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2007/10/18

ごく当たり前のことが奇跡である

私の母校である
春日部市立八木崎小学校の
教育研究集会にて
お話させていただいた。

八木崎小学校は、
当時の人口増加のために
新設された学校。

私が小学校5年生の時に
校歌が制定され、
その記念の会で「蝶の研究」について
OHPを使って話した
ことがある。

だから、この学校の
体育館で話をするのは
二回目ということになる。

冬だったが、半ズボン。
私は小学校の6年間をずっと
半ズボンで通した。

思えば、数百人を前にまとまった話を
するという体験は、生涯あの時が初めて
であった。

講演前、齋藤範雄校長先生と
いっしょに、校舎の
あちらこちらで行われている
授業を見学した。

自分もまた、この教室の中で
授業を受けていたのかと
思うと、不思議な気持ちになってくる。

何よりも、子どもたちが、
ちゃんと机に座って、
先生の言うことを聴き、
それに応えているという
当たり前の事実が、
とてつもない奇跡のように
思えてくるのだ。

「ごく当たり前のことが奇跡である」
という感覚は、私の講演の前に
子どもたちが谷川俊太郎さんの詩を
「群読」した時により強まった。

身体でリズムをとって合わせたり、
呼吸がぴったりと一致したり、
「なぜこんなことができるのだろう」
と驚異の念に打たれる。

もし、カプセルに閉じこめられて
宇宙を漂流していたとしても、
子どもたちの振る舞いを一分間
記録した映像があったら、
その驚異から汲み出すことの
できる神秘を味わって
決して飽きることはないだろう。

認知科学、脳科学は、ふだん
私たちが何気なくやっている
ごく当たり前の
ことがいかに難しいかということを
明らかにする学問である。

研究集会には私が小学校5年生、
6年生の時に担任していただいた
小林忠盛先生もいらしていた。

昨年、NHKの「スタジオパーク」
に出演した時、
サプライズで小林先生が
スタジオにいらして、
演出でも何でもなく、本当に心の
底から驚愕したことがある。
あれから一年。小林先生はお元気そうで、
私はうれしかった。

自分が小さくて、まだちぃちいぱあぱあ
と言っていた頃の記憶が
さまざまに甦る。

昔を訪ねることが、久しぶりに
温泉に入ったようなぽかぽかとした
気持ちへと運んでいくのは
何故なのだろうか。

10月 18, 2007 at 08:28 午前 |

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コメント

とある美術館で谷川俊太郎さんのお話と朗読を聴いてきました。

絵よりも題名に触発されて詩を書いた と言いながら『クレーの絵本』『クレーの天使』から10篇ほどを。
音楽好きだったクレーはいつも楽譜を眺めていて、そのためか譜面状に右に時間が流れ縦に空間がある絵が多いなどのお話が新藤信さんという対談のお相手からあり興味深かったです。

谷川さんも音楽好きで「モーツアルトは別世界。短いパッセージに無限の奥行き。彼の音楽に匹敵する詩が3行書けたら幸せ」とのこと。
日本語詩人の第一人者は謙虚でユーモアのあるかたでした。 

帰り際、ギフトショップでたくさんのはがき、便箋の類をかごに入れた女性が「こんなに買い込んじゃって。死ぬまでに使いきれないわ・・・」というのに思わず苦笑。同類です。  

