« 高西淳夫 × 茂木健一郎 | トップページ | プロフェッショナル 仕事の流儀 命あるものと、向き合う »

2007/09/25

星くずのごとく地上にばらまかれた

思うに、人間は「普遍」のみでは
満足することができないのではないか。

そのような一般的志向性の
一つの表れが、たとえば
「ナショナリズム」という「特殊」
への拘泥に現象的に結実している。

満天の空の星を見れば、地上の些事
にかかわずらっていることは
いかにも「小さな」
ことではあるが、
しかし、その「小さな」ことが、
私たちの胸を打ち震えさせるのだ。

この世はまさに多様で、
地上にはめくるめくさまざまな
「主観性」がある。

池の上を飛ぶトンボにも、
自らの生命をそのか細い身体に
託して微睡み、迷っている、
固有の主観性があると考えざるを
得ぬ。

蟻にも、ミミズにも、
アメンボにも、カエルにも、
それぞれの自律的能動性を支える
限りにおいての主観性が
宿っている。

俯瞰的に見れば、
この「私」の主観性もまた、
星くずのごとく地上にばらまかれた
数多のものたちの一つに
過ぎないのだ。

亀山郁夫さんの
光文社文庫 古典新訳
『カラマーゾフの兄弟』5
エピローグ別巻の中にあった
以下の解説が、どういった間合いか、
精神の奥深くまで入り込んできた。

だが、あいつぐ不幸の中で、
ドストエフスキー文学の方向を決する
一編の小説が生まれた。それが、『地下室の手記』
である。ドストエフスキー文学の
「コペルニクス的転回」とされる哲学的な
霊感に満ちた小説であり、二度にわたる外遊と
アポリナーリアとの愛を通して、「苦痛が
快楽である」というテーゼを、文学的な肉付け
によって体現した作品である。合理主義、
理性の上に打ち立てられた社会主義は、
人間の本性と相容れない。「二二が四は死の
はじまり」である。さらに、サディズム・
マゾヒズムの発見は、それまでの彼の思想的
な基盤を根底からくつがえすほど強烈な
破壊力を帯びるものとなった。

日本とロシアの、ヨーロッパに
対する立ち位置は似ている。

私たちは、自分たちがあたかも、「普遍」
に対する「特殊」であるかのように
思いこまされているのだ。

美には絶対的な根拠はないが、
それでもある力を持つように、
「普遍」と「特殊」の概念は
精神運動における強制場となる。
知識人たちが熱病にかられる。

ロシアの小説家たちが、「大地」
に再生への鍵を求めたように、
日本も古層を掘り起こす必要がある。
しかし、それは、すでに判りきった
ものとして分類され、わかりやすい
名前がつけられ、「博物館の
棚」に収められたものであっては
いけない。

結局、それは、数多の星くずの一つである
「私」の主観性の内側から
こみ上げてくるものでなければ
いけないのだ。

主観性の奥底を掘り下げていけば、
そこに普遍に至る道がある。
そのことを信じることができなければ、
価値のある人生を送ることなどできない。

個別から普遍に至るためには、
徹して遠くを見なければならない。
「ナショナリズム」は、いかにも中途半端
である。

ドストエフスキーは西欧に
滞在して幻滅したが、
かといってロシア・ナショナリズムには
とどまらなかった。

9月 25, 2007 at 07:48 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 星くずのごとく地上にばらまかれた:

» 私の「哲学の道」 トラックバック 須磨寺ものがたり
「哲学の道」といえば、 誰でもが思い浮かべるのが、 京都・東山の銀閣寺から、 南禅寺まで下る道。 [続きを読む]

受信: 2007/09/25 15:00:03

» 人生 トラックバック Tiptree's Zone
人生にご用心! あなたが行う言動が時限爆弾のスイッチをオンにしない保証はどこにもない。何か間違いを犯したと感知したなら、それに関する請求書が来る前に即自ら清算しておくことをお奨めする。 人生をネガティブに捉える必要は無いのかもしれないが、100%ポジティ....... [続きを読む]

受信: 2007/09/25 21:26:11

» 中秋の名月 トラックバック Progress
[parts:eNoztDJkhAMmY3OmFBMDE0tDSzODRDNDcwtzS0tDQ5NE01QLoFhqiqW5hYlBinGKSaqRXlYxAB16DAw=] [parts:eNoztDJkhAMmYzOm5OTERNOkVAsAINMD0A==] 昨日は中秋の名月でしたね…。 北海道の天気は雨…あいにく月を愛でることはできませんでしたが、全国的には どうだったんでしょうか? ところで、中秋の名月に八条宮智仁親王が自身で造営した桂離宮で詠んだ歌に次 のようなものがありま... [続きを読む]

受信: 2007/09/26 5:24:10

» 見せてくれ!ジョンブル魂 トラックバック 旅籠「風のモバイラー」
coming up next ♪ 2007ワールドカップ ラグビー・フランス大会 [続きを読む]

