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2008/01/04

みんなが「無理・・・」と思っていることを

1月2日のqualia journalに、紅白の時の
中村勘三郎さんとお話した内容を書いた。
それは、少しばかり尖った視点の
ものだった。

カナダ出身で日本に住んでいるという
Claireという方がコメントを寄せて
下さった。

It is really interesting to read about your
perspective on things outside the usual
contrived TV context, where people are
always asking you to talk about whether
something is good for their brains or not. ;)

どんな方か想像するしかないが、
そのように言っていただくと
うれしい。

Rain Reaction
のエントリーには、
アルゼンチンから、

i found your blog really fascinating, and
i loved this particular post. 
its amazing
how i can read your thoughts from that
moment you narrated from the other side
of the world.

というコメントをいただいた。
英文の日記を時々書いて
いて良かったと思う。
(本当は毎日書きたいところ
だけれども)

脳に関するTVのコンテクストが
狭いことは事実である。
勘三郎さんとの会話は、歌舞伎という
表現芸術の根幹に関わることで、
例えば「文學界」にだったら
ごく自然に書けるかもしれないが、
TVでは難しいだろう。

しかし、不可能というわけでは
ない。実際、お笑いタレントの
人は、そのような領域に踏み込む
ことがあるように思う。

あるジャンルの中でできることは
これだけだと思いこんでしまう
ことは、自己規制に近い。

森達也さんがとりあげてきた
「放送禁止歌」の問題にしても、
実際には明文規定があるわけでは
なく、関係者の思いこみに過ぎなかった
らしい。

イギリスのBBCで放送されている
Stephen Fryが司会をするQIなどを
見ると、TVではこれはできないとか
ここまでだとかいう限界が崩壊
していくはずだ。


KYというのが流行語になって
いるらしい。
「空気を読む」能力自体は、
洋の東西を問わず、誰でも
持つ脳機能である。
事実において、「空気」がどうで
あるかを認識することはできないと
人間の社会的認知が成立しない。

問題は、その後、その「空気」
に従うのか、それとも例えば
自分のやり方を貫くのか
という点にある。

「KY(空気を読む)」をした上で、
自分の感覚やプリンシプルを
追うということもできるはずである。

ぼくは、どちらかというとそちらの
可能性に賭けたい。

昼間からお酒を飲んで午睡する
という「ラテン」な
生活もそろそろ終わりで、
山積する仕事を端から片付け
始める。

年末まであれほど仕事に
追われてヒーヒー言っていたのに、
たった一日か二日ゆったりと
しただけで、「さあ、もうそろそろ」
と引き締まった気分になるから
不思議だ。

でも、一週間くらい呆ける
ヴァカンスとやらもそのうち経験
してみたい。

有吉伸人さんからは、
「3年目の今年は、これまで以上に、
テレビの限界に挑戦したいです。
みんなが「無理・・・」と思っている
ことをやりたいです。」
という年賀状をいただいた。

生命の本質が変化であるならば、
「なぜここまで」とふり返って
思えるような変貌を遂げてみたい。

1月 4, 2008 at 04:23 午前 |

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コメント

「自己規制」という名の明確なゴールは一見、魅惑的。
けれど、様々な可能性を自ら狭めてしまうのですね。

「普通」であり「常識的」でありながら
他と一線を画すのは、匙加減が難しい。。。
奇異なことをして自己をアピールするのは
たやすいのに。

「なぜここまで」の変貌、という力強い言葉。
家族やその他たくさんの人々に支えられているとはいえ、
大抵のことは自己資本でまかなえる人の強み。

自分の外ばかり探すようなサバイバル状態は
駄目だと分かっているのに。
基本、他人資本の私の筆頭株主は可哀想!
市場性もないし、たいした配当金もないし、
とうぶん値上がりもしない。。。(笑)

「変貌」、メタボ面でも期待しています。
だってオバマ氏!!!
茂木さんより、ひとつお兄さんなんです!
ネット時代ゆえに可能になった(?)多忙な茂木さんのシエスタ…
打倒オバマ氏!!!

