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2007/08/04

劇的感動

このところ、妙にだるいなあ、
と思いながら、
朝近くの公園を走ったり、
発作的に腕立て、腹筋をしたりして
「抵抗」していた。

公園のビオトープで、アメンボが
ぱしゃぱしゃすいすい泳いでいる
のを見て、はっと気づいた。

ひょっとしたら、これは
「夏バテ」というものではないか。

冷房はきらいだ。

窓を開けっ放しにして寝ていると、
午前2時とか4時にはっと
目が覚める。

うーんと水を飲んで、また
眠る。

そういえば、ああいう時には、
汗をびっしょりかいている。
寝苦しくて目が覚めるのであろう。
あなおそろしや。

目が覚めても、私の場合ほとんど
瞬時にまた眠るので
睡眠不足にはならないのであるが、
夏バテの原因はこのあたりに
あるかもしれない。

サルガッソー 
の鈴木健が「会議術」
の本を書いて、帯の言葉が
欲しいというので読んだ。


「議事録ドリブン」という
アプローチが面白かった。

全員が、議事録を共有しながら
会議を進めていく。
そして、決定事項や合意点を
めぐってきちんとした議事録を
残すことを、会議の目的とする。

会議が生産の現場になる。

さっそく、柳川透の研究の
方向性についての議論を、
議事録ドリブンでやってみた。

研究所のミーティング・スペースで
ボクが要点をまとめながら
書いていく。

この論文の長所は何か?
欠点は何か?
Target Journalはどこにするか?
必要な修正はなにか?
それは、どれくらいの期間で
できるものか?
etc. etc.

一緒にいた加藤未希や星野英一も、何を
議論しているのか一目でわかるので、
周辺視野にいても
参加できる。

これはいい。

お昼を食べながら、柳川が
ぼそりと言った。
 「問題は、これをゼミ本体で
やるかどうですね。」
  
 確かに一度やるとaddictするものが
ある。

 アイデアを交換したり、共有したり、
共創したりするノウハウは、
まだまだイノベーションの余地が
あるのだろう。

 NHKへ。
 マジックの番組の収録。
 『だまされたい脳・マジックの快楽』
 前田知洋さん、ナポレオンズのお二人、
江川達也さん、山瀬まみさん、堀越のりさん。

 制作側には、「科学大好き土よう塾」
のお馴染みの、植木豊さんや、兼子将敏さんが
いらっしゃる。

 前田さんのマジックを間近で見るのは、
「花野P」こと、花野剛一さんが制作指揮した
『ニューロンの回廊』以来。

 あの時、前田さんが、「マジックをやっている
人間が、騙しているということを意識すると、
それが身体の動作に出てばれてしまうのです。」
と言っていたのが印象的だった。

 VTRの中で、
 前田さんが英国にある伝統あるマジシャンの
クラブ、「マジック・サークル」を訪れる。

 前田さんご自身が、マジックの古典書、
Discoverie of the Witchcraft
の中からマジックを一つ復活して披露する。

 その映像を見ながら、前田さんが、
「そうか、あんな風に見えるんだなあ」と
感心していたその様子が不思議だったので、
「どういうことですか?」
と聞くと、
「いや、自分がこういう動作を
やるとそれが見ている人にはマジックに見える
んだということを意識していないのですよ」
というようなことを言うのでびっくりした。

 マジックの究極は、「心を無にする」
ことにある。

 朝日カルチャーセンター。
 劇作家の平田オリザさんとの対談。
 平田さんにお目にかかるのは
3年ぶりくらいであった。

 平田さんの演劇に対する姿勢、
文化や言葉の壁を超えた「対話」
に対する真摯な態度を、私は
以前からとても素敵だと思っている。

 原点は学生の時に一年間
ソウルに留学したことにあると
言う。
 1980年代半ばの韓国。
 平田オリザという一人の人間
である前に、「日本人」として
扱われ、謝罪するにしてもしないにしても、
態度を決めることを迫られる。

 そのような経験を通して、
伝わらないこと(discommunication)を
前提として対話への努力を続ける
姿勢ができたと平田さん。

 ボクは、敬愛するRichard Wagnerの、

Poetry is the reason for music.
And drama is the reason for both.

