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2008/03/13

自発性 

ソニー国際会議場にて、
ソニー教育財団の評議員会。
 佐々木かをりさんに久しぶりに
お目にかかる。
 隣りの席だったので、
いろいろ近況をお話することが
できた。

 半導体エネルギー研究所
社長の山崎舜平さん、ソニー教育財団の
青木昭明専務理事など、
 さまざまな方とお話する。

 ソニーコンピュータサイエンス
研究所へ。

 ちょうどお昼時。
 私はすでに
 お弁当を食べていたが、学生たちが
なんだかひもじそうにしているので、
 研究所近くのラーメン屋に行く。

 ねぎみそラーメンであった。

 ほだされて、お昼を二度いただき。

 ゼミ(The Brain Club)
 
 野澤真一が、自発性(spontaneity)
について自分の考えを述べる。


自発性について語る野澤真一くん

 力学系の軌道から説き起こしたが、
 そこで問題になるのは存在論的/力学的
位相と、認識論的位相の関係であろう。
 
 もし、認識論的位相から自発性を
論じるのだとすれば、
 脳の関連する神経回路網の「役者」
をそろえなければならない。
 システム論が視座に入ってこなければ
ならない。
 
 また、そのようなcomplex network
を考えることは、力学的考察にも
役立つはずである。

 続いて、柳川透が、
Adrian M. Owen& Martin R. Coleman
Functional neuroimaging of the vegetative state
Nature Reviews Neuroscience 9, 235-243 (March 2008)
をレビューする。


意識状態について語る柳川透くん

 意識のない「植物状態」
と判定された患者の脳活動のfMRIデータに
おいて、一見意識があり覚醒している
被験者と同じような活動が見られた事例が
報告されている。

 意識の「内容」とそれらをすべて
感じる「私」に便宜的に分けた場合、
 fMRIデータで補足されがちなのは
「内容」の方であろう。
 一方、それらを感じる「私」の方の
構造は、いわゆるdefault networkに
よって支えられている可能性がある。

 一方、柳川がレビューした論文
で(間接的に)示唆されていた興味深い
可能性は、「内容」のネットワークの
フレキシブルな力動が、ある種の
default networkの存在及び活動なしでは
起こらないというスキームであった。

 たとえば、ambiguousな文章の意味判断
が、default networkなしでは起こらない。

 続いて、柳川が自分自身のspontaneityに
関する考え方を述べる。

 野澤真一が議論に加わって、
「自発性」対決。


野澤真一と柳川透の「自発性」対決

 時々介入して、自ら「凶器攻撃」
を加える「レフェリー」としては大変
面白かった。

 電通の佐々木厚さんが来て、
打ち合わせをしながら文化庁へ。

 文化庁長官の青木保先生と
対談する。

 青木保先生が書かれた
『文化の否定性』は出版当時
読んで感銘を受けた。

 文化庁には、ベストアンドブライテストの
学者を長官として迎える伝統がある。

 青木長官と文化のさまざまな問題について
お話していたら、あっという間に
一時間が経ってしまって、カフェは
終了。

 感覚としては、せいぜい30分くらいの
ものだった。


青木保さんとの対談。


長官室で、青木保長官と

(photos by Tomio Takizawa)

 楽しい時はすぐに過ぎる。

 文部科学広報官の今里讓さんが
文部科学省内にオープンした
「情報ひろば」 
を案内下さる。

 昭和8年当時の姿に復元された
旧大臣室が、時代の精神(ツァイト・ガイスト)を
伝えてきた。

 「情報ひろば」は3月26日(水)に
オープンする予定とのこと。

 いろいろと教えて下さった
文化庁の水田功さん、小松弥生さん、
壇上容子さん、岩村沙綾香さん、杉田絵美さん
ありがとうございました。

 生命の自発性がもっとも輝くのは、
意識しないでそれをしている時である
ように思う。

 意識しなければならない時、
あるいはルビコン河をわたるような
時には、純粋な自発性以外のなにものかが
忍び込んでいる。

 そのほろ苦い観測問題の中に
私たちはありありと「自己」を感じる。
 

3月 13, 2008 at 07:39 午前 |

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コメント

こんばんわ、
最近「意識とは何か」面白く読ませていただきました。

そして今日、綿の花をみていて、あの感覚が・・・
「あるものがある」の不思議な感覚。

久し振りに感じてちょっと嬉しかったです。

投稿: yogamimi | 2008/03/14 22:43:40

おはようございます。
今日あすは、いつもより早く出勤。


あさはつよくなく、お店へとうちゃくするまでに自己をコントロール。

雨がふってきました。
こんな日は家でのんびりしていたい。


ほんと。
楽しい時間はあっとゆうまですね。

投稿: 美容師 | 2008/03/14 8:21:30

最近のソニーを見ていて、物づくりから一線を置くようになったのかなって思っていたけど復活したって印象です。
映画会社だったかな?買収したとき、日本人用の仕事してたらものすごい赤字になって残念だけど人材を変えるというかソニーの中でももう日本のソニーじゃなくて世界のソニーになる姿が色々勉強になるなって思いました。
今使っているパソコンもソニー。
利便性もあるけどやっぱりデザインが重視です。
携帯でもデザインを重視にしてる所あるみたいですね。
日本人はやっぱり物作りをしていかないといけない。
海外ドラマを見てると、たまに日本の事が出てきます。
ヒーローズを見てるけど、日本人役のヒロが過去に戻されて時代は1620年ぐらいの時代。
その時代は戦国時代って事でもないのに戦国時代になっている。
映画の80日間世界一周では、鎌倉なのに京都が出てくる。
アメリカ人はちゃんと歴史を調べないでおおざっぱなんだなって印象で、日本人だったらもっとちゃんと調べて作品にするよって言ったら、
今の日本人もきちんと調べないで作品作ってしまうことあるよって。
時代の流れらしい。。
なんて関係ない話しました。

