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2008/05/31

『トゥープゥートゥーのすむエリー星』

茂木健一郎 作
井上智陽 絵

『トゥープゥートゥーのすむエリー星』

毎日新聞社

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私が23歳の時に、毎日小学生新聞に
連載されたSF童話です。

全体が高層ビルに覆われ、
地面がなくなって未来の地球に
住むまさおが、ジャングルだらけの
エリー星に旅立ちます。

そこで会う不思議な動物、
トゥープゥートゥー。

トゥープゥートゥーには、なにか
重大な秘密があるようなのです。

腕利き記者、のりこと解き明かす、
その秘密とは。

イラストを描いて下さったのは、
毎日小学生新聞連載時と同じ、
私の小学校、中学校の同級生の
井上智陽。

http://white.ap.teacup.com/chii/ 
どこかなつかしい、
「明るい未来」を描いた
元気になる童話です。

ぜひお読みください!

茂木健一郎拝

5月 31, 2008 at 10:06 午前 | | コメント (4) | トラックバック (1)

花に埋もれた島

五島列島には、「隠れキリシタン」
の取材に行った。

降り立つと同時に、独特の空気に
包まれる。

沖縄とも違う。九州本土とも
違う。

土地の精霊が迎える。

地図を見ると、五島列島は、
もう少し海面が下がったら
つながってしまうような、
不思議な形をしている。

氷河期には行き来できたのだろう。

そのような過去の幻に魅せられる。

同行は、小学館「和楽」編集部の
渡辺倫明さんとライターの橋本麻里さん。

まずは腹ごしらえと、
五島うどんがおいしいという
「うま亭」に向かう。

五島うどんは、「日本三大うどん」
の一つだという。

歩きながら、
渡辺さんに軽口を叩く。

「五島うどんが、日本三大うどんの一つだと
言うことは、あとの二つは・・・」

「稲庭と讃岐でしょう。」

「おいしいんだろうけど、大胆だなあ。
五島うどんが日本三大うどんだというのは・・・」

ふと見ると、橋本麻里さんが
歩いているので、思いついたことを
つい言ってしまう。

「たとえば、世界三大美人が、クレオパトラ、
楊貴妃とハシモトマリだというような
ものですね。」

橋本麻里さんが、すかさず切り返す。

「あるいは、世界三大科学者が
アインシュタイン、ニュートン、そして
茂木健一郎だというようなものですね。」

やられた。橋本麻里の機知にやられた。


美人で機知にあふれた橋本麻里さん。

椿油が練り込んであるという
五島うどんは、本当に美味しかった。

これならば、日本三大うどんの看板に
偽りなし!

ご馳走さまでした。

ぼくは、五島を本当に好きに
なってしまった。

最初に訪れた堂崎教会は、
美しい海岸にあった。

明治維新になり、禁教令が
解かれ、訪れたフランス人宣教師によって
隠れキリシタンたちが「発見」される。

そして教会が建てられる。

おそらく、風景の美しい場所に
感じるところがあって
建てたのだろう。

五島には、至るところに入り江がある。

これならば、隠れキリシタンたちが
潜む場所はたくさんあったことだろう。

湖かと思うような水域が、複雑に
形づくられた湾なのだ。

かつて、遣唐使が最後に寄港した
島。

文明の十字路である。

かくも長い間、
ひそかに隠れて信仰を守ってきた
人たちは、一体、どのような精神世界を
見ていたのだろう。

宿泊は荒川温泉。

宿には内湯と外湯があり、
外湯には地元の人も来る。

漁師の人たちも汗を流す。

和泉丸 共和丸 幸恵丸

漁船の名前が書かれた洗面器が
並べてある。

灯台を見に行った。

周囲に、クマンバチがたくさん飛んでいる。

どうやら、テリトリーを守ろうと
しているらしい。

ブーン、ブーン、ブーン。
ブブブブブーン。

他の個体がやってくると、
猛然とジグザグ飛行して追い出そうとする。

クマンバチたちの空中戦。


飛行するクマンバチ

ボクは人間なので、相手にされない。

ところが、渡辺倫明さんは、
「追い回されてひどい目に合いましたよ」
と言う。

あらためてしげしてと渡辺さんの
顔を見ると、なるほど、クマンバチに似ている。
仲間だと思ったのだろう。


クマンバチに仲間だと思われた渡辺倫明氏

至るところ、花があふれている。

教会のマリア像の下にも、
お墓にも。

花に埋もれた島、五島。

また戻っていきたい。

東京。蔵前の筑摩書房へ。

国際ブックフェア用に、
筑摩書房から出版されている
『意識とはなにか』『生きて死ぬ私』
『思考の補助線』にサインをする。

ちくま文庫編集長の豊島洋一郎さん、
伊藤笑子さん、そして言わずと
しれた「タケチャンマンセブン」
こと増田健史とそば屋で飲む。

例によってタケチャンマンセブンと
激論になる。

豊島洋一郎さんは、にこにこと
余裕の表情で、的確な言葉を
差し挟んでくださる。

豊島さんは増田健史と
時々飲みにいって、
怪気炎を「そうか、そうか」と聞いて
下さっているらしい。

「いつも増田がお世話になり、
もうしわけありません」
と頭を下げた。

伊藤笑子さんが、『トゥープゥートゥーの
すむエリー星』を持っている。

「あれ、なんで持っているんですか?」

「売っていたんで、買ってきたんです。」

「そうか、もう本屋に並んでいるのか。
アリガトウ!!!!!」

イトウエミコさん、トゥープゥートゥー
買ってくださって、ありがとう!

本当に、
楽しい時間を過ごしたヨ。

隠れキリシタンのクオリアが
忘れられない。

いつの時代でも、
多数派というものは無神経で
横暴なものである。

それでもひそやかに咲く花は、
本物の花だよ。

そうだよね、タケちゃん。

When I was a kid, the grownups would often ask what kind of job I wanted to do in the future. From the very early days that I can remember, the only thing I wanted was to become a scientist.
I think it was a mixture of miscellaneous influences. For one thing, I started to collect butterflies "professionally", being guided by a university student who majored in entomology. My mother "introduced" me to the student (Mr. Aoki) when I was about 5 years old. It was the first of many "introductions" that my mother would do for me. As a consequence, I was very much interested in how creatures lived in nature, often oblivious of the passage of time as I tried to capture the butterflies of my dreams. For another, it was the time of the great excitement of the first landing on the moon by Apollo 11. Science and technology in general was considered great, and I was under a clear influence of that particular Zeitgeist.[59BOS]

5月 31, 2008 at 09:56 午前 | | コメント (20) | トラックバック (5)

2008/05/30

五島列島

に来ています。

ネットがなかなか通じません。

良いところです。今日の夜帰ります。

5月 30, 2008 at 09:13 午前 | | コメント (9) | トラックバック (3)

2008/05/29

脳と日本人 3刷

松岡正剛 茂木健一郎   
『脳と日本人』 文藝春秋

は増刷(3刷、累計1万2000部)
となりました。
ご愛読に感謝いたします。

文藝春秋の大川繁樹さんからいただいた
メールです。

From: "okawa"
To: "'Ken Mogi'"
Subject: 文藝春秋・大川です

茂木健一郎さま

 ごぶさたしております。
 「脳と日本人」ですが、このたび、
3刷り2000部(累計12000部)が決まりまし
た。「脳を活かす勉強法」などのご著書の売れ行きと
くらべれば小さな部数ではあり
ますが、まだまだ、じわじわと浸透していることは
うれしいことです。ありがとうございます。
 私事ですが、昨日ウィーン・フォルクスオーパーの
「こうもり」に行って、幸せな思いに包まれました。
これはやはりヨハン・シュトラウスの天才が横溢した作品だと
再認識しました。あのマーラーが好んで指揮していたという
話を読んで、納得させられます。どんな厭世主義者をもさえ
陶酔させてしまう楽しさというものがあるものですね。
この楽しさに比べれば、現代日本のあちこちに溢れている
「楽しさ」というのがどうにも浅薄で馬鹿馬鹿しく見えてしまう、
ひねくれものの私です。また、なんといっても、ワーグナー歌手
ルネ・コロが70歳の年齢をものともせず、アルフレート
役で名唱をきかせてくれたのはうれしいことでした。
 それでは、これから梅雨ですが、どうぞお元気でお過ごしください。