という言葉を引いて、「劇的感動」
というものの本質はどこにあると思うかと
平田さんに問うた。

平田さんは、「2500年前に古代ギリシャ
で演劇というものが「発明」された時、
皆その効果にびっくりした」と言う。
「いつそれが発明されたのか、記録に
ちゃんと残っている」と言う。

あまりにその効果が顕著だったので、
市民にコロス(合唱)として劇に
参加することが義務づけられた
ほどだと平田さんは言った。

演劇の良いところは、どんな人に
でも役が与えられることである。
たとえひと言、ふた言だけでも、
りっぱに居場所をつくることができる。

口べたな子には無口な役を割り当てれば
いいし、
他の国の言葉を話す人には、それなりの
役割がある。

演劇は、情報の密度が、観る者に
創造の余地を残すという
意味でちょうど良いのだと
平田さんは言われた。

音楽や絵画はダイレクトに感性を
刺激する。
一方、演劇は、「補助線」や「包絡線」
のような形でドラマトゥルギーが
成立する。

感性が開かれ、能動性が刺激される。

平田さんと、また対話したい。


平田オリザさんと。朝日カルチャーセンターにて。
(Photo by Atsushi Sasaki)

8月 4, 2007 at 10:04 午前 |

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コメント

茂木様 楽しく拝読しました。

「劇的感動」は、幼いころ、俳優座の「森は生きている」
のめくるめく(と子供ごころには思えた)光と闇、
月別のお兄さんたちへの憧れ でした。

余談:テレビマン・ユニオンの花野さん
彼もいいオジサンになっているのでしょうか。
大昔の友人です。

投稿: arumik | 2007/08/16 5:39:06

私情(子育て)で講義に出られなくて、とても残念です。
いつもブログを拝見しています。刺激を受ける内容で私にとって、心身ともに大変役に立っております。
今回の平田オリザ氏との対談の内容が書籍または音声、映像で見られる日がくればと期待しています。
平田先生の書籍もすべて読んでいます。お願いします!

投稿: n,emi | 2007/08/06 12:27:58

 こんばんは。

富山、金沢とお疲れ様です~!

先日の平田オリザさんのお話ですが
大変面白く、
頷ける所と感心する所とあり、
これからの社会に、演劇の果たす役割が意外に大いに
あるのだなぁ、と色々と考えさせられました。

けれど、演劇は、商業的なものが目立ち、
子供や青年の性格形成の手助けになることや、演劇が
教育に果たす役割など、もう少しオリザさんには、
マスコミなどで声を大にして語って欲しいですね。

私は、どなかも話していましたが、一つ気になったことが
ありました。それは、「20年、30年たったら
日本はダメになる。僕は一度ダメになった方が良いと思っている」
と、そのような言い方をされましたでしょう?

あれが、私にはとても気になりました。
地球環境問題とか、核兵器の問題とか、政治の問題とか
色々、ダメになる要素があるのですが、
平田さんの言われた、日本がダメになる、と言うのが
どのように一度ダメになって、その理由がどのようなもの
なのか? が私には判りにくくもう少し詳しく聞きたかったです。
茂木先生は判っているようでした。

多分若者たちの問題を指して言われたのではと思いますが
その、何故一度ダメになって、どんなダメに成り具合を
平田さんは想定しているのか気になりました。

危機意識が薄いということかな? 今の若者たちは。
「東京ノート」に登場するような、政治も社会の出来事も戦争も
人ごとで、熱がない若者が多いから?
それと、他者を理解するコミュニケーション能力が欠如している
若者が多いから? 一人っ子が多くて・・。
日本はこれから労働者が海外から入ってきて
うまくやらなきゃいけないのに、うまくやっていけるのって? 

私だけが、判っていなかったのかも知れませんが・・。
いつもポジティブ発想の茂木先生の本心はどうなのでしょう?
他国は、先を見越して、教育をしているけれども、
日本は何もしていないから
日本の経済は没落していく可能性が高い? と言うこと?
う~ん、質問すれば良かったです・・。

茂木先生が学ぶことを伝導している趣旨は理解していますが・・。

 これから富山の音声ファイルを聴かせて頂きます。
 長くて失礼しました。


 

投稿: tachimoto | 2007/08/06 1:35:09

昨日は楽しい対談をありがとうございました。
平田さんは存じ上げませんでしたが、新たな方を発見できて嬉しく思います。

「感心されてもダメで感動させないといけない」。
さらに考えると、感動する、ということは何なのでしょうか?
なぜ人は感動したがるのでしょうか?
感動することには人を動かすパワーがあると思います。
「芸術は他人の人生を生きる事」。
その芸術で感動するということは、何を意味するのでしょう。

