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2007/10/01

白熱電灯のように光を放つ

オペラ・シティで
行われているMelting Point展を見る。

この展覧会については、
パンフレットにテクストも書かせて
いただいていた。

現代美術は、手法としては「何でもあり」
で、一切縛りがない。
しかも、実験的な作品が商業的には
必ずしも成り立たない文学や音楽と
異なり、
ちゃんとコマーシャルにも
成立している。

ただし、自由なようでいて、
一つ抜きんでた
作品であるためには、
厳しい水準をクリアしなければ
ならないのだ。

どのような結びつきでも
行き交いでも許容されるが、最後に
ある特定の「しきい値」(これは
必ずしも一次元のパラメータではなく、
ベクトル、ないしはグラフ的な
ものでもあるかもしれない)
を超えなければ「存在」へと
羽ばたくことが
できないという点は、
意識の中のクオリアそのものと似ている。

1時間ほど講演し、30分質疑応答
する。

大変に温かい、
白熱電灯のように光を放つオーディエンス
であった。

展覧会を企画したNANJO and ASSOCIATES
の北澤ひろみさんの
野心は、相撲に関する企画展である
と知ってしまった。

ブルータスの鈴木芳雄さんの
博識にはいつも参る。

そして、出品作家の渋谷清道さんの、
「分からないということが、一つの答え
であるということがあり得るのだ」
という発見に痺れた。

それにしても雨が降る。よくよくのことに
雨が降る。

気分にも天気というものがあるとすれば、
降っているのは神経伝達物質であろう。

自分の天気を測ってみれば、
今はできるだけ遠くに、
一人でありたいということなのかもしれない。

もっとも、
ちゃんちゃらおかしいんだ。
毎日、たくさんの人に会って。
思い切り、世間というものと
交わって。

それでも、頭の中には、
朝起きて聴く雨のような、
孤独の音がしているように
感じるから不思議だ。

人間は、何でも補うことができる。

昨日の模様は、鈴木芳雄さんの
ブログ「ふくへん」にも写真付きで
紹介されています。

http://fukuhen.lammfromm.jp/2007/10/post_168.html

10月 1, 2007 at 07:42 午前 |

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コメント

月は東に日は西に。

真夜中に、
風に呼ばれて雲が舞い
月は隠れてしまいました。

雨はぽつりぽつりと
肌寒い程に秋と感じ
確かに毎回よくよく降らせています。

rain reactionとして
雨と舞踏病との相関関係を述べられると
考察するのも赤面と拒否反応ですが
いずれは向き合わなければならない。
気質や個性で正当化するにはズル過ぎる。

先生はいつの頃からか、
批評に、怒りよりも愛を込めて
表現するようになりましたね。

私はこれにはとても感動しました。
「怒りよりも愛」という方法を
見いだしたことと
「怒りを抑える克己」を
先生が遂げたことにです。

頭が良いからとか、
賢いからとか以前に
自分と向き合う強さを
純粋で美しいと思いました。

40歳を越えながらにして
自分から変化したんだなあと。
本当に少年みたい。

もちろん今でも怒りは
あるのだろうと思います。
でも美しく抑えていますよね。

すごいなあと思いますし
私もようやく自分と向き合おうと思いました。
rainは現象だとしても
rain reactionは抑えるべきでしょう。

時間はかかりますし
なかなかうまくはいきませんが
頑張ってみようと思います。

長い雨が止むまでに
葉の下でやるべきことができたみたいです。

孤独は毎日ふと感じます。

でも先生もそうならば
なかなか難しいですが
我慢してみようと思いますw

投稿: ko-chan | 2007/10/02 6:23:29

茂木先生、ずいぶんお疲れのようですね。
先生のように全力疾走を続けていたら、並の人なら疾うに心身ともに壊れています。
「茂木先生、少し仕事を控えられたらいかがですか」と申し上げたいところですが無理でしょう。時代が先生を必要とし求めているのですから。
先生は命を削るような思いで誠心誠意それに応えようとなさっておられるのですね。
そんな風に時代を必死に駆け抜けておられる姿、すごく格好よくて素敵です。何となく『世に棲む日日』(司馬遼太郎著)に描かれていた高杉晋作の姿とダブります。
どうぞお身体を壊さないようにがんばってください。先生は私たちの大切な宝なのですから・・・。
 

投稿: K.M | 2007/10/01 23:50:50

昨日はありがとうございました。
私にとって憧れと尊敬の存在の一人であった茂木さんにお会い出来て、
しかも私の作品の事や話も出来て、とっても素敵な時間をありがとうございました。
トークのときは緊張で声がなかなか出なくてお恥ずかしい限りです。
何度も書いてしまいますが、ありがとうございました。

投稿: シブヤ | 2007/10/01 23:35:32

三度目の投稿失礼します。

リンク先の写真作品は、なんと言うか、見えないはずのカメラマンの気持ちがメタ的に伝わってくる感じがしますね。作品を作った人、人物(茂木さん)、カメラマンの三者の視点、三者の気持ちを、グルグルと思ってしまう、立体的な写真作品だと思います。


面白い作品ありがとうございます。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/01 23:27:38

リンクから写真を拝見いたしました。

なんと言うか、無機質(作品)と有機質(茂木さん)のコントラストが栄えている、良い感じの写真ですね(^^)。


ところで、ミジンコレベルの生物でも、「腹減った。」「ピンチ」ぐらいの、生理的感情があるかもしれませんね、ミジンコレベルだと、神経細胞の数が限られるので、神経伝達物質の影響が大きいかも?

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/01 22:38:04

今なにかと問題の大相撲ですが,
相撲に関する企画展とは?
どんなものか気になります。

ところで,以前このブログでも触れられていた
茂木さんと嘉田滋賀県知事の対談が掲載されている
滋賀県の広報誌 『滋賀プラスワン10月号』が
新聞折り込みでうちに届きました。
滋賀県以外の方もネットで読めますよ。
http://www.pref.shiga.jp/koho/2007_10/index.html

投稿: カトウ | 2007/10/01 22:27:46

ここ3日、雨模様の日が続いています。昨日はずっと雨が降りっぱなしで、朝に自宅の外を走る車のタイヤが、シャーッ!と雨で濡れた路面をこする音で目が醒めました。

茂木博士の心の中に降る孤独の雨がいっときも早くあがりますように。


p.s.鈴木さんのブログ「ふくへん」を拝見させていただきました。

現代アートの生み出す、不思議で、それでいて自由自在な空間に佇む茂木さんの姿が印象的でした。

「イマジネーション」と「現実」のとけあったアート作品は、まるで異次元の夢空間のように見えます。

そこに佇む茂木さんは、異次元の空間に佇む夢見る旅人のようです…。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/01 20:35:27

私も、雨が降る音を聞くと、なぜか寂しい、一人ぼっちな、気持ちになります。

昔の人類は、雨が降ると、木の下で、雨宿りをしていたのかもしれません。また、ネズミぐらいの時は、巣穴でじっとしていたのかもしれません。もしかしたら、「雨音神経伝達物質」があるのかもしれませんね。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/01 11:31:48

こんなに毎日、毎日、毎分毎分たくさんの魅力的な
人びととの出会いを楽しんでいる茂木さんでも、
一人の静けさをどこかで渇望しているとは。。。

何だか ほっとします。

投稿: sakuranomori | 2007/10/01 8:41:59

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