文藝春秋・大川繁樹拝

http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/69/71/9784163697109.shtml 

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5月 29, 2008 at 09:40 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

炎(fire)

早稲田大学国際教養学部の授業。

Richard DawkinsのThe Gold Delusionを
引き合いに出して、
神あるいは絶対的な自然法則は
存在するのかという問題を、
自由意志の関係において、
Benjamin Libetの実験を引用しつつ
議論した。

サントリーホール。

東京フィルハーモニー交響楽団の
プッチーニ生誕150年ガラ・コンサート。

リハーサルには、独特の
雰囲気がある。

皆、思い思いの色とりどりの服で、
本番と違わぬ音を奏でる。

ダン・エッティンガーの指揮は
踊るよう。

7年間オペラ歌手をやっていた
と後ほど知った。

舞台は、私が4回ほどステージに
出て、マエストロや歌手たちに
話を聞くという形で進行していく。

韓国出身のハ・ソクベさんは、
「胸からわきあがる炎」
で歌うのだと言った。

炎(fire)。

これこそが、昨晩を記述するにふさわしい
言葉だったのではないか。

私は、時々出たり入ったりしなければ
ならないので、
ずっと舞台のそでで聴いていた。

ダン・エッティンガーは、
「トリスタンとイゾルデ」の
「前奏曲」と「愛の死」を
指揮する直前、
This is such a treasure
と言って舞台に出ていった。

シュー・チャンさんが出ていく前に
「ブラボー、ブラブラボー」
と発声を試したり、
腰越満美さんがすっくりと
立って身体のすみずみまで
調整するかのように
細かなしぐさをしたり。

福井敬さんは理論家。
ヴェルディとプッチーニの違いを
端的に説明し、
プッチーニが、いかに
よく舞台を知っていて、
観客がここで何を求めるか、
どれくらい経つとそろそろ
解放してほしいと思うか、
しっかりと把握しているのだと
語って下さった。

ダン・エッティンガー
と東京フィルの共演はこれで
10回目。

ダンにとっては、東京フィルは
家族のようなものだという。

コンサートマスターの青木高志さん
は、マリオ・デル・モナコ
と出会ってオペラを愛するように
なり、音楽の道に進んだ。

シンフォニーとオペラのバランスを
とることが、指揮者にとっても
オーケストラにとっても大切だと
ダンは言う。

最後に、「アジア三大テノール」
であるハ・ソクベ、シュー・チャン、
福井敬さんがトゥーランドットから
Nessa Dorma(「誰も寝てはならぬ」)
を一緒に歌い、
アンコールでフニクリ・フニクラを
熱唱する。

東京フィルの村尾真希子さんが
言っていらしたように、
何か今まで感じたことがないものが
動いた夜だった。

打ち上げの席で、
ハ・ソクベさんと
腰越満美さんがイタリア語で
語り合っているのを心地よく聴く。

オペラの世界では、イタリア語が
共通語なのだそうである。


リハーサルの際に、ダン・エッテンガーと。


終演後、記念撮影。
今回のコンサートに対して特別協賛
して下さった株式会社マルハンの韓昌祐会長夫妻の姿も。

(photos by Atsushi Sasaki)

In his paper published in the Mind ("The unreality of Time", 1906), The English philosopher J.M.E. McTaggart discusses the great difficulty when we try to reconcile the phenomenology of time as we know it with the convention in the scientific community to represent time in terms of real number along the t-axis.
Memory extends the relevance of time into the distant past. In the case of human beings after the dawn of civilization, in which the written records can tell us things of ancient times, the relevance of time is extended towards the past. When it comes to predicting, humans sometimes can or at least try to predict things in the future, although the existence of chaos makes this in practice and in principle difficult. From the point of view of the functional significance of time for the biological systems, however, only the properties in the vicinity of the "specious present" (William James) [58OOC]

5月 29, 2008 at 09:23 午前 | | コメント (7) | トラックバック (5)

2008/05/28

脳を活かす勉強法 25刷

茂木健一郎
『脳を活かす勉強法』 
PHP研究所
は、重版(25刷、累計51万1000部)
が決まりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんから
のメールです。

From: "木南 勇二"
To: "茂木 健一郎"
Subject: 脳を活かす勉強法51万1千部【PHP木南】

茂木健一郎先生

お世話になります。

『脳を活かす勉強法』は25刷、1万部が増刷となりまして
累計51万1,000部となりました。
誠にありがとうございます。
長期間でのランキング入りです。

本日5/27発表のトーハン週間ベストセラー8位
http://www.tohan.jp/bestseller/new.html

昨日5/26発表のオリコン週間ランキング5位
http://www.oricon.co.jp/rank/ob/

日曜日の夜、風邪気味で寝ていて
たまたま「プレミアA」を見ていたところ
茂木先生のお姿が!
茂木先生もご無理なさらぬようお体に十分に
ご自愛くださいませ。

と言いつつ、仕事の話をしてしまいますが…。

弊社に来られた際に、次回作『脳を活かす仕事術(仮)』の原稿が
まとまりましたのでお渡しさせていただきたく存じます。
前作以上に、充実した生命力が漲る、つくりになっております!

PHP 木南拝

http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-69679-9

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5月 28, 2008 at 08:41 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

沸騰バー

プッチーニ・ガラの
打ち合わせのために
オペラ・シティに行き、
ダン・エッティンガーに会った。

話し始めて1分くらいで、
「この人とはとても気が合う!」
とわかった。

ルーマニア生まれの両親の下、
イスラエルで育てられたという
ダン。

「プッチーニが好きだ。なぜならば、
ワグナーに似ているから」

「ワグナーを演奏する時は、モーツァルト
のように。モーツァルトを演奏する時は、
ワグナーのようにやるんだ。二人の音楽の
間には、一般に考えられている以上の
結びつきがあるからね。」

