みずみずしい気配
朝起きて外に出て、雨が
降っていると、
なぜか胸が充たされる。
それはある匂いであり、
また、自分が意識なく横たわって
いた間に始まり、進行していた
プロセスへの覚醒であり、
空間の文法が変わったことへの
驚きである。
雨との相対運動で、
地面がずっと上の方へと昇り
続ける。
そんな想いがあるのだ。
時間に追われて、わーっと
身体と脳を動かしている。
そんなことばかりしている。
羽田空港に着く直前、
Voiceに掲載される1万字の原稿を終えた。
「偶有性の時代の国家観と人間観」
これ以上遅れると、もう難しいと
PHP総合研究所 国家経営研究本部の
島泰幸さんに「脅かされて」いた。
もう一度読み直し、送信した
時には、
ゲートが閉まろうとしていた。
飛行機の中で、眠りに追いつく。
空港に降りると、島さんから
のメールが届いていた。
茂木 健一郎 先生
拝復
ご原稿、ありがとうございました。
ご多忙のところ、貴重な時間を割いて
お書きいただきましたご原稿、
お礼の言葉も見つかりません。
大切に扱わせていただきます。
取り急ぎ、心より御礼申し上げます。
敬具
島 泰幸
鳥取西高校におじゃまする。
「著者と語る会」を開いていて、
今年はお招きいただいた。
歴史ある伝統校である。
会館に生徒たちがたくさんいて、
ぼくは喋った。
壇上で、何人かの代表と質疑応答した。
会場の生徒たちともやりとりした。
会議室で懇談会をした。
いろいろなやつらと喋った。
握手をして、写真を撮った。
いいなあと思った。
数学を専門とされている奥田俊一朗
先生が、
「いやあ、今日は生徒たちの
意外な積極面が見られて良かったです」
と言われた。
お世話になりました。
飛行機の中でうとうとする。
日本人には個性が乏しいと
言われるが、そんなのは嘘っぱちだ。
懲りたのである。
応仁の乱以降百年以上続いた
戦乱の世で、
自分の欲望を実現せんと
個性丸出しで闘う武将たちに
ほとほと懲りた。
徳川時代に、個性は裏地として
隠すようになった。
偶有性は生きる上で欠かせない
ものであるが、
取り扱いを間違えると
自我の芯にまで突き刺さって
くる。
烈しい偶有性の嵐は、
自我を鍛えるが、それは
劇薬でもある。
安土桃山に日本の文化は
輝いたが、それを準備した偶有性の
嵐は、同時に心優しき人には
耐え難いものだったろう。
東京に戻り、ご飯を食べていると
携帯が鳴った。
「通知不可能」とあるから
不思議に思って出たら、
イチローさんだった。
この間はお世話になりました。
楽しかったです。今どちらですか?
ロサンジェルスですか。何時ですか?
午前3時です。
どうして起きているんですか?
眠れないから起きているのです。
東京に戻ったら、またお目にかかり
ましょう。
頼もしい力動が伝わってくる。
「生きものとして元気な」イチローさん。
朝起きて、ずっと雨が降り続いていた
ことに気付くように、
すべての生きものの中にある
みずみずしい気配に拓かれていく。
12月 13, 2007 at 07:18 午前 | Permalink
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「社会的交通ゾーン」と「志向性」について私は以前からこのブログにも何回となく書いてきている。もちろん、ブログだけじゃないけれど。その中のもっとも重要だと思っている過去記事の部分を覚書的に再度、ここに記しておこうと思う。本ブログ過去記事 2007年2月8日 「社会的交通ゾーン」より----------------------------------------------------------------------
『個』から能動的志向性 ⇔ 『社会的環境』(人、物、自然、音etc)
... [続きを読む]
受信: 2007/12/13 22:10:05
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コメント
講演会ありがとうございました。
聴いていてとても聴きやすかったですし、面白い内容でした。
いつもの講演会は寝てしまってます。
座談会に出ることができなくてとても残念に思っています。
投稿: たか | 2007/12/14 17:57:44
茂木様
茂木健一郎様、私は先生のファンです。
「プロフェッショナル」で、先生の存在をしり、
司会進行役の先生の受け答えのなかで、
温かい人間愛を感じてほっと致します。
自分の小ささや未熟さにがっかりしたりしますが、
自分の世界から一歩でて雨を思うとき
いろんな人と共感ができる、
そのことに気づきました。
ブログは面白いですね。
これからも読ませていただきます。のでよろしくお願いいたします。
今日はちっとハーティーハートだったので、
このような柔らかい先生のハートを感じて、
今日の終わりに、
この文章に会えて感謝でした。
ありがとうございまーす。
それでは、またコメントさせていただきます。。おやすみなさい。
投稿: canacanazemi | 2007/12/14 1:04:24
それはある匂いであり、
また、自分が意識なく横たわって
いた間に始まり、進行していた
プロセスへの覚醒であり、
空間の文法が変わったことへの
驚きである。…
このフレーズは素敵ですね。
なぜか心に響きました。
雨をこう捉えるとは…。それともメタファー?
