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2007/10/30

プロフェッショナル 仕事の流儀 服巻智子

プロフェッショナル 仕事の流儀 第66回

見えない心に、よりそって
〜 自閉症支援・服巻(はらまき) 智子 〜

服巻さんのお話から、他者に向き合う時に
辛抱強くそして愛をもって続けることの
大切さを学んだ。
自閉症は身近な脳の状態である。
誰にでも、家族や友人、学校や職場で
会う人の中にスペクトラムの中に入った
人がいるはずだ。
認知科学では、自閉症は「心の理論」
と絡んで研究されている。
さまざまな脳のあり方(neurodiversity)の
一部分である。
違いばかりが強調されがちだが、
他人とかかわりたいという欲求は
かわらない。
異質に見える他者と向き合う時には、
違いだけでなく、共通していること、
つながっていることこそを見つめる
必要があるのだ。

NHK総合
2007年10月30日(火)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
多様なものと向き合う時、その人の器量が問われる

10月 30, 2007 at 08:25 午前 |

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10月30日のNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』は、服巻智子さんが出演。 [続きを読む]

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昨日2007/10/30のNHKプロフェッショナル仕事の流儀、こんな言葉が心に残りました。 [続きを読む]

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コメント

服巻さん。まるで女神のような人でした。
これは決して大袈裟な表現ではなく。
なぜあんなにも優しくなれるのでしょう。
本当に心の強い人というのはこういう人なのだろうとも思いました。
見ていて涙が出てきました。

服巻さんはこう語られていました。

「自閉症の人を理解するということは、
価値観の多様さを自分の中に取り込むということなんですよね。
だから(それは)、自分ももっと違う生き方ができるかもしれないとか、
自分はこうだと、自分の中でも決め付けていたかもしれないものを
違った見方が自分の中でできるようになることかもしれませんね。」

私にはまだできていません。
それは多分自分を愛しきることなのだろうと思うから。
まだまだ宿題です。

投稿: pteron | 2007/11/08 20:45:05

いい歳してるのに、この番組ではプロの持つ技術の凄さにのみ目を奪われがちであった。
今回のは違った。

「悪い人間などいない、あるのは悪い人間関係だけだ」と言った哲学者がいたが、これを今回思い出した。

今回出た中学生の彼も、人間関係の中で生きていかざるを得ない。
当たり前のことが、誠に苦行であるある人々がいるのだ。
大勢の生徒の前で、服巻さんの前説に続いて挨拶する彼を見て、久しぶりにTVで泣いてしまった。

分析的、還元的でまとめやすい主題についてどうでもいいような報告が溢れかえるのは、自閉「症」の分野でも同じという。

真剣に求めたい答えを探して、「常に別のやり方を考えられる」プロとしての服巻さんの生き方は、「あるのは悪い人間関係だけだ」けど、それを見ているだけでは済まないという強い決意に支えられていると感じた。

投稿: fructose | 2007/11/06 6:38:56

世の中には、大きく分けて、
意地悪だけど 温かい人 と、
冷たいけど やさしい人 がいる、
と私は思っていたのですが、
腹巻智子さんを番組で拝見して、
温かくてやさしい人、と思いました。

温かい笑顔と穏やかな言葉遣い、
情熱に導かれた冷静なまなざしで、
自閉症の多様性や特異性に惑わされず、
人間の普遍性を信じきることができるなんて、
この番組で、腹巻先生の存在に初めて触れることができ
とてもうれしく思いました。

自閉症スペクトラム、あるいは、発達障害などといった
わかりにくい総称でなく、
社会的能力の障害ということで「社会的障害」と言うのが、
多少は理解されやすいのでは?と思うのですが、
茂木先生はどう思われますか?