ダンは、先の新国立劇場での
カール・マリア・フォン・ウェーバーの
『魔弾の射手』の指揮を担当した。

学芸大学附属高校2年生の時、
学園祭(「辛夷祭」)で
皆で『魔弾の射手』を
上演し、ぼくは照明を担当した。

総合演出は、何回かこのブログでも
天才、和仁陽だった。

そんなことを思い出しながら、
ダンに、「魔弾の射手はどうだった?」
と聞くと、
「最初は、好きじゃなかったんだ」
と言う。

「指揮をしていても、これはワグナーじゃない、
これはワグナーじゃない、とそればかり
考えていたよ。でも、そのうちに、
独特の魅力に気づき始めたんだ。」

オーケストラのリハーサルを、
最初の30分だけ見学した。

ワグナーの
『トリスタンとイゾルデ』から、
前奏曲と愛の死。

冒頭、チェロの印象的な
旋律。

密かに愛する人を見上げる、
そのまなざしの運動がはっきりと
伝わる。

最初の数小節で、
この作品が歴史に残る一大傑作だという
ことが胸にしみる。

やがて、来る
オーケストラの演奏のみの
「愛の死」。

自然と内側からことばが甦る。

In des Welt-atems Wehenden All
Ertrinken, versunken.
Unbewusst hochste Lust

世界の万有のため息の中に
飲み込まれ、沈み
意識することもない、最高の喜びよ。

http://www.youtube.com/watch?v=RLoHcB8A63M 

http://www.youtube.com/watch?v=Jby6AaCj1K4&feature=related 

ジョージ・バーナード・ショウは、
仕事机の上にいつも
『トリスタン』の総譜と
マルクスの『資本論』を置いていたという。

NHKにて、「プロフェッショナル 仕事の
流儀」の打ち合わせ。

釧路湿原で野生動物専門の
獣医をしている
齊藤慶輔さんのVTRを見ながら、
いろいろとお話しする。

取材を担当したのは、
NHK札幌放送局の
宮川慎也ディレクター。


「住吉美紀さんの向こうに見える宮川慎也さん」

人間世界と野生の関係について
考える。

山口佐知子さん(さっちん)が、
いつにも増してドレッシーな姿で現れた。

柴田周平デスク 「さっちん、今日は一段と」
さっちん 「エヘヘ」

「パパザウルス」の収録。

おにぎりをむすんだ。

スタッフの人たちがいらっしゃる
部屋は、とても眺めがよく、
わきあいあいとした雰囲気が
漂っていた。

編集の天才、小林幸二さんに出会う。

「あっ、茂木さん」
「あっ、小林さん」
「この部屋は何ですか?」
「ここで、小池耕自さんと『沸騰都市』
のドバイの編集ををしていたんですよ。」
「そうか。あの番組、評判ですよねえ。」
「いやあ。」
「この前、メールで、バーのことを
書いていましたよね、小林さん!」
「ええ。ぼくの行きつけのバーなのです。」
「今度行きましょう!」
「沸騰バーだあ!」


小林幸二さん

「中央公論」
「新・森の生活」の原稿を
井之上達矢さんに送る。

さっそくメールをいただいた。

From: 井之上達矢
To: "Ken Mogi"
Subject: 中央公論の井之上です。
Date: Tue, 27 May 2008 20:26:19 +0900

茂木健一郎様


原稿間に合いました!
お忙しい中、
ありがとうございました!

今回の
「自由意志と因果律決定論は両立するか」
というテーマは、
これまでの著書でも言及されておりますが、
まだまだ
掘り下げることができそうですね。
茂木さんの書きっぷりを見ても、
他のテーマ以上に
「紙幅が許せばいくらでも感」が強かったように思います。

「選択の自由(と私たちが認識しているもの)」の背後にある
「人間原理(というより宇宙原理?)」が、
実は、
「選択の自由」のど真ん中を串刺しにしている、
という指摘は、
この原稿では
さらっと書かれていましたが、
かなり“恐ろしい”ことですよね。

「私たちは自由意志を持っている」と感じることは、
私たちが人間らしく生きるために必要であるが、
「そう私たちに感じさせている何か」
もしくは
「そう私たちに感じさせている原理」
があると。

ただ
そこを見つめないと
「現代」に行き詰まり感からは
解放されないということでしょうか。

無駄だ、という意味ではない、
「現代版神学論争」を
乗り越えるべき時なのかもしれませんね。

次に「神が死ぬ」のはいつなのでしょうか。

スケールの大きな
原稿本当にありがとうございました!!


中央公論新社
雑誌編集局「中央公論」編集部

井之上 達矢

One pragmatic way to look at the mind-brain problem is through the coding of information. The fact that the physical and psychological time do not coincide is a testimony of the coding principle adapted by the brain. In the generation of each quale, there is a non-trivial mapping from the physical space-time onto the psychological space-time, through which the coding of information by neural activities is realized.
One crucial difference here from the conventional coding of information in computers is that there is no look-up table to refer to. Even if there is to be a look-up table, that needs to be embedded in the dynamics of the neural network itself, not as a separate entity as in the case of digital computers developed by humans.
The failure of the present day computers to handle semantics successfully is attributable to the lack of a coding scheme as is adapted by the human brain. Understanding how the mind relates to the brain thus becomes a central issue in understanding information coding in the cortex and devising practical applications of its principles. [57OOC]

5月 28, 2008 at 08:33 午前 | | コメント (10) | トラックバック (4)

2008/05/27

プッチーニ・ガラ!

マルハン創立50周年記念
プッチーニ生誕150年 ガラ・コンサート
~アジア三大テノール×歌姫~

指揮:ダン・エッティンガー
テノール:福井 敬(日本)
テノール:シュー・チャン(中国)
テノール:ハ・ソクベ(韓国)
ソプラノ:腰越 満美
スペシャル・ゲスト:茂木 健一郎(脳科学者)

ヴェルディ/歌劇『運命の力』序曲
プッチーニ/歌劇『ラ・ボエーム』より “冷たい手を”
プッチーニ/交響的奇想曲
プッチーニ/歌劇『トスカ』より
   “妙なる調和” “この世に喜美の美しい瞳ほど”
   “歌に生き、恋に生き” “星は光りぬ”
ワーグナー/楽劇『トリスタンとイゾルデ』より
   “前奏曲と愛の死”
プッチーニ/歌劇『マノン・レスコー』より “なんとすばらしい美人”
ヴェルディ/歌劇『群盗』序曲
プッチーニ/歌劇『蝶々夫人』より
   “愛の二重唱「夕暮れは迫り」”   “ある晴れた日に”
プッチーニ/歌劇『トゥーランドット』より “誰も寝てはならぬ”

2008年5月28日(水)
サントリーホール

http://www.tpo.or.jp/japanese/calendar/200805.html#0528

http://www.cnplayguide.com/stc/CNI16047.html

5月 27, 2008 at 09:05 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

プロフェッショナル 高嶋由美子

プロフェッショナル 仕事の流儀 

人は強い、希望は消えない
~ 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ウガンダ・リラ事務所長 高嶋由美子 ~

高嶋さんのお話をうかがって、
難民キャンプというのは
人の生命力がもっとも輝く
場所なのだということを学んだ。

昨日まで社長だった人。
大きな家に住んでいた人。
地域社会の中で、濃密な
人間関係を築いていた人。

突然何もかも失って、
裸一貫となる。

他の人たちといっしょに
難民キャンプで暮らす。

そのような「ゼロ」の状態
において、むくむくと
わきあがってくる人間の力。

難民という、この地上に
時折訪れる過酷な運命に向き合う
ことは、私たち自身の生命を
育む上でもどうしても必要な
こと。

高嶋さんの笑顔を見て下さい!

そして、元気になってください!

NHK総合
2008年5月27日 22:00〜22:45

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
すべてを失ってなお輝く生命力
〜 国連難民高等弁務官事務所 ウガンダ・リラ事務所長・高嶋由美子 〜
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

5月 27, 2008 at 07:18 午前 | | コメント (9) | トラックバック (5)

そうだ、これから海に行こう

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
所長の所眞理雄さんと議論。

イノベーションの進み方が、
今後どのように変化していくか
について。

おおっ!

