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2007/10/05

利己性と利他性

近年の認知科学が示したように、
人間の行為の基盤に利他性があることは
事実である。
 
 社会的動物である人間は、
「他人のため」に何かをすること自体を
喜びとするように脳の報酬系が
できあがっている。

 自分のことばかり考えている
人は端から見ていてみにくいものだ。
 そのような心の状態を
思い浮かべると、耐えられないものを
感じる。

 そのような機微に通じていた
一人が、夏目漱石であろう。

 しかし、全面的に「利他的」
ということにはもちろんならないの
であって、利己と利他のバランス
が大切である。
 
 とりわけ、何かを生み出す
という精神運動においては、
自分の内側の倫理規則、快楽原則に
寄り添うことをしなければ
良いものはできない。

 他人に対する奉仕で
しているのではない。
 自らの内なる宇宙における
喜びの回路に沈潜し、
 そこでは思い切り利己的に
振る舞うことによって、
 初めて結果として他人に喜びを
与えることのできる作品ができあがる。

 そのようにして、利己性と利他性が
甘美に結びつくところは、
恋愛に似ている。

 NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

 「仕事術スペシャル」ということで、
ゲストはいらっしゃらなくて、
 住吉美紀さんがプロフェッショナル
の仕事の現場を訪ねたVTRを
見ながら話を進める。

 今回、私自身も帝国ホテルの
総料理長田中健一郎さんを訪ねて、
 料理の仕方を伝授された。

 VTRを見ていて、
 エプロン姿が自分では
恥ずかしくて仕方がないのだが、
 有吉伸人さんは「いやあ、
あれがいいんですよ!」
と言う。

 収録後、
 荒川格ディレクター、住吉美紀さんと、
ある方のもとを訪れた。
 すばらしい体験であった。

 ごく小さな営みの中に、
無限の宇宙がある。
 
 自らの美意識、倫理規則に
厳しく従うことの結果が、
他人に喜びを与える。
 
 そんな世界の成り立ちを美しい
と思う。

 かのエマニュエル・カントの
は「そのことを考える度に私の
心を畏敬の念で満たすのは、天上の
星々と私の心の内なる倫理規則である」
と言った。

 それが善きものである限り、時には
目を閉じて自分の内なる声にこそ
従うべきなのだろう。

10月 5, 2007 at 06:43 午前 |

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コメント

市場の論理でいえば利己的な目的だろうが利他的な目的だろうが、「どーだっていい」ということになるんでしょうね。
外面的行動が他者(上司、同僚、顧客等)にどのように評価されるかですからね。
養老先生が「ボランティアは隠れてやりなさい」という牧師の先生の言葉を紹介しているのも、他者の視線に自分の行為がさらさないようにすることがある精神的健康のために大切だと言う趣旨だと考えています。
残念ながら都会ではボランティアを隠れてやる機会はほとんどないですが・・・。

投稿: naritoku | 2007/10/06 17:07:11

このところ内田光子の『ハンマークラビーア』を仕事の時に繰り返して聴いていて、他人を省みない癇癪持ち(ベートーベン)が万人を感動させるとてつもない音楽を創作したことを改めて感じていたところに今回の日記を拝見した。

内田さんのCDは久々の『ハンマークラビーア』の名演と思う。
しかし、<自らの美意識、倫理規則に厳しく従>った、というより、それが忘我の境地で発露しているウルトラCのバランスを持ったグレン・グールドの『ハンマークラビーア』に、さらに深いものを感じる。


投稿: fructose | 2007/10/06 4:32:01

倫理外相手にはセクシャリティーのオフを決め込んでいます。プラトニックであれば良いという許容もありません。でも気づけば相手がそうであったという場合、内なる倫理規則に従いたくとも、心はどうにもならないもので、悩んだ末にイチゼロを試み、今はとりあえずに落ち着いています。

完全な哲学と、高校生の日記との差は解りませんが、相手の迷惑になることだけはするまいと思います。

親鸞は僧籍を失いましたが、吉川英治の描く親鸞を自分は美しいと思いました。
「むしろ官能の正しく広く澄み切った近代人の声として
常に新しい反省と若い思索を呼び起こされるのである」

「他人のため」に何かをすること自体を喜びとする脳の報酬系」は、「「女」が「喜ぶ」と書いて「嬉しい」と読む」という冗談を思い出します。

倫理規則を自らに考えるとせんのない話ですが、しかし相手が迷惑でないのならば、次は、どうすれば相手を喜ばせることができるのだろうか、自分は嬉しくなるのだろうかという思考に耽いります。