受信: 2007/09/27 2:14:44

コメント

個別と普遍について、1日かけて、もう一度考えてみた。

昨日「生物のもつ個々の主観性と普遍とは、そのままコインの裏表の関係にある」とコメントしたが、じっくり考えているうちに、そんな“単純”に言いきれる問題ではないのかもしれない、と思うようになった。

生命たちの持つ個別の主観性と普遍の間には、様々な複雑なものが絡まっているのではないか。
様々な感情、考え、主張、美醜、こだわり…。

主観性の奥底にある普遍への道は、そのようないろいろなものが絡まった個別の実相に惑わされずに、その絡まったものを解いていく道程で見えてくるのではないか。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/09/26 18:36:01

ある時期に・・・

権威(芸術的存在)に対する自発的服従の経験に欠け、

またあまりに早い時期に、これに依存しない主体性を求めてしまうと、

無意識的に、依存性が残ってしまう。

大人になっても・・・

曲がりくねった、「主観性の奥底に普遍に至る道がある」、はずです。


風 風 吹くな、 しゃぼん玉 飛ばそ
(雨情の「シャボン玉」を聞きながら)

投稿: | 2007/09/26 0:32:58

個々の主観性の底には、普遍へと至る道があるというが、
別の見方をすれば「主観性は即ち普遍」とはいえないだろうか。

この地球に生きる、我々人類を含む全ての生物が持つ個々の主観性は、そのまま普遍と、コインの裏表の関係にあるのだと思う。

つまるところ、個々の主観性は普遍と二つにして一つなのではないか。

したがって、掘り下げなくとも個別をよく凝視すれば、普遍がそのまま見えてくるのではないか。

ただし、凝視せずに個別にこだわってしまえば、ナショナリズムとか何々主義にとらわれてしまうだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/09/25 22:34:50

最近、物事を単純に○か×かで判断しすぎてると
思うことがあります。
ヒトがいるだけ、立場も考え方も年収もすむところもそれぞれ
違うわけだから、そう単純に○か×か判断できないと思うのです。でも、右か左かを選択させられています。

政治の場面でも、学問でも、仕事でも・・・

茂木博士が今回投げてくださった課題はとても大切な
視点だと思います。
まずは、「私」があって、自分で考えてみる。
自分の中からこみ上げてくるものでなければ本物ではないです。普遍的なものと思い込まされているものが、実はそうではなかったりします。

こういう考え方の訓練をしておかないと、
思わない方向に流れていったりしてしまいます。

腑に落ちるまで考えてみる。
そして、普遍化する。
人間が生きていくうえでとても大切な姿勢だと思います。

投稿: | 2007/09/25 22:01:10

  癒しの無い、現実の中で、求め続けて創造された美。

  表現者がやっと心の中に見つけた癒しの空間を具体的にこの世に
  表現したような美は 簡単に感想を言えないほどの美だと思う。
  
  癒しいっぱいの現実の中で、表現された美。それもきっと美。

  インコの羽の美。夕焼け空の美。雨音の美。生き方の美。
    
  主観が勝手に鳴り響けば美ですか?

  普遍にたどり着く過程で生み出されたものはなんですか?
  
  


 
  


 
    

投稿: | 2007/09/25 21:37:57

はじめまして。
「混沌」という言葉が好きなのです。
すべてを表す言葉のような気がするからです。

わたしは、
「共感」することの力を感じます。

他人のどんな主観にも、いちど、乗ってみて、
自分のどんな主観にも、いちど、道をもたせてみる。

すると、苦しくなって、困ったことに、結局、
じつに中途半端なことになってしまうのですが、
しんと、静まり返る瞬間があって、
新しいクオリアが生まれているような気がします。


わたしは、
女、母、妻、子供、大人、命、
人間、・・・・
色々な立ち位置から、
結局「混沌」を、取り去ることができません。

宗教も、倫理学も、結局同じようなものに思えるのです。

誰にも、何にも、
囚われず、
誰にも、何にも、
また、囚われてみて、
自分を育て治してみたいと思っているこの頃・・・

投稿: | 2007/09/25 18:42:10

こんにちわ。

ナショナリズムより、大きな考え方といえば、「我々は地球人だ」、「人類みな兄弟」であるが、聞くとしらけてしまう。しかしながら、最近は、インターネット、地球温暖化、世界経済、等等、世界的な概念が出来上がってきていると思います。


相対性理論が生まれたアインシュタインの脳、では、わずかなニューロンの伸びだったかもしれない、それが、世界に大きく影響をあたえた。


注文していた、パソコンが届きました、今から、セッティングします(笑)。

投稿: | 2007/09/25 15:03:36

地上にばら撒かれた 星くずのかけらとして自分が存在しているなんて
うれしくて、くすぐったくて仕方ない!

かけらでいい。多くの中のひとつでいい。あぁ~なんてうれしいこと!

このうれしさを持って、突き進んでいけば雄大な地平線に出くわすと信
じられる!オーロラだって見れるはず!

天の星くずに呼ばれたら、地平線を見る前にうれしくてうっかりぴょいと飛んで行きそう!


投稿: | 2007/09/25 13:10:00

コメントを書く