投稿: | 2007/10/22 6:39:39

こんにちは。アイリと言います。春日部市立八木崎小学校、6年3組です。(まぁ、つまり、茂木先生の後輩ってわけデス)先日は、研究授業に来ていただき、ありがとうございました。6-3は研究授業をしていたのですが、ご覧になりましたか?それから、「生きる」と「いつも何度でも」はいかがでしたか?毎日毎日練習して、やっと先生方のご覧に入れることが出来ました。
さて、母から聞いたのですが、(子供は聞けなかったので・・・。)達成感を感じたときにでる、「ドーパミン」は、すごいですね。「やりきった!」とか、「出来た!」とか、そういうことで出るのですね。それを聞いて、私は思い当たることがあります。4~5月ごろ、私の学校では「陸上練習」があり、私は高飛びをやっていました。去年もやっていたと言うこともあり、そのときの記録は、115cmで、飛べるたびに確実になっていき、とても楽しかったです。でもある日、90cmまでしか飛べなくなり、選考は終わりました。きっと、はじめのうちはドーパミンが出ていたけれど、どこかを境に出なくなったのかぁ。と思いました。それに、「水泳」の話。私にもう少し時間があったら、「スランプ」を超えられたかなぁ・・・。と思います。
以上、アイリでした。 茂木先生、書き込みをしている皆さん、さようなら。

投稿: | 2007/10/19 21:26:06

インターネットで面白いと思うのは、こうした昔の写真を共有するときです。
他者の幼少時と同時に、私の時間も戻っていくような気分になります。
それを膨らますのは、この色あせた写真の色だと思います。
思い出が鮮明に今ココに浮かび上がる不思議。子どもたちのしぐさは、
そうしたものを大人に呼び起こします。不思議ですよねえ。

さて、茂木さんのブログで「検索の窓」がないのが残念です。
ときどき、単語をキーワードにして、
茂木さんはこのことに関してどう考えているのか、とか
それに関して何か発言してたはずだ、アレをもう一度読みたいとかいうとき、
また検索エンジンに戻って、検索してここにきます。
できれば、このブログに検索の窓をお願いします!

投稿: | 2007/10/19 18:22:58

こんばんはー
寒くなりましたね。もうマフラーを使っています。

今日電車で携帯のパズルゲームをしていると
お爺さんに、「これをすると頭が良くなるのか?」と
聞かれたので、先生の講義録で覚えた話を
延々としました。お爺さんも周囲も困り顔w

話をしながら、気づいたのですが、
一つのことだけをしているのって楽なことなんですね。
何故人は正解を決めたがるのだろうと思っていましたが
楽なものに流れている結果なんですね。

「頑張っているんだからいいんだ」というのも
鏡に何も映らなくなってしまうんだなあと思いました。

当たり前の事が奇跡なんだなあ
幸せなんだなあと最近つくづく思います。

子供の頃は欲しいものといえば
夢やお金や冒険や成功でしたが
今は子供の頃に当たり前だと思っていた
安心感や依存や愛情や居場所です。

当然享受する権利だと思っている人には
無いことは不幸なことなのでしょうけれど
本来なら無いのが当たり前なので
大人になったら自分で手に入れなければ
ならないものだったんだなあと思います。

だから当たり前のようにあることって
凄いことだったんだなあと思います。

奇跡がいつまでも続くといいなあと思います。

投稿: | 2007/10/19 5:20:06

投稿二度目で失礼します。

何時かも拝見しましたが、茂木少年の半ズボン姿…本当に可愛らしい!

緊張しながらマイクを握って一所懸命に発表する姿がなんとも健気ですね・・・。


私事ですが、実は私の通っていた小学校が、近々廃校となる予定です。

一番の原因は少子高齢化・・・。そう、学校のまわりに子供がほとんどいなくなったのです。

茂木さんや私達の世代が小学校に通っていた時代、よもやこんな時代が来るとは思いもよらなかった。

ただ夢中でみんな、校舎を駆けずり回ったり、授業で担任の先生が言う事を聴いたり、一所懸命明日の宿題をこなしたりと、それこそ「よく学び、よく遊べ」を地でいく日々を、めいっぱいに過ごしていた。

今思えば、あの頃は毎日「奇跡」をおこしていたような気がする。私の場合、体育の授業では、今まで飛べなかった跳び箱が飛べるようになったり、算数では図形のテストで初めて及第点が取れたり・・・。