投稿: imomusikozou | 2007/10/06 0:35:16

利己と利他のバランスといえば、僕はまずプロ野球選手のことを考えます。
選手としての彼らの中で最重要の位置にあるのは、恐らく、自分のチームやファン、養っていく家族といった「他」でなく、自分自身だと思います。間違えなく彼らは、自分の為に野球をしている。その結果がチームやファンといった「他」の幸せに結び付く。そうした「美しい」世界に生きるのが、プロだと思います。
生活や名声のために野球をしたり、「自分のように野球しかしてきてない奴は野球で食っていくしかないんだ」というネガティブな考えでは、いくら努力を重ねても、結局は「面白いから野球をするし、ただ純粋に強い奴がいる環境でプレーしたい。それを追い求めた結果、気がついたらプロになってた」という選手には勝てないでしょう。日本のいい選手がどんどんメジャーリーグに行くのは、上に書いたような純粋に野球が好きな人が、日本の野球界のしがらみというか、そういう野球を消費物にする態度に不快感を多少なりとも抱いたからではないか、と思っています。
あと、アーティストとその作品を受け取る側の人間(リスナー、アテンダンスとか)の間の利己と利他のバランスも(当然)大切だと思います。岡本太郎が「芸術即ち人生」と言ったように、アートは大衆のための消費物でなく、アーティストの生そのものですから、それを受け取った側の人間の感情は、いつも「キレイね」「上手いね」ではすまされないでしょう。時には醜悪なものを感じたり、不可解に思われたりして、その度にその中に隠された思想や激情を感じる想像力が必要であるし、それを受け取った側はアートの「隠されたもの」に奮い立たせられ、新たな思想と感性を得て、またその後の彼の人生を背負って行くのでしょう。だからアートにおける利己と利他のバランスは、創造する者の葛藤や激情、微妙な感情の表出が、受け取る側の生へ寄り添う点にあると思います。青臭い考えかもしれませんが、そういう考えは大切だと自負していますし、現代人(少なくとも僕と関わりがある10〜40代の人たち)には欠けてるような気がしてならないです。
最近は本屋の売上ランキング上位の本を見ても、どれも生産と消費の臭いがプンプンしている気がしてならないですが、日本人メジャーリーガーのように、自分を追求していくことで自分の周りも活性化させるような人の存在に気付く想像力を持っていたいと思ってます。それでもって、僕はまだ10代の青二才ですけど、利己と利他のバランスがとれたプロになりてえなぁ、と考えていました。

投稿: いでぐち | 2007/10/06 0:25:08

自分のことばかり考えている人は、顔に浅ましさが出ている。嫌だ嫌だ、気をつけなくては。

私にはすごく好きなシングルマザーの友人&その娘(もうすぐ3才)がいて、その娘に可愛いお洋服や靴や絵本やお人形を贈るのが、私の趣味です。喜んでもらえると思うのが、喜びなんです。感謝されたりするのは困ります。プレゼントする楽しみを与えてもらって、反対にありがとう、という気持ちです。

投稿: | 2007/10/06 0:14:22

>自らの美意識、倫理規則に厳しく従うことの結果が、
>他人に喜びを与える。

人として生きて行く上で、こんな素晴らしい事はないですね。

エプロン姿の茂木さんからは、“癒し”をいただきました。

投稿: fayway | 2007/10/05 20:31:03

利己性と利他性…今、周囲を見まわしていると、自己中心的=利己中心的な人間が増えているような気がしている。

そしてそういう人間がひき起こす、お粗末な事件がTVのニュースなどで放映されていたりする。

そんな人間たちの見苦しさを思う時、我もかかる姿にはなるまいと、自らを戒める。利己だけの人よりも、利他の人たらんと。


私は絵(といっても描くのはたいてい、らくがき的なイラストレーションである)を描く時、無心で描いていることが多い。テーマもハッキリ指定しないで描いている。

絵を描いている時は、我ながら驚くほど心が平(たいら)かになり、そして、自分の心のままに振舞いながら、紙の上でペンを動かしている。もちろん、そうでない状態で描いていることもある。

兎に角、絵を描いている時は、自分の「内なる宇宙」で快楽に浸りながら描いている。(他の人もきっとそうなのでしょう)。

そういう状態で描いた絵は、我ながら好く描けたと思うと同時に、他人が見てもやはり好い出来であることが多いようだ。

おそらく無意識のうちに、私の中で利己と利他が結びついて、なおかつ自分の美意識や倫理にしたがって絵を描いているのかもしれない…。

自分はおそらく素人で終わるかもしれないが、他のノイズに降りまわされすぎず、善きものを作り続けられる人間でありたい。いな、自らの美意識、倫理原則の「声」を常に聞ける「善き人」であり続けたい。

長文にして乱筆、何卒お許し下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/05 19:58:38

こんにちわ。

私も「私利広益」を考えた事があります。私利と広益のバランスをとりながら、全体としてプラスになる事を考える。そこには、創造性が必要だと思います。


話は変わりますが、人間の直感性があるため、経験したものか、新しいものか分かるため、創造性が生まれやすいのではないかと思います。


子供たちには、利己性と利他性が同時に成り立つ喜びを多く知ってほしいものですね(^^)。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/10/05 13:59:04

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