« 春になる前に | トップページ | 日曜フォーラム »

2008/01/27

何も起こらない時間

朝、公園の中を走ったら、
至るところに霜柱があり、
ザク、ザク、ザクと
その踏み心地が
クランチーで実に気持ちが良かった。

ビオトープの池にも氷が張っている。
冬は、実に、こうでなくてはならない。

集英社の神保町三丁目ビルにて、
奥本大三郎さんと
対談する。

奥本さんは、現在、『ファーブル昆虫記』の
全訳に取り組まれていて、
単行本は5巻の上下まで、
すばるの連載は8巻まで進んでいる。

http://www.shueisha.co.jp/fabre/ 


奥本さんは、ボードレールや
ランボオの研究をするフランス文学者
であり、また昆虫をこよなく愛し、
ファーブル昆虫館 
を開いて運営している。

現在進行中の「完訳」のお仕事は、
翻訳文体のクオリティや訳注の充実ぶり
といった視点から、まさに
「決定版」と言えるもので、
フランス文学の造詣と無類の虫好き
という二つの要素が奥本さんの中で
融合して始めて可能になった
お仕事だと思う。

「いつ完結するご予定ですか?」
と伺うと、
「昔ね、北海道の山の中で熊に
襲われた大学生がいてね。
リュックの中から、食べものを
取りだして道に投げては
熊がそれを食べている間に
走る、ということを
繰り返して逃げたそうな。
今、刊行スケジュールとの
おっかけっこはそんな状態なのです。」
とお答えになった。

対談は心から楽しく、時が経つのを
忘れた。

奥本さんとの対談は、集英社の
「青春と読書」に掲載される予定です。

ファーブル昆虫記は、改めて読むと
動物行動に着目したその先進性に
驚く。

ファーブルは、ソクラテス、
ファラデー、ラマヌジャンと同じように
「自学者」であって、
その学識や、昆虫に関する知識は、誰に
教わることもなく自分で学んで身につけた
ものである。

だからこそ、当時のアカデミアの
中には、ファーブルの業績を軽んじたり、
無視する者があった。

今になってファーブルの仕事を精査すると、
そこには、昆虫の行動の詳細に関する
きわめて先進的な洞察があることに
改めて驚く。

例えば、狩りをするハチが、
ゾウムシのような神経節が一カ所に
集中している昆虫を「一刺し」
でしとめて運んでいく一方で、
イモムシのように、神経節が
体節ごとに分布しているものは、
一つひとつ丁寧に刺していくこと
などを観察、報告している点など。

ファーブルが初めて
その昆虫記(Souvenirs entomologiques)を刊行
したのは50歳を越えていて、
それまでの長い昆虫観察の結実が
詩的な言語に結実している。

野外で昆虫を観察している時、
ファーブル昆虫記で報告されている
ような興味深い事象が次から次へと
都合よく起こるわけでは決して
ない。

それは、丹念に拾い上げられた
イベントの編集作業の末に
やっとできあがる作品なのである。

南仏の熱い太陽のもと、
辛抱強く待つその時間の流れの中で、
時折奇跡のようにこぼれ落ちてきた
輝く宝石を集めて、ファーブルは
「昆虫記」という宝石箱をつくって
くれた。

ファーブルの、道ばたにしゃがみ込んで
「その時」が来るのを待つ、ファーブルの
辛抱強い「何も起こらない時間」
にこそ祝福あれ。

そして、神よ、
私たちにも、「何も起こらない
時間」に我慢強く向き合う
忍耐心を与えてください。

1月 27, 2008 at 05:47 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 何も起こらない時間:

» ボクらの時代 赤松良子×住田裕子×鈴木重子 トラックバック 須磨寺ものがたり
東大法学部卒の女性、 3人が、東大について、 自分の生き方について語る。 [続きを読む]

受信: 2008/01/27 10:57:40

» トライ・モア! トラックバック 旅籠「風のモバイラー」
ひさしぶりにたっぷり眠る。 狭山のゴルフ練習場へ遊びに行こうと思って、クルマで出 [続きを読む]

受信: 2008/01/27 22:54:46

コメント

茂木さん、こんにちは!

私も今「何も起こらない時間」に向き合っている最中です。

あまりに何も起こらないので、ちょっと弱気になっていたのですが、
お昼休みにこのブログを読んで、元気が出ました。

研究室に戻って、ばりばりサンプルを観察してきます!
ではでは。
(二重投稿になってしまったかもしれません。)

投稿: 小豆 | 2008/01/28 13:41:26

厳しい寒さが心身に苦痛をもたらすせいで
生きている実感を増幅させてくれています。
あまりの寒さで意識が内向していく。
寒さで凝縮した心に
沢山の選択肢の中からゆっくり選ぶ余裕などなく、
「今、するべきことはこれ!」と集中できるように
なる感覚が妙で楽しいです。
ゆとりがあると何かを選びとる際の基準を外に置いてしまう
から、後々、後悔したり苦しくなったりするのに。

