« そんなもん、入っていられないよ | トップページ | 『プロフェッショナル 仕事の流儀~ふれあいミーティング』 »

2008/03/08

天の配剤

人生で一番大切なことの一つは
「問題設定」であろう。

どういう問題設定をして、
その中で努力をするかによって、
どんな方向に伸びていくか
ということが決まる。

ティーンエイジャーの時に
「日本の大学入試に受かる」
という問題設定をすれば、
そのような方向に沿った
人間が形成される。

成人後は、自分で問題設定を
見つけなければならない。

時々刻々と自分が何を感じている
かを把握する「メタ認知」以上の、
究極のmetacognition at a distanceが
そこにある。

「うちのじいさんはね、会合に呼ばれても、
座にいる人を見て、本当に2、3秒で
くるりと後ろを向いて帰ってしまう。
そんなことがあったようですよ。」

白洲信哉が語る、小林秀雄の
「見切り」の速さ。

どのような文脈に自分を置くかは、
本来「電光石火」のことの
はず。

白洲信哉と田森佳秀が
「第七餃子」の座敷で話している様子は
実に面白かった。
これこそ、「生きた文脈」
というものである。


田森佳秀と白洲信哉。 金沢の第七餃子にて。

人と人が出会う度に、文脈が変わり、
問題設定も変わる。

すでにある「今、ここ」の文脈の
中で活き活きと働くことと同時に、
文脈自体を選択し、形づくって
いかなくてはならない。


レアンドロのプール(21世紀美術館)にて
白洲信哉と。撮影佐々木厚


21世紀美術館にて。右から秋元雄史館長、
佐々木厚さん、額田久徳さん(ゲーテ編集長)
西川節子さん(写真)、白州信哉さん、
田森佳秀さん。

東京に帰り、東京工業大学へ。

ゼミ(The Brain Club)は今週は大岡山で
開催である。

箆伊智充くんが

Stetson et al. (2007)

Does Time Really Slow
Down during a Frightening Event?

及び

Pariyadath and Eagleman (2007)

The Effect of Predictability
on Subjective Duration

を紹介する。


時間について熱く語る箆伊智充くん

ある条件の下で主観的時間がdilationするので
あれば、それに対応する音の周波数の
知覚、視覚的時間分解能などに変化が
生じても良さそうであるが、
実際にはそのような効果は生じない。

では、主観的時間の刻みの変化には、
どのような生理的メカニズムが関与し、
その機能的意義は何なのか?

箆伊は一貫して主観的時間の問題に
興味を持っていて、今までの
sensori-motor coodinationあるいは
agencyの領域から今回の問題のような
領域に関心を広げたのは良い
ことだと思う。

箆伊が二本目を紹介している途中に
トイレに立った。

ふと向かいの教室のドアを見ると、
「坂井典佑教授最終講義」とある。

坂井典佑教授は、素粒子理論の
研究で著名である。

それで思い出した。石川哲朗が、
学部の時の指導教官である坂井先生
が最終講義をして、
それに出席するからゼミを欠席する
と言っていたのである。

偶然、前の教室で行われているとは!

のぞき込むと、もう人が座っている。
時間を見ると、5分後に開始である。

「おい、石川の先生の最終講義、前
でやっているぞ!」

ゼミ教室に戻り、呼びかけた。

「君たち、最終講義というものを聞いた
ことがあるか。いいもんだゾ。
中断して行こう!」

こういう時には反応が早い。

ぱっと荷物をまとめて、隣りの
教室に移った。

素粒子の標準模型の構築の歴史を
ふり返り、
最近の超ひも理論まで。

坂井先生のお話は温かく、興味深かった。


坂井典佑教授の最終講義

石川哲朗も、熱心なまなざしで聴いている。


坂井先生の話を聞く石川哲朗(中央一番奥)
野澤真一、岩村憲の顔も見える。

坂井先生は東工大に25年いらした。

そこに、一人の学者の人生がある。

最後に、花束贈呈が行われる。

その時、人は言葉にならない何かを
感じているものだと思う。

かつて留学していた
ケンブリッジ大学では、いろいろな
分野のレクチャーが行われていて、
人々が勝手に移動して聴き、
議論をしていた。

あのような雰囲気を、ここ東京でも持ちたい。
学問とは、畢竟、補助線を引くことではないか。
そう思っている。

天の配剤により、
図らずも、ケンブリッジが降臨した。

しかも、石川哲朗の人生の軌跡に
おける味わい深い一瞬と共鳴したのである。

確かに、それは、「今、ここ」
にある。
問題設定と文脈さえ工夫すれば、
呼び込むことができる。

不思議な感触のある一日だった。

3月 8, 2008 at 09:59 午前 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55852/40421594

