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2007/11/11

どんな偶有性の海を

大阪へ。

電通育英会の奨学金を
受けている学生さんたちを
前に、脳と人生について
お話しする。

偶有性は、どんな人生にも、
あらゆるフェーズにおいて平等に
訪れる。

ただ、それを「楽しむ覚悟」
が必要なだけである。

君たちとボクで、ボクの
方が人生の先輩だからと言って、
偶有性の構造が変わっている
わけではない。

一を知れば、十わからないことが
できる。
人生はオープン・エンドである。

人生というものは、つまり、
「偶有性の海」に飛び込んで
こそ、本当の愉しさが
わかるものなんだ。

小学校における講演会の
ために尾道へ。

千光寺公園からの景色は
相変わらず素晴らしい。

私が東京芸術大学で授業をするように
なった時、津口在五は
大学院生で、その後すぐに助手になった。

その後、津口くんは故郷の尾道に
帰って、いろいろ
模索し続けている。

久しぶりに津口にあった。

「ぼくは、学問がしたいと
思っているんですよ」
と津口くん。

津口くんが尾道駅前の
本屋さんでバイトを始めたと
教えてくれたのは、蓮沼昌宏だった。

津口くんのお父さんに連絡を
とると、啓文社 福屋ブックセンター
にいるという。

http://www.keibunsha.net/store/store.php?id=20 

尾道駅前にいると、津口が
ひょこひょこやってきた。

店長の藤川学さんが、
いくつかサインをして欲しいと言われるので
喜んで描かせていただく。

「こんな風にレイアウトしました」
と後ほど津口が携帯から送ってきた。

津口のお父さんの津口知幸さんは
表具処 軸源を経営されていて、
商店街の中に店舗がある。

「一期一会を表具する」
と掲げられた店の中に、
お父さんそっくりの人形があった。

当然、人形は津口在五クンその人にも
似ている。

呼んでくださった司法書士をされている
山本学さんもいらっしゃり、
懇談する。

楽しい時間が流れる。

津口父子は、並べると、なるほど、
雰囲気が似ている。

ボクは、津口の名前は在五(ざいご)と
読むんだとずっと思っていたが、
実は「あきご」なのだそうである。

「あきご」クンは、東京芸大の上野キャンパスを
彷徨しながら、あの頃、画家の
フランシス・ベーコンのことを一生懸命
考えていた。

今、尾道水道を向島との間を渡船で
行き来し、本屋さんの文具売り場で
アルバイトをし、芸大時代と
変わらぬジャンパーを来て、
「あきご」クンはどんな偶有性の海を
泳いでいるんだろう。

「向島というのは、尾道から
見た言葉で、本当は歌島と言っていたのです。
和泉式部も島に来たことがある、という
伝承があるのです。」

津口のお父さんがそのように言った時、
印象はふわっと海へと広がり、
偶有性の粒は突然光って
私を包んだ。

11月 11, 2007 at 06:38 午前 |

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コメント

茂木さんの「偶有性の海を渡る」という言葉が好きです。ここまでポジティブな未来志向の思いを書いていただくと、自分をさらけだしてもいいんだと安心感が広がります。好奇心が拡大します。「クオリア」というのはどんな意味なのかわかりませんが、言葉の響きが美しくきれいです。澄んだ印象を持ちます。私はそのようなものをいつも探し続けています。

投稿: 欅屋 長衛門 | 2007/11/15 20:46:53

「偶有性」って、面白い言葉ですね?

茂木健一郎の辞書にしかなかったりして(笑い)

でわ

投稿: 青柳洋介 | 2007/11/13 8:04:50

記事の内容とは関係のないコメントですみません。

毎日をせわしく生きていく中で、はっ!とすること、或いはおや?と思うこと、いろいろなことに出会うけれど、本当に目が醒めるような、生きていてよかった、と思えるような体験は、そうそうなかなか巡り合えるものではない。

しかし、それでも人は、仮令ささやかなものであっても、かけがえのない出会いや幸せなことに巡り合おうとして、人生という名の大海を航海しているのだろう。

そこに小さくても、何がしかの希望を見出せたなら、生きていることに感謝していきたいものだ…。

本当に掛け替えのないことや幸せは、実は自分の中にもある。だからこそ、「出会い」が本当に大切なのだと、このごろ心からしみじみ思う。

毎日「クオリア日記」を読ませていただきながら私がいつも思うことは、茂木さんが日々の激務をこなされながらも、生きると言う事の切実さ、掛け替えのなさを、ウェブを通して私達に伝えてくださっている、ということだ…。

世の中は本当にせせこましくなってきた。何かあると隣人同士でトラブルを起こし、簡単に命を粗末にするような時代になった。

いまほど生命の尊さ…借り物言葉かもしれないが…が切実な課題として我々の頭上にのしかかってくる時代はないだろう。

茂木さんの、この日記で語る一言一言が、そのせせこましい社会で生きざるを得ない私達に、ささやかながらでも、前向きに生きる勇気と希望を引き出してくれているのだと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/11/12 19:23:59

偶有性の海を私という名のひとつ細胞はただただぷかぷかと漂っておりました。 きのこ狩りがしたくなりましたので、少し泳いでみようかと・・・ 細胞に脳がうまれるといいのですが。

投稿: s.matsui | 2007/11/12 17:29:18

今日も経験が
キラキラと輝いていますね。

人生の不安、
やりたいことと生活とを比較して
学生時代の様に夢はもてず、
才能と限界とを冷静に見つめていても

喜びはここにあるんだと知っていれば
心は決して枯れることなく
燦然たる和楽に包まれますね。

会社近くのホームレスの方達が
先日からみんなで子猫を
ものすごく大切に愛でています。

子猫はとってもべっぴんさんで、
首輪とか、おもちゃとか
沢山買い与えられています。
(カップ酒代金がアレになっているんだろな)

