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2007/10/26

光速の寄せと乙女の優雅の交錯

インターネットが発達し、
様々な情報を簡単に手に
いれることが出来て、
組織の垣根がこわれていく。

そして、私たちは偶有性の
海に投げ出される。

この歴史的機会を生かす
ためには、遠くへと
結びついていくだけでなく、
自分の内なる形が
見えない容易には把握できない
「幽霊のようなもの」
を大切に育まなければ
ならない。

立川志の輔さんに
お目にかかる。

志の輔さんは、来年一月の
パルコにおける一ヶ月の講演に
向けて、現在準備を
されている。

13年間続けている
NHK総合『ためしてガッテン』
の収録との調整があり、
また昨年は最終日に
声が出なくなるなど、
「もう二度とやるか」
というくらい苦しい公演だが、
やり遂げた時には何とも言えない
達成感があるのだという。

通過儀礼とは、苦しいことを
なし終えた時に訪れる
深くからの「人格変容」
のことであろう。

志の輔さんが、山田五十鈴さんから
聞いたという話が素敵だった。

自分が楽な姿勢は、人から
見るとだらしない。
自分がキツイ姿勢が美しい。
だから、山田さんは、舞台の上で
苦しい姿勢を凛と保っていたのだという。

進化心理学に「ハンディキャップ理論」
がある。
クジャクのオスの羽根のように、
生きる上での機能を持たず、
外敵に襲われた時などは
邪魔になる特徴が進化して
きたのは、
性淘汰においてメスがそれを
好むからである。

他の個体よりも多くのハンディキャップを
負っても生きていくことが
できるという事実が、活性と良き資質の
証拠となる。

「やせ我慢」がダンディズムにつながる
所以であろう。
江戸落語では、「見栄」や「やせ我慢」
が重要なモティーフとなっている。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

漫画編集者・原作者の長崎尚志さんは、
「愛と覚悟のヒットメーカー」。

石田ディレクターが、
浦沢直樹さんと長崎さんの激論を
「迫真の映像!」で記録した。

チョコレートをテーブルの上に置くと、
いつものように、有吉伸人さんが
「光速の寄せ」で手をのばした。

早い! できるチーフプロデューサーは
段取りが早い!
びゅんびゅんびゅん!

住吉美紀さんや、山口佐知子さんは、
乙女らしく「おほほほほ」と後から
ゆったりとカカオ豆のお菓子を味わう。

光速の寄せと乙女の優雅の交錯。

ソニーコンピュータサイエンス研究所へ。

東京工業大学知能システム茂木研究室の
学生たちと、11月上旬の
Society for Neuroscienceに
向けて議論をする。

野澤真一と、自発性についての
モデルを検討する。

純粋な自発性であれば、eventと
同じくらいnon eventがあるはずである。

ある一定の時間内にeventがあることが
保証されているのならば、そこには、
Poisson的な自発的プロセス以外の
constraintが加わっているはずである。

石川哲朗のone shot learning
の実験について議論する。

「何となくわかる」という
想起におけるfeeling of knowingの
ようなpartial perceptionが成立
している時、その性質をいかに
characterizeできるか。
探索における被験者のbehaviorを
probeとして、partial perception
の状態について幾つかの
興味深い事実を導き出すことが
できる。

須藤珠水が、模倣に関する
実験をしている。
ビデオで記録し、コーディングする。

おもちゃ箱をひっくり返したような、
同時進行のその光景。

一日をふり返って考える。
私の内なる、
もっとも芯にあるほの暗い
幽霊のようなものは、
どのような反応をしてきたか。
イキイキとびゅんびゅんと
動き回っていたか。

インターネットとモバイルに
絡み取られていても、
気持ちとしては水の中で
驚く魚でいたい。

大切なのはagencyの内実である。

10月 26, 2007 at 07:40 午前 |

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コメント

通過儀礼とは苦しいものですね。

世界各地にある成人儀式の
度胸試しと能力要求は
社会から、成人になれとの手助けなのですね。
今更実感の納得です。

どんな小さな社会でもその必要性を
認識しているのだなあと思うと
私がまだまだ届いていない
人生のなにかがあるのだと感じます。

自由という言葉を盾に
大人になりそびれたような気すらしています。

立川志の輔さんのおっしゃることはもっともで
「姿勢」とは確かにそういうものだと感じます。

きちんとすることはとても面倒で
ゴタクを述べる割に片づけられないのかと
言われたことがあり、
はて、何の関連がと思いきや

最近ようやく禅で、モノを言うより前に
1に掃除、2に掃除という有り様を知り

掃除好きの日本人と勝手に思いこんでいた
自らのご都合主義の解釈に恥を知ります。

忙しいときは、それでも仕事優先を名目に
あらゆることを放置していましたが
比較的暇な今こそ、「姿勢」を見つめ直す時が
来たのなのだなあと思います。

高速であるか、乙女であるかの優先事項や
一体何処まで気が回るかの問題もありますが
私もチョコレートが大好きなので
果たしてどこまで「やせ我慢」ができるのかなw

大切なきっかけをありがとうございます。

失恋は自意識の強すぎる人間の
自らと世間との立ち位置を自覚させる
最良の苦い薬だと思っていましたが

それは若者の頃までの話で
いい歳にもなれば、それ以外の方法も
見いだしていかなければいけないのだなあと
つくづく感じます。

道は長いですねw

投稿: popon | 2007/10/27 9:32:39

茂木さん、おはようございます。
久々に日記拝見。やっぱりいいことが書かれています。
↓のコメントは、涙が出るほど感動しました。

通過儀礼とは、苦しいことを
なし終えた時に訪れる
深くからの「人格変容」
のことであろう。

自分がキツイ姿勢が美しい。


現在、仕事がなかなかうまくいかず、とても悩んでいます。
成果があがりません。
ひとつの通過儀礼なのでしょうか?
苦しい・・・・
茂木さんの日記を見て、励まされた思いです。
人間は、少し背伸びして、キツイ姿勢をとることも
必要なんだと自分に言い聞かせ、もう少しがんばってみます。