ミラーニューロンに関して。
例えば、「ばらの花」が実際に目の前になくても、
それに対応するニューロン群が活動したときには、
脳は、「ばらの花」を思い浮かべているのですよね。
実際に自分が「ある行動」をしたわけではなくても、
他人がその「ある行動」をするのを自分が見ると、
自分が行動したときと同じニューロン群が活動する。
「ばらの花」「ある行動」が、
「現実ではない仮想」「実際の自分の行動ではない」
という状況でも、ニューロンが同じように活動する、
という見方をすれば
両者は、似ていないようで似ている気がするのですが、
どうなのでしょうか?

投稿: MiznoYuli(u-cat) | 2007/11/04 2:41:51

コミニケーションの根源は人格を尊重することであると確信して
います。レッテルを貼ったりすると相手との関わり合いを遮断する
からです。「プロフェッショナル~仕事の流儀」に出演している方々の
コミニケーション術は相手を褒め、モチベーションを上げています。
中日が日本一になった原動力は落合監督は選手を信頼し、任せて
います。見捨てられた中村選手を拾ってあげました。彼は監督とチーム
に忠誠を尽くました。落合監督は決して選手の人格・能力否定していないので必然と選手のモチベーションを上げたと思います。

投稿: はたけ | 2007/11/03 20:45:45

茂木先生、久しぶりにメールさせていただきます。
涙しながら見ていました。
佐賀(間違っていたらごめんなさい)で活動されていた先生が
服巻先生だったんですね。
教育学部での実習で、自閉症に向き合うことを決意されて、
養護学校で勤務され、NPOを立ち上げられたなんて、知りませんでした。
幸い(?)、私の子どもは小学校3年の初めで通級を卒業でき、
私自身、緊張の糸が切れたような状態にありました。

子どものアクセルが強烈で、私はブレーキをかけることに必死で、
子どもと同じように感情の波が大きくなってしまいました。
そんな私の目に、服巻先生の柔らかな表情は、
とても印象的で、お世話になっている子どもさんだけでなく、
私も安心できたので、親御さんはもっとそうだろうと思います。
服巻先生のように、
親(大人)が柔らかな表情をできたらいいのですが、
私にはできませんでした。

中学校生活に向けて、みんなの前で話す姿は立派でした。
ただ、あの姿は、
自閉症スペクトラムでなくても、起こりえる姿だと思うので、
身近に自閉症を目にされない多くの方々には、
あの姿のすばらしさは、理解していただけないだろうなぁ・・とも
思いました。

プロフェッショナルの後の斉藤環先生のお話に
『病気ではなく、程度の問題だ』というような話があって、
私も自分の子どもを見て、特殊学級に通う子どもさんを見て、
グレーの濃淡(程度)の問題だと思っています。
特殊学級や養護学校に通う子どもさんが
少しでも普通学級との接触が増えるといいなぁと思います。
だって、小学校から保育園・老人施設へ訪問するじゃないですか。
(えっ、レベルが違う??)
でも、日常を知ることは大きいと思うのです。
ノーマライゼーション・バリアフリーのきっかけになるのではないでしょうか。
・・話が大きくなってしまいました。
失礼します。

投稿: yuri | 2007/11/02 16:06:24

脳の多様性、脳の機能障害よりも断然しっくりくる言葉でした。

多数の人が当たり前に、オートマチックに操作出来る事も、脳の使っている部位が違う為もあって、

とても難儀で疲労困憊な日常だということを、あまり気付いてもらえてないのが現状ですよね。

自閉症の人は、わざと困らせているのではなく、モニターする力が弱かったりメタ認知の弱さから誤解を招く言動をしてしまい、結果、自己肯定感が低いままの毎日なんですよね。

帯状かいのサイズの違い(信憑性やいかに!?)や前頭葉に脳波異常が出るなどの他にも、困った行動の裏には理由があって、

科学的根拠に基づいた方法で適切な対応をすれば、結果は望ましい言動に修正出来る事も周知の事。

科学的根拠とは“思い込み”や“根性論”などではなく、という意味です。

駄目な人など本人の人格を否定せず、

自閉症圏外の文化に不安を持ち続けている彼等に先ずは安心を保証し、

言い分(何故そう感じ思ったのか)を傾聴し、

それから、

社会的に容認される方法を伝えていく事。

コミュニケーションの弱さを抱える自閉症の人達ばかりでなく、多数派の人にも言える上手く交流する術の一つ。

キーワードは【安心】ですね。

投稿: ゆき | 2007/10/31 11:06:50

渋谷の交差点にてすれ違う際に、突然、声をかけてしまい失礼致しました。
今夜のプロフェッショナル見ることできませんでした。再放送を見せて頂きます!
 共通していること、
 つながっていることこそを見つめる
これは、一人一人のすてきな出会いと、そして平和な世界への第一歩ですね。