さすが私のご尊敬申し上げる表現者だけあります。
投稿: K.M | 2007/12/14 1:00:21
いつも茂木さんのブログを楽しく拝読させていただいている者です。
“日本人には個性が乏しいと
言われるが、そんなのは嘘っぱちだ。”
茂木さんのこの言葉に勇気づけられて、
こんな風にキーボードを叩かせていただいています。
今、アイルランドで語学学校に通っている私。
国民性を比較するディーベートの授業の中で
スペインから来ているクラスメイトに
“日本人は世界で一番静かな民族だ”、
といわれ否定出来ませんでした。
ヨーロッパ勢に押され、
なかなか自分の思っている事を口に出来ない私。
それでも、他の学生達が議論している間に
私の脳みそは活動をしているのです。
私の個性は私の頭の中ではとってもおしゃべりなのです。
個性は誰しもの脳みその中で
誰のものでもない個性として存在し、
そして私のその個性は、他の生徒達の発言によって
より私らしい個性として、形成されて行く。
もしも私の個性を隠すのでなく、披露する事で、
誰かの個性を刺激する事に繋がるのなら、
明日は、ちょっと頑張って発言してみようかな、
なんて思うのです。
投稿: せんだあずさ | 2007/12/14 0:40:35
>もう一度読み直し、送信した時には、
ゲートが閉まろうとしていた。
あと、
“送信すると同時に目的地へ着いた”
みたいなのがたまにありますよね。
なんかそのギリギリ感に
秘かに笑わせてもらっています。
すみませんっ、先生は大変な思いをされているのに。
日本人の個性・・・
先生の言われる「ピアプレッシャー」について
時々考えます。
社会あるいは人間関係の中で
均質化のピアプレッシャーが働いているときは、
もうそれ以上何もしたくないような
うんざりした気持ちになります。
逆に、上へと引っ張られるピアプレッシャーでは、
そのベクトルに乗った瞬間弾む感覚を覚えます。
まさに、他人との関係性を通して
個性がつくられるというメカニズムに納得します。
その文脈の中で個性を磨いていくのは、
厳しくはあるけれども大切だと思います。
個性を隠すことを余儀なくさせた日本の歴史的背景・・・
つらいですね。
せめて、
良質のピアプレッシャーを与えられる人間でありたいと願います。
「すべての生きものの中にあるみずみずしい気配」
感じとれるよう、心を傾けてみます。
桑原茂一さんの日記の
「今私には茂木さんの言葉はどんな薬よりも好く効くのです。」
私もその一人です!
