水戸芸術館のキュレーター(学芸員)
である高橋瑞木さんから、
ChristoとJeanne-Claudeが
来日するから水戸で話さないか
と言われた時、
二つ返事で「やります!」と返事した。
http://www.christojeanneclaude.net/
上野からスーパーひたちに
乗る。あれこれと仕事をしていたら、
あっという間に水戸に着き、
改札の外の高橋さんに出会った。
クリストがの茨城県常陸太田市から里美村(当時)の里山の中に1340本の
青い傘を立て、それと向かいあうように、
カリフォルニアのロサンジェルスの南側の谷に
1760本の黄色い傘を立てた「アンブレラ」
プロジェクトが行われたのは
1991年。
当時、大学院の博士課程の学生だった
私は、盟友「おしら様哲学者」
(またの名前を「でぶ塩」)塩谷賢と
はるばるでかけていった。
誇大妄想気味だった二人の
「疾風怒濤」の青年は、
見渡す限り巨大な傘が点在する
光景に大いに興奮した。
「これだよ、オレたちが求めて
いたのは!」
あまりにも気に入ったので、
3週間の会期中、二度も出かけた。
二度目に出かけた時、
田園地帯の中に設置されて
いた事務所で、クリストと
ジャンヌ=クロードに出会った。
握手を求めると、クリストは快く
応じてくれた。
「ヴァレー・カーテン」。
「囲まれた島」。
「梱包された帝国議会議事堂」。
あのような巨大プロジェクトを、
地元住民や政府と粘り強く交渉して
進めていく人とはとても
思えないような、
繊細な、やわらかな手だった。
常陽藝文ホールに着く。
水戸商工会議所主催、
水戸市芸術振興財団企画、
常陽藝文センター協賛の
イベント。
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/2200/2294.html
控え室で、クリストと握手した。
16年の年月を超えての再会。
もちろん、向こうは覚えてなどいない。
会場の様子を見て、高橋さんや、
同じく水戸芸術館の森司さんに、
「どんな聴衆が来るのか」
と聞いた。
「買い物に行って来ます」
とふらっと外に出た。
さて困った。
駅前の川又書店まで歩きながら、
作戦を練った。
最初に私が20分喋ることになっている。
急遽スライドを、と思ったが、
プロジェクターがない。
私がどんなことを喋っているのか、
クリストとジャンヌ=クロードに
伝わらないのではツマラナイ。
かといって、全部英語でやったら、
聴衆には何のことかわからない。
観念し、覚悟を決めた。
「ジャンヌ=クロードと
クリストという二人の素晴らしいゲストに
感謝と敬意を表するために、
私は生まれて初めてのことをやろうと
思います」
と切り出した。
「予定していたことの、二分の一しか
喋れないでしょうが、二倍面白くなると
期待しています。そして、私自身
にとっては、3倍難しいことになるでしょう」
日本語でまず喋ってから、英語で
喋る。
「一人逐語通訳」である。
「アートは何よりもプライベートな経験である。
それは、ジャンヌ=クロードとクリストの
素晴らしい作品群が示しているように、
言葉で表現できるものではない。
その一方で、アートは、コミュニケーションや
コミュニティ・ビルディングに関わること
でもある。
ジャンヌ=クロードとクリストが、
作品の実現のために時に20年や30年もの
長い年月粘り強く交渉するそのプロセスに、
そのようなアートの両義性は表れている。
日本では、確かに、東京と地方の間に
格差がある。
しかし、すぐにわかってしまうような
目的、言葉にできるような機能性、
そんなことからアートを通した
「町おこし」のようなことを志向しても、
かえって夢を実現することはできないだろう。
アートの力というものは、もっと根源的な
ものである。
私たちが生まれ落ち、言葉を学ぶ前から
抱いていた生命の衝動。そのようなことに
つながるものである。
アートとコミュニティの関係を
考える上で、ジャンヌ=クロードと
クリストの仕事は、大切な一つの
インスピレーションを与えてくれる」
概ね、そんなことを話した。
ジャンヌ=クロードが、
「プロフェッサー モギの言ったことに
400%賛成します」
と切り出した。
「そして、それはまれなことなのです」
二人のトークは、スライドを使いながら
現在計画中のOver the River、
The Mastabaの二つのプロジェクト
について説明する、
完璧に準備されたものだった。
私と、クリスト、それにジャンヌ=クロードの
対論。
何か深いものに触れた気がした。
感動した。
ジャンヌ=クロードと
クリストにとっては、あのような
巨大なプロジェクトを進める
ことは「自由」の追及なのだという。
「私たちのプロジェクトは、決して
巨大ではありません。
それを言うならば、人類はもっと
大きなものを作っています。
摩天楼、高速道路、大規模な耕作。
私たちの行為は、そのような、誰かに
よって既に設計された空間の
中に住むことに慣れてしまった
人間が、本来持っているはずの自由を
取り戻すための儀式なのです。」
「大切なのは、実際の帝国議会議事堂
に触れ、それを変えるということであって、
そのスケッチでは
ないということです。現実そのものに
働きかけ、変容させる。そのことが
大事なのです。」
私たちは、落書きをしたり、
キャンバスの上に絵の具を置いたりとか、
そのような「自由」で満足して、
自分が包まれている巨大な不自由に
は気付かない。
「そうです。自由というのは、
真剣に追及しようとすれば、
とても手間と手続きがかかる
ことなのです。」
最後に、「1000年後にどのような
形で覚えていてもらいたいですか?」
と聞いた。
「名前は消えてもいいのです。
ただ、昔むかし、あるところで、谷
にカーテンが敷かれた。島が包まれた。
無数の傘が置かれた。そんなことが
あった、という形で覚えていてほしい」
ジャンヌ=クロード、クリストと
かたく握手をして別れる。
森司さんが「いやあ、今日は良かった。
勇気をもらったよ。この仕事をしていて
良かった、と思えた」
と力強く言った。
東京芸大の粟田大輔、蓮沼昌宏が来ていた。
粟田は、最後に質問もしたからエライのである。
水戸芸術館の浅井俊裕さんも
加わって、
水戸駅近くの「茶の間」で打ち上げをした。
こんなにタイトなスケジュールで
動いていてオレは大丈夫か、
どうかなっちまうんじゃねえか
と思いながら
ふらふらになって水戸へ来たが、
こういう時に来なかったら人生の意味が
ない。
うぉーっと叫んで、荒野をどこまでも
行きたくなる。
大きな巨きな「自由」のヴィジョン。
頑なまでに愛に満ちあふれた勇気。
私たち一人ひとりは小さいが、
志向性という容器の中には、
たくさんのふしぎなエネルギーが
満ちあふれている!
(下の写真は、会場にいらした
青山知花さんがお送りくださいました)





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