« The trumpet boy in Salzburg | トップページ | 電車が来るまで »

2007/07/21

河合隼雄先生のこと

河合隼雄先生のご逝去の報に接し
たことは、私にとって深い悲しみ
となりました。

河合さんのこぼれるような笑顔に
接して、親しくお話させて
いただいたことは、私の人生の
何よりの宝物です。

河合さんの京都のクリニックを訪ね、
箱庭を作り、分析して
いただいたこと。

朝日カルチャーセンターの対談で、
「中心を外さないこと」の大切さを
教えていただいたこと。

タクシーの運転手が、お客さんが
河合さんと知らないままに、
いつの間にか人生の打ち明け話を
始めてしまい、
気が付くと全然違う場所に
着いていたということが
何回もあったという、その
不思議な魅力に満ちたお人柄。

相づちの打ち方や、何気ない言葉の
返し方の中に、深みを持った
叡智が感じられました。

もっとお話させていただきたい、
教えを受けたいと願っても、
それを果たすことができません。

ここに、生前のご厚情を偲んで
心からご冥福をお祈りいたします。

茂木健一郎

河合隼雄先生。京都市内のクリニックにて。
2006年2月4日。

7月 21, 2007 at 11:59 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 河合隼雄先生のこと:

» 東京の電力危機は発明王のいたずら? トラックバック 須磨寺ものがたり
昨日関西のTV、朝日放送の「ムーブ」でのコーナー、 「ムーブ」の疑問で取り上げていた。 「東京の電力危機は発明王のいたずら?」 [続きを読む]

受信: 2007/07/21 14:01:18

» 奇跡の聞き上手の秘密 河合隼雄 トラックバック 須磨寺ものがたり
茂木健一郎「クオリア日記」に先日亡くなられた、 河合隼雄さんについて、 哀悼の意を述べられていた。 [続きを読む]

受信: 2007/07/22 14:12:46

» ゲドを読む トラックバック Take it ez !
http://take-it-ez.at.webry.info/200707/article_62.html で、どうしても気になって、改めて河合隼雄さんの記述を読み返しました。 ◆「ゲド戦記」と自己実現 ◆均衡を崩す扉があちこっちで開いている今、若者に必要な物語は何か。対談:河合隼雄×宮崎吾朗 と大きく2項目で河合隼雄の名前がクレジットされています。 改めて読み返してみても、深いですね。本当に深いところまで、人間を観察して、情熱を持って研究を進めておられる。そして、一般人にもわ...... [続きを読む]

受信: 2007/07/23 3:17:35

» 脳学者茂木健一郎の悩みに河合隼雄さんがヒントを与える河合隼雄・茂木健一郎対談集『こころと脳の対話』 トラックバック 栄枯盛衰・前途洋洋
一昨日、河合隼雄さんの1周忌を弔うように出版された対談集として『こども力がいっぱい』(光村図書出版)を取り上げ、その中から河合さんと宇宙飛行士の毛利衛さんの対談の内容の一部を紹介したが、同じように1周忌前後に出版された対談集がもう1冊あった。河合さんと脳科学者の茂木健一郎さんとの3回の対談をまとめた『こころと脳の対話』(潮出版社)である。 こころと脳の対話 対談そのものは、初回が2005年11月に... [続きを読む]