しばらくテーマになりそうです。

投稿: Lotus | 2007/08/05 14:42:22

誰にもその特質を生かした役があるというアマチュアのお話から、崖ぎりぎりに立ち深淵を覗き込む精神力が求められるプロのお話まで興味は尽きず。

盛りだくさんな内容でキーワードが頭の中をぐるぐる渦巻き。
ブログにまとめてくださり、すっと心に浸透しました。

ユーモアを織り交ぜながらの真摯なお話。
素晴らしい対談を聴かせていただき感謝、感謝。
やまぼうしこと高橋純子


投稿: 高橋純子 | 2007/08/05 10:04:50

平田オリザさんのお話、演劇は、
「観る者に、創造の余地を残す」

 心のなかでなにか動いて、
  変化しようとしています。

ゴッホのこと話しておられた、
小林秀雄さんのお声を聴き、私の
魂が、ふるえている、と思った。

投稿: F | 2007/08/04 21:59:30

こんばんは、茂木さん。初めまして。
わたしも冷房は苦手です。
わたしは北海道在住なので冷房なしでもやっていけるのですが、本州の方は大変でしょう^^;
なんとかしてダルさを吸い取って差し上げたいくらいです。ちゅるちゅるちゅる。

夏バテ、早く解消するといいですね。

投稿: 高橋くるみ | 2007/08/04 21:06:12

茂木博士、朝日カルチャーセンターでの劇的対談(!)お疲れ様でした。

いまから7,8年前に下北沢で、いわば「わけのわからない」不思議な芝居を観て以来、ずっと劇場から足が遠のいたままの演劇素人にとって、平田さんのお話は、凄くためになった。特に演劇とは、ヴァーチャルな世界に閉じこもりがちな今時の若者たちにとって、リアルな世界にふれる一つの方法、というお話には、うんうん、と合点がいった。

演劇はコミュニケーションを高める効能があるばかりではなく、音楽や美術と違って、どんな人でも参加でき、それぞれの個性に合わせて、ふさわしい役を演じられる。そして、(コンテクスト=文脈=あらすじという)「補助線」や「包絡線」でもってドラマトゥルギーが成立するという。

一口に演劇といっても、大衆向けの三文芝居から、最先端の前衛舞台劇までピンからキリまであるという。平田オリザさんの取り組んでおられる演劇の形というのは、私が思うに、演劇そのものの源流に近いところにあるのではないかと思う。

平田さんのお話を思い返してみて、まず真っ先に浮かぶのは「人生は舞台、人間は役者」という、よく言われる人生全般の喩えだ。平田さんが阪大でなさっておられる授業の一環のひとつにワークショップがある。

平田さんがワークショップを展開されているのは、コミュニケーション能力が未熟のまま大きくなってしまった若者に、社会で生きていくためのそういった能力を身につけるためだということだった。
つまり人生(社会)という舞台で役者になりきる(社会でしたたかに生きる)ための訓練、ということなのだ。

また平田さんは、表現したいという気持ちは、伝えたいことが伝わらないという、一種のもどかしさから生まれるとも言われていたなぁ。

それから日本の将来にも苦言を呈しておられ、この国はあと10年、20年はもつかもしれないが、30年たてば滅びるだろう、滅びるなら他国に迷惑をかけることなく、自国の文化をたいせつにしたほうがいいとか、滅びたくなかったら他文化との共生をいまから考えた方がいいと言われていた気がする。

茂木博士も対談の冒頭で、日本文化の本質は”チャンプルー”性(多様性)だと言っておられた。その通りだと思う。しかし、長い年月の中で、日本文化はそのチャンプルー性をそうしてしてしまったのだ。これは文化の変遷史なるものをよくよく観ていると、わかるのではないだろうか。

とにかく、演劇は日本人がなかば麻痺させてしまったコミュニケーション能力と、多様性を受け入れる心を日本人に身につけるためにも大切な芸術なのではないか。

対談が終わって飲み会へ久しぶりに参加させていただいた。なにしろ一年以上ぶりなので、先に席へ着いていいのかどうなのか、一瞬ためらったが、ためらっているばあいではなくどんどん席を詰めていったら、茂木博士のおられるテーブルとの境界線にきた。30分ほど楽しんだ。茂木さんやほかのお客さんがとても楽しそうであった。

