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2008/05/11

芸術の普遍性

生まれて初めて
意識して聞いたクラッシックは
ベートーベンのピアノ・ソナタ
『月光』だった。

5歳くらいだったろうか。
家にあったレコードを
聴いたのである。

湖水の上に月光が降り注いでいる
ような第一楽章にも魅せられたが、
最も心を惹かれたのは、第二楽章だった。

燃え立つような明るさ。
華やかな花が揺れているような。
それでいて、どこかに
寂しさへの気配を秘めている。

あの時のジャケットも
はっきりと印象に残っていて、
明るい緑の中にピアニストの
横顔があったように思う。

最近、『月光』を聴き直すと、
よくできているなと思う。

20世紀の映画音楽に見られるような
ロマンティズムのムードを志向する
ベクトルの萌芽は
あるが、その傾向が行きすぎない。

生命というものはバランスが
肝要である。
古典として残るものは、
結局はバランスが良い。

気分が垂れ流しになっている
現代の多くの作品は、結局、生命から
遠ざかっている。

エイベックスの中島浩之さんから
メールを頂いた。

From:Hiroyuki Nakashima
To:Ken Mogi
Subject: 17日のタワーよろしくお願いします
Cc: avex 岩瀬

お疲れさまです。

クオリア日記にも載せていただいた甲斐もあって、
好調に動いているようです。


すべては音楽から生まれる (1) 脳とクラシック 

すべては音楽から生まれる (2) 脳とシューベルト 

すべては音楽から生まれる (3) 脳とモーツァルト 


近々に、3枚あわせてですが、1万枚は超えると
思いますので、超えたら、出版社のみなんさんが、
日記に乗っけてもらってるみたいに、転載しても
らえそうな、少しかしこまったメールをいたします。

17日 16:00からのタワーレコード渋谷店での
イヴェントよろしくお願いします。
インタビュアーは音楽ライターの片桐卓也さんです。

また、今ごろ言うのもなんなんですが、17日は、
僕はイヴェントにいないのであります。
明日から、ベルリンに行
き、戻りが19日となりますので、
大変申し訳ないし、残念なんですが中島は
当日不参加。茂木さんのアテンドは
岩瀬が責任もってやらせていただき
ますので、よろしくお願いします。

岩瀬からもメール等するかもしませんので、
よろしくお願いします。

エイベックス 中島

ふりかえって不思議なのは、
自分の内側にあるパッション(受難=情熱)
の質は、5歳の時に『月光』を
聴いていた時と、今いろいろな
人生の経験を積んだ時点で未来を
想う時で、それほど変わらない
ということである。

もちろん、盛り込まれる実質は
違う。

5歳の時の私の頭の中は、
ピンに刺した蝶や、わた飴や、
5円玉や、どろんこ団子で
できていた。

45歳の私の頭の中には、
クオリアや、締め切りや、
グラフ理論や、夕方に口にするビールの
最初の一杯がある。

かくも長きにわたって、
私の胸の中には、月光の第二楽章の
気分が時折甦る。

芸術の普遍性とは、
何と素晴らしいものなのだろう。

The cut in the interaction connected firings of neurons is to define the border between the self and non-self. Sensory qualia, which are generated by neural firings outside the border, is experienced as vivid and salient by the self and represent the status quo of the outside world. Intentional qualia, on the other hand, are generated by cluster of neural firings involving a cross over the border, giving a more abstract and interpretation and intentionality laden Vorstellung, concerned directly or indirectly with the sensory qualia. The nature of the phenomenology of all participating elements of cognition is to be ultimately determined by the geometrical properties of the simply connected graph of neural firings that gives rise to the self at one particular specious moment. ([42])

5月 11, 2008 at 09:33 午前 |

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受信: 2008/05/13 7:43:10

コメント

人の感情とかじゃなくてね、天体が動いていく様や、万華鏡を覗いた時の幾何学的な美しさがいいと思うの。
私の笙の師匠が仰っていたことです。正確に覚えているか、正確に引用できているかは定かではありませんが。

投稿: hibico | 2008/05/14 4:13:15

垂れ流された気分は 遠くに見える 古典の生命に憧れてる

サーカスの子供は 苦手な綱渡りに 挑んでる
ゆらゆら揺れてる 細い綱
向こうで ママが 何か 言ってる
ポップコーンを頬張るベンチの女の子 
ゆらゆら揺れる私を 見てる
空には 蒼い白い お月様
向こうで ママが 何か言っている
テントの切れ目の お月様
向こうで ママが 待っている
また 見えた、
切れ端で ほら また 光ってる
ゆらゆら揺れてる お月様 