投稿: kazu | 2008/03/14 7:36:21

茂木さん、私は自発性ってとても大事だと思います。

自発性なく生きるのは、私にとっては牢屋に入れられているか、

生物として生きるために機械的に動いているようで、実感が伴いません。


ルビコン河を渡る…と聴いて私が今思い出すのは、

仏教のお話にある、飢えた僧侶のために自ら火に飛び込んだ兎の話と、

数年前に、山手線で酔って線路に落ちた人を助けるために亡くなった、

韓国人留学生とカメラマンの方です。
他人のために、自分の命をも忘れて成した行為の源はどこにあったのでしょうか。
この判断が瞬間的にできるのだから、
人間はとてつもない能力、
テロや環境破壊や、様々な保身から来る不幸を覆すだけの力を、
誰もが秘めているように思います。

投稿: ももすけ | 2008/03/14 5:09:54

柳川透君のレヴューに興味を持ちました。脳血流動態の測定によるdefault networkに対する考察と理解しました。この場合、切断酵素の影響などはどのようにお考えなのでしょうか?

投稿: Nezuko S | 2008/03/14 3:28:34

こんにちわ、二度目の投稿失礼します。

自発性を考える上で、目的を持つ、目的を決められる、目的を見つけ認識して自発的に考え行動する等を考えると、目的意識と自立性は車の両輪のように考えられます。

すると、人間の目的、宇宙の目的、意識の目的等(他にもいっぱい)に発散してしまうと、考えられるのではないでしょうか?

投稿: 自発性のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/03/14 1:12:40

決意してルビコン河を渡るような時と、無意識でなにかをやる時の意志力はどちらが深い出所になるのだろうかと思う。

投稿: 山岸浩 | 2008/03/13 22:05:24

昨日コメントしようと思って、書けなかったことから書かせていただきます。

昨日の日記で、いろいろな脳の変異を紹介する、テレビ東京で放映予定の番組について書かれていましたが、脳という臓器は本当に様々な不思議を秘めているものなのだ・・・ということを改めて思う。


文化庁での青木長官とのツーショット、お二人とも、とても素敵です!青木さんの慈父のような笑顔が印象的ですね。

対談のほうは普段の日なので行けなくて、残念でしたが…。


古き好き「モダン」時代のスタイルをそのまま残す、文部科学省の建物…。アンティークや歴史の遺物を見るのが個人的に好きなので、1度建物の外面だけでもジックリ見学させてもらおうかな…と思っています。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/03/13 21:09:49

「default network」とても考えさせられます。
これは脳内に限定されていたのか、いないのかが非常に気になる所です。

世界とのnetworkから独立自存した脳や私などないという考えは
私みたいな脳を研究していない者から見ると、非常に荒い概念で、比較的安易に語ることができます。

しかし、よく考えてみると、そんなことは当たり前であって、心脳問題の何の解決にもなっていません。

クオリアについて、考えを巡らせても、それはクオリアのクオリアにすぎないのではないか。という思いさえあります。

かつて弟子になる前のクチラ尊者がブッダに議論をふっかけたそうです。
釈迦よ。あらゆる教えは打ち破られる。だから私はどのような教えも受けない。
クチラよ。ではお前は、どのような教えも受けないという教えも受けないのか
釈迦よ、私はその教えも受けない。
クチラよ。それではお前は何もしっていない人と同じである。どうしてそんなにおごり高ぶって、何でも知っているような振る舞いをしているのか

クチラ尊者は、議論に負けたから弟子になったのではなく、そのときのブッダの振る舞いを見て、弟子になったといいます。

とても考えさせられます。

投稿: 金田恭俊 | 2008/03/13 18:09:52

『生命の自発性がもっとも輝くのは、意識しないでそれをしている時であるように思う』本文より…意識・無意識についてずっと不思議だなと思っていました。無意識の時のほうがけっこうなんでもうまくいく。でも新しいことを取り入れるとき〓意識しているとき〓はぎこちなく,雑念もあり不自然な振る舞いが多くなる。あたしは,脳の回路と意識・無意識の関係を思った。回路を作ってしまえば無意識に(行いたかったことが)できるようになる。
意識・無意識は生きている間,永遠にくりかえされる。
なんともまとまらない頭の中。ですがランチが終わるのでこれにて失礼します。

投稿: 柴田愛 | 2008/03/13 13:59:43

こんにちわ

植物状態が解けて、体は動かせないが意識がずっとあった人の事がTVであった事を思い出しました。


魚のような脳の場合、えさが自発性につながると思います。人間のような高度な脳を持つ場合、好奇心が自発性につながると思います。ドーパミンと関係していると思いますけど、ドーパミンがなぜ出るかは、よくわかりません。(^^)

投稿: 好奇心のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/03/13 13:48:37

植物状態でも覚醒した意識と同様の反応が観察された、
ということは、ある程度予想もでき反面衝撃でもあります。
MRIが捉えたのは「内容」であって「私」ではない、というのは
仮説ですか。証明するに足る証拠があるのですか。

「内容」と「私」というのは例えば、思い出を想起する回路は働いているがそれを認識する回路は働いていないというようなイメージですか?
しかし、ある脳の部分がダメージを受けても他の部分がそれを補足するような働きを始めたという事例もあるでしょう?
本当に「私」はないのでしょうか?

投稿: ぱる | 2008/03/13 10:05:17

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