投稿: | 2008/01/05 0:55:22

まだ20代だったころ、流行歌や文学、漫画など文藝の世界で「自主規制」(=自己規制)が話題になったことがある。

つまり、昔から障害者や性的な行為などを差し表わしてきた言葉は「差別表現」とされ、使っては相成らぬ、というわけで、そうした言葉が歌詞に入っている歌が、TVやラジオで「放送禁止」にされたり、

または白土三平作の劇画「赤目」の登場人物の話し言葉の中にある、障害者をさす昔からの表現が、もともとは「め○○」とあったのを「目が見えない」という普通の表現に書きかえられたり(編集者の指示で作者がイヤイヤ書き換えたのか、それとも作者自身が当時の空気を読んで、自主的に書き換えたのだろうか)ということが、当時の業界で盛んに行われていたそうだ。

当時の職場にいた私の上司などは「自主規制なんかやったら、これまでの文学はなんだったんだ!」と本気で怒っていた。

その“自主規制”が関係者側の単なる“思いこみ”からきていたとは…。

あの時、ああいう表現は差別につながる、という業界側の強い思い込みによって、ひょっとしたら、TVなど放送の世界や、文学・漫画の世界で、ある種の「表現の自由」が狭められてしまったのかもしれない。

障害者の方々に気を遣うのは決して悪いことではないが、それにしても、あまり度が過ぎた自己規制=自主規制は、芸術のためには如何なのかな?という思いがある。

TVが表現の限界に挑戦することは、むしろTVの可能性を広げる為にも好いことなのではないか。

周囲の雰囲気を察しつつも、藝術に携わる者は、常にギリギリ、スレスレのところまで表現の勝負をしなくてはならないのではないか。

きょうの日記を読んで、そう感じざるを得なかった。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/01/04 23:16:35


しばらくその場から
動きたくなかった。

昨晩。
遅くにとり出した本。伊藤作品についての箇所を読みすすむ。
近い感情を体験した記憶がよみがえり、これがクオリア。
再認識。

コメントをしたく深夜...
しりきれトンボ。

コメントもややずれており、空気が読めているだろうかと、心配。!。

本日のブログをよみ、茂木先生に学ぶ方々は幸せですね。
何か、ひきだしが増えさらに広がります。

そんな風に感
じました。

投稿: | 2008/01/04 22:07:41

デザインをやっております。
“空気を読む”(周囲に従う?場合)ってそれほど重要なことなのか・・
時々疑問を感じることがあります。

それって、何も変わらないんじゃないかなと・・

投稿: 西山眞司 | 2008/01/04 13:15:08

自主規制について少し。

ちょっとだけADやっていた人間としては、仕事やっていて驚いたのが「“情報バラエティー”はヤラセOKだけど、”情報番組“でヤラセは有り得ない」という制作者側のモラル意識です。

そんなの、見ている視聴者には分からないですよね?

投稿: | 2008/01/04 10:44:02

こんにちわ

台風と意識を考えていたのですが、台風は、完全に予測は不可能だけど、ある程度の方向性は分かるので、完全に予測不可能ではないと考えられるのではないか?

また、二つの台風が互いに影響を与える場合も考えられます。
たとえば、「シャッター現象?」のような事が起こると思うのです、たとえば、買い物ですが、買い物は大なり小なり人生に影響を与えます。また、買い物は、脳の感情の部分の影響が大きいと聞いた事があります。つまり、「キミなら、努力すれば、東大行けるよ。」と、聞いた時、気が変わった場合、「その言葉を買った、」と、言えるのではないでしょうか。すると、カメラで景色を撮るとき、「今が買いだ!!」の場面で、シャッターを押す事になります。

私は、海外の掲示板に投稿していた事があったのですが、英単語の日本語の意味が分かっても、感情的感覚が分からないので、怖くなって、投稿をやめました。海外留学で、英単語の感情的感覚を知っている、茂木さんがうらやましいです。(^^)

投稿: | 2008/01/04 6:43:09

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