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2007/10/10

たくさんの水を蓄えて

集英社の「青春と読書」に連載していた
『欲望する脳』が、この程同名の
タイトルで集英社新書になる。

 その関連で、長谷川眞理子
先生にお目にかかって対談した。

 韓国から帰ってきたばかりの
長谷川さん。
 進化論や、ダーウィン、
生命哲学の話であっという
間に楽しく時間が過ぎた。

 生態系というものは、基本的に
環境を整えて後は放置して
おけば勝手に育っていく。

 ある面積の溜まり水を用意して
おけば、いつの間にかメダカが
来て、アメンボが這い、
水草が茂る。

 土地を放置しておけば、
草が生え、そのうちどこからか
木の種が飛んできてすくすくと
成長する。

 生態系を育むということは、
基本的に「管理する」とか
「コントロールする」という
ことになじまない。
 せいぜい、「手入れをする」
ことができるだけである。

 「教育」というのも
同じことであって、基本的に
環境を整えて放っておくしかない。

 最近の大学教育では「シラバス」なる 
ものがあるが、もし、それを、
 「これだけの情報は確実に
受講者の脳に植え付ける」という
意味でとらえるとすると
間違える。

 環境を整えたら、あとは
学ぶ者の自主性に任せるのが、
 最も自然の摂理に適った方法
である。

 終了後、集英社の鯉沼広行さん、
野呂くるみさんを交えてご飯を
食べた。

 人生も、目的論的にばかり
運用していると、せっかく天から
授かった生命を全うすることが
できなくなる。

 自分の中に、広大な土地を
放置し、たくさんの水を蓄えて、
やがて不思議な生きものたちが
はびこるような、そんな風な
人生でありたい。

10月 10, 2007 at 04:33 午前 |

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コメント

こういうご意見を読む度に、では自然て何?といつも思う。

別段新たに物質が生成しているわけではない、原子、分子を偏って存在させたものが人工的と呼ばれているようだが、どうもしっくりこない。偏在させているのは、自然界の人間だ。

昔、アシモフが書いた評論だったと思うが、金属鉱石を精錬して金属を取り出してから、自然が崩壊し始めたというのがあった。人工的偏在はダメということだろう。では、どうすればいいのと思った記憶がある。

今は、自然保護と経済成長が同時に目標とされる。小学生でも(小学生よゴメンナサイ)呆れる矛盾である。小学生はするどい、というか、曇りのない質問をする。近所の子は「なぜ、北の核はダメで、アメリカは核をもっていいの?」と、子供相談室に繰り返しハガキを出したが、ボツのままとぼやいていた。

投稿: fructose | 2007/10/12 3:10:53

茂木さんの新しい本を読むことは、私にとって脳が喜ぶ作業です。発売日を楽しみに待っています!

人生の目的よりも、私は意味を問うていきたい。

投稿: | 2007/10/11 0:08:32

茂木さんの優しく純粋な言葉に
いつも
「こうありたい自分」に
すーっと戻ることができます。
わたしも
そんな風な人生でありたい、です。

投稿: たかはしまきこ | 2007/10/10 23:00:36

以前NHKの番組で、足尾銅山に緑の生態系を蘇らせる為に“植林”をしている光景を見た事がある。

荒れ果てた土地に沢山の小さな木の苗を植えて環境を整え、生態系の復活を手伝う植林も、1種の「手入れ」なのに違いない。

木を植えたら、あとは自然にスクスク伸びるのを待つだけ。そこに他の草木の種が飛んできて、芽が生えてきて育ち、いろんな生物がやってきて住むようになる…そうやって豊かな生態系を蘇らせるのだ。

放っておいても草木と、人の子供は育つ。大事なのはどちらにもある「創発」の力を大切にする事なのかもしれない。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/10 22:58:44

解釈や意味を問うでなく、
理論も論理も無縁な印象を
言葉にしてみようと試みましたが
全く以て不得手な様子です。

どうやら私は幅が狭い。

「目的論のみで生きない」が
琴線に触れましたw

ある日の事、私自身の立てる目的こそが
盲目にする傾向にあると気づき、
以来、できる限りに分散的に。

心の中にジャンケンを作れるかしらん。
ヒエラルキーを作らないようにする、
単一化した心をつくらずに済むかしらん。

心の中の多様性・生態系とは
これのことですか?

中庸とは意味と意味の間を
捕らえることだけではないとしたら。

自らの今一瞬にできないのに
人生や社会に求めるなど
私にできるかしらん。

最近は綺麗に纏めることに
無為を感じ、
常に途中は事実なのでw
今日はこのへんで。

投稿: puttyo | 2007/10/10 11:50:47

こんにちわ

ニューロンの森林である、私たちの脳には、「こっちに新しい土地がある」ような教育論が良いと、考えたりします。

また、「ニューロンの森林を育てる光とは、意識ではないか?」、と、考えたりします。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/10 10:33:18

『欲望する脳』も新書になるのですね。
「青春と読書」に掲載中は読み損ねた回が多かったので、楽しみにしています。

今日の日記を拝見し、放牧地で一仕事終えた茂木さんが、カーボーイハットを傍らに置きそよぐ風に身を委ねながら、ビールに舌鼓を打つという画を勝手に思い描きました(笑)

投稿: 高橋純子 | 2007/10/10 9:14:58

ある新しい言葉としての「キーワード」が生活に組み込まれると、考えが突然放射線状に広がり始めることに驚いています。
最近では、島村菜津さんの「スローフードな日本」で「多様性」という言葉が、そして茂木さんのブログからは「進化」。
自分の中に考えの支えとなる「キーワード」が増えるということはそれこそ自らの進化です。その「キーワード」は生命を生み出す極めて強い雷のような強いエネルギーです。
私自身はやはり生まれたときは海の中の小さな生物で少しずつその外的エネルギーをうけながら自らの意志で前に進んでいくことが出来ているようです。
「学ぶ」という行為もきっかけは「キーワード」に触れる機会がどれだけ身の回りにあるか、それが「環境を整える」ことだと私は考えます。

投稿: 麻衣子 | 2007/10/10 8:51:48

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