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2007/12/16

批評性は「我が身限り」

(昨日の日記に、関連写真を
新たにアップしました)

 島田雅彦は、羽田に
着いてもまだ、
 一生懸命手動で新しい
携帯電話に番号を入れ続けていた。

 背後では、修学旅行生
たちが大人しく集合している。
 しかし、そのような世情も、
携帯王子には目に入らない。

 これで、また、パソコンと
シンクロさせようとして
 データが消えてしまったら、
 あまりにも面白い。
 いや、かわいそうである。
 
 熊本空港で飛行機を待っていた時、
島田と、文学についていささか真面目なる
議論を交わした。

 私と島田に共通しているところは、
いくら世評が高いものでも、
 自分の基準からダメなものは
ダメだと貫くことだろう。
 その結果、損をすることに
なってもかまわない。

 先日、シンポジウムで半藤末利子さんが
「孫として漱石の一番好きなところは
権力におもねることがないところ」
と仰っていた。

 今警戒すべきは、権力よりも、
ただ人気があるからとか、皆が
そう言っているからというポピュリズム
であろう。

 人気があるものを、ただ追認している
だけでは意味がない。
 しかし、そのようなヨイショが
メディアの中には随分多くはないか。

 もっとも、別に声を上げて
「あれはね、評価が高い、人気がある
なんて言っている
けれども、全然ダメなんだよ」
などといちいち言う必要はない。
 ただ黙って、そこから立ち去れば良い。

 批評性は「我が身限り」のことで良い。
 自分が愛する者には徹底的に寄り添い、
そしてもっと深く遠くに行けば良い。
 「これはダメだ」と思うものからは、
ひそやかに遠ざかれば良い。

 無限の広がりを持つ表象の宇宙の中で、
どの惑星に近づくのか、フライバイして
遠ざかるのか、遙かに望遠鏡で
眺めるのか。
 その選択肢は限りない。

 つまらない暗黒星の近くで
ぐずぐずしている暇などない。
 スーパーノヴァを求め、
 自らの中にヘリウムの合成
反応を喚起し、
 必死になってジグザグに
 微分光速のzitterbewegungを
重ねれば良い。
 
 そして、自分だけの虹を追え!

 「茂木さんや島田さんにとっても、
そんなに、ポピュリズムというのは
大変な問題なのですか。」
と、集英社の岸尾昌子さんは言う。

 「それはそうだよ。自分の本が
重版にならなかったら、編集者に
申し訳ないじゃないか。」
 「でも、茂木さんの本は重版になっている
じゃないですか。」
 「自分の愛すること、信じる
ことと、多くの人に伝わることの間の、
ぎりぎりの塀の上を歩かなくちゃならない
んだよ。」
 
 「まあ、しかし、あれだね、あの作家が
人気が出たお蔭で、いろんなものが
崩れていったね」(茂木)
 「一番の悪影響は、後に続く書き手が、
こんなもんでいいんだと文学をなめた
ことでしょう」(島田)
 「まあしかし、一種の焼畑として、
新たな生命の育みへの動きとして
積極的に評価することはできないかね」
(茂木)
「そりゃあ、だめでしょう。焼畑は
土壌を改良するけれども、あれは
劣化させるだけのことだからね。」
(島田)

 罵詈雑言はこれくらいで
おしまい。
 それを仕事にする気はない。

 ボクも島田雅彦クンも、
そうだ、
自らの筆と絵の具で青空に
信じている虹を描くんだ。
 
 この世には、ひそやかに美しいもの、
小さい真実、ぐんと伸びる種は
あるものだから。
 
 島田雅彦クン、朝日新聞の
連載小説『徒然王子』、楽しみにしています。
 量産宣言や良し。
 
 それぞれ精一杯頑張って、
時にはお酒を飲んで楽しく弾けよう。

 その時までには、新しい携帯に
番号が全部入っているといいね。

12月 16, 2007 at 08:44 午前 |

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コメント

初めまして。きゅこと申します。

先日『ひらめき脳』を拝読しました。そのなかの『光が丘から理研へ歩く』という件がみょうに好きで先生のブログを探して書き込みに参りました。

ワタクシも実家が理研の近くなのでなんだかちかしく感じました。

こちらのブログは楽しい内容で、先生の忙しい様子と楽しくお友達とはぜる様子は読んでいて暖かい気持ちになりますね!

大変なお仕事でしょうが応援しています!

