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2007/08/26

横浜美術館

横浜美術館のバックステージは、
廊下がとても広かった。

 キュレーターの木村絵理子さん
に案内されて、控え室に向かう。

 学芸教育グループ長の天野太郎さん
は豪快に笑う。

 「茂木さん、堀尾貞治さんには
会ったことがありますか?」
 「いや、まだないです。」
 「おもしろい人ですよ。
具体美術協会に所属していたんですよ」
 「そうですか!」
 「横浜トリエンナーレで、毎日
パフォーマンスをやっていたんですよ。
タイトルはずっと同じで、あたりまえのこと」
 「ほうほう」
 「毎日、警備の人に怒られて、
二度とやりません、と言うのだけれども、
次の日もまたやるんですよ。」
 「はははは」
 「でも、毎日違うことをやるから、
確かに、同じことは「二度とやって」はいな
いんですけどね。」
 「むむ」
 「自動販売機のパフォーマンス、見た
ことありますか?」
 「いや、まだないです。」
 「100円玉を入れると、中に
堀尾さんが入っていて、その場で
絵を描いて、出てくるんですよ。」
 「ぎゃはは」
 「いろいろなコースがあって、
ピカソ風とか、ミロ風とか、
マネをした絵を描いてくれる
コースもあるんです。」
 「ぎゃふん」

 天野さんの話を聞いているうちに、
どこまでも突き抜けた夏の青空が
広がった。
 同席した
 インディペンデント・キュレーターの
帆足亜紀さんも笑っている。

 森村泰昌さんの展覧会
「美の教室、静聴せよ」
を天野さんと見る。

 昨年、東京芸術大学で森村さんに授業を
していただいた時にも見せていただいた
《なにものかへのレクイエム(烈火の季節)》。

 1970年11月25日の
 三島由紀夫による自衛隊の市ヶ谷駐屯地に
おける籠城、演説、割腹自殺事件。

 森村さんは、「生きのびる三島」
として日本の美術の現状を糾弾し、
乗り越えることをうながすアジ演説を
行う。

 大きなスクリーンに投影され、
それを見上げるうちに心の
中にざわざわと立ち上がる
感慨があった。
 
 『美と「私」−制約を恵みに変えるために−』 
というテーマでお話させていただく。

 講演60分、
 質疑応答は30分の予定が大いに盛り上がって
52分。
  
 最後に、「美とは何か」ということに
ついての根源的な問いかけが
出る。
 自由闊達な時間。

 横浜美術館のレクチャー・ホールに
来てくださった皆さん、本当にアリガトウ!

 束芋さんがいらしていて、
久しぶりにお話した。

 いつもながらにステキなご様子。

 私は、講演中に「作品に向かいあう
時には、自分という楽器を鳴らすように
心がけてほしい」と言った。

 束芋さんは、
 「私も、みなさんが半分こちらに
歩み寄ってください、といつもお願い
しているのです」
と言われた。

 あらゆる表現ジャンルで、
現代美術ほど「何をしてもよい」
自由な活動分野はない。

 しかし、だからこそ、
苦しい。

 その苦しさを恵みに
変える方法は、「自らの制約を
受け入れる」ということに
あるんだよ、諸君。

 もっと詳しく知りたければ、
講演の音声ファイルを聴いてくれたまえ!

 講演会の前日、森村泰昌さんから
メールをいただいた。
 
 今回の展覧会は、「見る」とともに
「聴く」が大きなテーマになっていると
森村さん。

 そうなんだよ、心がざわざわしてくるぞ。

 こんなスゴイ展覧会を、見に行かなくて
良いのか、諸君。

 「森村泰昌ー美の教室、静聴せよ」
は2007年9月17日まで、
横浜美術館でやっている。

 ぜひ駆けつけてくれたまえ、諸君!

