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2007/11/27

私秘的なものにして

姫路から移動して、京都大学の学園祭で
講演し、
米子に行き、本と脳の関係について話し、
高松の学会でお話しし、さぬき市で
お話する。

ロード生活もやっと終わった。

偶然目にした屋島の風景が忘れられない。
源氏と平家が名高い合戦を繰り広げた
地は、何とも言えない美しさを
醸し出していた。

源平合戦は、単に源氏と平家の争い
というだけでなく、平家側が
安徳天皇をお連れし、三種の神器
も護持していたため、日本という国の
かたち自体が揺らいだ歴史上の大事件
であった。

三種の神器のうち、天叢雲剣(草薙の剣)
は、今でも屋島の前の海に沈んだままだという
説がある。

史上名高い戦いであるが、
その舞台となった屋島の美しさに
触れた記述に出会ったことがない。

伊勢神宮の内宮もそうであったが、
実際に自分で向かってみないと、
「ここにあった」という感慨が
浮かび上がってくるかどうかは
わからない。

クオリアは私秘的なものにして、
そう簡単には伝わらない。

名高い美術作品において、かろうじて
クオリアは制度化され、記号化される。

西の地の、瀬戸内の空気と太陽を
たっぷり浴びた4日間。

東京に戻ってきてみれば、空の風情や
光のやわらかさが違う。

藤森照信さんは、先日お目にかかった
時に、「空間とは知らず知らずのうちに
影響を受けてしまうもののことである」
と言われた。

戦いに敗れ、海の藻屑と化していく時、
平家の武士たちの心のどこかに
屋島のあの美しい風情はきっと
刻み込まれていたのだろう。

それは、人生においてとどめることも
つかむこともできずに溢れて
いってしまうものたちの姿に似ている。

美しき屋島を見上げる。

11月 27, 2007 at 09:37 午前 |

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コメント

K.Mさま、はじめまして。
伺いますと、感じるものがあります。
是非、その彼氏と再び会われたら、と思います。
繋がっていることが何よりではないでしょうか?
初対面なのに、このようなことを申し上げて済みません。

投稿: n_ohsaki | 2007/11/29 0:19:56

私も日曜京都にいました。
先生とニアミスです。
おしいなあ
京都は広いなあw

西日本の空気は軽やかでした。
京都駅は人の海。
深呼吸する隙もなく、
大原でようやく息告げました。

秋晴れの風は素晴らしく
なにもかもが爽やかで透明で
紅葉を愛でる贅沢と
赤よ黄よ緑よ青よと
人々が道すがら鼻歌を歌っていました。
その気持ちはよくわかる。

人の心の私秘的なものは伝わりませんが、
人の心に喜びがあるのだと思うと
それだけで嬉しいですね。

屋島での命を終えた平家の武者を
思うと切ないですが
それすら景色の感慨を深める
のだから不思議です。

穏やかな西日本の空間に浸り
いまだ紅葉に惚けています。

投稿: kaede | 2007/11/29 0:01:42

ロード生活。
想像するだけで、目が回ってしまいそうでした。

多分、安徳天皇を抱いた女の人が船の上に居る、
日本画どこかで見た覚えがあります。
とても、幽玄さを感じた絵だったのですが、ごぞんじの通りの
記憶のなさで誰の作品か思い出せませんでしたが、
昨日は、水仙とあやめを買ってきて活けました。
部屋のコーナーはちょっぴり日本画の世界です。

ところで、私は、日本の形が出来たのは、聖徳太子の時代だと
思っていたし、神道ができたのは、そんなに古くないと思ったいたので、
夜いろいろ検索したてみました。
(生命研究にはシステム情報も必要だったので、システムを
知る(探す)癖がついていて、、ごめんなさい。)

でも、結局わかりませんでしたが、「三種の神器」と呼ばれるように、
なったのは鎌倉時代後期だと、インターネットでは書かれてありました。
だから、、、????の世界です。
(私の知っている、かまくらさんなら詳しいだけどなぁ。どうしているのかしら、もしかしたここ見ているかも^^)

それにしても、幽玄のクオリアってあるのでしょうか?

検索をしていると「また!?」と言う経験をしました。
私を取り巻く情報がいつも、たどり着く情報、、縁って言うのかしら?
その情報に出会うと変な感覚の世界に包まれてしまいます。

・土佐の国 阿波の国 宇治 天皇家 
小椋 吉野 奈良 武士 下野の国 
ヤマトタケル(スサノウだと思っているんだけど)