今日も茂木先生の言葉に感謝です☆
投稿: s.kazumi | 2007/12/13 23:54:35
今日の雨はとても冷たかったが、カラカラに乾ききった周りの世界が潤い、自宅の周りの草木も生き生きとしてきた。
久しぶりの“お湿り”ですね。
昼間、しっとりと雨に濡れたビル郡に、うっすらと靄がかかって、コンクリートと硝子と鉄で出来上がった東京の「醜い街並」をちょっとした幽玄の世界に変えていた。
都会の公園を錦に染め上げていた、赤や黄色や砂色の木の葉も、雨を受けて濡れ、濡れた傍から色彩が鮮やかさを増しているように見えた。
応仁の乱から打ち続く、それこそ個性際立ち“すぎる”武将たちが、国獲りの欲望に駆られて引き起こした百余年の戦乱なるものがなかったら、日本人は徳川の世に自分達の個性を隠すようなことは、しなかったのかもしれない。
歴史に「if」というものはあってはならないとはよく言われるが、もし応仁の乱などが起こらず、本当に平和であったなら、私達はもっとのびのびと個性を発揮して生きていたに違いない。当然、文化も今に伝えられているものとは、もっと違ったものが成立していたかもしれない。うんとインターナショナルな文化が出現したりして。
400年前も今も、戦乱というものの悲惨な本質は、変わらない。
武将たちが欲望のままに、血で血を洗う滅茶苦茶な戦乱に明け暮れた為に人々が味わった悲惨と辛酸が、私達の祖先に自分達の、それぞれの個性を隠蔽する道を選ばせたのだ。
でも幾ら個性を「裏地」にして隠しても、日本人だって他の地球人と同じく、“みんなちがって”いることは隠しきれないものなのだ。
東京は雨が上がり、明日からまた晴天です。
底冷えがする寒い日が続くので、何卒風邪を引かれませぬよう…。
投稿: 銀鏡反応 | 2007/12/13 21:59:34
おつかれさまです。°。☆
茂木さんの持つその雨の感覚、とってもうらやましいです。私は病を患ってから雨の前日、雨の当日と、鬱蒼としてしまいますが、いま拝読しまして、胸や身体のどっかが、うるおいました。日が短いのもあともう少しの辛抱。真っ暗な窓を見てそう思いました。
いま「クオリア降臨」を拝読しています。
投稿: 才寺リリィ | 2007/12/13 18:01:23
東京は、朝から雨なんですね。
こちら九州の方は、いちにち曇り空です。
お天気によって、気持ちの向きが変わって、
曇りだと、影のような人の気配がしたり、
これからの将来、出会う人の存在を
なんとなく先に知ることもあります。
水が運んでくるのかな。。
投稿: F | 2007/12/13 16:22:35
犬のねむり。
晴れた日は退屈ねむり。ただただ退屈なのだという。
雨の日は本気ねむり。本当に気持ちが良いのだという。
どうやら、雨の日になると こいつのまわりには特別に心地良いねむりをもたらす、これまた特別に仕立てのよい、ベールができるらしい。
ベールの中の静かな寝息に耳をすまし、呼吸にあわせてゆっくりふくらんではしぼむ、こいつのおなかをみていると自分もこの呼吸のリズムにあわせたくなった。
そっと起こさぬようにベールをくぐり、今日は一緒にねむるとしよう。
投稿: おおはたみやお | 2007/12/13 15:27:09
「地面がずっと上の方へと
昇り続ける」を
ふうん、と
思って
会社にゆこうと
外に出たら
ウチの方も雨で
ホントに地面の匂いのする
不思議な雨で
地面が近いって
うまいなあ、
と。
最近の編集者さんたちとの
メールのやりとりに
含まれるこれらには
さりげない緊迫の
クオリティー感があって
私は好きですw
投稿: tonchan | 2007/12/13 11:33:03
こんにちわ
いま、元FRB議長のグリーンスパン氏の「波乱の時代」を読んでいる途中ですが、面白い記述を見つけました。
アメリカ人は、幸せを競争しているらしいのです。「もし、あなたが5万ドルの給料で、友人がその半分の給料。あなたが、10万ドルの給料で、友人がその倍の給料。どちらがあなたは幸せか?」と、学生にアンケートをとったところ、前者が選ばれるらしいです。これは、アメリカ人の笑い話の一つらしいですが、アメリカの場合、個性とお金は、大きな関係を持っていると、思いました。
日本人の場合、消費者の個性は、周りから制約を受けますが、生産者の個性は、むしろ歓迎されると思います。ただ、発明に対しては、まだ、理解が広がっていないと思います。これは、資産家から見れば、発明で、会社が出来て、雇用が生まれ、消費者の生活がよくなり、発明者と資産家の資産を増やします。今の日本には、「生産的資産家文化」が必要だと思います。
イチローさんのような人が、「生産的資産家文化」を作ってくれればば、日本も変わってくると思います。(^^)
投稿: tain&片上泰助 | 2007/12/13 11:06:54
多感な高校時代に茂木さんの迫力ある講演を直に聞くことができるとは、幸せですね。
聞き手の瑞々しい感性が茂木さんに訴えかけもしたでしょう。
すばらしい相互作用をもたらすお仕事は、生きる原動力。
いつも必死の思いで書き上げられる文章、大切に読ませていただきます。
投稿: 高橋純子 | 2007/12/13 9:56:48