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2008/05/27

そうだ、これから海に行こう

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
所長の所眞理雄さんと議論。

イノベーションの進み方が、
今後どのように変化していくか
について。

おおっ!

と覚醒し、元気になるような
思考のダイナミクスに包まれる。

東京工業大学大岡山キャンパス。

研究室のゼミ。

田辺史子が、ラットに
おける「エピソード記憶」
が「今から何時間前」という
形で記銘されているか、
それとも「何時」という
形で記銘されているかを
解析する論文を紹介する。

Episodic-Like Memory in Rats: Is It Based on When or How Long Ago?
William A. Roberts,1* Miranda C. Feeney,1 Krista MacPherson,1 Mark Petter,2 Neil McMillan,1 Evanya Musolino1
Science Vol. 320. no. 5872, pp. 113 - 115 (2008)


田辺史子さん

人間は発達したエピソード記憶を
持つが、それがどのように
ゼロから構成されているのか
ということは興味深い問題である。

カレンダーや時計という概念は
後から「発明」されたもの。

脳が進化する長い歴史の中では、
カレンダーや時計といった
数字の目盛りなしで
エピソード記憶は記銘されなければ
ならなかった。

田辺が紹介したような
ラットの事例から、
私たちが確固たるものとして
信じているエピソード記憶の
基盤が逆照射される。

続いて、私の担当。

まずは、
Winners don't punish.
Anna Dreber, David G. Rand, Drew Fudenberg & Martin A. Nowak
Nature 452, 348-351 (20 March 2008)

を紹介。

自らがコストを引き受けつつ
非協力的な相手が損失を被るように
するcostly punishimentという
オプションを囚人のジレンマゲームに
付け加えた時に、
それが協力性を醸成することに
つながるかどうかということを
検証した論文。

結論としては、costly punishmentは、
coorperationやtotal payoff を増加
させない。
だとすれば、costly punishimentは、
協力を促すというのとは異なる
理由から進化して来たのであろう。

例えば、相手を支配するとか、
階層構造を作るとか。

続いて、Thomas PinkのFree will
(Oxford University Press)の
中から、自由意志と因果的決定論
の関係について、
Incompatibility theory,
Compatibility theory,
Libertarian theory,
Scepticism
を紹介。
決定的に重要なのは、自由意志の
概念が因果的決定論と両立しうる
という考え方で、
また、量子力学や力学系カオスのような
非決定論の導入が、
私たちが直観的に持っているような
自由意志の概念を導くわけではない
という論点。

これは、自発性に興味を持って
研究を続けている野澤真一クンの
ためにやったような解説だった。

野澤クン、荒野を目指してガンバレ!

続いて、件の野澤真一クンが、
Unconscious determinants of free decisions in the human brain
Chun Siong Soon, Marcel Brass, Hans-Jochen Heinze & John-Dylan Haynes Nature Neuroscience 11, 543 - 545 (2008)

を紹介。


野澤真一くん

野澤クンは、Benjamin Libetの一連
の研究にとても興味を持っているが、
この論文はfMRIによって、右左の
ボタン押しの前兆となる脳活動が
従来よりも前から起こっていることを
示したものである。

もともと、力学系的なセンスから
言えば、ある時点において右の
ボタンを押すか、左のボタンを押すか
という決定に寄与するパラメータは
butterfly effectに見られるように
ずっと以前の時点にも存在し得る。

fMRIのような粗い状態把握においては
たとえば十秒前に前兆が顕れると
しても、実質的な意味では
どれくらい遡るかわからない。

また、右左というlateralityが
関与する場合は今回のような
結果が得られるかもしれぬが、
よりgeneralな場合
(たとえば、野澤クンがよく
出す「そうだ、これから海に行こう」
と思いつくという例で言えば、
「これから海に行こう!」なのか、
「これから山に行こう!」なのか、
「海のものとも山のものともわからない」
脳活動がいつ分離するか)