バランスの悪さは 不器用な懸命さの現れでしょうか
懸命ならば 時々の垂れ下がりも 許されるように感じます
残る生命に憧れる 不安定な気分たちも 許されたがっている

片手にビールを持ちながら 
ふーふーと 前髪を ひらひらさせ
月夜を眺める 先生の姿が 浮かびます 

今日も お疲れ様でした

肌寒い日もあります
お気をつけくださいませ

投稿: hi | 2008/05/12 23:37:37

おお!
タワーレコード渋谷店でイベントがあるのですね!
ラ・フォル・ジュルネで先生のご講演を聴くことのできなかった私には福音です!
是非参上したいと思います。

ちなみに私をクラシックに目覚めさせてくれた曲はドビュッシーのRêverieです。
こんなにも美しいものがあったのか、と胸を突かれました。
音楽に求めるものは人それぞれでしょうが、私は今も「美しさ」を求めて音楽を聴いています。

投稿: ちはる | 2008/05/12 23:22:36

茂木さん、こんばんは★
今日は珍しく日記の更新がなかったので、どうされたのかな~と、
少し心配しつつ再コメントしています★

パッションて、そういえば情熱以外に、受難という意味もあるのですよね~
なんだか表裏一体な言葉ですね。
情熱行き進むところに必ず受難はありますからねえ。

受難ていうと、悲劇っぽく聞こえますが、魂を成長させる砥石と捉えることもできますよね、光明的に考えれば。

自らの情熱に従い、そして砥石で鍛えてもらう!
私はほっとくと、悲劇の中に己の存在価値を見つける傾向があるので、
最近はもっと光明的に行こう!と修正かけてます。

今日は、8時頃、三日月が天頂に浮かんでいました。
土星も見えますよ★
来年は土星の輪が見えなくなるそうです。

茂木さん、金星を望遠鏡で見たことありますか?
金星って月みたいに満ち欠けしているんですよ。とても綺麗。

お忙しいかと存じますが、どうぞお体ご自愛くださいね。

投稿: ももすけ | 2008/05/12 23:06:51

なぜ、ピカソはデッサン力が優れているのに、あの絵画を産み出したのか?
岡本太郎画伯の「芸術は爆発だ!!」ととあるCMで叫んでいた。
岡本画伯がジミー大西氏に「キャンバスは、大地だ。キャンバスに捉われるな」とアドヴァイスされたそうだ。

5月11日で木梨憲武氏が5年ぶりに個展をするドキュメンタリーを見た。木梨氏が絵を描かれるなんて知らなかった。
どんな絵だろうと見ていたら、絵画の展示されている壁にも、絵を描き始めた。
テーマは「皆で手をつなぐ」という絵に即し、壁面までも芸術になった。

芸術はわからないが、パラミタミュージアムで池田満寿夫氏の般若心教
シリーズを拝見し「作者の表現したいというパッションを感じる心」
を持てば良いんだと、ストンと落ちた感じがしました。

作品から発するエネルギーを!

茂木先生の言葉は「詩」のように感じることがあります。
行間に茂木先生の伝えたいというエネルギーがある
音楽も作者の「魂」そのものだと思います。


投稿: 玉露 | 2008/05/12 12:06:43

私は四六時中モーツアルトばっかり聞いています!
'Eine kleine Nachtmusik
で、朝が始まります!
すると、朝の勉強時間にスーッと入れます!