投稿: 銀鏡反応 | 2007/08/04 15:29:06

演劇の魅力は、普段誰でもやっている「演じる」ということを、純粋に見せてくれることにある。普段のplayを大掛かりに拡大・縮小してplayしてくれる。

開演直前、ほの暗い舞台が明るくなる時は、初めて聴くCDをplayerにセットするときの期待感に近い。

普段回りにいる男前、美女もplayの中では、一層そのroleが鮮明になる。
やはり、大成功した形式であることに間違いない。

記憶に残る舞台は少なくないが、30年ほど前京都で見た、中村伸朗と娘さんによるイオネスコの『授業』、今年大阪で見た文楽『冥土の飛脚』は、形式が簡素で、普段の皆のplayの本質を凝縮して見せてくれた。

投稿: fructose | 2007/08/04 14:25:46

演劇と言うものの良さ、

「演劇の良いところは、どんな人に
でも役が与えられることである。
たとえひと言、ふた言だけでも、
りっぱに居場所をつくることができる。」:茂木さんの文より引用;

今までこんな視点で演劇の良さを捉えるなんて考えたことも無かった。
茂木さんの言いたい主眼点とは違うでしょうが私にはここが一番新鮮だった。

 自分の新しい見方を見つけられたことを嬉しく思う。感謝!!

 ところで茂木さんはこの混沌の時代、政治の異常さについては語ることは無いですか?学者が政治に首を突っ込むとろくなことは無いかもしれませんね。

 何時も難しい表現を考え考え読んでいます。

投稿: いもりんの城のブログのいもりんです | 2007/08/04 12:42:58

昨日は、また楽しくお話を聞かせていただきました。
ありがとうございました。

まさか「人気タレント」さんが通路にいらっしゃるとは
思っていなかったのですれ違ってしまった緊張感のせいで(?)
後半は久しぶりの低血糖状態に(笑)。
「地震かな?」と思ってしまうほどクラクラ…。
「思い切り突っ張」ることはできませんでしたが
弱々しくフニャフニャと手を揚げてみました。。。
帰りは地下のコンビニで1番甘そうなジュースを一気飲み。

口べたな子のほうがセリフがあると
「うそだ!」と思うほどいっぱいしゃべるような気がします。
もちろん子供ひとりひとりの性格にもよるのでしょうが。

平田オリザさんがお話されていた
他国の学校で劇に出演する日本人の子供に
「この子は日本語の歌が歌えます!」と紹介して歌を歌わせる、
というエピソード。帰国子女の友人の言葉を思い出しました。

日本の小学校に通う中国の小学生の女の子を主役にした
ドキュメンタリー番組への感想。
クラス全員が中国語と日本語で朝夕の挨拶を言うよう指導される。
「私の時には、あんな時別扱いなんてなかった!
かまい過ぎている!」とプンプン。

その言葉に「あなたの国の文化を理解しようとしているよ」
という姿勢を多少大げさなほど見せてあげることは、
一見優しいようだけれども、どうなのだろう?
自力で這い上がってこざるを得ない状況で発揮するバイタリティを
育てることも大事なのかもしれない、と時々考えています。
自分がそんな状況にひとりで放り出されたら、
かなり落ち込んでしまいそうだけれども。

自分のことを考えてみると幸せな時は
あまりぺちゃくちゃしゃべらない。
「なにくそ!」の時の方が饒舌。
でも、なんだか私にはバイタリティ、足りませんね(笑)!

投稿: まり | 2007/08/04 11:26:04

芝居は観客が黙っていないと、作品が成立しませんからね。前衛はそれをこわそうとしたようですが。

演劇のダイレクトな身体性、緊張感はまさにクオリア的ですよね。

蜷川幸雄の芝居にいこうか迷っています。
なんか面白そうですよね。

投稿: 斉藤(僭越) | 2007/08/04 11:13:51

「議事録ドブリン」、社内掲示板や、メーリングリストの感じでしょうか、私自身、TVを見るとき、字幕が無い場面で、聞き取れず、録画をもう一度見る事があります。また、TVの話など、文章でパッと見れないな、と思ったりします。言葉を「聞く事」と「見る事」ができて、両面から見られると言うのは良いと思います。

また、演劇と夢、何か関係しているような気がします。


それから、水を使った、冷風扇風機が、お体には良いのではないでしょうか?

投稿: tain&片上泰助 | 2007/08/04 11:09:46

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