8月 26, 2007 at 09:05 午前 |

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» 茂木健一郎も森村泰昌展を絶賛 トラックバック まるじなりあ
 そうなんだよ、心がざわざわしてくるぞ。  こんなスゴイ展覧会を、見に行かなくて 良いのか、諸君。  「森村泰昌ー美の教室、静聴せよ」 は2007年9月17日まで、 横浜美術館でやっている。  ぜひ駆けつけてくれたまえ、諸君! 茂木健一郎 クオリア日記: 横浜美... [続きを読む]

受信: 2007/08/26 12:21:34

» 制約を恵みに変えるために。 トラックバック 銀鏡反応 パンドラの函
『美と「私」-制約を恵みに変えるためにー』 @これは、2007年8月25日、横浜美術館にて開催中(~9月17日まで)の森村泰昌『美の教室,静聴せよ』(Bi-Class,Be Quiet)展の特別授業と称する講演のタイトルである。 @講師は、理学博士・脳科学者にして作家活動もこなす茂木健一郎氏。 @普通、茂木氏の職業を紹介する時、単に「脳科学者」とだけ記すのはよく知られている。しかし、今回の「美と私~」講演では「脳科学者・作家」と記されている。これは、茂木氏が意識やクオリア(感覚質)等といった、“脳”... [続きを読む]

受信: 2007/08/26 18:52:33

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 ジャパン・アート・フェスティバルを知っていますか?   それは、1960年代半 [続きを読む]

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» 美の教室、静聴した トラックバック きむ仮説。
一昨日茂木健一郎さんが薦める 森村泰昌さんの「美の教室、静聴せよ」展に行ってきた。 この展覧会は同タイトルの「美の教室、静聴せよ」の作品を展示したもの。 この作品展は 展示場を学校の教室に見立て ホームルームにはじまり1〜6時限、放課後へと 教室ごと....... [続きを読む]

受信: 2007/08/30 16:42:23

コメント

この人があのひとだったのか・・日経夕刊・最終面に堂々と。
>>
ひさしぶりに接客業の現場で働き、頭の芯がコリコリする。・・この感じワカリマス?

ちょっと一息つきたかった。最寄の地下鉄御堂筋線・梅田駅からではなく、淀屋橋駅まで歩きたいと思って。
トワイライト・タイムの曽根崎界隈を歩く。足早にあるく仕事帰りの人々に紛れ・・なりだけは紛れもなく!ですけど・・おれも「御天道様(おてんとさま)と米の飯は付いて来る」暮しに近づきつつあるなあ、働いて、またあの綺麗な明かりのある場所を歩きたいなあなんて頭ん中
ふくらましながらね。

途中、「なかおか珈琲」でアイス・コーヒーを飲んで一服。
新聞を眺める。
へエー月曜の日経夕刊ってゆったり感のある文化欄が目につくけど・・「画家や絵画愛好家の間で、評判の鞄ブランド」・・アートフィアー 由利佳一郎さん いいなこれ・・神社に向かうスピリチュアル ふむふむ・・姿消す「キリンプラザ」 ハア閉めるのか。背景に現代美術に対する関心の薄さ あいかわらずトホホな・・!!ナンダ?・・このひとって・・うお?たしか先生が講演で抜けてるって おお・・よよよっもモリムラヤスマサさんだぜ 「半世紀使い続けた電気冷蔵庫」「物にも人格があるということを教えてくれたのが、一台の冷蔵庫だ・・」

50年前に生まれたの手間のかかる「電気式」ロートル冷蔵庫と付き合う楽しげな森村さん・・あなたは、やっぱり「抜けて」マス!

いつのまにかコリコリしていた頭の芯がぷるるんってかんじでね^。
なんかこう、気がさ

ハーレルヤッ~


投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2007/09/04 5:28:32

こんにちは。茂木先生!

講演を聞きに行った者ですが、とにかく楽しかった!

私の職業はプログラマーで、芸術を志す者ではありませんが、プログラミングに建築や絵画に似た美というものを感じています。

質疑応答中に出た質問、「美」とはなんぞや。英語にうまく訳せない森村泰昌さんの美(BE)。今まで考えたことも無かったですが、その日はいっしょに行った妻と、色々と語りました。

講演ありがとうございました。前置きもなく、突如「自分が植物だったら?」との問いで始まった先生のテンションと、自由なヘアースタイルが私にとっては、1つの「美」でした。(かっこよかったです。)

金沢21世紀美術館にも行ってみます。

投稿: ひろ | 2007/08/27 7:41:40

>講演の音声ファイルを聴いてくれたまえ!