投稿: ijimari | 2008/05/12 8:19:24

茂木さん、こんばんは★

生命にはバランスが肝要であり、
古典として残るものは、バランスがよい、

というお言葉、激しく同意しますッ

芸術でもどの分野でも、基礎にバランスのとれた知識・教養・人生観があれば、

それを土台に様々な分野で、優れていて尚且つ多くの人に喜ばれるものが作れると思うんです。

そのバランスのとれた教育をするのが義務教育だと思うのです。

もちろん、人には個性ありますから、
得手不得手はありますが、

それでも自分の軸を持ちながら、苦手な分野に多少知識があったり、

幅広く浅くでも多くの分野を知っていると、
自分のやっていることが広い視点から客観視できるのですよね。

古典に残る名曲を残した方々は、バランス感覚が優れていたのでしょうね。


だから、茂木さんのされていることや考え方ってとても大切。
と思うのでした。

ベートーベン月光の第2楽章はちゃんと聴いたことないので、今度聴いてみますね

投稿: ももすけ | 2008/05/12 2:36:48

私はベートーヴェンの生き方が好きです。
昔クラシックピアノをやっていたこともあり、
学校の図書館で借りた本に、
たまたまベートーヴェンの話が書いてあり、
「田園」を作曲したベートーヴェンが、
不自由な耳で「田園風景を心の耳で聞いて作曲した」という事が書いてあって、
とても感動しました。
あと、エリーゼのためにの作曲秘話とかも、共感出来ました。
かの手塚治虫さんが最後に描いたマンガが、
このベートーヴェンを描いたものでしたね。
手塚さんが執筆中にお亡くなりになったので、
絶筆になってしまったものですが、購入して大切に保管しています。
なんというか、手塚さんが「書き残したい」と思ったのが、
ベートーヴェンであった事は、
ご両者の「生きる事への執念」が見えた様な気がしました。
自分の中には情熱的な思想があっても、
社会が認めてくれないという様な感じでしょうか。
ご両者同じ運命、思想を歩んだのかなとも思いました。
私がスポーツをする時や、仕事に専念する時は、
音楽のリズムが頭の中にずっと流れている事が多いです。
何かをやり遂げたいと思う時、
「田園」が流れている事が多いです。
スポーツの大会当日集中の極限に達したときも同じです。

音楽にまつわる余談ですが、
私の好きなサザンオールスターズの桑田さんは、
最近出したソロナンバーの歌詞の中に、
私の大好きな人物、夏目漱石の「草枕」の冒頭を使いました、
「智に働けば角が立つ、情にさおさせば流される、兎角人の世は住みにくい」って(合ってるかな?)。
そして、好きなプロデューサー大宮エリーさんのNHK「サラリーマンNEO」には、
私の好きなアーティスト、ウルフルズの「ええねん」がエンディングに掛かっています。
好きな芸術作品は、様々なジャンルにおいてシンクロするって事に気が付きましたよ!

投稿: motoko | 2008/05/12 0:49:29

今日は月がきれいだね
そのように移りゆくものに愛を誓わないで
わたくし洗礼を受けて
名前をいただいたとしても
一神教にはなれないので
普遍な物へのあこがれはありませぬ
ただ走らないと間に合わない最先端より
黄ばんだ表紙の古い本が好きなの
あなたにより恩恵を受けているこの生命ですが
細胞も移りゆくので
季節も変わりゆき
心も移ろいゆくので
ずっと私を探していたの
変らないものを探しても見つからないので
ついに解剖してみたけれども
それでもそれはみつからなかったの?
私はどこにいるか教えてくださらない?

投稿: 迷える子羊 | 2008/05/11 23:41:57

茂木さん、おこんばんは。
録画していたグールドの番組をみました。
グールドの演奏はほんとうに大好き。軽やかで渇いていて吹きぬける風。でも強い。感情がある。それがあたしのココロを捕らえて離さない。
音楽のよさのひとつは聴く者のもとに直ちに降りてくるところだと思う。
あたしは活字中毒で、言葉を盲信しています。でもそれと同じくらい、言葉なんていらない、聞きたくないと思ってる。クラシックはそんなあたしの思いを満たし、健やかにしてくれる魔法。

投稿: 柴田愛 | 2008/05/11 20:23:56

投稿2度目で失礼します。

>生命というものはバランスが肝要である。

確かに、そう思います。


今の時代、どこかバランスがとれなくなっているようだ。人も、アートも、世界も。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/11 19:21:13

こんにちわ

(英語が苦手のためよろしくお願いします。)
寝ている時に見る夢は、覚えているか、覚えていないか別にして、脳の整理に必用なのかもしれませんね?


私が、初めて聴いたレコードは、ジェッターマルスや鉄腕アトム等のアニメ音楽全集でした。なぜか物心ついた時にあったのである。(^^)

投稿: アニメ音楽全集のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/05/11 17:56:12

ピアノソナタ『月光』は、私個人には第一楽章のイメージが強く、思い出すと、とても孤独な青年が、青くやわらかい月明かりの中で佇んでいる、という“絵”が浮かんでくる。


初めて、クラシックを聴いたのは、私の場合、何時のことだったのだろう?