いやあ野澤クン、この問題は実に
面白いね。

ソニーコンピュータサイエンス研究所に
戻る。

白石哲也さんが招聘して下さった
東北大学の曽良一郎先生から
さまざまな精神疾患と脳内伝達物質の
関係について興味深いお話を
うかがう。

曽良先生、ありがとうございました。

薩摩と長州の両藩が
明治維新の原動力となったのは、
どちらもイギリスを中心とする
西洋列強と直接交戦して
その実力を知ったことが
きっかけだった。

日本は、文化的にはまだ
鎖国しているような気がして
ならない。

日本のインテリが西洋列強と
本当の意味で直接交戦するのは
いつのことだろうか。

所眞理雄さんとお話したのは、
そのようなことだった。

Sometimes, the advancement of science is based on a very simple idea. On one occasion, the British evolutionist Richard Dawkins and the American philosopher Daniel Dennett was discussing the significance of the theory of evolution. Dennett remarked that in a sense Darwin's theory was greater than the theory of relativity of Albert Einstein, in that it could account for such a wide range of biological phenomenon starting from a set of very simple principles. Dawkins agreed, but then added that in order to bring about the revolution of Albert Einstein, you had to be pretty smart. On the other hand, with the benefit of hindsight, Darwin's revolution appears to be so easy to achieve. "I mean, any fool can think of it", Dawkins said.
It is indeed remarkable how the central idea of the theory of evolution, in which random mutation and natural selection take central positions, escaped people's attention for such a long time before Darwin. If you look back on the history of science, you encounter many similar cases. A very simple idea remains unnoticed for a long time. Science is about the awakening of dormant simple ideas.
[56BOS]

5月 27, 2008 at 07:12 午前 |

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コメント

これからの時代、この島国の知性たちは、西洋の知性と議論交戦するだけでなく、アジア…ことに中国や印度といった国々の俊英とも闘わなくてはならなくなるだろう。

優れたインテリジェンスの持ち主は、総合的な教養を身に着けているとともに、己の中に確たる人生哲学を秘めている筈だ。このような人がたぶんきっと、西洋や新興国の知の精鋭たちと、対等に遣り合っていけるのかもしれない(甘い考えかもしれないが)。

そしてそのような俊英が、今のこの島国世界の中にも必ずいるはずだと、おぼろげながら思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/06/01 2:14:58

コチラでお話しするほどのことでも、おそらくないんですけれど…

先ほど目覚めてから、気になることが2~3あって
コチラの記事をゆっくりと読んでおりました。


「展望(的)記憶」でしたか…そのことや
「内言語と外言語」や「意識と無意識の間」
⇒言うなれば「半意識」とでも名づけましょうか。
それは、グラデーションになっているのか、
やはり小さい(または大きい?)ステップがあるのかしら…などなど。

遠藤さんのコメントにあった「科学の終焉」は
今度読んでみようと思いました!

(意味不明に思われたら・・・という懸念を振り払って送信します。)

では!

投稿: 風待人 | 2008/05/29 6:14:59

こんばんは茂木先生。


ほうっておいたら物事は、見えてくる時がある。

いつも寝る間際。
クオリア日記へコメントしようと、
思考をめぐらせているうちに...コメント画面のまま文脈も途中なのに、
朝に...。


シンプルな思考のままに行動することは、
あんがいと難しい。

まったく、ほうっておくのではない。
気にしつつ、ほうっておく。

物事がよいものであるのなら、動くときはすんなり行くものです。
ほうっておいてる間は、平均的にすごせるものです。

平均的でシンプルな要素、
美人の定義にもあてはまるかな!

投稿: | 2008/05/28 2:44:17

Libetの結果を初めて知ったとき、自由意志は幻想か、錯覚かと衝撃を受けました。しかしよく考えてみると、その衝撃の原因は、ミクロとマクロの誤謬にあるのでは、と思い至りました。ミクロ的には自由意志は錯覚なのかもしれませんが、マクロ的には、人の運命は因果決定論的に定まっているものではないことも確かなのでは…。小数点以下のごくわずかな差異によって、最終的な位相が予測不可能となるように、運命も定まっていないように見えます。
では、自由意志とは? 熱いやかんにうっかり触れると、反射的に手を引っ込めます。これは生存に欠くことのできない動作であり、自由意志による選択の余地はないように思えます。逆に、脳の中でLibetの結果と反対のことが起きていれば、大やけどは避けられない。私たちの生存を、基本的なところで保証してくれるのが、Libetの結果なのでは…。
人の脳が、動物にはない過剰なredundancyの賜ならば、自由意志はredundancyの1つなのでしょうか。そして自由意志は、「カオスの縁」にあって、因果決定論的航路や、カオスへの航路を避けるよう照らしてくれる「灯台」のような役割をはたしているのか…。灯台の光はクルクル回っていますから、ときどき細かい航路が見えなくなり(Libetの結果)、それでも全体としての航路(自由意志)は保証されているのかな、と妄想しました。