今思い返すに、辛いイジメもあったけれど、あの頃はとてもいい時代だったなぁ、と、温かいとはいえないが、やわらかい気持ちになるときがある。

なぜ子供の頃の行動が「奇跡」なのかはやっぱり分からないが、大人になったら出せない生命の「力」があの時、出ていたのかもしれない・・・。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/19 1:21:55

小学生の頃、朝礼で前へ習え、休め、の号令に合わせてみんなでそろって動いていたが、今思うと、よくあのようなことが出来たものだと不可思議に思う。

小学生時代の最後は、宿題を忘れたりすると、巨大定規で脳天を殴られるコワイ先生だったが、それでもみな、先生のいうことをよく聴いて、受け答えする「当たり前」の振るまいをしていた。

小学生時代の振るまいも含めて、子供の頃の振るまいは、誰もがそうかもしれないけれど、大人になった今からは「奇跡」に見えるのかも・・。でも、なぜそれが「奇跡」なのかは、幾ら考えてもわからない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/18 22:52:44

こんにちわ

人間並みの人工知能が出来た場合、大人のレベルになるには、人間と同じ時間がかかると考えたことがあります。そのため、人工知能にも子供の時期が必要のように感じます。
また、脳が衰えず、100年も200年も生きた場合、どんな事を考えるかもわかると思います。もっとも、その頃には、私も、茂木さんもいませんけど・・・(^^)。

投稿: | 2007/10/18 21:40:48

「認知科学、脳科学は、ふだん私たちが何気なくやっているごく当たり前のことがいかに難しいかということを明らかにする学問である。」
ということは、それはそのまま ”今、ここ”の重大さを明らかにすることに通じる学問でもあるのではないでしょうか。

投稿: | 2007/10/18 10:21:47

ちょうど誕生日で、来し方行く末をかんがえる朝だったので
ごく当たり前のことが奇跡、というコトバが胸にしみます。
29歳は、階段になぞらえれば踊り場で
踊りようによって今後の人生が決まるのだゾ
などとさっそく友人からありがたいおコトバをもらいました。
そうなのかな。それじゃぁ一所懸命踊らなくちゃナ。
筋肉痛をおそれずに批評家を笑わせるオドリをオドリたいとおもいます。

投稿: | 2007/10/18 9:41:12

ああ、そうか。と言う思いが走りました。

人の流れを見るのが好きで、傍から見たらボーっとしている様にしか、
見えない姿はこっけいかもしれないけど、そんなときの私のこころの中はなぜかいつも、
自然体になっていた理由が今、わかりました。

18歳ぐらいの時だったかしら、、。
ある身体障害者の方の体験談が載っている新聞を読んで、その方の
最後のコメント(詩だったかな)に、「お母さん。こんなオンボロ体でも
いつか私がお母さんを幸せにしてあげるね。」と言う箇所があって、
衝撃を受けました。

「ああ、私は何をしているんだろう。そうだ、私の身体は動くんだ。手も足も、口も動くんだ!」

思わず自分の手を見つめてしまい、指が動く!手が動く!
その時の感動は今も鮮やかに私の世界で生き生きと生きています。

きっと、その感動のままに人の流れを見るのが好きになったのかもしれません。

「老い」は、誰にも必ずやってきます。
この間、有名大学を出て、新聞配達以外は室内でゲームをして過ごす、
と言う青年のコメントが「飾らずに生きたい」と言う内容でしたが、
コメントであたかも、納得させられた形で終わっていましたが、
私は心の中では「あなたの年代でしかできないことがあるのよ」と
つぶやいていました。

動かなくなるその時が必ずやってくる。

「あなたの身体は動くのよ。こんな凄いことないじゃない。」

私が言うとたわごとになって、小バカにされてしまうのが悔しいですが、、、。悲しいですが。

ここにそれを分かっている人がいたことがとても嬉しかったです。

投稿: | 2007/10/18 9:21:57

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