…幼少の頃は、クラシックというよりも、その頃盛んに放映されていたTV特撮&アニメーション番組の主題歌のソノシートを、熱心に聞いていた記憶がある。

小学校にあがり、4年生になったくらいの頃、音楽の授業で『ピーターとおおかみ』(プロコフィエフ作曲)を聴いた。ただその頃は、これを“クラシック”と意識して聴いていなかったように思う。むしろ、のびのびと聴いていたようだ。

ところで…以前にも書いたことがあるかもしれませんが、音楽を聴く場合、私はジャンルを問わず、自らの「直感」で「これは!」と思ったものをチョイスして聴くというクセがあります。

初めてクラシックのレコード(中古品でした)を手に入れたときも、これだ!との直感が働き、聴いてみたら、とてもよかった。たしかロッシーニとプッチーニの楽曲集だと記憶している。

曲を聴いた時、イタリアのからりとした陽光の如き気分、駿馬が大地を勢いよく翔けて行くような颯爽さ…などなどが、ジャケットにあった白い家並みの目立つ風景写真と重なり、あたかも自分が現地の空気の中にいるような感覚になったのを今も、時折思い出している(と、書きつつ今、その音楽の断片が頭の中で響いている…!)。

その後も、直感に従い、初めて自費でシューベルト歌曲集のテープ(バリトン歌唱:ジェラール・スゼエ)を買い、「野薔薇」「魔王」「ます」など、馴染み深い歌曲を、ビロードのようにしなやかに歌うスゼエの歌声に魅了されながら、花と緑、そして古い家並みのイメージを思い浮かべたものだった。

それらの楽曲やTV主題歌を聴いたその時どきの気分が、何かのきっかけでふっと沸いてくるときがある。きっとその時聴いた気分と一緒に、自分の中で普遍的なものになっているのかもしれない。

ところで、今日の日記を読んで思うに、茂木さんはその「月光」のレコードを、おそらく毎日のように、すりきれるまでお聴きになったのではないか、と思われますが、音楽と言うものは…すりきれるくらいまで聴かないと、胸の中に何時までも残らないものかもしれませんね。


投稿: 銀鏡反応 | 2008/05/11 15:10:59

ここ最近の、私の心の声と驚くほど一緒で…。
びっくりしました!


…自身の人生を考えていくうえで、小さい頃思い描いていた思いは、ぶれず、(隠れて見えなくなっている事はあっても)絶えず何処かにあるもの。


気づくのが遅いか早いかはあると思うけれど…。

ちょうど今日は母の日。
小さい頃の思いに、ふと帰った。

懐かしく、ちょっとくすぐったい様な思い出。

投稿: 奏。 | 2008/05/11 14:37:47

”すべては音楽から生まれる”とても興味深く読ませていただいてます。(CDも聴きながら(〃⌒ー⌒〃))

長い時を経てもずっと捨てられることなく、大事にされてきた音楽、だからこそ持つ”クラシックの魅力”っていうものがあるんですね。
いや、その魅力があるからこそずっと大事にされていると言うべきでしょうか。

クラシック音楽を聴いていると、なんだか上手い説明は出来ませんが、とても心地良さや高揚感を感じられたりするのが気持ちよく、頻繁に聴いてはいました。
ただ、音楽的な知識も、クラシックの何たるかも知らないのに聴いていると、「分かりもしないのに良いなと想ってはいけない」ような敷居の高さを感じていました。

今回この本に出合わせていただいて、”分からないけど何かを感じる”ということを許されたような、むしろ”感じられることに深く没頭してみたい”楽しみが生まれました。

”クオリア”についてのお話しもはじめて拝見させていただいたのですが、もちろん”脳科学”なんて分野には無知な私でも、思わず「ああ~分かる~!!」と言いたくなるような分かりやすい説明に興奮してしまいました。

本を読ませていただきながら本当に興味深く、頭から・全身から何かが引き込まれるような感覚に心地よさを感じながら、ずっとわくわくさせてもらいました。

今後もさまざまなものを通じて拝見させていただくと思いますが、楽しみにしております。

有り難うございました。

投稿: 田淵規之 | 2008/05/11 12:57:51

茂木さん、こんにちは。
「芸術の普遍性とは、何と素晴らしいものなのだろう」
ほんとうに!!頷くばかり。
ラ・フォル・ジュルネに出会い、その思いは、より日常の中に感じられます。あたしの中に溶けこむ。混ざるというより溶け合うみたいな感じです。

5/17。タワレコのイベント、ひそかにチェックずみでした。ふふっ。楽しみにしています。

投稿: 柴田愛 | 2008/05/11 11:55:20

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