受信: 2008/10/08 6:30:58

コメント

今晩は、ハンドルネームtamagoと申します。茂木健一朗さんのご著書「脳と仮想」「クオリア入門」買い読んでます。知的好奇心を刺激する大変面白い本です。あの河合隼雄さん、去年の7月にお亡くなりになったのですよね。大変悲しい出来事でした。僕は今28歳ですが、中学生の時に深刻な陰湿ないじめに遭っていて、誰にも救われずに卒業して、心に深い傷が出来、16歳の高校1年の時に、無意識に自分を肯定できる何かを自覚の無いまま本屋で探して河合隼雄さんの「母性社会日本の病理」「昔話の深層」「青春の夢と遊び」「子どもの本を読む」「ファンタジーを読む」などなど、河合さんの講談社+α文庫シリーズの本と出合い、読み、河合さんのインスピレーションやイマジネーション、創造力の豊かさ鋭さに感銘や、驚きを受け、救われる思いを抱いた思い出があります。それからは、本屋で河合隼雄さんの本を見かけるとお金がある時はかならず買い読んでいました。僕は、17歳で高校を中退して引きこもり、その頃自宅で、PTSD、心的外傷後ストレス障害が発病しもの凄くもがき苦しみました。25歳で鬱病を発病し、もの凄く苦しみ28歳の今年やっと僕の症状を抑える薬が見つかり、今は症状が出ていませんが、今も引きこもりです。僕の通院する病院には臨床心理士が1人いて、その中年のおばさんは、河合隼雄さんの本を熱心に読んでいるのですが、カウンセラーとしての実力は僕の個人的な印象ですが、3流です。河合さんの本は知的に理解するだけでは駄目なんだと思います。ユングのいう個性化や自己実現は自分の人生を賭けて全力で挑むもので、河合さんの本の表現の質感を、心で感じ、身体で実際の日常生活で、生きる事が出来なければ、卓上の空論と同じなんだと思います。茂木さんは尾崎豊さんの音楽が大好きらしいですが、「15の夜」のようなあの情熱と同じような気持ちを抱えて臨床心理士も生きなければいけないんだと思います。あと16歳の同じ頃僕は本屋で子安美知子さんの「シュタイナー教育を考える」や「私とシュタイナー教育」「ミュンヘンの中学生」などの本とも出合いました。その本も読んで感銘を受けました。救われる思いでした。ルドルフシュタイナーは霊能力者です。シュタイナー学校は幼稚園から高校まで世界中に現在900校以上あります。ユングはシュタイナーの事をあいまいな新しい神秘主義の1派と批判し、シュタイナーはユングを心の専門家だが、霊的次元の認識が出来ていないと批判しお互い誤解しているところがありました。シュタイナーはクラシック音楽が大好きで特にワーグナーの音楽が好きでした。スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんの将来目指したい表現はシュタイナーのような表現らしいです。日本人智学協会代表の高橋巌さんの本などは、シュタイナーの思想を上手く表現されていると思うので、読んでみると良いと思います。シュタイナー学校に高校生の時に入学した事があり何十年もシュタイナーの著書を読み続けたメルヘン作家のミヒャエルエンデさんと河合隼雄さんは対談した事があります。茂木さんこれからもお仕事頑張ってください。では

投稿: tamago | 2008/08/23 22:15:28

折にふれ、講義や講演、著書を通して、教えをうけ励まされてきました。昨日の追悼番組の中で、焼きたてのナボホのパンを手にされ、「赤ちゃんみたい」と言われた時の、笑顔とその声に慈愛を感じ、また新たに私の心の中に残っていきました。ご冥福を心からお祈りいたします。

投稿: とんさと | 2007/07/28 13:36:33

河合隼雄さんのことは、はじめに本で知り、その後何度か見かけた。麦わら帽子でもかぶれば、屈強な農民という風貌であった。

一番残っている言葉は「私は人の何倍も本を読むのに時間をかけます」という単純なことでした。学者として、広く深くの両立は必須であるが、これが出来ている人は少ない。

晩年の、文化政策への保守的発言には違和感を抱き続けましたが、日本では珍しい本物の学者であったことに変わりはありません。

朝日新聞に出た梅原猛さんの追悼文が心をうった。湯川秀樹が明恵上人の夢分析のきっかけを与えたことを初めて知った。

投稿: fructose | 2007/07/23 5:20:08

茂木さんのご著書に出会って
心理学(主にユング心理学)から
脳科学へ関心のベクトルが移行したあと、
茂木さんと河合先生がよく対談をなさって
いたのでとても嬉しく思っていました。