「Internet Explore では・・・.mp3をダウンロードできません。処理がタイムアウトになりました。」?!?!?、ぎゃふん!!(笑)

投稿: tain&片上泰助 | 2007/08/26 23:47:59

横浜美術館のレクチャー・ホール・・本当に行きたかったです。仕事でした。こんな時、仕事を持つことの不自由さを感じます。のちほど、ゆっくり音声ファイルを聴かせて頂いて、半分だけでも臨場感を味わいたく思います。いつも感謝しています。

投稿: | 2007/08/26 23:04:36

底抜けな感じって、いいですね。
ふうっと肩の力が抜けて、
笑ってしまいました。
いま、夕方から夜まで入院中の母に
付き添っています。
洗濯もの、いっぱい、がんばってます。
  

投稿: F | 2007/08/26 16:12:35

茂木さんの講演のあと、閉館まで時間がなかったけれど、見させていただきました。

森村さんの「美の教室、静聴せよ」展。

森村さんが「生き延びる三島」として
日本の美術界の現状を糾弾し、
それを乗り越えることを促す
アジ演説を行った《なにものかへのレクイエム(烈火の季節)》も
ここでやっと見る事が出来た。

昨年の美術解剖学講義で森村さんがいらした日、私は終了時間ぎりぎりに教室に入ってきたから、講義当日にそれがやっていたということは、きょうの日記を読むまで知らなかった。

1時限目~6時限目の展示の中で、一番印象に残ったのは「放課後」の《なにものかへのレクイエム》と「ゴヤ・ルーム」。

「ゴヤ・ルーム」での作品群は、兎に角面白かった。
見ていて、プッと吹き出すほどに、可笑しかった。
私の「自分という楽器」が
その面白さゆえにプカプカと鳴った。

「貧困」だとか「格差」など、
世界のあらゆる嫌な現状に対する怒りと憎しみを
そのままドバーン!とストレートに出すと、
それは最悪の場合「テロ」「戦争」というものになる。
沢山の命が死滅する羽目になる。

そうではなくて、むしろそんな怒りや憎悪を
「笑い」や「ユーモア」「パロディ」に転化し、
可笑しく笑える方向にもっていったら、
地上からはやがて本当に平和がおとずれる、
それが出来るのは政治家でなく芸術家なのではないか。

…森村さん自身による、こんなふうな解説を見るまでもなく、
展示から衝撃的で強烈な、
しかし可笑しみあふれるイメージを受け取っていた。

茂木さんの講演の中で、
TV「プロフェッショナル 仕事の流儀」に登場予定の、
助産師さんの話が出て、そのなかで

「女性にとって子どもを生むことは最大の自己肯定、
つまり今のあるがままの自分でいいんだ、と思い
自分を受け入れることだ。そうした時に
子どもは生まれる。
これは表現一般にも言えることだ」

…といっていたことが印象に残っていたので、
講演の後に《なにものかへのレクイエム》をもう一度見ると、
「生き延びる三島」としての森村さんが
アジ演説の中で「自己肯定しろ!」と叫んでいたので、
その時、自分の中にその言葉が定着した。

森村さんも自己自身の制約を受け入れ、
つまり自己肯定をして、本当の表現を為すべく
長年闘ってこられた人だったのだな…と演説場面を思い返しながら、
このコメントを書いている。

今回は「見るだけ」で終わってしまい、「聴く」という事をしなかった。惜しいことをした。
ので、もう一度この展覧会を見るときは
「見る」とともに「聴く」ということをしよう。

そうすれば、心が今回の時よりもうんとざわざわして、自分という楽器も、もっとビンビンに鳴るに違いない…。

またも乱筆長文なコメントになってしまいました。
拙筆ゆえ何卒お許し下さいませ。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/08/26 12:54:00

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