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2007/09/29

とりあえず無関係に流れて

あまりにもいろいろな
ことがありすぎて、
仕事がたくさん行きすぎ、
ふり返ると呆然とする。
 
 朝日カルチャーセンターの後の
飲み会に、筑摩書房の伊藤笑子さんが
来た。
 伊藤さんは、「作りたい本と
売れる本は必ずしも一致しないから」
というようなことを言った。

 ぼくは、自分が感じていることがうまく
言葉にできるかわからなくて、
しばらく黙っていた。

 ぼくの人生は、世間と
交渉したり、付き合ったりする時間帯が
多い。
それはそれで意味があり、誠心誠意
するけれども、
 一方で、自分の心の中で大切な倫理とか、
方向性とか、感覚のようなものを
見失ってしまってはダメだと思う。

 自分の中の計測器という視点から見れば、
何が流行っているとか、受け入れられやすい
とか、そういうことはきっと
考慮すべき最初のことではないんじゃないか。
 
 ぼくがそんな気持ちになったのは、
一つには、午前中に、丸の内の東京フォーラム
にて開催されていた
日本心理臨床学会の全国大会で
お話させていただいたことも
あるかもしれない。

二十歳の頃、人間の
心理に興味を持って、エンカウンター
グループとか、箱庭などに
触れた。
あの頃の感覚を思い出した。

人には、容易に掘り起こすことの
できない無意識の深層がある。

海の表面の風は、深層水の流れとは
無関係に波を立てる。

人生の表層も、深層とは
とりあえず無関係に流れて
いくように見えるが、
deep undercurrent が存在
しないわけではもちろんない。

ラ・フォル・ジュルネの
創始者、ルネ・マルタン氏に
お目にかかる。

ティーンエージャーの頃から、
自宅でレコードをかけて、
友人たちに披露するのが
好きだったのだという

友愛(fraternite)を重視する
フランスの文化的遺伝子は
かけがえのないものと感じた。

東京工業大学茂木研究室と
ソニーコンピュータサイエンス研究所
脳研究グループの合同ゼミ
(The Brain Club)は、
野澤真一がセロトニン・トランスポーター
(5-HTT)の遺伝子のプロモーター領域の
多型性と、感情刺激に対する
扁桃体活動の相関の論文を紹介。


扁桃体活動のレベルでは、
有意な差が出るが、
個体レベルの性格類型では、
相関がないという。

扁桃体活動の差を、脳の他の領域が
吸収して差を消しているとするならば、
そもそもpolymorphismの
意義とは何か?

意識の深層を流れるdeep undercurrentの
ごとく、
私たちの細胞の中の遺伝子多型は、
密かに「その時」を待っている。


「講義」中の野澤真一クン。

9月 29, 2007 at 10:34 午前 |

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コメント

人間というのは表面的なことに振りまわされることが多々あるものなのですね。

日々の仕事や、世間で流行っている事、そのほか、いろんなものに振りまわされて、自分にとって大切なものを見失いそうになる。

見失わないようにするには、常にそれを“忘れないように”していくしかないのでしょうね…。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/09/30 3:29:35

そんなdeep undercurrentに身をまかせるのは
闇の中へ逆櫓のない船でひとり漕ぎ出すような
不安と決意を伴うことのように思えます。
だからこそ、流れの中で何かが昇華することも
あるのでしょうか?

投稿: まり | 2007/09/30 0:58:45

きょう、いつものように仕事を終えて、銀座から神田を経て、本郷あたりまで歩いていた。空は灰色で雨が降ったり止んだりしていたけれど、街路樹や
道端の草花、とあるビルの下の池にいる鯉たちが瑞々しく、生き生きとしている様子に、心が躍った。

その時、意識は波立ち、思いははねる。

しかし、無意識の領域は、びくともしない。

意識の深層にある底流は、表面的な意識と無意識の中間にあるものなのだろうか。

人の心はやはり、幾重にも海流の層が重なり合っている、海のようなものなのかもしれない。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/09/29 20:04:15

二度目の投稿失礼します。

電子書籍で、気になっていたのですが、

あなたの創造力を無限大に引き出すソフト(フリーソフト)
http://www.vector.co.jp/soft/win95/home/se255011.html

