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2008/02/28

通行手形

パレスホテル。
猪口邦子さん、猪口孝さんに
お目にかかる。

テレビ東京の番組の打ち合わせ。

PHP研究所。

二件の取材を受ける。

お寿司屋さん。

木南勇二さん「日本テレビがあった頃は、
テレビの人もたくさん来ていたん
ですけれどもね。」

街の潮目は変化していく。
人の表情も移る。

国分寺の日立中央研究所。

武田英次さんが「一度いらっしゃいませんか」
とお招き下さった。
「変人橋」ならぬ「返仁橋」
があるとは聞いていたが、
実見して驚いた。

深い森があり、谷に橋が
架かっている。

研究所というものはそもそも
「変人」だらけであるから、その名前が
付いたわけだが、
鬱蒼たる自然の気配に包まれるという
ところまでは予見できなかった。

人は返仁橋を渡り、自動車はぐるりと
森を抜ける。

なんだか魔法にかかったような
気持ちで、大樹の間を歩いた。

禰寝義人さんが、中央研究所のoverviewを
お話くださる。

禰寝義人さんは、ケンブリッジ大学の
experimental psychologyに留学
されていたという。私のいたphysiologyの
すぐ隣りである。

外に出る。
研究棟を抜けると、そこには庭園があった。

池があり、鳥が泳いでいる。竹林を風が抜ける。
わき水からは透き通った流れが地を充たして
いた。

開所は昭和17年という。当時の日立は
まだ32歳。企業としての若々しい意図と、
その頃の人の大いなる構想力を感じる。

矢野和男さんにセンサネットの
プロジェクトについてお話いただく。
人間身体にかかわるデータを
集積する時に開かれる
計算世界は、その可能性が
まさに発掘されつつある。

牧敦さんに、光トポグラフィーについて
レクチャーいただく。

「YES/NO」
一ビットのBMIや、
最新の携帯型のプロトタイプなど、
非侵襲型の脳計測の手段としての
光トポグラフィーの発展の
方向を実感できた。

小泉英明さんがいらっしゃる。

「泉水クラブ」にて懇談。

武田さんの技術観、人間観、
小泉さんの脳科学の現状に関するお考え、
さまざまな研究者たちの消息、
これからの課題、
日立という会社のさまざまなトピック。

武田さんがセレクトされた
ワインも美味しく、
楽しい時があっという間に
過ぎていった。

多言語主義よりも大切なのは、
多文化主義だと信じる。

日立という企業のコーポレート
カルチャーを垣間見た。
その奥行きと深さを実感する。

私たちは皆旅人であり、
一人ひとりが持つ通行手形に、
行き交ったものたちの残滓が
刻印されていく。

2月 28, 2008 at 07:53 午前 |

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コメント

まったく関係ない話ですが、お寿司最近食べてないです・・

東京に来て、茨城県の日立でしたか?
あすこが発祥の地だと初めて知りました。
茨城県って後宇宙科学とかもありますね。
科学の街なのかな~。
鮟鱇鍋しか頭になくて(笑)
梅の季節ですね。

投稿: kazu | 2008/02/29 7:16:20

茂木さん,本日は(パオ)でいきます。

「私たちは皆旅人であり、一人ひとりが持つ通行手形に、行き交ったものたちの残滓が刻印されていく。」この文章に涙が出ました。
昨日ひとつの別れがありました。涙はなく心の痛みと体の疲れを感じました。何の感情も持たぬまま茂木さんの文章を目にしたら自然と涙が溢れていました(自分のために泣くという行為は自分を憐れむためものだと思っているので人にお話しするのは恥ずかしいです。が,茂木さんの文章に素直に反応してしまったことをお伝えしたく書いています)

人は一度出会ったら失わないと私の好きな作家が言っていました。
通行手形(記憶)に
生き交わったものとの思い出は刻まれ,私はまた旅を続けるのだ。。

ひとつよかったことがあります。伝えたかった言葉を相手に伝えられました。。あとは。。なにくそ!哀しみになんかに負けてたまるか!…以上です(^O^)/笑!