と覚醒し、元気になるような
思考のダイナミクスに包まれる。

東京工業大学大岡山キャンパス。

研究室のゼミ。

田辺史子が、ラットに
おける「エピソード記憶」
が「今から何時間前」という
形で記銘されているか、
それとも「何時」という
形で記銘されているかを
解析する論文を紹介する。

Episodic-Like Memory in Rats: Is It Based on When or How Long Ago?
William A. Roberts,1* Miranda C. Feeney,1 Krista MacPherson,1 Mark Petter,2 Neil McMillan,1 Evanya Musolino1
Science Vol. 320. no. 5872, pp. 113 - 115 (2008)


田辺史子さん

人間は発達したエピソード記憶を
持つが、それがどのように
ゼロから構成されているのか
ということは興味深い問題である。

カレンダーや時計という概念は
後から「発明」されたもの。

脳が進化する長い歴史の中では、
カレンダーや時計といった
数字の目盛りなしで
エピソード記憶は記銘されなければ
ならなかった。

田辺が紹介したような
ラットの事例から、
私たちが確固たるものとして
信じているエピソード記憶の
基盤が逆照射される。

続いて、私の担当。

まずは、
Winners don't punish.
Anna Dreber, David G. Rand, Drew Fudenberg & Martin A. Nowak
Nature 452, 348-351 (20 March 2008)

を紹介。

自らがコストを引き受けつつ
非協力的な相手が損失を被るように
するcostly punishimentという
オプションを囚人のジレンマゲームに
付け加えた時に、
それが協力性を醸成することに
つながるかどうかということを
検証した論文。

結論としては、costly punishmentは、
coorperationやtotal payoff を増加
させない。
だとすれば、costly punishimentは、
協力を促すというのとは異なる
理由から進化して来たのであろう。

例えば、相手を支配するとか、
階層構造を作るとか。

続いて、Thomas PinkのFree will
(Oxford University Press)の
中から、自由意志と因果的決定論
の関係について、
Incompatibility theory,
Compatibility theory,
Libertarian theory,
Scepticism
を紹介。
決定的に重要なのは、自由意志の
概念が因果的決定論と両立しうる
という考え方で、
また、量子力学や力学系カオスのような
非決定論の導入が、
私たちが直観的に持っているような
自由意志の概念を導くわけではない
という論点。

これは、自発性に興味を持って
研究を続けている野澤真一クンの
ためにやったような解説だった。

野澤クン、荒野を目指してガンバレ!

続いて、件の野澤真一クンが、
Unconscious determinants of free decisions in the human brain
Chun Siong Soon, Marcel Brass, Hans-Jochen Heinze & John-Dylan Haynes Nature Neuroscience 11, 543 - 545 (2008)

を紹介。


野澤真一くん

野澤クンは、Benjamin Libetの一連
の研究にとても興味を持っているが、
この論文はfMRIによって、右左の
ボタン押しの前兆となる脳活動が
従来よりも前から起こっていることを
示したものである。

もともと、力学系的なセンスから
言えば、ある時点において右の
ボタンを押すか、左のボタンを押すか
という決定に寄与するパラメータは
butterfly effectに見られるように
ずっと以前の時点にも存在し得る。

fMRIのような粗い状態把握においては
たとえば十秒前に前兆が顕れると
しても、実質的な意味では
どれくらい遡るかわからない。

また、右左というlateralityが
関与する場合は今回のような
結果が得られるかもしれぬが、
よりgeneralな場合
(たとえば、野澤クンがよく
出す「そうだ、これから海に行こう」
と思いつくという例で言えば、
「これから海に行こう!」なのか、
「これから山に行こう!」なのか、
「海のものとも山のものともわからない」
脳活動がいつ分離するか)

いやあ野澤クン、この問題は実に
面白いね。

ソニーコンピュータサイエンス研究所に
戻る。

白石哲也さんが招聘して下さった
東北大学の曽良一郎先生から
さまざまな精神疾患と脳内伝達物質の
関係について興味深いお話を
うかがう。

曽良先生、ありがとうございました。

薩摩と長州の両藩が
明治維新の原動力となったのは、
どちらもイギリスを中心とする
西洋列強と直接交戦して
その実力を知ったことが
きっかけだった。

日本は、文化的にはまだ
鎖国しているような気がして
ならない。

日本のインテリが西洋列強と
本当の意味で直接交戦するのは
いつのことだろうか。

所眞理雄さんとお話したのは、
そのようなことだった。

Sometimes, the advancement of science is based on a very simple idea. On one occasion, the British evolutionist Richard Dawkins and the American philosopher Daniel Dennett was discussing the significance of the theory of evolution. Dennett remarked that in a sense Darwin's theory was greater than the theory of relativity of Albert Einstein, in that it could account for such a wide range of biological phenomenon starting from a set of very simple principles. Dawkins agreed, but then added that in order to bring about the revolution of Albert Einstein, you had to be pretty smart. On the other hand, with the benefit of hindsight, Darwin's revolution appears to be so easy to achieve. "I mean, any fool can think of it", Dawkins said.
It is indeed remarkable how the central idea of the theory of evolution, in which random mutation and natural selection take central positions, escaped people's attention for such a long time before Darwin. If you look back on the history of science, you encounter many similar cases. A very simple idea remains unnoticed for a long time. Science is about the awakening of dormant simple ideas.
[56BOS]

5月 27, 2008 at 07:12 午前 | | コメント (9) | トラックバック (6)

2008/05/26

受難と情熱

サンデー毎日

2008年6月8日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第15回 受難と情熱

一部抜粋

 「受難」と「情熱」が同じ語源を持つというヨーロッパの文化の歴史の中に根ざした「叡智」の中には、現代を生きる私たちにとっても他人事ではない一つの「腹の据わった」生命哲学が宿っている。
 振り返れば、現代における無神論を熱心に唱えるリチャード・ドーキンスが心から尊敬するチャールズ・ダーウィンその人も、また、「受難」の運命と無縁ではなかった。神が自身の似姿として人間を創造したという当時のキリスト教の世界観と、ダーウィンの内なる直観は相容れなかった。それでも、
ダーウィンは自分の主張を公にすることから逃げなかった。
 コペルニクス、ガリレオ、アインシュタイン。科学の歴史は、それまでと異なる世界観を主張する人たちの「受難」の歴史でもあった。苦しければこそ、情熱はいよいよ燃えさかる。宗教と科学の対立を超えて、「受難」と「情熱」が分かちがたく結びつく点に、ヨーロッパの文化の強さがある。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

5月 26, 2008 at 07:48 午前 | | コメント (4) | トラックバック (0)

天気予報

先日なくなった
さだえおばさんの納骨式。

雨があがって、しっとりとした
大地の上で、
お焼香をした。

故人の想い出を話し合った。

寿司屋で会食。

何か区切りがあると、
親戚は集まる。

長い間会っていなかった
いとこたちにも会う。

人生における、くっきりとした
句読点のようなもの。

お台場のフジテレビにて、
「新報道 プレミアA」
の生放送。

安藤優子さん、滝川クリステルさん、
櫻井よしこさん、東国原英夫さん、
草彅剛さん、柳本晶一さん、
女子バレー日本代表の皆さん。

安藤優子さんの反射神経は
しなやかで素早い。

安心して話すことができる。

となりに座った櫻井よしこさん、
東国原英夫さんといろいろ
お話しする。

滝川クリステルさんと一緒に
天気予報を読んだ。

どうも手元の仕事が山積して、
スケジュールが崩壊気味。

ずっと仕事をしているのだけれども、
減っていかない。

そうこうしているうちに、
世界は初夏の雰囲気になってきて、
近くの公園ではアカスジキンカメムシが
幼虫から成虫へと変身した。

For a long time, I could not reconcile myself with the postmodern philosophy put forward by French thinkers such as Jacque Derrida and Gilles Deleuze. The "science wars" had not yet take place, and I was not aware of it even if my background as a physicist made these lines of thought intuitively repelling.
One day, I was reading a book on Deleuze, sitting in the toilet of my flat. Suddenly, a thought occurred to me. To think in the postmodern way is to make one's own the possibility that you may one day fall in a passionate love with a wrinkled, old woman! At that moment, I felt that I had now fully come to grips with the essence of the postmodern philosophy. [55POL]


