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2008/04/21

「母文化」のすぐ近くに

島田雅彦は、「韓国人は東洋のラテンと
言われているんだよ」と
くりかえし言う。

私は初めての韓国だが、島田は
どうも何回も来ているらしい。

なるほど、島田の気質にぴったりと
会うのだろう。

ぼくもとても好きになった。

日本にいてイメージしていたとは
全く違う様相に接して、
しかもそれが容易には言語化できない
大海であることから、
うれしさもまた芯から込み上げてくる
ものになる。

韓国は、やはり、日本に近い。
中国的なるものに接した時に感じる
距離感がない。

その一方で、違う。
自分たちの慣れ親しんでいる
日本という「母文化」のすぐ
近くに、こんな文化の可能性が
潜んでいたのだなあと思う。

林宰範さんに連れられて、
ブランチに行く。

牡蛎ご飯がメイン。
しかし、例によって、たくさんの
キムチが並ぶ。

「韓国では、多くのメニューが、
二人前からしか注文できないのです。
しかし私は、食べたい時は、とにかく
二人前でもいいから持ってきてくださいと
言います」と林さん。

「うーん、韓国は、ポトラッチだなあ」
と言うと、島田が
「全く、そうなんだよ」
と同意する。

食事が食べきれないほどたくさん
出るのは、昔、貴族が食べた残りを
臣下が食べていたからだと林さん。

「混ぜる」料理が多いのは、
そのような背景があると言う。

近くに林さんのオフィスが
あるというので、皆で出かけた。

路上のそこかしこにValet Parkingの
ブースがある。

不思議な光景。
近くてやわらかいもの中に
違うものがカチッと
当たると、大いにゆかしさを喚起される。

林さんは、ポケモンやナルトなどの
キャラクターの韓国における管理をする
会社の社長。

したがって、集英社とも関係が
深い。

ベランダに出ると、となりの豪邸の
庭が借景できる。

林さんの家族は、子ども二人に
アメリカの教育を受けさせるために
カリフォルニアにいるのだという。


「社長の椅子」に座った林宰範さん

車に乗り、38度線へ北上。

うとうとしてはっと目が覚めると、
イムジン河が流れていて、その手前に
鉄条網が張り巡らされている。

「あの向こうが北なのです。」
と林さん。

山河が鉄条網の向こう側にも
広がっている。

鳥たちは、大空を自由に
行き来していることだろう。

板門店の前で引き返す。


板門店へと至る道

南北統一を願ってつくられた
公園へ。

南北を結ぶ鉄道橋がかかり、
河を監視する兵士たちの小屋が
ある。

北へと向かう道は途中で閉ざされているが、
そこに祖国統一の願いを込めたたくさんの
メッセージが縛り付けられていた。

島田が10年前に行った
「畑の中にある冷麺屋」を目指す。

野魂(ヤコン)という芋を使っているのが
特長だという。

観光が盛んな島。
日曜の夕方。すでにソウルに戻る
路線は渋滞している。

韓国の農村の風景は独特の
柔らかい印象を持ち、
ずっと奥の方が刺激される思いがする。

何度も人に聞いて、やっとたどり着いた
その店。

初めは梨かと思ったヤコンの触感。

やさしく滋養に満ちた透明な
味わいのこの芋は、さまざまな病気に
利くのだという。

店の外に出ると、大きな庭をぐるりと
リスが走れる筒が巡らせてある。

上につながったり、下につながったり、
まるで迷路のように縦横無尽。

すっかり気に入ってしまって、
リスを追いかける。


張り巡らされた迷路をリスが駆ける。

島田が、店の外からその様子を見て、
「どうやらリスが気に入ったようだな」
とにやにやしながら言った。


柵の向こうから声をかける島田雅彦

店の人が、島田に「10年ぶりとか
言わずに、もっと来て下さい」と
話しかける。

このリスの走る店に、
私も、もういちど来たい!