ごきげんよう☆

投稿: きゅこ | 2007/12/17 4:20:12

 先生は、『蝶』(ヘルマン・ヘッセ著)をお読みになったことがありますか?
 もちろん、先生はニシキオオツバメガをご存じでしょう?以前は「ウラニア」(現在は、南米産のナンベイアオツバメガのみを指すようですが・・・)と呼ばれていたましたが・・・。
 私が学生時代、立ち寄った本屋さんで『蝶』(朝日出版社)という本をたまたま見つけたのですが、そのニシキオオツバメガが表紙を飾っていて、すぐに飛びつきました。当時、ヘルマン・ヘッセがチョウの愛好家で採集家であったことは知らず、その出合いは衝撃的でした。その『蝶』の中に、こんな素敵な一節がありました。


  …ウラニアという美しい名前をもち、マダガスカルから渡来したものであった。スマートで、アゲハチョウのような力強い羽をもち、後翅に切れ込みの深い鋸歯をそなえたこの姿の美しい蛾は、1本の小枝に軽く体を浮かしてとまっていた。胴体は、表面には緑と黒の縞模様があり、裏面は赤錆色の微毛に覆われていた。小さな頭部は金緑色に輝いていた。前翅は緑と黒の模様で飾られ、しかもその表面があたたかみのある金色に輝く壮麗な緑であるのに対して、裏面はかなり冷たい感じの繊細な銀を散らしたヴェロナ・グリーンであり、そこには水晶のような翅脈が高貴な微光を放っていた。・・・羽の最下部は、貴婦人の服にも似て、ブロンドと黒の混じった上品な短い毛皮でふちどられていた。しかもこの後翅にはもう1つ特別なきらめきと特徴があった。すなわち、羽には、短い、夢のような純白なジグザグの線が引かれていたのだ。この線がいわば羽全体を解き放ち、羽そのものを空気と金粉との奔放な戯れと化し、あの不思議なギザギザの尾状突起も、さながら光を放つごとく、己が身から放射しているように見えるのだった…


 さすがノーベル文学賞受賞作家だけあって、チョウを賛美する珠玉の表現が多数収められています。
 『蝶』はもう絶版のようだったので、チョウ愛好家の先生にぜひ見ていただきたく先日お持ちしたのですが、お見せするタイミングを逸し、そのまま持ち帰りました。チョウ愛好家には堪らない本ですので、機会があったら、ぜひ原文で読んでみてください。

投稿: | 2007/12/17 3:31:22

I can see clearly now !! (ジミー・クリフ)
>

茂木先生ありがとう

話を聴いて、ひさしぶりに何だか清清しい気分になりました

この話の伝で僕は通りがかりに出遭った「堆肥」や「肥溜め」のハナシ

を思い出した

この堆肥は何故臭うのか どうしてこうクサイのだと分析しても

せん無い事。

僕らは遥かにノゾム高みをめざしているのだ。

「高い山ほどゆっくり登れ」

ぐずぐずしてはいられない。


投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2007/12/17 0:47:10

茂木さんの日記はいつもいいですが、今日のは特にいいですね!

批評性は「我が身限り」のことで良い。
 自分が愛する者には徹底的に寄り添い、
そしてもっと深く遠くに行けば良い。
 「これはダメだ」と思うものからは、
ひそやかに遠ざかれば良い。

悪いものを徹底解剖したって、時間の無駄ですよね。
だから日常生活でも、悪口を言うのは嫌いだし、言ってる人は「醜い」と思います。私ももっともっと、好きなものを見つけ、深く追求していきたいと思います。

投稿: | 2007/12/16 22:50:28

ポピュリズムとメディアの関係。
もしメディアによる操作がなかったとしたら、
また別の現実になり得ていたのでしょう。

批評性は「我が身限り」のことで良い。

なぜ人はいちいち言いたがるのでしょうか。
一種の言い訳みたいな。
対人関係においても同様のことが当てはまると思います。
他人の欠点を指摘して正してあげようなんて、
本当のやさしさではないような気がします。

ただ黙って、そこから立ち去ること。

かっこいい。
批評をわざわざ表明する必要などない。
・・・潔さでもありやさしさでもあり。
大人の立ち位置ですね。
(自分はまだまだ子供だ。)

無限の広がりを持つ表象の宇宙の中で~
~微分光速のzitterbewegungを重ねれば良い。

ロマンチックかつダイナミックな
この表現に完全にやられました。
限りなく広がる世界、宇宙は、
無限の選択肢に満ちていることを忘れてはなりませんね。
ポピュリズムの波に翻弄されることより、
超新星を求めて必死のジグザグをすることの方が
どれほど貴いことか。
それに気付かせてもらった「今」この瞬間から、
広い世界との行き交いを意識しなければと思います。

>そして、自分だけの虹を追え!