自分のつくったソフトを紹介するのは恐縮なのですが、このソフトは5年以上前に作ったのですが、ずっと、ダウンロード数が数百件レベルなのですが、三ヶ月前ぐらいから増え始め、一万三千件ダウンロードになってしまいました。本屋では、本は入れ替えられますが、サイトでずっと電子書籍としておいて置けば、波を待っている事ができるのではないでしょうか、と、思ったしだいです。

(ちなみに、このソフトは、聖書のアダムとイブの話を研究中生まれたものです。)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/09/29 16:55:16

>何が流行っているとか、受け入れられやすいとか・・・
そう言った事を余りにも追求し過ぎると、創る側、受け取る側
共に、個人の感覚、又は個性を鈍らせることにも繋がって行くの
ではないか・・・と不安に似た疑問を感じます。

利益ばかりを追求しがちな世の中に身を置きながらも、
茂木さんが仰るように、“自分の心の中で大切な倫理とか、
方向性とか感覚のようなものを、見失ってしまってはダメだ”と言う、
個の適度なスタンスがとても大切な気がしますし、そんなスタンスの
人が多い国・街、集まる場所に、なにか魅力的な発見や
気付きが多い気がします。

投稿: fayway | 2007/09/29 16:36:19

茂木さんの、書かれたもので一番好きなのは、クオリア日記です。

毎日、こんなにも読み返す文章って他にありません。ほんと何回も読みます。

心の中を、ゆたかにせつなく、みずみずしく、
そして、くどく酸化してないっ日記て。どんだけだよ。

今まで読んだのは、「やわらか脳」 「生きて死ぬ私」「感動する脳」
「クオリア入門」です。 「プロセス アイ」は去年一時中断していて昨日より再読開始。

現実の対談本は、未熟もんの私にとっては虎の巻本のようで読む気が続かない。「あくまで、未熟もんの私にとってです!!」


読みたいのは、やはり茂木さんの心の中から湧き出たような作品です。

プロセスアイの次は 脳と仮想行きたいと思います!遅っ!!

投稿: おおはたみやお | 2007/09/29 16:18:45

> 伊藤さんは、「作りたい本と
売れる本は必ずしも一致しないから」
というようなことを言った。


携帯電話で見れる、電子文庫を作ってはどうだろうか、ロングテールでも、採算が取れるのではないでしょうか?


>扁桃体活動のレベルでは、
有意な差が出るが、
個体レベルの性格類型では、
相関がないという。

顔や表情に対する脳の反応は、人類が猿の時からの遺伝子的な影響を受けているかもしれませんね。


最近、「文系」、「理系」と分けるのは、問題があるのではと言う議論がメディアで起こっていますが。「理系」、「文系」、両方とも左脳型である。右脳型では、「美系」、「芸系」になるのではと勝手に思っています(笑)。

投稿: tain&片上泰助 | 2007/09/29 14:23:10

  出したい本と売れる本は一致しない・・

 それは絵画も同じですよね。最後まで妥協しない揺るがない意志が
真の芸術家になっていると思いますし。先日の蜘蛛の糸のように・・。
蜘蛛はそれに魅了してくれる虫を待っている訳で・・。

 ゴッホ、モジリアニ、宮沢賢治、樋口一葉・・・ 
その湧き上がる情熱と意志は、他者とは相容れないし理解さ
れない。けれども悲惨や貧乏や泥沼の中に
厳かな一点の光を見つけ、蜘蛛の糸を編むのだと思います。

 それはプライドかも知れないし、人間の質の問題かも知れないと思います。
 けれど、大抵の人間はストレスに身体を痛め、生活の糧の為に働き、
僅かながら人はその中に小さな幸福を見つけ出そうとしているのかも知れないですね。

 人は”幸福”と言う名の欲望と常に自我と闘っていると思います。
正直言って、私は未熟で、今も、自分はこれからどうするべきか、
どうあるべきかに確信を持てないでいます。

 確信のある生き方や言葉は、ある地位を持っていないと、
大抵他者からの反発を喰らい、叩かれます。
 
 だから、昨日ちょっと聞いたでしょう?
蝶にも感情がありますか?と。
茂木先生は首を横に振っていましたが・・・。

 私は、昆虫にも感情があると思うのですが・・。勿論植物にも。

 多様性って、種の多様の中の生き物が人間であって、人間が地上の
中で一人勝ちして、種の危機をもたらしているのですよね。
多様性の時代はもはや終わりを告げ
気候と無意識に潜む熱エネルギーによって、動植物は動いているのでしょうか?
 
 
 

     

投稿: tachimoto | 2007/09/29 13:12:24

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