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2008/01/05

カラスの行水

籠もっての仕事が続いていたので、
二日間お風呂に入っていない!
 これは久々の記録だ!

 普段は毎日お風呂に入る
(というかシャワーを浴びる)
そして髪の毛を洗うが、
 これは「東京」に出ていくから
だという気がする。
 (住んでいるところも「東京」だが、
住んでいる「東京」と出かけていく
「東京」は違う)。

 籠もっている限り、
風呂に入らなくてもあまり
気にならぬ。
 コンビニに行く時に
少し動揺するだけの話である。

 小学生の時、私はカラスの行水で、
お風呂に入ってもつかりながら本を
読んでいて、そのまま洗わず出てきて
しまうことも多かった。

 それで、髪の毛を一週間くらい洗わない
ということもあった。
 あれは、一体どういうことだったの
だろう。
 今となっては考えられぬ。

 
 もっとも、男の子は、
ティーンエージャーくらい
までは、少々汚くても平気である。

 塩谷賢のように、四十半ばになっても
平気というやつもいるが。

 高校の時、私たちは共学だったが、
男子の着替え室で、
Yくんがロッカーの中に一ヶ月
くらい放置してあった体育着を
羽織って授業に出て行こうと
したことがあった。
 
 臭い!
 
 おい、匂うぞ!

 あちらこちらで声が上がった。

 それは猛然とした臭気で、
くさやの干物もかくや
という代物だったが、
 とにかく他に着るものが
ないのだから、仕方がない。
 Y君はそのまま授業に出かけた。

 体育をしている間、件の
匂いがどちらの方から来るかで、
Y君の所在がわかった。
 GPSならぬKPS(クサイ・ポジショニング・システム)だった。
 
 正月も4日になると
おとそ気分も覚める。

 仕事の合間、
 近くの公園を散歩しながら
少し自然を観察した。

 寂寞たるありさまで、
ほとんどの草は枯れ、無惨な
姿をさらしている。
 木もぜんぶ葉っぱを落としていて、
稀に青々とした常緑樹があるだけだ。

 バイオマスという観点からは、
夏に比べて冬は極小化している。
 一体、生きものたちはどこに
行ってしまったのかと思う。

 昆虫たちは、細々と命を
つないでいる。
 池のメダカたちも、
土の中のミミズたちも、
 少なくなった食べものの分配の
中で、あるいは活動を休止し、あるいは
最低限の代謝を保って耐えている。

 文明を発達させた人間は、
部屋の中でぬくぬくとしていて、
「いやあ、冬は魚に脂がのっていいね」
などと言っているが、
 古来、
 冬の到来は野外の生物にとっては
大量殺戮、大絶滅を意味した。

 小さな「核の冬」が毎年
訪れているようなものである。

 その中で、進化してきた。
 堪え忍んできた。

 春になったら、お前たち、よく
生きのびたなあ、と声をかけてやろう。
 
 自然の中でごく当たり前のように
行われていることが、
 よくよく考えてみると
大変な驚異である。

 今日は仕事に出かけるので風呂に入
なねばならぬ。

 さて、湯船で何の本を読もうか。

1月 5, 2008 at 06:21 午前 |

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コメント

そうですね。
冬の後の、春の生命の感動が最近薄くなってきているように思います。
「よく生きのびたね」ってほめてあげなきゃ・・・ですね。
今日は何の本を読みながら湯船につかったのでしょうか・・・。
最近は光合成はできていますか?

投稿: | 2008/01/06 20:31:00

KPS(クサイ・ポジショニング・システム)はSPS(スメル・ポジショニング・システム)の方がいいと思います!

投稿: | 2008/01/06 8:59:44

何かを理解することで、外界と
新たなコミュニケーションの取り方ができるようになる。
それまでの混乱や戸惑いが
ウソのように消え、世界がとても単純で
輝いているように見えてくる。。。
この勢いでどこまでも突っ走って…
と思っていたら、わりとすぐ壁にぶつかり
頭の中が「核の冬」状態になって大慌て!
なんてことの繰り返しです。

一緒に湯船に連れていかれた幸運な本は
何の本なのでしょう?
日記、すべてを語る半歩手前、
想像のやわらかな余地が残されているのが
好きです。
(恐ろしいほど分かり易いときがあるのも事実…笑)

私は今、建築関係の本を読んでいます。
昨年に引き続き異界に呼ばれたので
せめて少しでも会話についていけるように…と
無茶を承知で(笑)。
(しかも今回は自腹では行かないようなレストラン
での豪華ディナー付き!)
こんな柄にも無いことを続けていると、
また暗黒面が顔を出しやしないかと
本当はちょっと不安だったりします。。。

「記録」更新なさいませんように!