みんなで一緒になって
子猫に胸いっぱいになっている喜びは
普通の生活や、豊かな生活をしている人と
質は決して変わらないということ、

感じられる限りに
心潤うこと
満ちるということ、

自分がどういう状況にあるか
全く関係なく、
まさに「いま、ここ」の喜びは
なんて大切なのだろうかと
今更当たり前のようで
しかし、しみじみと実感できる
不思議な感激がありました。

彼らと子猫に心ないことを言う人もいますが
それをどれくらい流せるかなあ
喜びのありようをどれくらい見習えるかなあ

人生に不安が無いというのは嘘になりますが
どうせ変える気ないなら
不安に浸るは五分でいいや。

津田さんは尾道の人生の中で
どんな喜びに満たされているのでしょうか。
本屋にいたら沢山本が読めるし
そんな風にお父さんと毎日語らえるし。

私は何によって満たされるのかわからなくて
ふらふらフラフラしています。

艶やかなもの、豊かなものに
憧れ流されやすいですし楽しいです。

でもこれら世間のゲームから離れたところに
燦然たる和楽があることも
どこかでほんのり知っているから

いつまでたっても
ふらふらフラフラ
ふわふわフワフワ
キラキラしているものにすぐ心が取られて
よそ見ばかりしています。

投稿: raionmaru | 2007/11/12 5:32:45

今日の代ゼミの早大プレ模試でも茂木さんの文章が出願されてました!‘自然界のダイナミズム~’ってやつです。茂木さん超頻出です!

投稿: さるきち | 2007/11/12 1:47:08

こんばんは。

千光寺公園からの眺めのお写真、赤みを帯びたミルク色の空に青くけぶる山々の、濃淡がついた影が重なり、その色彩がやわらかな姿で眼に入ってくる…。

尾道には本当になかなか行けないけれど、何時までもこういう美しい光景が見られる場所であってほしいなぁ。

p.s.津口在五さんとそのお父さん、トテモ素敵な笑顔のツーショットです!

投稿: 銀鏡反応 | 2007/11/11 22:39:41

教育フォーラムでの茂木さんの講演を拝聴しました。
人生、いつからでも発育出来るんですね。
私は45歳、たぶん茂木さんと同い年ですが、
こっから、もういっちょやったろか、という気分になりました。

投稿: bubbly | 2007/11/11 21:19:03

こんにちわ

「偶有性」を、少し考えてみた。
自動販売機に新しい商品がある、それを買うことである。それを買わないと、ジュースの見識が広がらないわけである。また、新しい良い製品には出会わないわけである。

新しい商品とは、売り手、買い手も、強い偶有性を持っている事になる。

転職などは、大きな偶有性の海へ飛び込む事になるのだろう。

すると、「偶有性の海に飛び込む」≒「新しい事にチャレンジをする。」となるのではないでしょうか?

コンピュータは、プログラミングされている事以外のことをするのは難しい、逆に言えば偶有性にチャレンジして、学習するコンピュータが出来れば、人工知能が出来る事になる。逆に、自然知能の理解にもつながる。。

偶有性は「偶然と必然」にわかれ、「必然」とは「自信が有る事」ではないでしょうか。新しい事にチャレンジする事により自信を広げる。新しいアイディアを出す事により自信を広げる、と言う事になるのではないでしょうか。

私は、今、ニンテンドーDSで、英語の勉強しています。
ん?、小さい偶有性?、まあ良いではないですか?(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/11/11 11:55:11

茂木先生

「漱石山房秋冬」の観覧、
締切期限が過ぎていて
問い合わせてみたところ
満員で駄目でした。

江原啓之さんとの対談も
チケット売り切れでした。

高橋悠治氏との対談、
またありませんか?
前回のあのような対談も
とても勉強になります。


先生は意図も簡単に
こなしているように
お見受けできますが、

自分の意見、第三者の意見を
他人に伝えるのって
本当に難しいことです。

また、人の意見を聞き、理解する事は、
もっと難しいと思います。

それができないから極端な話
戦争や殺人事件などがおこって
しまうのですよね。

理解し合えなくても
話し合う気持ちが
大切だと思います。

先生のお話は世界平和へ
結びつくと思っております。

しかし、ファンの立場から
申しますと、
茂木先生、
これ以上ブレイクして
ほしくありません。
お体の事も心配ですし、
先生が益々雲の上の方に
なっては、私のような者が近寄れなく
なってしまいます。

でも、
もっともっと先生が世の中で
ご活躍される事を願いつつ、

私の様な道端に生える
誰も名前も知らない
草のような人間も
先生をご尊敬している事を
頭の片隅でいいので
書き留めておいて下さい。


先生、食べ物は好き嫌いは
おありですか?
簡単スープなんですが、
先生お忙しいと思うので
風邪など引かないよう
パパっと作れて栄養があって
とてもおいしいスープを
ご紹介します。
だまされたと思って作って
みてください。


トマト、三個ざく切り
卵、四個まぜておく

鍋に水、トマト、コンソメ(多め)、塩、こしょう
を適量いれ、沸騰したら
卵を入れます。
完成。

学校の給食の揚げパンやソフト麺
バブルフルーツ、クジラ肉のから揚げ
等々
先生は何がお好きでしたか?

投稿: 桜美智子 | 2007/11/11 11:28:49

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