投稿: パオ | 2008/02/29 3:29:57

私は公立高校三年生です。
受験を終えましたが、結果は「残念」でした。

先生の勉強法の本を読ませていただきました。amazonのカスタマーレビューを見ると「期待はずれ」だったという人もいました。しかし私ははそういう人がいればいるほど、優越感を感じます。
おそらく期待はずれと感じた人は学問するということに対し、喜びを得ようとなんて思っていなく、ただ受験に受かるテクニックを求めているのだと思います。しかしそれは先生の言いたいことを理解していないのではないか。と思うのです。

私は気づきました。
小さいころ(勉強が今より出来て、好きだった時)、問題の答えよりもその問題文を楽しんだ、その教科の世界を楽しんだ。
その感覚を気づかぬうちに失っていたと。

それに気づいたのは入試の四日前でした。
私は小手先のテクニックや方法論ばかりに固執し、解ければいい、受かればいいという考えの愚かな学生でした。当然、勉強は嫌いでした(嫌いになった)。

先生の講演を振り返り、ほかの講演の録音を聞き、先生の本を読み、やっと学問を楽しもうという気持ちになれたのです。

金子みすずの「みんなちがってみんないい」と本当に、心から思うとはどういうことなのか。
自分はこの本質を理解し、実践しているのか。

教科書に載った数直線に感じたあの気持ちを取り戻すために、
私は再スタートをしようと思います。

「知の卓越」を目指そうと心から思えた。
先生には感謝しています。


一言でいいです。いや、一文字でもいい。
私にメッセージをいただけないでしょうか。
それをこれからの一年間の柱にしたいと思うのです。
お忙しいのに、すいません。

先生が小林秀雄に感じる思いを僕は先生にぶつけたいと思います。

これからも頑張ってください。
応援しています。
そして、いつか先生と学問でお話できたらな、と思います。

投稿: LEGO | 2008/02/29 2:51:08

今日、会社で
「ヘンジン橋知ってます?」と聞いてみました。
皆、口をそろえて
「知ってるよー」と。
日立社内ではかなり有名なのですね。

実は私、場所は違えど、同じ会社で働いています。
こんな素敵な方々がいらしたとは。
中央研究所がそんなに素敵な場所だったとは。

今度、出張してみます♪

投稿: asami | 2008/02/28 21:27:23

こんばんは。

日記の最後の言葉を読み、ふっと芭蕉の「月日は百代の顧客にして、行き交う人もまた旅人なり」という「おくのほそ道」の冒頭を思い出した。

私達は、まさに「時」という大河の流れに船を浮かべて、おのおの行き交いながら、出会いによって生まれ来る様々な思い出を抱きしめ、死という最終地点を目指して、さすらうように航行する「旅人」なのだ、という思いが涌く。


日本テレビが、まだ汐留に本社を移すずっと前、休みの日に当時あった御茶ノ水から渋谷駅前まで行く、都営の路線バスに乗って、よく渋谷や青山界隈に行った。

バスの車窓から、当時千代田区二番町にあった日テレの旧本社ビルが見えたものだった。

あれから18年、その路線バスはなくなり、町の風景は一変し、日テレも、今の汐留に移転し、あの一帯を“一大未来的娯楽都市”に変えた。

かつて子供向けのグラフ誌で見たような、「未来」志向のビル群が、ドンドン建てられていき、今まで見なれた懐かしい光景が、まるで夢幻・蜃気楼のように消えていく。

目に移るものたちの移り変わりを目の当たりにするのも、人生という名の旅路には、まさにつきものですね。

それにしても、きょうびの、身の回りの風景の変わりようは、あまりに激し過ぎるような気がする。時…時代の流れが、昔と比べて、やはり急になってきているようではあります。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/02/28 21:21:56

お忙しそうですね。
幅広く後活躍されている茂木先生の日々の活動を垣間見られるブログは、
貴重な場所だと思っています。

「多文化主義」
言葉の本当の意味は分かりませんが、本能的に好きな言葉でした。

投稿: | 2008/02/28 15:52:16

光トポグラフィー装置が、脳神経外科領域において、てんかんの焦点の同定の検査に使用されていることを知りました。
知人のご主人が、てんかんの専門医でいらっしゃることに対して、特別な意識を持たずにいたのですが、博士のブログの未知の言葉を調べることによって、なんとなくの世界が、リアルになり、医療現場まで想像してしまいました。

投稿: Nezuko S | 2008/02/28 14:46:15

こんにちわ

光トポグラフィーで、人間の満足度がわかれば、車や食べ物、衣装デザイン、テレビ映画等のエンターテイメント産業に大きな影響を与えるのではないでしょうか?


「返仁橋」を、グーグルアースで、探しましたが、森に隠れて見えませんでした・・・残念!!(^^)

投稿: 返仁橋のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/02/28 11:53:11

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