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2008/03/16

私は「グルメ」ではない。

ヨミウリ・ウィークリー
2008年3月30日号

(2008年3月17日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 第98回

私は「グルメ」ではない。
抜粋

 そもそも、不味いもの、飛び抜けて美味でもないものでも、それなりにありがたいという感覚がある。文明を発達させた人間は、大きな顔をして美食だ何だと言っている。しかし、野生生物にとっては、「次の食べ物はどこから来るか」ということがそもそもの大問題である。十分な食料を得られず、死んでしまうものも多い。歴史をふり返れば、人間だって同じ。これからだって、どうなるかわかったもんじゃない。
 私にとって、「美食」とは、本音において「あることにこしたことはないが、無ければなんとか我慢する」程度の存在らしい。むしろ、「与えられたものを、できるだけ美味しく頂く」という態度の方が、私には自然に思えるようである。だから、美食に身が入らない。頑張ろうとは思うが、本物のグルメには負けてしまう。勢い、食に関する蘊蓄は友人たちに譲るということになる。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

3月 16, 2008 at 07:54 午前 |

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コメント

ジャズ・ジャーナリストの小川隆夫さんのブログの「カイラス」創刊記念パーティの写真に、博士かも?の後姿が写ってました。
私もグルメとは言えないと思います。満席なら、他店に、どこでも結構、とそんな感じです。

投稿: Nezuko S | 2008/03/16 18:29:07

「グルメ」という言葉自体が捕らえ方が様々あって、その曖昧な基盤の上に「ちょっと鉱物質で、ブルターニュの土の香りと、ナッツのような・・・」などとやられると、私も面白く感じる。でも、薀蓄は芸談のようなもので、距離を置いて楽しむ。
私は昔ながらのモッタイナイ世代です。

新鮮な素材の味を生かしたものが一貫して好きだ。
新鮮な刺身と質素な野菜料理で決まりと思う。

そもそも、ソースとかタレに凝ることは、低温流通のなかった頃の話だと思う。

苦労して仕留めた獲物の、湯気の立つ肝臓をほおばるライオンなどは、「グルメ」の頂点にいると思う。

投稿: fructose | 2008/03/16 16:12:04

初めてコメントさせていただきます。
私も茂木さんの「美食」に対する態度に共感します。
私は食べることが大好きで、おいしいものも大好きです。ですが、常に思います。「美味しいと呼ばれるものを食べる」ということは、いかに受け身な態度なのかと。
塩味のお粥だって、味わって感謝しながら食べれば、高額のステーキを何も考えずにダラダラ食べるより何倍もおいしい。

なんだか、今の飽食時代において、私たち人間は、食物が頂き物だということを忘れてしまっているような気がします。

投稿: Reina | 2008/03/16 8:19:33

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