5月 26, 2008 at 07:45 午前 | | コメント (8) | トラックバック (2)

2008/05/25

プレミアA

フジテレビ
新報道 プレミアA
2008年5月25日(日)22:00~23:15

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/premiere-a/index.html 

5月 25, 2008 at 08:32 午後 | | コメント (3) | トラックバック (0)

平均的であることこそが美しい

ヨミウリ・ウィークリー
2008年6月8日号

(2008年5月26日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第105回

平均的であることこそが美しい

抜粋

 「人並み」の特長を集めると魅力的な顔になる。美人になるためには、平均的な特徴を持っていればよい。ある時、解剖学者の養老孟司さんの前でこの話をしたら、「茂木くん、何だかおかしいね。」と言われる。
 「もし平均が美人なのだったら、平均的な人が一番多いはずなんだから、世の中は美人だらけになってしまう。でも、世間を見ていると、どうもそうではないようだねえ。」
 養老さん一流のユーモアであるが、この問題の本質を衝いている。つまりは、顔の形というものは多数の要素が集まって作る複雑な特徴だということである。これがもし身長や体重だったら、確かに平均値のあたりに多くの人がいるだろう。ところが、顔の場合は、一つの「パーツ」だけが平均的でも意味がない。目、鼻、口といったそれぞれのパーツが、すべて平均的に「整って」いなければ美人にはならない。
 顔の全ての特長が例外なく「平均的」だというのは、トランプのポーカーで言えばロイヤルストレートフラッシュになるようなもの。なかなかそうは揃わない。実際、世の中には、「口、鼻はいいんだけれども、目がちょっと」とか、「目、鼻は申し分ないが、口がちょっと」とか、「もう少しで美人になるのに惜しい人」がたくさんいるかもしれない。 

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

5月 25, 2008 at 08:19 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

やりたいことの宇宙

田森佳秀のことで一つ書くことを
忘れていた。

「第七餃子」に入って、
となりの田森のおなかをツンツンしたら、
ぷよぷよ気持ちよかった。

「お前、昔、マラソンは数学だと
言っていたな」

「今でも言ってるよ。」

「昔、ダイエットやっていたじゃないか。
最近はあきらめたのか?」

「うるさいなあ。やっているって。
ほら。」

田森の足首を見ると、なにかが
巻き付けてある。

「これ、一個10キロの重さがあるんだ。」

「えっ、そんなに重いの?」

「最初は効果がないかと思ったんだけどさ、
一日着けてみたら、すごく疲れた。
それで、効果があるってわかったんだ。」

「ははは」

あとで、金沢工業大学の人間情報システム研究所に
行く途中でつまみを買うために
郊外型の巨大ドラッグストアに寄った時のこと。

田森が近寄ってくる。

「モギケン、足のおもり買わなくていいのか?」

「うるさい!」

「売っているかもしれないゾ」

「飛行機で持っていくのは、重いから
イヤだ!」

田森の歩き方は、そういえば、少し
重厚さが増したようだった。

東京に戻る。

大手町のサンケイホールにて、
財団法人 花王芸術・科学財団主催、
顔学会共催の
公開シンポジウム
「心を映す顔」に出席。

http://www.kao-foundation.or.jp/other/symposium/face03/index.shtml 


原島博先生が最初にお話になる。
「顔を科学の対象とすることは、
さまざまな意味でタブーだった」
という言葉が印象的だった。

原島先生が中心となって世界で初めて
の「日本顔学会」が誕生したのが
1995年。

顔が持つ意味についての
本格的な研究は、まだ緒についた
ばかりである。

http://www.jface.jp/an.html 

山口真美さんの赤ちゃんの顔認識に
ついての研究はとても興味深いもので、
包括的なレビュー的トークを
堪能した。

金沢創さんと久しぶりにお話しする。


原島博さん、山口真美さんと
(photo by Atsushi Sasaki)

花王の方々を交えて懇親会。
やりたいことが
まだまだたくさんあると
原島先生。

ボクもまた、このところ、
新しい荒野に出て、やりたいことの
宇宙が広がった思いでいる。

パレスホテルでおいしい料理を
頂きながら、
しじまの音に耳を傾けた。

The Nobel Prize has been considered as the highest honor for a scientist, since its inauguration in 1901. Admittedly, there are notable absences of highly achieving intellectuals in its list of laureates (Kurt Goedel, Alan Turing, John von Neumann, for starters) due to the limitation of the fields the prize covers. However, it remains true that the names in the recipients list are quite impressive, where the highest achievements in the modern history of science is represented well.
The reputation of the prize comes from its rigorous selection process. The committee tries to track down who did the original work, sometimes regardless of the social or academic reception the work has enjoyed since. In a sense, the Nobel committee carries out the job of "Aha! detection", wherein the historical fact of in whose brain the revelation to humanity has taken place for the first time is tried to be pinned down, often involving a hard detective work.
[54BOS]

5月 25, 2008 at 08:01 午前 | | コメント (10) | トラックバック (4)

2008/05/24

写真が貼ってあった

金沢で田森佳秀に会った。
NC(ニューロコンピューティング)研究会が
金沢であり、
箆伊智充と田谷文彦が
発表した。

田森研究室の増田くんも
発表。

終わって、第七餃子へ。

田森が教鞭を執る
金沢工業大学の
人間情報研究所に行って、
さらに話をした。

田森佳秀クン!

君は、理化学研究所で
最初に会った時から、何というか
他の人とは全く違う
存在感を持っていたねえ。

その君と、会ってから、
もう十五年が経つんだねえ。

会う度に、田森クンは
思いもよらぬ
面白い側面を見せてくれる。

そのことは、
「クオリア日記 田森佳秀」
で検索すれば皆にわかることだ。

それでいて純粋な
探求心をいつも純金の
ようにもっている。

君は、なんていいやつなんだ。

田森研究室には、
学生の冨田クンがつくったという
世に名高い
「フランクフルト空港 田森デブバラ事件」
についての写真が貼ってあった。

クオリア日記 ひとさし指でツンツン (2007.7.18)

田森佳秀 

「フランクフルト空港 お腹ツンツン事件」
を語る。

(2007年7月17日 ザルツブルクの
Zipfer Bierhausにて)

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2007/08/post_3579.html 


田森佳秀クン 
「フランクフルト空港でお腹をツンツンされました。」


田森佳秀クン。あいかわらず元気。

久しぶりに、郡司ペギオ幸夫にも
電話して、
楽しい時間を過ごした。

仲間というものは、本当に
良いものですね!