私の中では、河合先生と茂木さんは
色々と重なり合う部分が多いです。

>親しくお話させて
いただいたことは、私の人生の
何よりの宝物です。

河合先生も同じ気持ちだったと思います。
長きにわたってファンをやってましたので(笑)、
そのことがよく理解できるのです。
茂木さんとの魂の交流を果たして
河合先生は、安心してあの世に旅だって
いかれたと思います。
これからも
茂木健一郎さんを応援しますので
どうぞ今の調子で頑張ってください。

投稿: 新屋敷 恒 | 2007/07/22 14:51:44

河合先生のフルートの演奏を拝聴したことがありました。
いつも先生と呼ばれて六十年生きてきたけど、今度は自分が何かを
教わりたいと、フルートを始められたと。
先生の笑顔が好きでした。
これからも先生の遺して下さった本を読み続けます。

投稿: kerolin | 2007/07/22 7:51:49

河合隼雄さんのこと

>>
折にふれて・・自分が抱えている問題意識なり、関心事に

示唆に富んだ言葉を与えていただく・・ある種、啓示的といってもいい

ような・・私にとってはそんな存在だった

お目にかかったことはもちろんないけれど その著書やメディアでの

お話を通じ なにか方向性を指し示していただいているように

感じていた

とくにユング派の臨床療法家としての見地からの 東と西の文化の

出会いに絡んだお話や「十牛図」の話など忘れられない


またひとつ 明るく照らしてくれていた輝く星が見えなくなって

しまったようだ・・

こころから ご冥福をお祈りします

投稿: 風のモバイラー&野村和生 from nomgroove.com | 2007/07/22 3:17:07

河合さんのファンでした。

河合隼雄さんが亡くなられた。

河合さん、桜吹雪のなかを歩いて行ってしまわれたのでしょうか。

最近、「大人の友情」という先生の著書を偶然読み直した。

白州正子さんの「臨死体験」のようなエピソードを紹介されていました。

白州さんが体験された桜吹雪の見事な景色のなかをご自身も歩いていかれると思っておられるとふと感じました。

「ついに行く道とはかねて聞きしかど

きのふけふとは思はざりしを」

の下の句を河合さんならと問われて

「聞きしにまさる、この花道ぞ」と自分でも思いがけず言ってしまったそうである。

あの笑顔で、桜の花びらと嬉しそうに戯れながら行ってしまわれたのでしょうか。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: うさぎこ | 2007/07/21 23:02:49

河合さんのファンでした。

河合隼雄さんが亡くなられた。

河合さん、桜吹雪のなかを歩いて行ってしまわれたのでしょうか。

最近、「大人の友情」という先生の著書を偶然読み直した。

白州正子さんの「臨死体験」のようなエピソードを紹介されていました。

白州さんが体験された桜吹雪の見事な景色のなかをご自身も歩いていかれると思っておられるとふと感じました。

「ついに行く道とはかねて聞きしかど

きのふけふとは思はざりしを」

の下の句を河合さんならと問われて

「聞きしにまさる、この花道ぞ」と自分でも思いがけず言ってしまったそうである。

あの笑顔で、桜の花びらと嬉しそうに戯れながら行ってしまわれたのでしょうか。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: うさぎこ | 2007/07/21 23:01:25

もちろん河合さんに直接お会いしたことはないのですが、
著書から自分の感情を整理するのに役立つ言葉を
たくさんいただいきました。
河合さんの『書物との対話』に収録されている文庫版解説の
「なぜか 中西進『狂の精神史』」を読んで
「この本を読んでみたい!」と思ってそのままでした…。
松岡正剛さんが紹介されていた『ワキから見る能世界』に
「不可視の存在である幽霊、シテを、観客に『分からせる』、
見せるのがワキ=『分からせる人』の役割」とあり
茂木さんも河合さんも上記のような意味で「ワキ」としての力が
ある方々なのだなあと思っています。
「シテ」のような異界の存在に気付く能力のある人、
その存在を知らせてくれる貴重な人。。。

