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2007/12/21

申し合わせたように青く

護国寺の講談社。

将棋の矢内理絵子・女流名人
とお目にかかる。

矢内さんは講談社から本を出される
予定で準備を進めていて、
今回の対談はその中に収録
されるとのこと。

思い起こせば、講談社に最初に
行ったのは、小沢久さんが
学芸にいらした時だった。

『心が脳を感じるとき』(1999年)
の打ち合わせで訪れたのだった。

あれから、小沢さんはブルーバックス編集部
に移り、
そして講談社の編集部門はほとんど
隣りに出来た新社屋に入った。

今回矢内さんの本を担当
するMOURA

http://moura.jp/ 

は、クラッシックな様式感が漂う
旧社屋に入っている。

デジタルの最先端が古い社屋に
入っているというのが面白い。

矢内さんは対局中クールで、
「笑顔を撮るのが難しい」
と取材記者に言われている
のだそうである。

しかし、内面は実は大変起伏が
烈しく、ただそれを
表面に出さない。

自分の感情の動きを
相手に悟られてはいけない。
そうなると、不利になる。

役者は、「感情を売り物にする
商売」と言うが、矢内さんも同じように
大きな感情の波の中で将棋を打つ。
ただ、役者と違って、その
感情を外に出さないのである。

女流名人と言っても、もちろん
いつも勝てるわけではなく、
勝率6割を超える矢内さんでも
3回に1回は負ける。

負けたときはひどく落ち込むという。
何回負けても、決して慣れることは
ない。
むしろ、慣れてはいけないのだと
矢内さん。

将棋の盤は、世界全体から見たら
小さいが、
その上で起こっていることに、
自分の全存在をかけること。

「集中力」というと、
普通は注意をそこに向ける
ことを指すが、それだけでなく、
自分の感情や行為や記憶、人格の
もてるだけの全てを
盤面に乗せていくこと、
そのようなcommitment、
involvementが、矢内さんの
将棋の醍醐味であり、また、
経験が有機的に組織されて
直感力を養うその秘密である
ように思った。

目に見えない思索の世界から
いきなり手が指されるという
意味では、巫女さんのようでも
ある。

集英社の岸尾昌子さんと
打ち合わせ。

来年予定されている
日高敏隆先生との
コスタリカ行きについて。

東京駅近辺のビルの上部が
申し合わせたように青く
輝いている。

ずっとそうなのかと思ったら、
今だけのイベントだった。

闇の中に光るものがすべて
ゆかしい。

大切なのは、目に見えない、
隠された精神宇宙の中で
光を見据え続けること。

「希望」が「光」と倒置
されることの意味。

今日も地球は私たちを乗せて
宇宙の中をぎゅんぎゅんと行く。
誰がつくったか知らないが、
とにかく不可思議である。

不可思議こそが希望そして
光の母胎となることが、
人類の知的探究心の
偉大なる発明である。

12月 21, 2007 at 06:39 午前 |

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コメント

こんにちは

いまバスのなかです
師走ですね
道路も混んでいる

「ぎゅんぎゅん」と地球はまわる。

大好きなフレーズです
私もどこか
ぎゅんぎゅんを
今日の会話へしのばせてみようと
おもっています。
では、また。

投稿: 美容師 | 2007/12/22 11:39:22

希望は光と置き換わり、絶望は闇と置き換わる。

光と闇が人間の精神の奥底で同居している。

希望はいつも、絶望の中から不屈の光を放って生まれて来る。

そうして人は、再び、生きる力を取り戻していく・・・!


この地球上は、なんとさまざまな不思議に満ちているのだろう。

そんな不可思議たちに満たされた、何でもありの世界に私達は放りこまれて日々を暮らしている。

人の心もまた、不可思議という成分で出来ているようだ。その奥底にある希望の源に輝く光を、見失わぬよう、生きていきたいものだ。


さて、今年も本当に押し迫って参りました。

来年は日高先生とコスタリカに赴かれるのですね。

素晴らしい冒険旅行になるだろうことを、また御無事でお二人が帰還されることをお祈りしています。

それでは・・・!

投稿: 銀鏡反応 | 2007/12/22 1:03:37

こんにちわ、二度目の投稿失礼します。


精神宇宙のどこかにある宝石の製造法が書かれた箱を探し求め、その製造法を現実世界に持ってくる。

発明、発見って、そんな感じがしませんか?(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/12/21 22:15:06

20年ほど前、カーネギーメロンのメンバーに触発されて人工知能を勉強し始めたころは、AIが全世界を制覇するような勢いがあったが、しばらくすると対極の脳によってそのような考えがバブルであったことを思い知らされた。

その時人間らしさを演出する方法として乱数が用いられた。乱数を使うと、人工知能も人間らしくは見えるものの、「似て非なるもの」であった。しかし「乱数には必然性がない」ということを思い知ったのは、つい最近のことである。

パーセプトロンを経て出てきたのは、「必然性」である。本能の必然的意図と理性の必然的意図という命題であり、人間らしさとも異なる。人工的に形成されるものであっても、ひとつの精神構造を必要としていることであり、その中に人間らしさが含まれてもよいが、人間らしさは必須ではない。

「小人閑居して不善をなす」の命題の方が脳科学の研究と対象としてもよいではと思うことがある。クオリア、生悪説、生善説を含めてダーウィンの主張を考えてみるとおもしろい。

人と会う度に身が削られるような思いがする自分に対して、茂木さんは多くの人と会う度に大きくなっている。つくづく不思議な人だと思う。

投稿: westhill | 2007/12/21 12:30:28

こんにちわ

地球温暖化など、地球を将棋盤としたような問題が出てきたと思います。

また、チェスと将棋では、基本理念が違う、チェスは、相手を倒せば勝ち、将棋では、相手を味方にすれば勝ちである。つまり、相手の王将を取って、味方にすれば勝ちなのである。

将棋で、2、3手先を読めるぐらいの、私が言っても、迫力がないな。(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/12/21 12:17:16

昔、書いた詩を思い出しました。
「回っている」って不思議ですよね。

「地球ってまわっているんですよね?」
とたずねてしまうほど、不思議です。
ぜったい不思議ですよね。(・・)。


・・・あすかぽえむ・・・


くるくるくるくる

回っている?
回っている

くるくるくるくる

止まっている?
止まっている


ななめに 
くるくる
たてに
くるくる

くるくるくるくる

回ってる?
回っている

くるくるくるくる

止まっている?
止まっている

くるくるくるくる

回っている
止まっている

投稿: あすか | 2007/12/21 9:17:30

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