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2007/11/06

「ユニーク」を深掘りするから

とにかく忙しいSfN
(Society for Neuroscience、
北米神経科学会)だった。
朝から晩までぎっしりの日々
を終えて、サン・ディエゴの空港に
たどり着く。

いろいろと仕事を持ち込んでいた
上に、学生たちとの発表の
ツメを行う必要があった。

須藤珠水、野澤真一の発表は
終わった。

須藤は、自己他者認識における
ミラーシステムの機能の空間関係への
依存性について。
野澤真一は、「自発性」に関する
実験。エントロピーを計算して
目的志向型と自発型の統計的
差異について論じた。

今年の参加者は38000人だそうで、
会場を行き交う人々を見ている
だけで「脳のフェスティヴァル」
の熱気が伝わってくる。

須藤が発表したミラーシステムについての
セッションはとても面白いもので、
この問題の奥行きを感じさせる。

壮絶だったのは、星野英一との
「デス・マッチ」だった。

ああでもない、こうでもないと、
発表内容をめぐって会場の
隅で徹底的につめた。

そうしたら、夕ご飯を食べている
時に、星野が「へんな生きもの」
に変貌した。
カニのような、カメムシのような。
ふにゃあとした生きものになって、
それから、「ボクは、お腹がいっぱいに
なりました」と言った。


「へんな生きもの」になった星野英一クン。

昨年のSfNでアトランタを訪れた
時、アメリカは決して世界のどこでも
成り立つ「普遍」をつくりだすグローバリズム
国家ではなく、
一つの個性であり、ユニークさであると
感じた。

その感覚は今でも続いていて、
だからこそアメリカを愛する気持ちがある。
日本もインドネシアもケニヤも、
どこも一つの「ユニーク」であって、
万物の尺度となるものなど
どこにもない。

人もまた同じである。

「へんな生きもの」に転ずるときに
根源的な感じがするのは、「ユニーク」
を深掘りするからだろう。

11月 6, 2007 at 02:09 午前 |

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コメント

おかえりなさいませー!

アメリカ学会お疲れさまでした。
素晴らしいインスピレーションに
出会えましたでしょうか。

日記に時が紡がれ始め
ファンとしては嬉しい限りです。

世界で一番多様なユニークさを受け入れる国が
他国のルールのユニークさを受け入れないというのは
何故なのかしらん。

グローバリゼーションを正当化理由とした
経済・軍事的侵略は事実だとは思いますが

勝ち組の方法を絶対の理想論として
極端な傾倒をして
自国に自発的に輸入してもたらす結果を
アメリカ思想のせいにするのは
全然別の問題なのになあ、と思います。

投稿: | 2007/11/08 5:05:21

今晩は。
今ごろはサンディエゴから、無事に日本にご到着され、心と身体をゆっくりお休めになられていることと思います。

ところで、今年のSociety for Neuroscience,38000もの方々が集まられたとか…。現地でそれらの方々が、互いに持論を展開し、熱い議論を戦わせる…そんな光景が思い浮かんでくる。

星野さんとの真剣な議論、他の学生さんたちの発表のツメなど、他にお仕事を抱えながらの現地でのご奮闘…。本当に、お疲れ様です。

星野さんの「ふにゃあ」なお写真、なんとも言い難い、いい味が出ていますね…!

人間はみんな、ひとりひとり「ユニーク」な存在だし、それぞれ、違った個性や生き方を持って生きている。そんなの当たり前じゃないか、と思うのだが、世の中では何故かそれを許容せず、のべつに「差異」にコダワルゆえなのか、自分達とは違う個性を持つ存在を、何かにつけて差別し、いじめたりしていることが多々ある。

自分とは何かが違っていても、人は互いに差別するべきではないし、むしろ同じ人として、互いの個性やユニークさを認めあい、慈しみ愛することが今の時代、ますます大切なことのように思える。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/11/07 0:28:54

「普遍」は、星の数ほどある個性が偶有性に
もまれていくうちに淘汰されて生き残ってきたものだ、
とかなんとか私はどこかで聞いたでしょうか???
いろんなことが、うろ覚えなのか妄想なのか「?」なまま、
ぴょこぴょこと顔を出してきてしまいます。

茂木さんの文章は、その時、その時のパッションが
ビシビシと決まっているので気持ちよいですね。
その時、その時で向かおうとしている方向が
何処なのか、はっきり示して下さるところも!

正剛さんの優美で妖しい文体とは異なる、
圧力を感じさせる文体。

たとえがヘンですが、
関西風な文体とでも言ったらいいのでしょうか。。。
なんだか、こう100メートル先からでも
「あそこに、いてはる!」ってハッキリわかるような文体。。。
やっぱりヘンですね。
無理矢理たとえないほうが、良かった(笑)!

投稿: | 2007/11/06 20:45:30

お久しぶりです。
脳のユニークさ。最近、とても気になっている事です。

5億人いれば5億種類の脳の系統がある。
とすれば、出来上がった大人の脳と言う事よりも、
脳の可塑性に富んだ柔軟性を限りなくシンプルに整理していくと
根源的なところに行き着き、常識や知識以前の
フニャフニャマン、へんな生き物になる。
そこには足場がなく、足場と言う概念すらない。
いかなるジャンルの者でも、そこを意識し
そこが何なのか、
始まりと終わりの汽水域なのか
向き合わなければならない。
最近とてもそんな気がしています。

投稿: おやじスケロプター | 2007/11/06 13:31:41

規模の面でも白熱度でもSfNはすごかったようですね。

ところで、茂木さんの「アメリカは決して世界のどこでも成り立つ「普遍」をつくりだすグローバリズム国家ではなく、一つの個性であり、ユニークさであると感じた。」というお考えは、「国土の広さや移民の多さに関わらず」という前提があるのでしょうか。

またユニークさに優劣をつけるのは愚かなことでしょうか。地球というモザイク惑星における各国のユニークさを「ユニーク自体」もしくは「へんな(生き)物自体」として捉えようとしても、成人の場合はニューラル・ネットワークによって何かしらをはじき出してしまう性向があると思いますから。

投稿: | 2007/11/06 11:12:36

こんにちわ

ミラーシステムで、ガンダム式で考えられないでしょうか?

茂木さんが著書で、車に乗ると車が体の一部と感じると言う事を書いていましたが、ガンダムに乗るとガンダムが体と一体化してしまう感覚が出てくるのではないでしょうか?また、全方位視覚コックピットのため、複数のカメラから合成して、コックピットに表示しています。パイロットがレバーを動かせば、ガンダムが動く。

ここで、脳と体に、戻すと、脳の中に自分の体を含めた認識世界があり、脳内の自分の体(ニューロン回路上)を動かすと、外の体も動く、これを考えると、夢の中で行動できると言うの説明できます。このシステムが無いと、夢を見ても金縛りになります。また、幽体離脱体験も実際の世界と認識世界の体がずれたと、説明できます。

ん?、ミラーシステムと少し違うかも?(^^)

投稿: | 2007/11/06 3:43:13

こんにちわ

SfNご苦労様です。

ミラーシステムに、テレビカメラやビデオカメラの概念を入れると面白いのではないでしょうか?

私は、「満腹になると、横になりたがる、へんな生きもの」です。

投稿: | 2007/11/06 2:49:14

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