昔のことだから、子供の頃兄が治療の一環として
箱庭療法を受けていました。
私も3~4歳、長時間ひとりで留守番などできない年齢だったので
一緒に連れていかれたのですが、
「ときどき、よそ行きを着て遠くにお出かけして
ぬいぐるみや人形がいっぱいあるところ」だとしか
思っていませんでした。
ぬいぐるみや人形を勝手に棚から持ってきて
大人しく一人遊びをしていたように思うのですが
そんなのは自分に都合よく捏造された記憶で
本当は、ごっこ遊びで独り言をいって
「シーッ」なんて怒られていたかもしれません…。
今でも当時通っていたところを通りかかると
今あるエスカレーターが当時の面影を残しているため、
母に連れられて歩いていた幼児だった頃の自分の記憶と
今の自分の思いが瞬時にザーッと交錯してしまうことがあります。
感慨にふけって歩く速度をゆるめてしまうなんてことはないのですが
雑踏のなか、ひとり奇妙な感覚にとらわれたまま通り過ぎます。
一度、棚から出して遊んでいたぬいぐるみを、
ずーっと抱っこしていても、何も言われなかったので
「くれるんだ!」と思い込み、そのまま連れて帰ろうとしました。
ダメでした。くれませんでした(笑)。

続けざまの訃報、直接私に関係のある方々ではないけれど
やはり、ちょっとショックです。

投稿: まり | 2007/07/21 22:06:02

河合隼雄先生のことを、新聞で知り「あっ」と声を上げて、
しばらく座ったまま、ぼんやりとしていました。
気が遠くなっていくようでした。     私が二十代の頃、
河合先生が監修をしておられたテレビ番組で、つたない話を
しまして、編集の方がまとめてくださって、ご覧頂きました。
どれだけ多くの方々の心の大きな支柱になっておられたか、
いま、ようやく、私は理解しはじめたのだ、
そんな痛みのような気持ちで一杯です。
心よりご冥福をお祈り致します。


投稿: F | 2007/07/21 16:15:49

江村哲二さんに続き、河合隼雄先生も、と、かけがえのない人が二人も天空へと旅立たれてしまわれた茂木博士。エントリーを読むと、河合先生の遺徳を偲ばれるとともに、深い悲しみに暮れる博士の姿がある。

おいたわしいという以外にない。

きっとこのエントリーを、博士は涙を心の中で滂沱と流しながら書かれたのだ。

朝カルの茂木さんとの対談で、かいま見せてくださったとてもユーモラスで温かなお姿。

「中心を外さないこと」の大切さは、対談を拝聴して以来、私の中にも通奏低音として
ずーん・・・と響いている。

「もっとお話させていただきたい、教えを受けたいと願っても、それを果たすことができません。」

個人的には、あの朝カルでの対談で河合先生を見たのが最初で最後となってしまったが、まさに今思うにあれは、一期一会だな・・・と、しみじみ思う。

もし、今一度東京へきていただけたなら、箱庭のことも含めて、いろいろとお伺いしたかった(図々しい願いかもしれない)と密かに思っていたけれど、先生が天空に召されてしまった今、それもかなわぬ夢となってしまった。

文化庁長官もつとめられ、日本で初めてのユング派心理学者として、波乱が本当は多かったであろう人生を生きてこられた河合隼雄先生。


河合先生の遺された教えや暖かさ、ユーモアと慈愛は、きっと茂木さんや私たちにとっての、大きな心の財産となるに違いない。

改めて河合先生のご冥福を、心からお祈り申し上げたいと思います。

長文にてまことに失礼いたしました。


投稿: 銀鏡反応 | 2007/07/21 14:04:25

私は直接会ったことはありませんが、
テレビを通して河合先生の講義を聞いた事があります。
私の中では、有名人でした。
なんだか、私の知ってる有名人が
歴史上の人物になってしまう。そんな奇妙な気がします。

投稿: ザビィ | 2007/07/21 12:12:40

コメントを書く