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2007/07/18

量子力学と意識の関係

ボクは、量子力学と意識の関係が
それほどストレートフォワード
であると思っているわけではない。

ペンローズとハメロフの、
マイクロチューブルにおける
量子計算のモデルについては一貫して
批判的だったし、
シュレディンガーの猫や、
ウィグナーの友人と意識の問題を
結びつける議論は足りないと
思っている。

何よりも、「スケールのギャップ」
の問題がある。
ミラーニューロンに象徴される
認知神経科学の「システム論的転回」
で明らかになったように、
意識の現象学的な諸相は明らかに
神経細胞のシステムレベルの
属性に依存する。

量子力学に基づく議論は、
悪い意味で還元論的なのだ。

それでも、今回ザルツブルクに
来ようと思った理由は、conventional
なやり方だけではムリだとつくづく
思ったからである。

意識に非局所性があることは
間違いない。
それと量子力学の非局所性は
関係があるのか?
波動関数の収縮との関係は?
このあたりの問題を、じっくり
考えてみたいと思った。

ザルツブルク大学の自然科学
キャンパスに向かう道は美しい。


Freisaalwegに入ると、そこは緑野で、
ホーヘンザルツブルク城や、
ウンタースベルクが見え、
心が安らぐのだ。

セッションの合間、Jim Laukesと
話した。

アリゾナのCenter for Consciousness
Studiesの創設者であるAlwyn Scottは、
意識の問題を解くには100年単位の
時間が必要だと常々話して
いたという。

「問題なのは、誰も、全体像を
見渡して、一つのシステムをつくろうと
していないことだ」
とJimは言う。

量子力学のアプローチをとっても、
部分にとらわれて全体を見ていない。
逆に言えば、全体を見ることは
困難なことである。

やはり、意識の現象学的様相、
neural correlatesについて現在
得られている知見を総合的に
見渡してsynthesisする、
ダーウィン的なアプローチが
必要なのだと思う。

7月 18, 2007 at 04:00 午後 |

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» さてと、今日もまた・・・ トラックバック なんでもあり! です 私の日記!! 
昨日は、久しぶりに小一時間ほど庭の草むしりをした。 小雨の後の湿った土の状態は、実に草むしりに最適だ。 ミミズが何匹か出てきて そのクネクネを見ていたら なんだか子どもの頃に戻ったような気がした。 草の間に隠れてでもいたのだろうか 蚊がブンブンと飛び周り 何箇所か刺されて痒いのなんのって! * 人間が一生のうちに知り得ること、 学び得ることには限りがあるのだろうけれど、 それでも「知らないこと」「興味を持つこと」が 少しでも「その先」に進む原動力になることは 間違いのないこ... [続きを読む]

受信: 2007/07/19 11:25:53

コメント

量子力学と意識というキーワードで検索しこちらに来ました。

10年以上前に、第一回 脳と意識に関する学会 がアリゾナ大学であり、その時、ペンローズ氏、プリブラム氏、ジョセフソン氏、パメロフ氏らの講義を聴きました。ペンローズ氏の数式にはさっぱり解らず、プリブラム氏のマイクロチューブルは面白く、ジョセフソンのモーツアルトの楽譜の解釈もぶっ飛んでいて面白かった。

ペメロフ氏とは、その後ニューヨークで一緒に夕食をしたのですが、その時、「マイクロチューブルの振動とは、波動エネルギーを受けて起き、そこで意識が生じるのです」 と私が言ったら、何の事やら??という顔をしていたのが印象に残っています。

最近では、Dr. Vladimir Poponin ポポニン氏による、The DNA Photom Effect というDNAがフォトンに沿ってその形を形成する実件が発表されたりして面白いと思っています。

http://twm.co.nz/DNAPhantom.htm

そして最近では多くの人が意識と現実についての相対関係の理解を深めつつあります。意識の作るホログラフィーについての理解も進んでいます。

これらの事は、既に何千年前から解ってきた事であり、それが現代科学によって証明されつつあるという事はエキサイティングな事であり、意識のあり方とその伝達方法の理解についての理解が進む事は喜ばしい事です。