リスの迷路を、あれほどの手間をかけて
つくるのは、心やさしい人たちである。

夕暮れの韓国の田舎に、ひとり佇む。

ソウルに戻る。
骨董品がたくさんある古い街へ。

韓国風の居酒屋に入る。

外の空気を吸おうと出た通りから、
中で談笑する島田雅彦と
カメラマンの中野義樹さんの姿が、
まるで幻灯機で映されたように
見えた。


中野義樹さんと島田雅彦

鉄条網の向こうの大地が、
そこに容易には行けないだけに、
かえって空や海のような
無限の可能性を秘めているように
見えたのは、なぜなのだろう。

分断は悲しい現実だが、
同時に、韓国の人たちの心を、
それ以外ではあり得ないかたちで
鍛え育んでいることを想う。

Every morning, as one wakes up to find oneself in the "stream of consciousness", it is as if "something" descends onto the human body. Before the awakening, there is no "self". After the awakening, there is this thing "I" that we are all familiar with. The dramatic contrast between the non-existence and existence of the self is the origin of all investigations concerning the mind-brain problem. Compared to this drastic change, all other supposedly "paranormal" phenomena lose their assumed anomality. For example, when a "shaman" claims that a god-like spirit has descended on him or her, it is not that surprising after appreciating fully the wonder of the normal consciousness of an ordinary person. ([27])

4月 21, 2008 at 08:04 午前 |

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受信: 2008/04/22 1:38:05

コメント

It reminds me of the movie "awakenings" with Robert De Niro & Robin Williams.

投稿: | 2008/04/22 2:41:34

こんばんは。

ふむふむ。

韓国。
ますます、興味が募ってしまう!。

茂木先生の日記から、日本での多忙な日々とは異なる時間の経過を感じてしまい、
なんだかとても嬉しくなりました。


滞在は、今日までなのかな。

投稿: | 2008/04/22 2:05:46

こんばんは!

突き指の具合はよくなりましたでしょうか。

迷路の中にいる、2匹のリス君が、何とも愛らしいです。

野根(ヤコン)というのは、もしかしたら、1時期日本でも話題になった、ヤーコンという野菜のことなのでしょうか?


赤色を連想する炎のような情熱とハングリー性、そして儒教的な礼儀正しさと重々しさが、渾然となっているんだな…。

韓国の人々の気性を思う時、やはりそんな気がして来る。

2004年のFIFAワールドカップでの、韓国チームサポーターの熱い声援ぶりや、我が郷土を熱烈に愛する心。

韓半島と、日本海を挟んで対峙する、四つの島の集まりからなる島国に住んでいる民が、近代文明の誘惑に負け、歴史の彼方にホイホイと捨ててきた、たくさんのものを、韓国の人たちはしっかりと手放さず、ずっと持っている。

そんな人達が、あの朝鮮戦争によって、38度線で分断されたまま、今にいたっている。

こんなことを言うと生意気かもしれないが、あの分断線の間には、ただ、単に「辛く哀しい」というだけではすまないほど、引き裂かれた人々の色々な思いが、半世紀を越えて積み重なっているのかもしれない。

祖国統一への切実な思いを込めた、人々のメッセージが、それを指し示しているように思えた。

60余年前まで、日本軍によって自分達の文化を踏み躙られた、悲しい歴史もあいまって、かの地の人々の強くしなやかな精神は、鍛えられていったのだろう。

それにしても、韓国も今は、若葉の季節なんですね…。農村のお写真を見ると本当に、やわらかな緑が印象に残ります。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/04/21 21:01:56

こんにちわ、二度目の投稿失礼します。

(英語が苦手なのでよろしくお願いします。)
TVで、特殊なアームとメガネをかけて、体の違う場所から見て、操作できる装置を見ました。夢の中の体と、実世界の体、夢の中の体は、仮想の体で実体が無いのがわかります。実世界の体はややこしいと思います。仮想の世界と体と実体の世界と体が同期していると、考えるのが良いのではないでしょうか?

投稿: | 2008/04/21 20:32:34

迷路の中を走るリスを追いかける茂木さんの姿を想い、その風景は見ていないものの思い浮かび、温かい気持ちになりました。

リスさん達…私も見てみたいです(^ ^)


韓国で料理が二人前から…という話、心に残りました。
分かち合いたいから…同じ方向に向いていたいからかな…と、思った。

投稿: | 2008/04/21 14:38:12

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