親しい友人であろうが、仕事で初対面の人物であろうが
相手が誰であろうと常に自己を失わないことは
賞賛に値することですね。
人と向き合う時、根底に流れる確固たる信念・現実感が、
感じられる時は、やはり嬉しい。
不安や欠点などのゆらぎも当然含めて存在する「その人」らしさに
統一感が感じられず、その場その時々で、
触れれば、われるシャボン玉のようにネット上を
現実感なく漂うのを見るのは辛いです。
(神に祈る不信心者の茂木さんも、どこか浮世離れした
現実感の希薄な「らしくなさ」を漂わせていますね。
それが少年らしさという長所でもあることは否めないのですが…)

文化財の修復に携わる職人の方々は、技術は素晴らしくても
感性の世界に生きているから口べただったりする。
専門の研究者の先生方は知識だけでは
職人の技に太刀打ちできないことがあることを
認めたがらないことも多い。
そんな職人の方々も含め、たくさんいらっしゃるであろう
現代のファーブルと「先生」方との異文化交流、
お互いの歩みより大切なのですね。

あまり頻繁にコメント残すのは
現実に居場所がなく、ネット上の人格に頼って生きている人
のように思えくるから、私の場合は
自分に嫌気がさしてくることもあるのですが…
と言いながら今日もゴメンナサイ!

投稿: pipichan | 2008/01/28 1:29:06

27日は高知までお疲れ様でした。
高知市文化プラザかるぽーと内まんが館のライブラリーにおりました。ご入館されているのをお見かけしました。
美術作品コンクールの方にも顔を出したかったのですが、時間がなくて行けませんでした。

テレビ等でご活躍、期待しています。また機会がありましたら、高知にお越しください。
いきなりのコメントで失礼しました。

投稿: はるき | 2008/01/28 0:48:07


明日へつながる事。
最もすくわれるのは、心よりの笑顔。


「何も起こらないじかん」


積み重ねることが出来たなら。
何かを起こせる事もできるだろう。

明日が愉しければ、
日々も
つみかさなるよ。


投稿: 美容師 | 2008/01/28 0:09:00

茂木さんこんにちは 日曜フォーラムは録画していてまだみていませんが楽しみです 奥本先生は大学のときのフランス語の先生でした いまでは虫博士として有名ですね なつかしかったのでコメントしました ブログ毎日楽しみです

投稿: さゆみ | 2008/01/27 21:23:02

ファーブルは本を出しても出さなくてもファーブルだったのでしょうが
私にはそう言える物があるのかと自問自答してしまいます

忍耐の時間の中にでも学習するべき事象は存在し
経験はその後の知識によって増補されると思うので
心に引っかかる事を覚え
意識が知に向かうよう心がける 
それで考えを深めていくしかないと今は思っています

難しいですが

投稿: nobori | 2008/01/27 14:06:40

明け方は寒かったですが、今とてもいい天気です。
もし、熊に襲われたら、どうすべきか対処法、
というテレビ番組を以前みていたら、
傘を持っていれば、目の前でばんっと広げて、
威嚇すると効果あり、(熊の性格によるかも)
慌てて走って逃げると、獲物にみえて、
猛スピードで追いかけてくるそうです。。

投稿: F | 2008/01/27 12:10:13

チョコレートのお味はいかがでしたか?
私的に、「何も起こらない時間」が時間内で起こる現象であるとして、アントニオ・ガウディが「天はお急ぎにならない」と述べた言葉を持ってして、私は日常のそのような時を甘受しております。

投稿: Nezuko S | 2008/01/27 11:45:02

ファーブルが地面で、がっと照りつける太陽の中、草叢の小さな住人たちが何かを起こす瞬間を垣間見るまでの時間、如何なる思いで、その瞬間を待ちつづけたことだろう。息が詰まるような思いだったのだろうか。

何かが起こる兆しが見られないように思える中、その「何か」をじっと待つ時間。

それは彼にとっても、おそらく、気の遠くなるような、いらつくような、もどかしい時の流れに感ぜられたのに違いない。

けれども、彼は何時もそのもどかしさ、いらつきに辛抱強く耐えて待ったからこそ、虫たちの行動に新しいものを見つけ続けることが出来たのだと思う。

翻って今の私達の、日々の生活を思う時、ドッグorマウスイヤーの御時世ゆえに何もかもクイックレスポンスになりすぎて、ファーブルのように我慢強く何かが来るまで待っている、という感覚が失われつつあるのではないか。


こんな時代だからこそ、何かを耐えて待つ、ということの大切さを噛み締めていきたいものだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/01/27 10:26:41

こんにちわ

養老孟司さんの「予定が入ってしまっている、未来は現在と同じである。」の言葉で、予定プログラムが頭に入っていると、未来も現在のように認識できると言う事と、人間が「予定」のような事を考えると、宇宙の過去、現在、未来の、現在の事象境界線が変化するとも考えられるのではないでしょうか?

ファーブルとパチンコをする人が頭の中で重なってしまいました。(^^)
ファーブルが昆虫をずっと見ていて、蜂が飛んできて、毒針を昆虫に刺して、運んで行く、ファーブルは喜び、メモをする。パチンコをする人は確変が出るまで、打ち続け、当たりが出ると、喜び、打ち続ける。


「何も起こらない時間」に「何かが起こる」かも知れませんね。(^^)

投稿: 予定のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/01/27 7:14:02

コメントを書く