「また、戻っちゃったよ」と思いながら、幽玄のクオリアの世界
を漂っていました。

奈良の都
奈良の都

おまえが私を呼ぶのか
私がおまえを呼ぶのか

愛しき君
愛しき君

恋しいひと


昔書いたものですが、ちょっと、カキコ、、、。


投稿: あすか | 2007/11/28 12:34:31

 先生は恋愛の悦び、そして突如を襲ってくる哀しみをよくご存じでしょう?
 わたくしは初恋の微醺に酔ったまま、未だ醒めることなく、それがトラウマになって、わたくしをいつまでも独身のままにさせているようです。
 そう、先生にも、わたくしの初恋の人「東大理Ⅰの方」の姿を重ねているのかもしれません。最初は彼の一目惚れで始まりましたが、すぐにわたくしも恋に落ちました。彼はわたくしの憧れそのものでした。180センチの長身に歌舞伎役者のように美しい顔立ち。帰国子女で西欧人のような立ち居振る舞いはちょっとキザだったけれど、わたくしよりも格段に上手くピアノやテニスをこなし、それにお祖父さまから親子3代で東大、弟さんも理Ⅲから医学部という家系。すべての点で彼にはかなわないのです。クラシック音楽に絵画鑑賞と共通の趣味も多く、相思相愛でお互いの親公認の仲でした。門限が10時だったのですが、彼は家の前まで必ず送ってくれました。最後に握手をして別れるときがわたしたちの切なくも、限りなく甘美な一瞬でした。ほんの数秒間、彼の温もりを感じられることのこの上ない悦びと言ったら・・・。
 当時は、いずれは彼と結婚し、専業主婦になって、子供を3人持つのが夢でした。今のわたくしのバリバリのキャリアウーマン振りからは想像もつかないほど、夢見る少女のような可愛らしい将来像を抱いていました。そんな風にお互いに大切に愛を育み、まさに恋愛の絶頂期にあったときに突然訪れた別離。人知れず涙したことも数限りないです。彼はもうそばにいないことは分かっているのですが、でも何年も、何年も「もう一度、彼に会えたら・・・」と随分、自分を責め続けました。現実はすごく残酷で、永遠に時間を逆戻りさせてくれないのです。
 さすがに、今はだいぶ吹っ切れましたが・・・。でも、ときどき思うのです。彼の妻になっていたら、わたくしの人生はもっと穏やかで愛情に満ちたものになっていたのではないかと・・・。男性社会の中で、遡上する鮭のように満身創痍状態になりながら上流を目指し続けることもなかったのではないかと・・・。正直、そんな生き方にちょっと疲れました。
 先生にはないですか?そんな経験や切なくなる瞬間が・・・。

投稿: K.M | 2007/11/28 1:44:58

ロード生活、お疲れ様でした。

今日の日記を読みながら、屋島の源平合戦の場面が、いくつかの断片として、浮かび上がってきた。

凄まじい海上合戦の風景、侍女と海の中に沈む幼帝、源氏に敗れて海に沈み行く平家のもののふたち…。

一種の哀感とともに、悲劇の場面が、美しいロマンの衣に包まれて、次々と現われては消えていく。

瀬戸内の穏やかな海に刻まれた歴史の哀しい痕跡。その痕跡の中に、平家のもののふや安徳天皇は、美しい屋島の面影を胸に秘めながら、どんな思いで海の藻屑となっていったのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/11/28 0:13:15

屋島、美しいですよね!
もし次回屋島に来る機会があるなら、八栗寺がお勧めです。
あの威厳ある山や景色、私も大好きです。

投稿: bob | 2007/11/27 19:57:46

>それは、人生においてとどめることも
つかむこともできずに溢れて
いってしまうものたちの姿に似ている。

ドラえもんの道具のコピーロボットを思い出しました。ロボットの鼻を押すと自分に似たロボットになり、額を当てると、そのコピーロボットの記憶や経験を自分のモノとできる。今から考えると藤子・F・不二雄の想像力はすごいと思った。


また、茂木さん地元である四国に、また、おいでくださいな。(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/11/27 15:06:36

「なにかに耐えている人は、
それだけで、光輝く存在なのだ」

他人には、じっと動かない姿にしか見えなくても、
けっして格好のよいものではなくても、
本人も、辛いばかりかもしれないけど、
生きるため、精一杯の力を込めているとき、
その人の身体から、透明な炎が立ち昇っていて、
それを目の前にするとき、私は言葉を失います。

投稿: F | 2007/11/27 14:40:42

私が戦いに疲れた兵士の一人であったなら、
美しい景色の中で、
「ここで役目を終えたい。」
「ここで海の藻屑になりたい」と願う。

あらゆる極限の状態から抜けだせると思う。
やすらかに、兵士が眠っていることを願う。

投稿: おおはたみやお | 2007/11/27 12:50:11

三種の神器が沈んだとされているのは「下関の壇ノ浦」ではなかったでしょうか?幼帝の安徳天皇と共に沈んだと習った様な気がしますが?間違っていたらスミマセン。処で三種の神器は現在は何処に安置されているのでしょうね。ご存知ならご教示下さい。神戸・渡部。

投稿: 渡部 進治 | 2007/11/27 12:29:57

茂木先生、お久しぶりです。

素晴らしいロード生活をされたようですね・・
お体の方はご回復されましたでしょうか?

久しぶりにコメントさせて下さいね。
実は、<草薙の剣>で思わず、コメントしたくなってしまいました。
私は、その草薙の剣のあった、草薙神社のある草薙に
11年間住んでいたんですよ。静岡の、以前は清水市でしたが
今は政令指定都市になってから静岡市になっていると思います。
あれは、出雲のお話だったのですね・・。

スサノオがヤマタノオロチと戦ったのは、あの草薙の剣だと
歴史に詳しい夫から聞きました。とても寂れた神社で
しかし由緒がある神社なのだと。

ちなみに、亡くなった夫は瀬戸内の村上水軍の末裔で
彼の母が生粋の村上なのです。それで密かに海賊であることを
自慢していました。

四国の小高い山、瀬戸内の島々と海、橋、懐かしい思い出です。
瀬戸大橋が出来る前の、岡山から1時間掛けてのフェリーの
中で食べる讃岐うどんは、最高だったなぁ~。
香川では勿論讃岐うどんを食べられたでしょう?
けれど、あのフェリーの中の讃岐うどんほどオイシイ
おうどんを私は食べたことないですよ。

素敵な旅、お疲れ様でした~。
クオリア日記いつも楽しませて貰っています~☆

投稿: tachimoto | 2007/11/27 10:39:36

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