It was a great genius of Isaac Newton to realize that the moon in the heaven followed the same natural law as the apple on the ground. In a remarkable pursuit of the universality, it was made apparent for the first time in human history that the same law applies to the moon as well as to the apple.
We all know that everything near the ground would fall if they are left by themselves. Objects high above in the sky seem to obey quite different set of laws. Before Newton, nobody questioned the assumption that since the apple and the moon are in different environments by appearance, they would obey different natural laws. The apple would belong to one category (earthly entities) while the moon belongs to another (celestial entities).
Newton's revolution was not possible without a bold demand for a common law and order sustaining the many objects belonging to the earthly and celestial entities. The history of the advancement of science can be regarded as a gradual expansion of the principle of universality, and it has not yet reached the end. There are still entities in our experience of the world which are regarded as belonging to different categories (such as the mind and body) so that it is thought natural that they obey separate laws. In the future, breakthroughs in science would come from successful treatments of the hitherto separate categories under a unifying principle, in a movement of spirit like in Newton's poetic jump from the apple to the moon. [53BOS]

5月 24, 2008 at 07:36 午前 | | コメント (11) | トラックバック (1)

2008/05/23

「総合」苦手な日本の知識人

「総合」苦手な日本の知識人

茂木健一郎
「総合」苦手な日本の知識人
日本経済新聞 2008年5月21日 夕刊

舘野真治さんが、インタビューしてまとめて
くださいました。

ICレコーダーなどを使わず、
ノートのメモだけでこれだけ正確
かつ的確にまとめる手腕に脱帽です。

pdf file 

5月 23, 2008 at 08:05 午前 | | コメント (6) | トラックバック (4)

『すべては音楽から生まれる』18刷

PHP新書

茂木健一郎 『すべては音楽から生まれる』
は増刷(18刷、累計13万5000部)
が決定しました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の丹所千佳さんからの
メールです。

From: "丹所 千佳"
To: : "茂木健一郎"
Subject: 増刷のおしらせです

茂木健一郎先生

こんばんは。
いつもお世話になっております。

先週末のタワーレコードのイベントは、おつかれさまでした
(もちろんそれ以外でも、日々、「おつかれさまです」ですね)。
あまりゆっくりとお話できなかったのは残念でしたが、
来場の方々の盛況ぶりと熱心な様子が印象的です。

本日は増刷のお知らせです。
『すべては音楽から生まれる』は、
おかげさまで、18刷が決定いたしました。
累計135,000部となります。

ありがとうございます。

PHP研究所 新書出版部
丹所千佳
。.・゜・.*。.・゜・.*。.・゜*

amazon 

5月 23, 2008 at 07:43 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

「脳活用法スペシャル」再放送

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
「脳活用法スペシャル」が好評につき、
再放送されます。

見逃した方は是非ご覧下さい!

http://www.nhk.or.jp/professional-blog/200/8974.html 

5月 23, 2008 at 07:38 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

初夏の大三角形

プロフェッショナル仕事の
流儀の収録。

 102スタジオ前に、
大場葉子さんがいた。

『トゥープゥートゥーのすむエリー星』 
の見本ができたというので、届けて
くださったのだ。


トゥープゥートゥーを届けてくださった大場葉子さん

 サンデー毎日の連載が始まるにあたって
大場葉子さんと打ち合わせをしている
中で「そういえば、ボク、昔毎日小学生新聞に
SF童話を連載していたことがあったんですよ」
とふと思い出し、大場葉子さんが
「それ、出しましょうよ!」
と言ってくださらなければきっと
ずっと眠ったばかりだったろう、
23歳の時の作品。

大場葉子さんに感謝!

大場さんとお話していると、
なんと、あちらから、
「あらっ!」
幻冬舎の大島加奈子さん(増田健史と結婚して
増田加奈子さん)がいらした。

柴田周平デスク
(しばきち)がディレクター時代に
撮った『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の第35回にゲストで
いらした青森のりんご農家の
木村秋則さん 
についての本を、大島加奈子さんが作って
くださっているのだ。


有吉伸人チーフプロデューサー(ありきち)
と大島加奈子さんのツーショット。

大場葉子さんもソファでにこにこ
していて、私の大切な人たちが
初夏の大三角形。

うれしいなあ。

ゲストは、国連難民高等弁務官事務所
(UNHCR)の高嶋由美子さん。

ウガンダの難民キャンプで働いて
いらっしゃる。

学んだ。心が動いた。

打ち上げで、高嶋さんは住吉美紀さんと
ガーリートーク炸裂!


高嶋由美子さんと住吉美紀さん

女性たちのパワーにたじたじと
なって、ぼくと山本隆之デスク(タカさん)は
端の方で小さくなっていた。

今回の編集を担当した市川芳徳さん、
担当ディレクターの石田涼太郎さんが
ぼくたちの席に加わる。


市川芳徳さん、石田涼太郎さん、山本隆之さん

いつも打ち上げをする「二合目」。

ナプキンに、タカさんが、

「編集マン 市川芳徳さん NHKのなかでも
小林さんと並ぶ エース」

と書いた。

そうだ、
NHKの西口を出て、タカさんと
「二合目」に歩いている時、
ゆったりとした気分でお話した
のだった。

タカさんたちは忙しい。
いつも時間に追われる中で、
クオリティの高い番組を作り続けている。

「ぼくもねえ、タカさん、ずっと
働きっぱなしのような気がします。
このままずっと働き放しの人生
なんですかねえ」

タカさんがはははと笑った。

やりたいことがあるから、
充実している。

たそがれの薄闇は、
刻々の人生という軌跡を
やわらかく包んでくれるかの
ようだった。

I come from a country where two atomic bombs have been dropped on the populated cities of Hiroshima and Nagasaki, killing tens of thousands of people. Great many sufferings have been caused by warring technologies, and science has been behind them. Standing in front of the Atomic Bomb Dome in Hiroshima, one may wonder if the "blessing of science" is not in reality a "curse of science"
It is true that science has sometimes been used in wrongful ways. It is certainly the case that the "blessing of science" has been lost in the dark from time to time. However, the benevolent effects of science is deep and widespread. We do not yet appreciate the full extent of the blessings of science.[52BOS=The Blessings Of Science]

5月 23, 2008 at 07:37 午前 | | コメント (6) | トラックバック (3)

2008/05/22

指がポキっと鳴った

耳にするところによると、小腸や大腸など、
消化器系の疾患に対する手術を
行った後、
いわゆるホウヒが観察されると、
それは治癒の明らかな徴候であり、
お医者さんや看護婦などの
メディカル・スタッフは
「おめでとうございます」
と言うのだという。

韓国に行く直前に派手な突き指を
した左手。

ずっと薬指が痛かった。

昨日の朝、ふと無意識に指を
ポキポキと鳴らす私がいた。

まず右手の小指。ポキ。
右手の薬指。ポキ。
右手の中指。ポキ。
右手の人差し指。ポキ。

左手の小指。ポキ。
左手の薬指。ポキ。
左手の中・・・あれっ?

左手の薬指がポキっと鳴った!

うれしくて、一日中、時々
左手と右手の指をポキポキ鳴らした。

ポキ。ポキ。

いやあ諸君、指が鳴るということは、
実に素晴らしいことですね!

早稲田大学国際教養学部の授業。

記憶のシステムについて概説した。

short-term memory
long-term memory
working memory
episodic memory
semantic memory
declarative memory
procedural memory

transient global amnesia

patient HM.

このうち、HMはepilepsyの治療のために
海馬を含む脳の部位を除去したが、
その結果海馬が新たな記憶を
形成することができなくなった。

HMは、結果として、記憶研究の
大きな進歩に貢献することになった。

長い間イニシャルのみで知られ、
1926年生まれであることなどを
除けば
そのプロフィールの詳細は
公開されていないHMだが、
80歳を超えた今でも生存しており、
アメリカのNational Public Radio
でそのインタビューの一部を聞くことが
できる。

http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=7584970

この中で、HMはインタビュワーと
会話する。

「今、アメリカの大統領は誰ですか?」

「わかりません。私はものを覚えることが
できないのです。」

「男の人でしょうか、女の人でしょうか?」

「おそらく、男の人だと思います。」

「イニシャルは、GBです。助けになりますか?」

「いいえ。助けになりません。」

HMは新たな長期記憶が形成できなくなったが、
知能は正常なままであり、会話も
普通に行うことができる。

HMの物語や、幼児期の偽の虐待記憶を
「思い出して」しまうfalse memory syndromeの
話などをして、記憶というものの
不思議さを実感してもらった。

新潮社。「旅」編集部の
葛岡晃さん、吉田晃子さんと
打ち合わせ。

写真を撮っていたら、葛岡さんが
「どうせだったらツーショットがいいでしょ」
と吉田さんの隣りに座った。

「どうせだったら、旅をもっていた方
がいいでしょ。」

「どうせだったら、下から煽るように
撮った方がいいでしょ。」

「どうせ」が重なって、「旅」
についてのproduct placement
写真が出来上がった。


「旅」の葛岡晃さん、吉田晃子さん

この二人が作っている雑誌ということは、
きっと必ず面白い! 

