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2008/01/21

空気の中の分子たち

 現代社会ではジェンダーの
あり方も変わってきたが、
 脳の進化というものは
文明の短い時間の中では帰趨しない。

 長い歴史の中で、長らく、
女性にとって最大の意思決定は
自らの身の振り方をどうするか
ということだった。
 好き、キライを原理として
全面に押し出していいのである。

 ところが、男どもは、
考えることが自らの身体を
離れていて、
下手に公共性とか概念とかに
振り回されるから、自分の
都合を表に出すことをためらう
倫理を身につけてきた。

 時に、(ジェンダーにおける)
女性的感性をも持つ(自然的概念における)
男性もいて、そのような人は「おねえ力」
を持っている。

 大文字の概念など知らない、
私が好きか、キライか、いいか悪いか、
それを優先する。

 自分がなぜそう感じるのか、
他人にわかるように説明しようとすると
案外やっかいな手続きがいるもので、
「おねえ力」をさわやかに発揮
する人は、きっと、理想的な
意味で両性具有的になる。

 フレッシュひたち号にて
水戸へ。

 水戸芸術館。高橋瑞木さん、
浅井俊裕さん、森司さんに久しぶりに
お目にかかる。竹久侑さんに
初めてお目にかかる。

 フラワーロボティックスの
松井龍哉さんの展覧会を拝見する。

 松井さんと対談する。

 雪が降るという予報だったが、
夜になっても東京は
乾いていた。

 「東北から来たお客さんがねえ、
こんなに暖かくっちゃ、雪は
降らないと言っていましたよ」
とタクシーの運転手さん。
 
 フレッシュひたちの中で、
そうだ、空気の中の分子たちは、
あちらから小突かれ、こちらから
小突かれ、ジグザグに運動していて、
自らの身の振り方など、全く
自由にならず、ただ、「温度」
というパラメータで記述される
無限持続の中にいるんだと
思っていたのだった。

 私たちの生は、空気の中の
分子たちからどれくらい隔たって
いるのだろう。

1月 21, 2008 at 06:01 午前 |

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コメント

私は、子供の頃から如何も男の子っぽい部分が、性格の中にあるようで、今は子供時代よりも多少は女性らしくなったように思えるが、ある意味「両棲具有的」な性格はあまりというか、ほとんど、というか、変わっていないようだ。

昨日も今日も、東京では雪はお預け状態ですね…。

明日こそ、銀世界となるのだろうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/01/22 19:01:22

好きか嫌いかはとても重要な問題で、もしかすると整合性や理屈などは、後からつけられるのではなかろうかと思っています。でも逆にいうと、理屈や整合性を知ることによって、「嫌い」というベクトルが少しだけ「好き」方向に引っ張られることや、「好き」が「嫌い」のベクトルに引っ張られることもあって、いろいろだと思います。

投稿: | 2008/01/22 10:16:41

昨日も
雪は、降らなかったけれど。

降らない事が、あらたに、心へ雪を降り積のらせる。

投稿: | 2008/01/22 2:28:35

言葉の公共性ですが、イギリスでは、「私の息子は世界一だ。」と、言っても、問題が起こらないらしいですが、日本語には、発言者の前提が海外と少し違うような気がします。

日本語の場合、最初に「個人的には」、語尾に「思う」「どうだろうか?」つけないと、発言が問題になる場合があります。

裏技として、最後に「一回言ってみたかった。」という方法がありますが、これは、「笑い」を取れば成功なので、難しいですよ。(^^)

投稿: | 2008/01/22 0:30:09

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