「知的鎖国」で思い出したのが、ジョン・ホーガン『科学の終焉』です。何人もの世界的な科学者がホーガンの考えを変えさせることができなかったのですから、これは『西洋科学者の終焉』の始まりなのかと思いました。とすると、日本の知的鎖国の終焉も近いのでは…。

投稿: | 2008/05/28 1:27:42

<any fool can think of it>。
華々しくいろんなことを思いつける人は多いが、説得できるような壮大な体系にに仕上げることができる人は、ほとんどいない。
鍵はそれを本当に大切と思って体系化を進める本当の情熱であると思う。

ドーキンスの本など、内容もさることながら、その展開の執拗なことに感動する(ある意味疲れる)。なぜ、あのような膨大な知見の要約ができるのだろうか。桃太郎侍のように、許せぬ敵を斬リまくる様は鬼気せまる。simple ideaを冒涜する輩は許せないのだろう。「第二芸術」に浸っている暇はないようだ。

投稿: | 2008/05/27 23:41:18

因果法則について考えてみました。私は自発性・自由意志を考える前に、自然言語的に用いられている因果法則に欠陥があるのではないかと疑ってみるべきではないかと思います。

ここに、存在している円「○」があります。我々は、この円が何故存在しているかということに容易に答えることができます(”まる”を変換して作成した等)。
しかし、この「○」の外周を構成している線分がどこから書き始められたのか?と問いかけはどうでしょうか。われわれはその問いに答えることができませんが、その問いは問いとして間違っていることを指摘することはできます。

私達は、因果法則について、これと同じような間違いを犯している可能性はないでしょうか?

時間がなぜ過ぎ去らねばならないかを数学で計算できないのと同じ理由で、因果法則がなぜ成立しているのかということを因果法則で記述することはできないように感じます。

しかし、私には、うまく説明できないのですが、なんか言語にとらわれてしまって、大切なものを見落としているようなそんな気がするのです。

投稿: | 2008/05/27 18:48:56

茂木先生、この間は相談にお応えいただきありがとうございます。

今回の中に出てくる、東北大の曽良先生の「さまざまな精神疾患と脳内伝達物質の関係」についての内容を知りたいのです。

もし、書籍や論文が出ているなら、教えていただきたいです。

お忙しいのにすいません。時間のあるときでいいので、よろしくお願いします。

投稿: | 2008/05/27 15:14:40

海というと、癒しのイメージ。
夏場の盛っている頃ではない方が、ピッタリくる。

潮風と波の満ち引き。
来ては かえす。
月の影響を感じとれる一瞬。
来ては かえる。
こんな波の戯れと音、潮風が心地いい。。


山は緑が映えて、空気もおいしくて。
少し早めに起きて、澄んだ空気を身体中にとりいれる。。

自然を感じられるからコソのリフレッシュ法なのかもしれない。

投稿: | 2008/05/27 14:01:01

こんにちわ

「明日は海に行く日だ」と、エピソード記憶を突然思い出す時、その前に脳の部位が働いていると考えると、たとえば、「一週間後、テストだ」「昨日、美味しい焼肉を食べた。」「今日は朝ごはん食べてなかったな。」等等、いろいろな記憶があるとします。
しかし、人間は多くの事を同時に意識化することが出来ません。そのため、無意識上にあるエピソード記憶の流動化を行いクルクル回し、タイムリーなエピソード記憶を引き当てるようにしているのではないでしょうか?

また、記憶の流動性を引き出すため、熱力学、量子力学、力学系カオスと、関係しているかもしれませんね?

記憶の流動性で突然エピソード記憶を思い出した時、「これは重要」、「これは不要」と判断する自由意志はあると思います。

投稿: | 2008/05/27 9:45:51

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