ソニーコンピュータサイエンス研究所。

脳研究グループの会合。

石川哲朗がone-shot learningに関する
最近の「勉強」の成果を紹介する。

田谷文彦が、working memoryに
おけるselective filteringの
効率にかかわる論文を紹介した。


論文について解説する田谷文彦博士


ホワイトボードに、おそらく
例によって関根崇泰だと
思うが、ヘンな生きものの絵が
描いてある。

そのまわりに、ボクが田谷が
紹介した論文を議論するために
書いた式や図が添えられた。

10年くらい経って、
今のメンバーが地球上のさまざまな
場所に散らばった頃、
このような光景を見ると
「ああ、懐かしい」と思うんだろうな。

なんとなくそうしたくなって、
指をポキポキならす。

小春日和の匂いがした。


A human being is able to reflect on the his or her own mortality. We perceive that death would certainly come one day. All religion, metaphysics, philosophizing in history have been a desperate effort to somehow come to terms with this brutal fact. As the ultimately imminent death is such an integral part of our spiritual life, it comes as a revealing shock to realize that animals most probably do not perceive their fate when near death. In the wild daily, thousands of creatures meet their final destiny without realizing what is happening to them.
In Richard Wagner's music drama Der Ring des Nibelungen, Siegfried is depicted as a brave hero who does not know what fear is. Siegfried is not afraid even when he fights with a terrible dragon (Hafner). He finally learns what fear is when he encounters a beautiful woman (Brunnhilde), realizing that she might refuse his love, in a poignant observation of human psychology.
When Siegfried falls to Hagen's malicious sword in Gotterdammerung, he continues to remember his meeting with Brunnhilde, oblivious of the fact that he is going to die very soon. This depiction of Siegfried at the final moment as a world-saving hero who falls prematurely is reminiscent of the conditions of wild animals at the time of their deaths. Siegfried dies without a knowledge that he is bidding farewell to this world. A truly terrible and yet world-shatteringly beautiful artistic achievement. [51POL]

5月 22, 2008 at 09:19 午前 | | コメント (11) | トラックバック (4)

2008/05/21

『脳を活かす勉強法』 24刷

茂木健一郎
『脳を活かす勉強法』 
PHP研究所
は、重版(24刷、累計50万1000部)
が決まりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんから
のメールです。

Date: Tue, 20 May 2008 12:21:44 +0900 (JST)
From: "木南 勇二"
To: "茂木健一郎"
Subject: 脳を活かす勉強法50万1千部とサイン会決定【PHP木南】

茂木健一郎先生

お世話になります。

『脳を活かす勉強法』は24刷、1万5,000部が増刷となりまして
累計50万1,000部となりました。
おめでとうございます!

元々は違う企画を依頼させていただき、お話の過程で
「僕の勉強法、面白いよ」という何気ないお言葉から
本書が生まれることになりました。
茂木先生、読者の皆様、本当にありがとうございます!


現実に戻り誠に恐縮ですが……
6/15(日)11時00分〜12時45分
紀伊国屋書店梅田本店サイン会100名が決定いたしました。
紀伊国屋さんも大変喜ばれています。

PHP 木南拝

http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-69679-9

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5月 21, 2008 at 07:19 午前 | | コメント (4) | トラックバック (1)

大森林が復活する

朝の嵐。

あきらめて傘を閉じて歩く。
風を全身で受け止める。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。
国連難民高等弁務官事務所の
高嶋由美子さん。

石田涼太郎ディレクターが
ウガンダで取材してきた
VTRを見る。

難民キャンプの人たちの
表情が明るい。
身体の動きにリズムがある。

ああ、この人たちと共有できる
何かを生み出したいなと思った。

漂泊の思いがやまずにいる。
ある特定の文化、歴史的背景の
中でだけで通用するのではなく、
宇宙の暗闇に浮かぶこの
地球の塊の隅々に息づく
どんな人の心にも響くような、
そんな表現はきっとあるのではないか。

びゅんびゅんびゅんと
地球は宇宙空間を行くよ。

Milky way galaxyの中にある
恒星の数は、脳の中の神経細胞の
数とほぼ同等である。

日本テレビにて、環境問題についての
特番の収録。

羽鳥アナウンサー、坂口憲二さん、
優香さん、アンジャッシュのお二人、
原口あきまささん、麻木久仁子さん、
中川翔子さん、高田延彦さん。

人類が滅亡した後、
地球がどのようになるかを
予測したビデオが興味深かった。

道路上には草が生え始め、
高層ビルも次第に崩壊し、
やがて、何もそこには
なかったかのように
大森林が復活する。

居住地から人間がいなくなると
どうなるかが実際に「実験」
されている場所がある。

ロシアのチェルノブイリ。

1986年の事故により、
住民が避難して20年。

かつてサッカー場だった場所では、
芝に木々が生え始め、
もともとの森林地帯への回帰が
徐々に進行していた。

スタジオで隣りに座った
中川翔子さんのネイルは、
何だかとても複雑なアートが
施されていて、
原口あきまささんと感心して見る。

「凄いですね。これ、やるのに
どれくらい時間がかかるんですか?」

「2時間くらいです。」

「夜眠る時は「外す」ですか?」

「そのままですよ。」

「どれくらい持つんですか?」

「三週間くらい持ちますよ。」

「そんなに持つのか!」

「一度やってみたら楽しくて、
クセになってしまったのですよ。」

ボクはキーボードをタイプする時に
爪が伸びていると当たって気になるので、
ネイル・アートはきっとがまんできない。

しょこたん偉い。

難民キャンプの人たちと、
森林に覆われた地球のイメージが
どこかで響き合う。

思えば、子どもの頃に科学者を
志したのは、自然法則は
地球上のどこでも成り立つと
思ったからだった。

すべての表現は、ある特定の文脈を
引き受けてなされるが、
そこから羽ばたく普遍性を志向すること。

夕方には嵐はすっかり収まり、
晴れ上がった空の風情が
何ものかに誘っていた。

When I was about 10 years old, I sometimes imagined myself standing on this great chunk of rock called the earth, while it moved whirling around in the universe. That vision always made me dizzy. I was affected so acutely by the fact that I was centered on this tiny body, while the cosmos extends to great eternity. I pined and sighed at the unbearable contrast, looked at my own pair of tiny hands, and wondered why the world was constructed in this way that we were made to live a life accompanied by a great divide between the actual and the imaginable. [50POL]

(As of today, there would be two lines of essays posted in this space, with common numbering but with the suffixes OOC=[Origin of Consciousness] POL=[Philosophy of Life])

5月 21, 2008 at 07:15 午前 | | コメント (8) | トラックバック (4)

2008/05/20

プロフェッショナル 鈴木利廣

プロフェッショナル 仕事の流儀

患者の無念、命の闘い
~ 弁護士・鈴木利廣 ~

ぼくは法学部に二年間行った。

法というものは、
社会工学に留まらず、
根源的な人間観、世界観に
つながっている。

そんなことを、鈴木さんと
お話して久しぶりに思い出した。

この人はすごい人だ。

言語化できない正義への
契機。

患者さんの涙。

巨大な組織というもの。

いつもそこに戻っていく、
人間らしさの温かい場所。

決して、本質を見誤らない人だ。

そして、見る人に勇気を与える。

NHK総合
2008年5月20日(火) 22:00〜22:45

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
悪法は「法」ではない
〜弁護士 鈴木利廣〜
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