この記事へのトラックバック一覧です: 天の配剤:

» 福沢諭吉 国を支えて国を頼らず 北 康利 トラックバック 須磨寺ものがたり
何故か福沢諭吉に興味を持ち、 「福沢諭吉 国を支えて国を頼らず」 北 康利を、 買い求めていたので、 読んでみることにした [続きを読む]

受信: 2008/03/08 12:08:25

» 読み齧りでナンデスガ・・ 「グッとくる左翼」って言ったって トラックバック 旅籠「風のモバイラー」
「左派の言説が影響力を失って久しい。だが、なぜこれほどまでに、その権威は失墜して [続きを読む]

受信: 2008/03/09 1:01:44

» 自分探しと他者との関係性 トラックバック Progress
[parts:eNoztDJkhAMmY3OmFBMDE0tDSzODRDNDcwtzS0tDQ5NE01QLoFhqiqW5hYlBinGKSaqRXlYxAB16DAw=] [parts:eNoztDJkhAMmYzOm5OTERNOkVAsAINMD0A==] 今の自分はどうあるべきなのか、自分とは何者なのか、そんな自分探しの旅を人 はよくします。 ただ、人はその時代の文化、属する集団などの制約の中で生き、その制約から享 受される自由をもとに、思考し、また生きています。 ですから、... [続きを読む]

受信: 2008/03/09 1:32:17

コメント

本日二度目の投稿で失礼します。

この日の記事にある、レアンドロのプールの写真…。青い、深い次元世界に入った二人の人物。

不思議なプールの底で流れる時に身を任せる、お二人の表情と佇まいが、ゆるりとしていて、とてもよいです…。


投稿: 銀鏡反応 | 2008/03/10 22:55:50

単位のためのカリキュラムではなく、知的関心に導かれて自由に往来できる知性の場、そんなものが大学にあればいいのではないですか?
ところで、自分で自分に対する課題設定が出来るかどうかで、仕事も学習も格段に成果が違ってきます。日本人は誰かに与えられた課題は優秀にこなしますが、自分で課題設定するのは苦手だと思います。課題設定できれば、より成果が得られるはずです。

投稿: 山本 | 2008/03/10 18:41:51

茂木さん,おはようございます。

先週,知り合いの方から「企業が社会に果たす責任(貢献というのか)」について,ひとつ具体例をあげてあたしに話して下さいました。内容詳細は省きますが,それまで考えもしなかった視点からのお話でした。その視点に賛成,反対,いい,悪いといったものは持っていません(今,それについて判断する材料を持っていないのです)血肉として吸収されてからどう思うかな?すこし見えてはいるんですけどね…楽しみです。あたしがいま設定してる問題以上のものが飛び込んできて2〜3日言葉がまとまらない状態で過ごしていました。
『今,ここ』現在あたしの問題をクリアすべく努め続けていたら,いつかそれを判断できる日につながるという強い確信があります。『今,ここ』大事な言葉ですsign01

投稿: 柴田愛 | 2008/03/10 3:47:46

レアンドロのプールの博士の写真、とてもいいですね。ダウンロードして飾っておきたい位です。
Philosophy of Science Winsconsin Style は、Online が充実していて便利です。科学哲学の論文を読むのはとても楽しいです。
春にパリへ行く予定だったのですが、都合が悪くなり、雑事に追われるばかりかと思っていたら、「悦ばしき知識(博士版)」に引きずられて。。。
懸案の英語論文も、苦慮することなく進めそうです。
博士に毎日、元気づけられています。ありがとうございます。