投稿: 坂道 春恵 | 2007/10/31 1:16:16

服巻さんの信じ続ける強さと愛を感じました。
自閉症は脳の状態。

茂木さんの研究でいつの日か、自閉症の人たちが
もっと生きやすくなるのだろうと思います。
ブログでも「身近である」ことを発信していただいたことで自閉症の人の住みやすい世の中に一歩近づいたのだと思います。

自閉症だけでなく、いろいろな脳の状態があります。
ご家族や服巻さんのように直接関わってサポートする方、
脳を研究される方、そして一般の方の理解。

ゆっくりでもみんなの力でより良い未来につながればと思います。
私も末端でできることをしていきます☆

投稿: つか | 2007/10/31 0:17:58

自分の周りの、さまざまなものごとの感じかたなど(たとえば、他人の表情を観てそれがどんな感情の時の表情なのかを読み取ること)が、「普通」の脳とは違ってしまったが為に、『対人コミュニケーション』が上手く取れないで、社会から孤立しがちな自閉症(自閉症スペクトラム障害)の人達とその親御さんたち。彼等を大きく広い心で受け入れ、寄り添い、文字通り全力で、30年の長きに亙って支援を続ける服巻さんの語る言葉や表情に惹きこまれるようになりながら、番組を見ていた。

自閉症スペクトラム障害の度合いは番組中に服巻さんが言われていたように、普通人と変わらない知能をもつものもあれば、知的障害を伴い、精神遅滞の人と見分けのつかないものまで様々である。

服巻さんはそんな彼等に真っ直ぐに向き合い、心で大きく包んで、寄り添い、彼等が社会で自立できるように、支え続けてきた。彼女に支えられた自閉スペクトラム者の中には、音大に入学し、将来、作曲家を目指している若者もいる。如何に他人と違う脳の持ち主であっても、全力で寄り添い、支えていけば、必ず変わっていけるものなのだ。

スタッフブログのほうも読んで見たが、服巻さん自身も私生活では離婚などしたりして大変なことがあったのに、自閉症スペクトラム障害の子供達はそんな問題を抜きにして、彼女を彼女として、ありのままに見てくれた、それで凄く癒された、と述べられていたこと、などが書かれていて、嗚呼、やはり彼等と彼女とは心がすでに通じ合っているんだなァ…と深く感じてしまった。

ところでふと思ったのだが、自閉症スペクトラム障害のことを何故何時までも「自閉症」と「症」の字をつけて、「病気」として扱っているのだろう。自閉とは茂木さんも言われるように、病気ではなく人間の多種多様な脳のありかたの一部分だというのに。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/30 23:39:05

私が20年前に、職場でエキスパートシステム開発をしていた頃の認知科学と比べて、今は自閉症まで研究しているのですね。自閉症と関連して、精神医学では統合失調症は現在でも発症が原因不明の病気となっていると思います。最近、脳の一部に生理的異常があるという研究成果も報告され、それが真実なら、その異常を緩和する新薬の研究も可能であると聞いています。この病気は120人に1人の割合でかかるとのこと。とすると、日本では約100万人が一生のうち1度はなる、ありふれた病気である。しかし、いったん発症すると、ほとんどの患者は、その後普通の生活はできない(普通の人と同じように働けない)、という、未だに恐ろしい病気です。しかし、これほどたくさんの人が病気になるということは、なにか(自然からの)ポジティブな意味があるはず。

投稿: かまくら | 2007/10/30 12:21:21

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