5月 20, 2008 at 08:01 午前 | | コメント (5) | トラックバック (4)

良い物語

ソニーコンピュータサイエンス研究所。

先日投稿したSociety for Neuroscienceの
アブストラクトが、日本時間の
今朝の6時までは編集できた。

それで、それぞれのアブストラクトを
再検討し、編集し、finalizeする。

学生が筆頭authorの場合は、
彼らに送って編集、finalizeしてもらう。

研究所一年に一回のレビュー・トーク。

私や張さん、田谷くん、それに
他の人何人かが話をした。

北野宏明さん、所眞理雄さん、
暦本純一さんなどと議論。

良い物語には、細部の間の
繊細なバランスがある。
つまりは、生命そのものへと
近づく。

バランスが悪いものは、
切り刻むナイフや
ほじくる針にはなるかも
しれないが、
生命そのものにはなり得ない。

批判は壊すが
育むことはできない。

古典となる作品は
一つのいのちに近づく。

それは、小説だけでなく、
科学理論もまた同じである。

たとえば、ゲーデルの不完全性定理に
おけるゲーデル数化と対角線論法
と自然数論の関係。

The justification for treating the neural firings (the generation of action potentials) as a special event, the "building block", so to speak, of all the cognitive processes and conscious experience, is that unless the neuron fires information is not transmitted over the synapses. Without the neural firing, each neuron is isolated in itself and does not become an "entity" in the web of connections in the cortex. That is why the occurrence or otherwise of action potentials should covary with the elements in the phenomenal.
In general, an entity cannot claim to possess a particular property unless it does so in relation to other entities in space-time. This is the gist of Mach's Principle, and is held to be true for anything in the universe, physical or otherwise. Mach's Principle is the guiding principle in the consideration of the origin of conscious experience, and also provides the very justification for the existence of any entities in the physical universe. Thus, the origin of consciousness shares the essential underlying logical structure with the material elements in the universe. ([49])

5月 20, 2008 at 07:58 午前 | | コメント (6) | トラックバック (5)

2008/05/19

内なる星雲

サンデー毎日

2008年6月1日号

茂木健一郎 
歴史エッセイ
『文明の星時間』

第14回 内なる星雲

一部抜粋

 銀河に相当する巨大な脳という存在。その潜在的能力の全てを、私たちはまだ知っているわけではない。私たちはついつい「人間の脳なんてこんなものだ」とわかったようなふりをして日常を過ごしている。それでも、時に尋常ならざる脳の持ち主が現れて、そのような油断を粉々に壊してしまう。見上げれば、青天井の空が「お前たちの内なる無限の可能性を追求してみよ」と誘うのだ。
 1887年、イギリスの医学者ラングドン・ダウンは、常人では考えられない特別な能力に恵まれた人々を初めて記述し、フランス語で「知る者」を意味をする「サヴァン」という名で呼んだ。一般的な意味で「知能」は必ずしも高くないのに、驚くべき記憶力を示す。ダウンが出会った一人の患者は、エドワード・ギボンの名著『ローマ帝国衰亡史』の全文を暗唱することができたという。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/ 

5月 19, 2008 at 08:39 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

時には遠くを見よう

ヨミウリ・ウィークリー
2008年6月1日号

(2008年5月19日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第104回

時には遠くを見よう

抜粋

 「そのことについて考える度に、ますます驚嘆と畏怖の念に満たされる二つのことがある。私の上に広がる星空と、私の内なる倫理規則である。」
 ドイツの哲学者イマニュエル・カントは、そんな美しい言葉を残した。カントの言葉に触れた時に広がる感覚は、石川賢治さんの『月光浴』の写真を見た時に受ける印象に似ている。
 時には、思い切り遠くを眺めてみよう。私たちの生命を育む広い世界とつながることで、ともすれば閉塞感に包まれ、どこか鬱陶しくも感じられる現代の日本社会の中にもさわやかな風を吹き込むことができる。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

5月 19, 2008 at 08:34 午前 | | コメント (3) | トラックバック (1)

楽しかった夜が明けて

土曜日。

帝国ホテルにて、塩沼亮潤さんと
対談。

塩沼さんは、1300年の歴史の
中で二人目という大峰千日回峰行
を達成された方。

さらに、9日間飲まず、食わず、眠らず、
横にならずという「四無行」も
達成された。

四無行の5日目に、一回だけ
うがいをすることがゆるされる。

一つの器に盛られた水を
口に入れ、うがいをして、
もう一つの器の中に吐き出す。

この時、量が少しでも減っていると
「飲んだ」と見なされて
行は失敗と判定されるのだという。

「口に含むと、もうそれだけで、
ほほの内側の細胞がチュルチュルと
吸収し始めるのですよ。」

と塩沼さん。

机の上に置かれた茶碗を
指して、塩沼さんは言われた。

「こうやってここから見ていると、
向こう側の模様は見えないでしょう。
あっち側に行って、始めて見える
模様がある。
それと同じなのです。」

自分の限界を見きわめる
といことを、文明の中に生きる
人間はあまりやろうとしない。

千日回峰行も、四無行も、
人間が耐えることのできるぎりぎりの
レベルに設計されている。
古からの智恵なのだろう。

「四無行も、10日になったら、死んでいる
でしょうね。」
と塩沼さん。
  
難行を達成するためには、
ペース配分を十分に考えなければならない。
自分の身体、精神が今どのような
状態か、ありのままに見つめる
ことが大切だと塩沼さん。

自分の至らなさ、不完全さに
ついて日々振り返り、
欠けることのない円を
目指す日々。
 
非日常的な修業と日常は
一つながりになっている。

「日経Kids +」の取材を受ける。

電通の佐々木厚さんと、
東銀座のADKへ。
 
日本広告学会にて講演。
人間の脳の創造性のメカニズム、
感情、そして広告の未来について。

エイベックスの岩瀬恵美さんが
迎えに来て下さり、
佐々木さんと移動。

渋谷のタワーレコードにて、
「すべては音楽から生まれる」
CD版のトークショウとサイン会。

トークショウは、音楽評論家の
片桐卓也さんと一緒に。

一生懸命にサインをした。
サインペンで太い線を描いて、
いくつか「新作」ができた。

湯河原へ。

NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のスタッフの合宿。

ふだんずっとハードスケジュールで
働いている皆が、楽しみにしている
レクリエーション。

着くと、もう宴会は始まっていて、
有吉伸人さんが楽しそうに
佇んでいた。


佇む有吉伸人さん。

今回の幹事である赤上亮さんと
本間一成さんが、ギターを片手に
余興を始める。

それが、ミュージック・スタートの
準備だった。

場所を移し、カラオケを歌う。

最後に、番組の主題歌、
kokuaのProgressを皆で歌った。

住吉美紀さん(すみきち)が、
歌詞が出ているテレビ画面にしがみついた。

三次会では、大いに談論風発。

翌朝、山本隆之さん(タカさん)は
部屋の床で気持ち良さそうに
眠っていた。

しばらくして、むくっと起き上がった
タカさん。
さわやかに、河瀬大作さんと話している。

楽しかった夜が明けて、
何となく名残惜しげな、
そして満ち足りた朝。

前夜に見た、須藤祐理さんの
「関取」のような姿が、瞼に残像となり甦る。</