投稿: Nezuko S | 2008/03/09 4:05:58

 おはようございます。

21世紀美術館、あのプール入りましたよ、昨年11月。
不思議な感覚がありました・・。

プールの中のお写真、素敵に撮れていますね!
私は上に向けて水から見える空を撮りました~。

石川くん、頑張っているのですね~。
勝手に親しみを感じています・・。
最終講義・・教壇の先生も感慨深いものがあるでしょうね・・。

投稿: tachimoto | 2008/03/09 2:04:33

感動的でした。
先日の日記の
「私たちは皆旅人であり、一人ひとりが持つ通行手形に、
行き交ったものたちの残滓が刻印されていく。」
とシンクロし、じんわりと込み上げるものがありました。
最終講義の現場にいらっしゃった熱心な方々。
輝く「今、ここ」を共有されたことと思います。

metacognition at a distance

自分に振り回されない自分をつくれるよう
1mくらい後ろ・上方あたりから自己を見つめる
練習というか習慣を身につけたいと思いました。
足すべきものや伸ばすべきところは何か、
自己分析でリセットです。
その上で自分自身の問題設定を見極められたら。
文脈の中に置かれるのか、文脈を自ら敷くのか、
この差で問題設定に対する態度も
大きく変わってくるのだろうと思います。
不可抗力的な環境のもとではなかなか難しいことですが、
そこはやはり捉え方次第で、活き活き度につながると思います。

学問の環境が少しでも改善され、
補助線の数も増えると素晴らしいですね。
補助線はやっぱりカッコイイです。
ご著書でよく言われる、文系・理系の区分はナンセンス、の事、
本当に大切なことだと思うので、
周囲に言いふらしてもいいですか(笑)。

天の配剤により、不思議な感触、とありますが、
なんだか茂木先生ご自身に何か引き寄せる力のようなもの
あるいは直観的なものが
あったような気がしてなりません。。。

今宵は久々に冬の星座が輝いています。
安堵のひとときです。
おやすみなさい。

投稿: s.kazumi | 2008/03/09 0:59:40

子供時代、ずっとある種の“レール”の上を走らされていたように思うことがあるけれど、今考えて見ると“レール”の上で学んだことはあながち、無駄にはなっていないな、と思う時がある。ものの基本的な見かたとか、悩みにぶつかった時の対処法とか。

このごろ、というより、ずっと前々から、もっと学ぶことがたくさんあるのだということを、神経が痛むように感じている。

成人したからこそ、もっと学校というレールの敷かれた世界で学んだこと以上に学ばなくてはならないものごとが、数えきれないほどあるのだと。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/03/08 21:31:46

一体どうしたら「同情」の誘惑に屈することなく、
perspektivismus な状態に陥ることなく、
問いを立て、文脈を見極めることができるかなあ?と
考えてしまいました。
大いなる正午の瞬間に立ち会うことができればなあぁ~!
なんて虫がいいことばかり考えながら。

知らないことが多すぎる。
それが私の中でかなり切実な問題に膨れ上がってきて
普段以上に頭が空回り、押しつぶされそうな感じ。
何を知りたいのかさえ知らないくせに!と
ひとりボケツッコミ。笑

投稿: Boo | 2008/03/08 20:42:17

こんばんは。

モデルがよいのか、カメラさんの腕がよいのか、それともレアンドロのプールの存在がそう見せるのか。


けれども、
素敵すぎてて、かっこよくって、思わず笑ってしまいました。


青い。


青さに、キュンときました。

投稿: 美容師 | 2008/03/08 20:41:37

初めまして。

”最終講義”って何かを感じますよね。
ひとつのことを何十年もやってきた人の話からは、必ず何かを得られそうな気がします。
大学のホームページに退官者名簿と最終講義の日程がでてくるころになると、特に知らない先生でも「お疲れさまでした」と思い、最終講義を聴きにいってみたくなります。
そしてまた少し切なさも感じますね。

投稿: dresselhaus | 2008/03/08 17:24:35

レアンドロのプール、主観的時間ときて
いきなり坂井さんの最終講義になった!

人生における急転直下の「転調」。

そう何度もあることではないですが、
その「相転移」を後から振り返ると、
ふだんの日常以外にも
無限の可能性が立ち現れていることに気づかされて
茫然となります。

しかも僕のhomeは素粒子・宇宙なので、
茂木さんの昨日の「転調」は
僕にとってより劇的に響きます。


そう、あと、数日前、研究会に来ていた
東工大・素粒子の人から聞いたのですが、
近々、ちょっと豪華なところで
坂井さんの退官記念パーティーをするそうです。

この話も茂木さんの「転調」と共鳴して
今僕に不思議な感触を残しています。

投稿: zitterbewegung | 2008/03/08 14:52:52

こんにちわ

((世界+相手1+相手2+・・・)×自分)+((世界+相手1+相手2+・・・)×自分)+・・・

を、時間における自己形成を式で表すとこんな感じかな?、と考えました。


坂井典佑教授、ご苦労様でした。(^^)

投稿: 自己形成のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/03/08 11:19:35

コメントを書く





絵文字を挿入