投稿: | 2008/01/06 0:09:51

こんにちわ

私の場合、病気で養生中なので、籠もっていますから、一日に2回ぐらい入ったり、数日ぐらい入らなかったりする、変動風呂日制です。

KPS(クサイ・ポジショニング・システム)は、すごいですね、匂いの空間認知があることになります。

私の場合、夏は苦手です、服を脱いでも暑いかです。冬なら服を着るだけで良いですからね。(^^)

投稿: | 2008/01/05 22:43:08

4日より初仕事。
今日は、
早朝予約、久し振りに早起きをした。


Yくんの、くだり。
ニオイと共に頭からはなれません...。

髪は、まい日。
地肌も血行が良くなるので、顔色も明るくなります。
毎日ならいちど洗いでよく、シャンプー剤つける前と、泡立てたあとのすすぎは入念に。
あとは、良質なシャンプー剤のチョイスがだいじ。

投稿: | 2008/01/05 22:39:04

こんにちは。
初めて書き込みさせていただきます。

男女の違いでしょうか…
私にとってお風呂は、清潔を保つ以外に、リラックスも兼ねているような気がします。『疲れを取るために(お風呂に)入る』のです。
よって、お風呂では『湯船に浸る』『身体を洗う』等の目的以外はしませんね〜。
お風呂で本を読んだり、音楽を聴いたりする人はよく聞きます。そういう人はきっと、お風呂は(清潔を保つため、など)義務的な行動(?)に過ぎないのかな?
と、先生の日記を拝見して思いました。

今朝は、どんな本をお読みになられたのでしょうか?

投稿: ハンナ | 2008/01/05 22:23:36

私も10代までは自然の凄さは視覚・全身で感じていました喜びが、本当は森を相手の仕事をやりたかったのですが、しかし今はそれを失っています。うつ病なのです。自分が頑張らなきゃと追い続けてしまいました。結果病気になり職を点々とし老人福祉の施設の事務ですが休職中です。生きてゆくのがつらいです、うつ病は脳のトーパミンが出にくくといいますが、夢にむかっているひとやNHKのプロフェショナルで紹介される人に凄いなと感じるだけです41才になっているのに。

投稿: | 2008/01/05 15:39:37

橋の欄干に、カラスが3羽止まっていて、
1羽は気が強そうで、
真ん中は、なにか考え中、
いちばん手前は、優しげな雰囲気、
性格によって、見た目も、一羽ごとちがう。

私は自転車に乗って、通り過ぎようとしたら、
手前にいたカラスだけが、こっちをみて、
飛び立とうとする仕草をして迷っていたので、
思わず、「あ、そのままで、いいよ」と声をかけたら、
「うん?」と、少しおどろいたようにして、
そのあと、飛び立つのはやめて、照れ笑いした。
たしかに、カラスが、笑っていましたよ・・・!

投稿: | 2008/01/05 12:11:41

庶民の視点で書かれているブログにひきこまれます。
自然は驚異です。世の中は自分を含めてわからないことだらけです。どうして自分がここにいてこんなことを書いているのだろうか? 普通のオバサンも悩みます。だから普通のアリだって悩んでいるかもしれません。
茂木先生の本を最初に読んだのは『脳と仮想』です。
私のようなものにもわかりやすく、やさしく書かれていました。
養老先生のお弟子さんということで、ますますフアンになりました。
三木成夫のことも知り、『胎児の世界』という本にめぐり合うこともできました。
理解するには程遠いことですが、自分の中にあるわけのわからないものが少しだけ見えたような気がしました。

自分でありながら自分でない。
知性が伴わない凡人であるから、狂うこともなく日常生活を営めるということに感謝しながら、空や、木や、人や……眺めて時々立ち止まり、気の遠くなるような不思議な感覚を覚えることがありました。それが、何なのかということを考えてもわかるわけがありませんが、
茂木先生の著書を読んで、三木先生の著書を読んで、「生命記憶」ではなかろうかと自分なりに思うようになりました。
そして、自分の体の芯からわきでる不快感は、内臓感覚というものではないだろうかと。
そういうものを理解したとて、どうなるものでもないでしょうが、少しずつ身の回りが涼やかになっていくような。
これからも本やブログ読ませていただきます。

投稿: 羽鳥あゆ子 | 2008/01/05 10:52:26

今朝も寒いですね…。

確かに、私達人間(少なくとも都会に住んでいる人間)にとっては、ううっ、寒い!というだけで済んでいるような「冬」は、メダカやミミズなど、小さな生物にとっては、それこそ大量死を意味するカタストロフィなのかもしれない。

厳しい冬を生き抜いたものだけが、春の光と恵みに預かれる、それが冬における、生物界のサダメ。

そんな冬を生き抜くためにあるものは冬眠し、またあるものは草葉の裏でじっとしている。

冬、ということで、同じ人間でも、極北の地に暮らす人々のことを考えてみた。

氷に覆われ、ブリザードが吹き荒れる中、人々が肩を寄せ合い、保存食を食べ、家畜を世話しながら、零下40℃~50℃を越える厳しい寒さを、同じ環境に生きる、他の生き物たちと共に、何としても乗り越えようとしている。

そうして、極北の地がやっと遅い春を迎えたとき、生き物たちも、人々も、春の喜びを心の底から享受するのに違いない。


如何に温暖化の時代とはいえ、この時期は冬の中でも一番寒くなる時期ですよね。

今は本当に温かいお風呂に入り、身体の芯までジックリと温まったりするのが、一番気持ちよく感じられます。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/01/05 8:01:04

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