すご~~く勇気付けられます。


以前、エンジン01in新潟の際、
先生のお話の中で、
島田雅彦さんがある作家さんに対して
独自の考えを持っていることをお聞きして以来、
島田さんに対しては、ご自分の信念を強く貫かれている方なんだな
という印象を持っています。

それにしても、島田さん、携帯のデータ量多そうじゃないですか。
ほんとに大丈夫なんですかね?!
脇で見て楽しんでる場合じゃないですよ(笑)。

島田さんと茂木先生の描かれる虹が
鮮やかで輝いたものになりますように。

投稿: | 2007/12/16 21:42:45

こんにちわ

島田さんは、慎重な方ですね。最悪のパターン、ブルーツゥースで、二つの携帯の電話番号が消える。最良のパターン、ブルーツゥースで、自動的に、電話番号が移動する。最悪のパターンに陥った時、ノートには電話番号が残る。

私の場合、パソコンが壊れて、新しいパソコンを買った時、古いパソコンのHDDをUSBディスクケースに入れたのですが、違うメーカの電源端子の入れ違いで、同時に二つのハードディスクがパーになりました。何で、ピンの種類が違うのに端子が同じなのか?あまりのあっけなさに、ショック!!

茂木さん、明日はわが身ですぞ!!、みんな、島田さんを見習って、バックアップを取ろう!!・・・はぁ~(TωT)

投稿: | 2007/12/16 16:42:03

毎日よんでます。
ほぼ、習慣化してしまいました。ニコチンのように。
自分の中の絶対的価値観これがないと全くぶれてしまいます。
そうか、黙って立ち去ればいいんだ。
やっと、わかった。
相対的価値観を無視すればいいんだ。
すっとした。
失礼しました。

投稿: | 2007/12/16 15:05:03

世間の“ヨイショ”に惑わされない批評の眼を持つ。

それがものごとを見ていく最良の姿勢と信じていきたい。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/12/16 12:44:31

島田様のお写真をみて、
くすくす笑ってしまいました。
ちょっと元気でてきました。
茂木様ありがとう!

投稿: | 2007/12/16 12:35:30

こんにちは。暗黒星です(笑)!
いろんなことについて批評してくれる人がたくさん
いるのは実は、私にとっては有り難いこと。
言っている内容そのものより、言っている人が自分にとって
どの程度信用できる人なのか?が重要ですが。
やっぱり私は自分の本当に好きなものに近づいていくのは
とてもとても苦手な性質みたいです。。。。
「らしくない」ことばかり続けていると「暗黒星」になるらしい!
ここにコメント書いてしまうのも
「らしくない」ことのひとつだったかと反省。
(↑ 嫌味じゃないです!)
つい先日も、本物のモミの木に飾った美しいツリー
(ホントに綺麗だった~)を鑑賞しながらの
こじんまりした友人宅でのパーティーで指摘されてしまいました。
「苦手なもの、嫌いなものにばかり一生懸命になろう
としているように見える」と。
こんなことをピシッと言ってくれる友人がいるのは嬉しい!
私は、のんびり屋だから茂木さんのような「必死」状態が
続くと苦しくなる。
すみきちさんのブログにあったように
かみしめ、味わう余裕がないと。
何をやっているのかわからなくなってしまう。
今日は「おじさん温泉」でしょうか?ゆっくり楽しんできて下さい!
でもメタボには要注意です。
そんなに必死でエネルギー補給しなくても、
ちょっとくらいお腹が空いているほうが身軽でいいです。
一食抜いちゃったぐらいが頭も冴えてる気がします。
先日の対談でお見かけした時、
「むむむ?また一段と丸くなられた?…かな。。。」と(笑)。
嫌味で言っているのではないのです。
お腹、ぺったんこになられたら
今以上にフットワークが軽くなって楽しいですよ!
不器用に携帯と格闘する姿さえサマになっている島田さんも
真っ青になるほどの身軽なお姿、ぜひいつかは拝見したいものです(笑)。
朝カル、野暮用でまた早退しなくちゃならないのが残念です。
翌日も休日出勤で仕事。。。
「先生」ぢゃないのに、師走にばたばたばた~。

投稿: | 2007/12/16 12:07:57

ポピュリズムに惑わされることなく、ただ自分の手で、自分の信じている手法で、自分の描きたいもの描く。

自らの信じたい信条を持ち、自ら決めた人生の道を行く。メディアが振りまく「ヨイショ」や「評判」に気を取られすぎることなく、自らが愛し、信じ抜くものに徹底的に寄り添い、その姿勢を一生涯貫く。

そうでなければ、如何して人としての「確たる芯ある生」を生き抜けるだろうか。

また、おのれの求める「虹」をおのれの手で描けるだろうか。

政治家、芸術家、アイドル、音楽家、
書籍、藝術、文学、科学、もろもろ…。

いま人気を博しているものは、各ジャンルで沢山ある。

けれどそれらは、時が経てば、忘れられていくものが多い。

それが人気があるからといって、闇雲についていく生きかたをしていると、そのうち、自分の中の「芯」がなくなり、ブラックホールの中にシューッ!と吸い込まれてしまうような人生の結末を迎えるのではないか。

誰が何と言おうと、誰に何を言われようとも、自らの道を進もう。

自分の手で、自らの描きたいものを描こう。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/12/16 9:36:28

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