投稿: ふわく | 2007/10/27 5:55:54

私のご尊敬申し上げる茂木先生へ

 遅ればせながら「茂木先生、お誕生日をおめでとうございます」。
 先生のようなご立派な方がこの世に生を受けられたことを先生のご両親様と神に?(無神論者なので・・・)感謝しなければいけませんね。
 山田五十鈴さんの言葉ステキですね。とくに日本女性はいつまでもそうあって欲しいですよね。
 実は私の母は躾に厳しい人で、私が幼稚園に入ったころだったと思いますが、電車やバスの座席に座ったとき、私の両脚の膝が離れていると手でパンパンと軽く叩かれて「ちゃんとお膝をつけないと下着が見えて恥ずかしいでしょう。それから両脚を横にちょっと倒して流すと美しく見えるのよ」とよく言われたものです。女性として身を守る術とどういう姿勢だったら美しく見えるかを同時に教えてくれていたのだと今では感謝しておりますが、当時は両脚が床まで届かず、そういった姿勢を保つのがとても辛かったことを覚えております。
 それから以前茶道をやっていた頃、お茶会で着物を着る機会がよくございましたが、着物は日本女性を実に美しく見せますよね。否が応でも凛とせずるを得ないのです。両親には着物を何枚か仕立ててもらいましたが、家紋入りのものもいくつかございます。何だか自分の祖先(大した祖先ではございませんのであしからず)へ思いをを馳せ、「人様に笑われないようしっかりしなくては」という気持ちになります。
 残念ながら、最近は美しい仕草や風情、言葉遣いを守っている日本女性が少なくなりました。ちょっと古いかもしれませんが、原節子さんや岸恵子さんといった往年の女優さんたちは実に凛として麗しかったですよね。最近は日本女性の質が落ちてしまったような気がします。以前持っていた日本女性の「クオリア」が劣化してしまったということでしょうか。
 

投稿: K.M | 2007/10/27 1:42:39

こんにちわ、二度目の投稿失礼します

その人の中にある、「幽霊のようなもの」、これを主観的に見ると、目の前にある、コーヒーカップ、砂糖もミルクも幽霊のようなもの、意識できるものは、すべて幽霊のものになるのではないでしょうか?

たとえば、立体視で、スクリーンで無いところに、つまり、物理的に無いところに映像が見えたりします。

まるで、ブルース・ウィリスのシックスセンスのように、調べていくうちに、自分が幽霊だった、みたいになりますが、自分と言う幽霊を維持するための、脳、体、宇宙は実際に存在します。映画マトリックスでの、意識の体とはどうなってるのか、と、言うのも面白いと思います。(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/27 1:32:20

「幽霊のようなもの」から攻殻機動隊の「GHOST」を思い浮かべました。
僕は過去の物質文化から人間を研究する学生です。

歴史的事象は,決して行動の効率や経済性のみでは説明することができません。

だからこそ,「幽霊のようなもの」も(こそ)考えることが必要なのだ思っています。

投稿: やまひろ | 2007/10/27 0:58:47

「光速の寄せと乙女の優雅の交錯」
きょうの日記はなかなかにロマンティックなタイトルですね。

山田五十鈴さんは、自分もかつてTVなどで拝見しておりましたが、何時も背筋を伸ばして凛としていらした、という印象が残っている。

あの凛とした姿勢は、自分自身を人前でだらしなく見せないために、あえてとっていた苦しい姿勢だったのか。

姿勢が凛としている人は、生き方も凛としている人が多いような気がする。

誰しもの心の芯にあるだろう、眼には見えず、容易に掴めない「幽霊のようなもの」が私の場合、生き生きと育っているのだろうか。それともしなびてしまっているのか。

何だかしなびているな、と感じたら、周りの人々や偉人・賢人たちの声にすなおに「心の耳」を傾けていこうと思う。

もちろん、茂木さんがこの日記などを通していろいろな所から発信してくださる、何時も前向きで深く、生きる勇気をもらえるメッセージにも。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/26 18:16:32

こんにちわ

最近、アメリカのサイトやTVドラマなどを見て、楽観論が日本とアメリカ違う事に気づきました。正確にはわかりませんが、アメリカの楽観論は0.1%の可能性があれば、楽観論なのです。日本では、100%の可能性でなければ、楽観論とは言いません。

日本では、目標があり、何もしなくても到達可能の時、初めて「楽観視している。」と言います。アメリカでは、楽観的目標があり、努力して到達可能なら「楽観視している」と言います。

そのため、日本では、「楽観するな。」と良く言います。アメリカでは「もっと楽観的に考えるべきだ。」と、良く言います。仕事で悩んでいる人がいたら、「アメリカ式楽観論で物事を考えよう。」と、言った方がいいかもしれません。

何か、日本人は、楽観論で損をしているように感じませんか?(^^)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/26 16:51:16

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