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2007/10/07

劣等感こそが人を育てる

ヨミウリ・ウィークリー
2007年10月21日号

(2007年10月6日発売)

茂木健一郎  脳から始まる 

劣等感こそが人を育てる。

抜粋

 優位に立つものは、自らの存在根拠を問い直す必要がない。それに対して、劣等感を抱く者は、自分が何ものなのか、魂の探究をしなければならない。支配者の考えることは、案外散文的でつまらない。人生の挫折を知らない学歴エリートは往々にして退屈である。劣等感こそが、この世で生きるということの実感を与えてくれる。劣等感が、人間の魂を育てるのである。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/


10月 7, 2007 at 06:54 午前 |

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受信: 2007/10/07 9:17:06

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受信: 2007/10/08 8:17:12

コメント

ただし、挫折したエリートの中にも、なにくそ…!と、どん底から自分で這い上がってくる人がいる。その人はきっと自らで魂の探究をしだしている人なのにちがいない。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/08 22:37:50

その通りですね。

劣等感を持つことが出来たものは、才能を与えられているのだと思います。

さかはら

投稿: さかはら あつし | 2007/10/08 17:36:53

学歴エリートは人生で一端挫折すると、ガタガタガタッと崩れていく。そして、時には人生の行路を踏み外してしまう。

一方、劣等感=コンプレックスを抱いている人は、挫折しそうな、あるいは人生行路を踏み外しそうな局面にあっても、「魂の探究」を止めず、前進する事が出来る。

そして劣等感を抱いている人は、それをバネにして、自分の中に秘められた無限の可能性を力強く開いていけるのだ。

また、挫折したエリートの中にも、それを経験することによって、自らのこれまで生きてきた姿勢を反省し、再び立ち上がって前向きに生きる人もいることを忘れてはならないだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/10/07 23:12:19

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