頃、この詩を思い出しては何とはなしに悲しい気分に浸っていました。
よく意味も分からなかったのですが、ただ「帰るところ」のない、「拠り所」のなさに共感していたようにも思います。

今、茂木さんの文章を読んでこの詩を読み返してみると、谷川さんという人は、「大気のスクリーンのその向こうの宇宙」を見ていたのではないかと感じました。
「身近なものに一生懸命適応する」ことがむしろできずに、望遠鏡もなしに「はるか彼方にある本質」をとらえてしまうことの悲しさ。
人と違うことの、人と共感しえないことの悲しさ。
本質をとらえることのできない、とらえようとしない「人間」の悲しさ。
そういう、詩人の叫びだったのか、と感じました。

投稿: Yuko.P | 2008/05/07 1:16:02

こんばんは。

じぶんの名前の中には「文」という字が入っているのに。
なのに、
文章をつくることがヘタクソである。
感性を主に生きてきた者としては、月曜日のクオリア日記にうなだれる。
まさに仕事においてもタイムリーな内容でした、つながってしまいました。
シゴト仕事とコメントの中にも記入している様に思う自身。
多分これからも記入すると思われますが。


夜空を
見上げてみても、
今夜は星は見えない
わたしが、見ようとしていないのだろうか。

けれど茂木先生
今夜の風はきもちがよいです!。

投稿: 美容師 | 2008/05/06 22:23:02

先ほど投稿したコメントの続きです。

…ところでよく、世間一般で「物事の本質を見極めなさい」と言われることが多いが、いざやろうとすると、実際問題、けっこう難しい。

その、なかなか見えない「本質」を見極めるには、もっと色々なことを肌で覚えていかなくてはならないし、様々な知識という名の水を、自分の脳を海綿に見たてて、吸い込まなくてはならない…。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/06 19:09:42

以前にも言ったことがあることですが、私たちが少なくともクオリアをマニピュレートすることができる事実は、人工意識を作り出すことが可能であることを示唆しているのだと思います。でも、その過程を“言語”によって描写することができない。

投稿: s | 2008/05/06 18:20:46

こんにちは。はじめてコメントさせていただきます。
昨年秋ごろから常時興味深く拝見し、刺激や勇気や気概をいただいております。

生活の現場のこまごま、さまざまから遠く離れた彼方の本質を
見ようとすることもとても大切なことだと思いますが、
一方で、生活の現場のこまごま、さまざまの中にささやかに宿る、
吹けば飛んでしまうような手元の本質を見つめることも、
大事なことなのではないかと思いました。
適応のために生活の現場のこまごま、さまざまに追われていると
雲がかかってその本質が見えにくくなるような気がします。
もしかすると、彼方の本質と手元の本質は同じものだったりするのでしょうか。

投稿: yunta | 2008/05/06 16:21:15

連休最終日の朝、はやくに目覚めて、自宅のベランダから外を見たら、抜けるような5月の青空が、何処までも広がっていた。嗚呼、やっと5月らしい晴天にあいまみえた、そんな気分になりました。

大気圏が創り出す、この晴天の遥か向こうにある、煌く星団、小宇宙、まだ見ぬ恒星と惑星たちの存在を、広大無辺な宇宙を思い浮かべながら、一緒に夢想していたい、と思うことはシバシバあります。

日々のこまごました生活に追われてばかりいると、ものごとの本質とは何だろうと考える暇は、あとまわしになってしまう。

でもそんな時でも、茂木さんの思いと同じように、雑多な生活界の向こうにある「本当の何か」を見つめていきたいと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/06 13:20:12

誠実であること…自分の心に正直であること。


この言葉を 今日の日記の青空をみていて、風が吹いたときのように、フっと感じた。

今日の空は、どこまでも青。花や若葉の香りを感じながら、空を見た。
心のフィルターで星雲や宇宙を見てみたいな。

投稿: 奏。 | 2008/05/06 9:59:39

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