http://jp.youtube.com/watch?v=7vN686OUAJM&feature=related

投稿: | 2008/09/04 19:57:25

ザルツブルグは本当に
綺麗なところですね。

論文の知識はさっぱり無いですが
相変わらず面白そうなことばかりで
ワクワクしますw

日曜にmp3が聞ける環境になるので
東大の講義を聴けば
少しはわかるかしらん。

今「チベット死者の書」を読んでいます。

訳者の趣向もあるだろうし
輪廻転生があるかどうかも
おいておいたとして、

ただ、チベットの彼らが当たり前の様に
語る意識というものに

なんと彼らは深く見つめてきたの
だろうと感心せざるを得ないです。

月は確かにあるけれど、
水に映った月の姿が意識というもので

ゆらいだり、ちゃんと映らなかったり
曇ってしまったり、

ああ、そういう意味では確かに
あらゆるものは、
存在するにせよ、
イリュージョンだなあと思えてきました。

ミラーニューロンとはまた別に
心とは、水面のように世界を映り込む
ものなのかなあと思えてきました。

意識の様相学的な現象は
たとえ解明されたとしても
哲学的なものに届くには
まだまだ先は長そうですね。

ダーウィンの進化論や
アリストテレスの生気論
仏教の曼陀羅、ニーチェ
フロイト云々、色々なことを
説明しようとしてきて

彼らが「現象」に気づいてから
何百年かたった今

彼らの「現象」を物質論的に
証明するのに
あと更にどれくらいの
科学の進歩が必要なのかしらん。

投稿: | 2007/07/20 1:32:24

[シュレディンガーの猫や、
ウィグナーの友人と意識の問題を
結びつける議論は足りないと
思っている。

何よりも、「スケールのギャップ」
の問題がある。]


量子論を生物学に結びつける事は一人の高校生の意見を持って教育問題の実体を言い切るぐらいのギャップだと思います。

例えば

ビールが好きだけど、ビールを断たなければならない人間が今日、飲むか飲まないかが50%、50%の可能性だといっている様なものだと思います。50%とかそういう数値も数学の問題のように勝手に決めたことだけで現実の人間においてはなにかの拍子ですぐ変わってしまうような可能性の数値でしょう。粒子は現実を単純化すれば語れるかもしれないけど人間を取り巻く環境を単純化するのは不可能だと思います。

ちなみに彼はノンアルコールビールを飲んだそうです。


でも粒子の動きは生物、社会のどこか通じる所はあるとは思うんですけどね。一応は繋がっているので。

久々に量子論とかを考えました、勉強になりました。

投稿: | 2007/07/19 0:54:52

以前投稿した、猫の鳴き声で、語尾のニュアンスの事を思い出していた。語尾のニュアンスにある程度、「ねえ」とか「おーい」と言うような、相手を呼ぶようなニュアンスが、猫が興味を持ちやすいのを思い出した。

ニュアンスに対応する日本語を考えていたら、「語感」と言う言葉にぶつかった。言葉には、語感がある、「言葉には質感」があると思ったのである。

また、今日の茂木さんの日記を見て、頭の中で言葉で物事を考えるとき、脳の並列処理から、直列処理を行うとき、波動関数の収縮と似た事が起こっているのではないかと思ったしだいです。

個人的には、人工知能の技術成長が自然知能の理解つながると見ています。100年単位かぁ・・・長い(笑)。

投稿: | 2007/07/18 19:33:15

たくさんの素敵な写真を見ているだけで幸せになってきます。なんでしょうね、欧州の不思議な空間の力、本当に居心地がいいと感じている僕です。自分の体験の中で蓄積された欧州というクオリア、ザルツブルグというそれ。今、日本にいて素敵な写真を拝見している瞬時にはきっと日本にはいないのだろう。パソコンデスクについていて仕事の手を休めザルツブルグを茂木さんが覗くファインダーで共有させて頂き、そんな感覚に浸ることができて感謝です。
原宿の風呂屋改造のとんかつ屋のトンカツがいかに美味だと思っている僕でも、やはりウィーンの食堂で食べるシュニッチェルはシュニッチェルであって、その場合味の比較など野暮な気持ちなど起こりようもない。仮に比較したとしても異なる脈々とした食の歴史文化がそんな試みの不毛さをナンセンスと打破してしまうほど、欧州の底力は凄い。

投稿: | 2007/07/18 18:11:40

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